咆哮轟く銀狼爪
シズルにできたのは、ただ眺めている事だけだった。
グートの声に釣られて振り向くと、ノルイの魔剣が迫ってきている事が認識できた。
しかし、防ぐための手を考える時間もなく、反射的に体を庇おうとする腕も間に合いそうにない。それを、極度の集中によって拡張された意識でただただ見ているしかなかった。
ノルイの魔剣がシズルに到達する。それは、シズルが五感で得た情報を統合して導き出した、絶対的な真実だった。
しかし、シズルの勘はまだ勝機があると告げている。
ちりちりと耳付近に痛みを感じる。シズルがその勘に従って行動に移れたのは、奇跡的だったといえよう。
シズルは、ノルイの魔剣を無視して、自分の耳を押さえた。
次の瞬間、魔力的な破壊力を伴った轟音が轟き、シズルたちを吹き飛ばしていた。
「ぐぁっ……」
耳をつく沈黙が辺り一帯を支配する。
前触れのない衝撃に晒されて地面を転がったノルイとグートは、前後不覚に陥ってなかなか立ち上がってこない。体を起こそうと力を入れているようだが、うまくいかないようだ。
その光景を、覚束ない足取りではあるが二人よりも先に立ち上がったシズルが見下ろしていた。
そして、焦りを滲ませた表情で音の発生源の方向を睨み付けた。
「弥那……?」
シズルが目を向けた先には、巨大な銀狼が佇んでいた。その後ろに付き従うように、低級の魔物が控えている。
シズルはその姿を過去に一度だけ見た事がある。瘴気に蝕まれ、完全に魔物と化した弥那の姿だ。
その正面に、全身から血を流して膝をついているシアがいた。シアの双眸からは戦意は消えず、まだ銀狼と交戦を続けるつもりのようだ。しかし、満身創痍で、このまま戦えば敗北は免れない。少なくとも、シズルの目にはそう見えた。
弥那――銀狼は、じっとシアに視線を固定していた。そして、前触れもなく脚に力を込めたことが、筋肉の動きから分かった。
「……ッ!」
シズルは魔力を振り絞って鎖を生み出して、シアの体を巻き取った。そして、勢いよく回収されたシアの体を抱きとめる。
次の瞬間、シアがいた場所は銀狼の剛腕によって薙ぎ払われた。
立つのもやっとといった様子のシアは、シズルに縋りつきながら震えた声を出した。
「た、助かりました……。お姉ちゃんはシズルに惚れてしまいそうです。義弟なのに、義弟なのに……ッ! くっ! 不覚っ! 一生の不覚ですっ! いっそ殺してください!」
「それだけ軽口を叩けるなら大丈夫だな!」
シアは魔法によって、全身の傷を止血した。本格的な物ではなく、咄嗟にできる応急処置だけのようだった。
自分の爪が獲物を捕らえなかった事を確認した銀狼は、苛立たし気にシズルとシアを睨み付けている。心なしか、その瞳に怒りが宿っているようにシズルには見えた。
魔物が散開し、シズルとシアを逃がさないように取り囲んでいく。
そして、銀狼の脚に再び力が込められ、地面に食い込んだ。
「来るぞ! 捕まってろ!」
シズルはシアの体をしっかりと抱き寄せ、鎖を近くの樹に固定し、凄まじい速さで巻き取った。そのまま二人の体は砲弾のように空中に飛び出した。地上に包囲網を作っていた魔物には、空中に逃げた二人を引き留める術はない。
先ほどまで二人がいた場所を銀狼が通過し、その勢いのまま、樹々をなぎ倒す。それに巻き込まれた魔物は形を失い、瘴気へと戻っていった。その光景を上空から眺めていたシズルは冷や汗を流していた。あんなものが直撃すれば、ひき肉になってしまう。
魔物と化した弥那を止めるのは、シズル一人ではとても不可能だった。
もしも、後の三人の協力があっても、勝てるかは五分五分といったところだ。それに今は敵対しており、まともな連携は取れないだろう。
シズルは自分の無力感に震えて歯噛みする。
