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第二階層

「不思議な光景です。ここまでくると不気味です。弥那は不安で不安で、シズくんの隣以外では安眠できそうにありません」

「安眠したらダメだからな? 周囲を警戒しないといけないんだからな?」


 セリの案内で一行は次の階層に降り立っていた。


 一つ下の階層に下りたのにも関わらず、空には太陽が輝いている。先ほどまで過ごしてきた第一階層がどこに消えたのかとシズルは不思議に思った。


 シズルが振り返ると、そこに鎮座しているのは小さな山小屋のような建物。

 第一階層の中央、棄てられた町の中心部に下層への階段が隠されていた。階段を”下りて”きたはずが、どうして天井の低い建物が出口になっているのか分からない。

 シズルは頭が痛くなり、こめかみを押さえた。


「この階層は魔物が少ないそうです。上よりも探索は進めやすそうですよ」


 セリが手元の資料を確認しながら言った。

 周囲は相変わらずの森。しかし、人が進みやすいように丁寧に木々が整えられている。

 一行は道なりに森の中を進む。


 しばらくすると木が切り倒されている広いスペースに出た。木の切り口は人間によるものであった。

 それだけではなく、テントや野営に使う道具が散見された。

 道具は近年の物品だ。一部の道具にはセリの所属する軍のマークが描かれている。


「以前ここを調査した部隊の物ですね。ありがたく使わせてもらいましょう」

「ねぇねぇ、なんか変な物を見つけたよー」


 そう言って犬のように戦果を見せびらかすのはノルイだった。

 彼の手には水晶の玉が握られていた。

 セリはそれを見て目を見開いた。


「いいですね。大規模な結界を張る魔道具ですよ。しかし、町一つ覆うほどの結界の魔道具なんて、なぜ用意してあるんでしょう……?」

「……セリさん。この階層の地図はあるかい?」

「ええ、まぁ」


 セリは持ち込んでいた第二階層の地図をグートに差し出した。

 口元に手を当てて考え込んだグートの後ろから一行が地図を覗き込む。

 第二階層はほとんど森に覆われていた。しかし、森の中には小さな遺跡が複数存在しているようだ。


「この魔道具は複数の遺跡を覆うために持ち