そんなシズルの横で、シアが大きく息を吸いこみ、腹の底からの叫びを上げた。
「グートさんノルイさん! 今はシズルに協力してください! シズルじゃないとあの魔物は倒せません! 今は休戦しましょう!」
「おい、何を勝手な事を……」
「そんな事を言っても、今の弥那さんに一人で勝てないでしょう!? 使えるモノは何でも使いますよわたしは! いいですね! グートさんノルイさん!」
シズルが納得する前に、シアは風の魔法で拡張した声をグートとノルイに届けた。しかし、二人の反応は帰ってこない。当然だろう。いま声を出せば、銀狼の注意を惹く事になりかねないのだから。
そして、当然の帰結として銀狼の注意は空中のシズルとシアに向いていた。
「……気のせいでしょうか。ここまで飛び掛かって来そうな気がします」
「……気のせいじゃないな。飛び掛かってくると思う」
シズルは鎖を森の樹に放って方向転換の準備を整えた。
銀狼の脚力は脅威であるが、小回りが利かないという弱点があった。当然、空中では一切の方向転換ができない。しかし、シズルやシアは魔法を使って急な方向転換や空中での移動が可能である。速度で劣るシズルたちが銀狼の攻撃を躱せているのはこのおかげであった。
銀狼の飛び掛かりに合わせてその射線上から逃れる事で、僅かな時間を稼ぐ事ができる。銀狼は自分の勢いを殺して止まるのに時間がかかるからだ。
シズルは銀狼がいつ飛び掛かって来るのかを、目を凝らしてタイミングを見計らい――
「なっ……!?」
想定外の動きに呻き声を漏らした。
銀狼はシズルやシアを直接狙うのではなく、シズルと樹を結ぶ鎖に飛び掛かったのだ。
以前の銀狼がしなかった想定外の行動と、シズルの反応速度を超えた銀狼の動きに驚き、シズルは何の行動も起こせなかった。
前脚を叩きつけられた鎖がたわみ、鎖に括り付けられたシズルとシアが、凄まじい速度で地面に叩き落とされていく。
「しっかり捕まってください!」
地面に激突する直前、シアが風の魔法で衝撃を和らげた。二人は殺しきれなかった勢いのまま、地面をごろごろと転がった。樹に激突して二人はようやくその勢いを止めた。
「し、舌を噛むかと思いました……」
「地面の染みにならなかっただけマシだよ……」
泥だらけになった二人はよろよろと立ち上がった。
地面を転がった擦過傷はあれど、骨折などの動きに支障が出る怪我は無い。
銀狼の様子を伺うと、苛立たし気に樹木を殴り倒しながらこちらに向かってきている。こちらに到達するまでには少しだけ時間がかかりそうだった。逆に言えば、すぐに追いついて来るという事である。
顔を見合わせた二人は一つ頷くと、一目散に銀狼から距離を取り始めた。
「おいシア! どうして弥那の鎖を壊したんだ! ヤバい代物だって分かるだろ!?」
「だって弥那さんが! 弥那さんが! シズル以外を殺せばシズルは助かると言って、自分で鎖を千切りました! わたしは何も悪くありません!」
散々煽っていた事や、鎖の強度を落とした事を棚に上げて、シアはいけしゃあしゃあと、のたまった。
今更無駄だと分かっていても、シズルはため息を吐きたくなった。しかし、銀狼となった弥那の介入がなければ、グートとノルイに敗北していた事は確かだった。運がいいのか悪いのかは悩ましいところだ。
シアは少しずつ近づいてくる銀狼に怯えながらシズルに問いかけた。
「何か策はないんですかっ? あの姿になっても弥那さんには変わりないんでしょうっ? シズルが抱いてあげると言えば止まったりしませんかっ!?」
「今の弥那に人の意識はないからな? 止まる訳ないからな? だから、俺を囮にしようとするのは止めろ!」
むぅっと口を尖らせたシアに対し、シズルはため息を吐いた。そして、ゆっくりとシアに告げた。
「心配しなくても策はある。だから、グートとノルイに伝えてくれ」
――
――――
シズルが弥那の暴走を止める為には、乗り越えなければならない壁がいくつかある。
弥那を元に戻すには、彼女が纏っている瘴気を封印しなければならない。そのためには、弥那を弱らせることと、弥那に近づいて魔法を発動させる必要がある。
そのどちらの条件も難しい。
弥那は高い再生能力を有しており、多少傷つけたくらいでは封印を強引に破壊してしまう。そもそも、一撃で人間を粉砕できる膂力を持つ巨大生物に近づき、魔法をかけようなど、正気の沙汰ではない。
また、一時的に共闘せざるを得ない状況になってはいるが、シアたちとシズルは敵対している真っ最中である。危険な役目を割り振っても引き受けてくれないだろう。つまり、弥那を見捨てられないシズルが危険度の高い仕事を成さなければならない。
「まぁ、俺にしかできない役目に変わりないんだが」
シズルは、口元から唾液を垂れ流す銀狼の前に立ってため息を吐いた。
シズルの役割は囮である。人間の速度を軽く上回る銀狼から逃げるには、魔法を使うしかない。そして、シアにはシアの役割があり、それが彼女にしかできない以上、囮はシズルがやるしかなかったのだ。
銀狼は、無防備に現れたシズルを警戒するように観察していた。配下の魔物たちはシズルを逃がさないように周囲を取り囲み始めている。シズルは、いつでも退避できるように鎖を用意しながら銀狼に語りかけた。
「弥那。最近は色々あって遊んでなかったからな。久しぶりにじゃれ合おうぜ?」
「それはいいけどさー……。ボクまでこっちにいる必要あるかな? ないよね? 帰っていい?」
心底嫌そうにシズルに語りかけるのは、肩を落としたノルイだった。
ノルイにもノルイの役割がある。それはシズル並みに危険度の高い役割でもある。
「君が死んだらボクも死んじゃうんだから、失敗しないでよ?」
「それは俺の台詞でもある。やったな、お互いに裏切られる心配がなくて!」
いい笑顔でのサムズアップ。ノルイは珍しくため息を吐いた。
ノルイは短剣を構えつつ、ロープで体をシズルに括り付けてシズルにしがみ付いた。心なしか、銀狼の眼光が鋭くなった気がした。
「……お前大丈夫か? 軽いし、筋肉も付いていない気がする」
「余計なお世話。ほら、集中集中」
ノルイに促されるまでもなく、シズルは魔法の構築を終えていた。次の瞬間、銀狼が特大の咆哮を上げて自分を中心に破壊をもたらした。傍にいた魔物が巻き込まれて吹き飛んでいく。銀狼にとっては替えの効く駒にしか過ぎないのだろう。
シズルとノルイは自身の耳を塞いで鼓膜が破れるのを防いだ。また、樹に巻き付けた鎖を巻き取る事で距離を取り、咆哮の衝撃から逃れていた。
シズルとノルイの体はロープと鎖で二重に固定されている。両手が使えなくても二人が離れる事は無かった。心なしか、銀狼が不機嫌そうにしているように見えた。
「……ねぇ。もしかして弥那の意識が残ってない? シズルが抱いてあげるって言えば大人しくならない?」
「そんな不確実な手は使いたくない……。ッ! 来るぞッ!」
気が付けば銀狼が二人に向けて飛び掛かって来ていた。シズルはノルイを抱えて射線上から飛びのいた。ノルイはすれ違いざまに銀狼の前脚を切り裂いていく。
「――――ッ!」
銀狼は咆哮を上げ、攻撃をかわしたシズルたちを忌々しそうに睨み付けている。前脚からは血が流れていたが、再生する気配はなかった。
「やっぱり、その魔剣の傷は治せないみたいだな」
「かすり傷みたいなモノだけどねー……。あと何回これを繰り返せばいいんだか」
失敗すれば即死の逃走劇を何度も成功させなければ勝てない。ノルイは短剣に付いた血を払うと、次の攻撃に備えて構えを取った。
「おっと」
再びの跳躍。シズルは再びノルイを抱えて離脱する。それを防ぐために銀狼が配置した魔物はいつの間にか姿を消している。近くに潜んでいたグートの仕業であった。
獲物を逃して隙を見せた銀狼に向けて、ノルイが斬撃を飛ばした。直撃を受けた銀狼は忌々しそうに唸り声を上げてノルイを睨み付けた。
与えた傷は浅かった。しかし、ノルイの遠距離攻撃による傷も治る様子はない。わずかずつであるが、確実にダメージが積み重なっている。
「後は消耗戦だな」
「うー……。終わりの見えない追いかけっこは辛いねぇ。いや、ほんと!」
口では嫌だと言いながら、ノルイはどこか楽しそうだった。
銀狼を一方的に攻撃し続けるのが楽しいようだった。しかし、シズルには一度のミスでひき肉になる状態を楽しむ精神性を持ち合わせていなかった。たとえ自分が安全だったとしても、銀狼=弥那である以上、楽しいとは思えなかっただろう。
シズルは、空気を読まないノルイに悪態をつきながらも、銀狼の挙動に意識を集中し続けた。
――
――――
銀狼との戦いはじり貧状態に陥っていた。
銀狼の攻撃手段は、咆哮と飛び掛かりのみで読みやすい。しかし、そのどちらもが一撃必殺の威力を持っている。
銀狼が攻撃を当てるために配下の魔物を使って逃げ道を塞ぎ、シズルとノルイは魔物に邪魔されないように逃げ回る。もしも退路が断たれた場合は、グートが魔物を処理して逃げ道を作っていた。
お互いに決定打が無い以上、戦いはどちらの体力が先に尽きるかという消耗戦になっていた。
前身から血を流して美しい毛並みを赤く染めた銀狼は、忌々し気にグートとノルイを睨み付けていた。止血ができない傷は確実に銀狼の体力を奪っていた。
しかし、シズルとノルイの体力の消耗の方が目に見えて早い。銀狼が攻撃を止めている間、配下の魔物に二人を襲わせているからだ。体力勝負は、自分が動かなくても攻撃が可能な銀狼に有利だ。
息が上がってきている二人は、背中合わせになって魔物の攻撃をいなし続けていた。
「くそっ、キリが無い!」
魔物は倒しても倒しても銀狼の傍から生まれてくる。銀狼自身もたまに攻撃に参加するため、配下の魔物だけに集中する訳にはいかない。二人は体力と気力の両方を絶えず削られていた。
このままでは魔力が尽きて動けなくなってしまう。そうなれば、一瞬で地面の染みになり果てるだろう。
シズルが限界を感じて歯を食いしばった時、ようやく待ちに待った声が聞こえた。シアの準備が整ったのだ。
『シズル! 罠が完成しました! 例のポイントへ!』
「ノルイ! 掴まれ!」
シズルは鎖を樹に固定し、ノルイと共に一気に戦線を離脱する。それを邪魔しようとした魔物はノルイが切り伏せた。
配下の魔物ではついて来られないスピードだ。銀狼はシズルたちを仕留めるために、自ら動き出した。
シズルとノルイは、森の中を鎖で何度も方向転換しながら突っ切っていく。直進すると、動きを読まれて叩き落とされるためだ。
森を抜けた二人は、廃墟へと躍り出た。
それを確認した銀狼は獰猛に笑う。獲物を仕留めた確信を得たからだ。
銀狼は脚に力を込めて速度を上げた。
シズルとノルイを追い抜き、廃墟へと突っ込んでいく。そして、急激な方向転換を行った。
今まで銀狼が飛び掛かり後に隙を晒していたのは、そこが足場のぬかるんだ森の中だったからである。
破壊不可能の足場がある廃墟は、銀狼にとって最も動きやすい場所であった。
建物の壁を足場に空中を縦横無尽に飛び回り、シズルとノルイを攪乱した。その動きは鎖を使ったシズルよりも早く、無駄がない。もはや、シズルとノルイに逃げ場はなかった。
銀狼は、シズルとノルイが自分の姿を終えていない事を確認し、背後ろから襲い掛かった。
銀狼が最後の跳躍をした所で、ようやくシズルは振り向いた。そして、――満面の笑みを浮かべた。
「俺たちの勝ちだ。弥那」
シズルが勝利を宣言した瞬間、銀狼とシズルたちの間に大量の茨が現れた。シアが長い時間をかけて用意した罠である。
空中からシズルたちに向けて飛び掛かった銀狼は制止する事ができず、自分から茨の中に突っ込んでいった。
「――――――――――ッ!?」
茨の棘に全身を傷つけられる痛みに、銀狼は絶叫を上げた。
脱出しようともがくが、魔法で作り出された茨は自ら動いて銀狼に絡みつき、その動きを拘束していく。
「さぁ、終わりだ」
銀狼は傷を負うたびに傷を回復している。このまま放っておけば、すぐに茨の檻から脱出してしまうだろう。
ゆえにシズルは暴れる銀狼の正面に立ちふさがり、その頭に触れた。
鎖が伸びて銀狼の体を包み込んでいく。銀狼は苦し気に呻き、それに伴って体の瘴気が霧散し、周囲を覆い尽くしていった。
そして、瘴気が収まった頃、シズルの腕の中には、人型を取り戻した弥那の姿があった。
――
――――
不味い事になったとシズルは思った。
弥那は息苦しそうに呼吸をしている。全身に傷を負って血を流しているのだから当然であろう。それも、普通の処置では治せない呪いの傷だ。
シズルは自分の上着を眠っている弥那にかけて、彼女の肌を隠した。それを見計らったかのようにシアとグートが姿を現した。
「さて、ひとまずの脅威は去った事だし、続きを始めるかい?」
「……いや。止めておく」
シズルは、弥那の瘴気を抑え込むために魔力を使い果たしてしまった。魔法使いであるシズルには、もう戦いに耐えるだけの力が残っていない。仮にまだ戦えていたとして、動けない弥那を庇いながら三人を無力化する自身は無かった。
戦いは、シズルの敗北で終わった。
これからシズルは過酷な尋問にかけられるのだろう。シズルは、アーロインとセリを殺した最有力容疑者なのだから。
しかし、彼らの求める答えはいくら尋問しても得られない。シズルは犯人ではないのだから。
戦いは、真犯人の勝利で終わった。
「……ノルイ。弥那の傷は治せるんだろうな?」
「うん。ボクなら魔剣の呪いを解けるよ」
「そうか。……シア。俺はもう何もしない。弥那の体を治してやってくれ」
「……」
シアは何か言いたそうにシズルを見つめていた。しかし、結局何も言わずに近づいてきた。そして――
「……弥那?」
誰かに腕を強く掴まれた。視線を落とすと、弥那が目を覚ましていた。そして、何かを訴えるかのようにシズルにしがみついている。
シズルは優しい手つきで弥那を抱きしめた。
「弥那……。もういいんだ……。休んでくれ」
「……ダメです。ダメなんです。シズくんは、シズくんは諦めちゃいけません……。だって、シズくんは犯人じゃないんですから」
シズルは目をきつく瞑って涙を堪えた。
一人でも自分の無実を信じてくれる人がいるだけで救われた気がした。
弥那はシズルをきつく抱き返して、自分の得た情報を告げた。
「シズくん。よく聞いてください。この塔に、六人目の生きた人間がいます。魔物になった弥那には分かるんです。犯人はその人です。そうとしか考えられません。だからシズくん。諦めないでください。そうすれば、皆分かってくれます……。六人目の居場所は――――」
シズルは弥那の言葉を聞いて目を見開いた。
カチりと、パズルのピースがハマった音が聞こえた気がした。
「そうか。そういう事だったのか……」
弥那はシズルの様子を見て、安堵したのか、再び目を瞑って眠りについた。再び目を覚ました時には、全て丸く収まっていると信じて。
「シズル……?」
シアが怪訝そうな目でシズルを見つめている。ノルイとグートも同様だった。
シズルは彼らに笑いかけて断言した。
「犯人が分かった」




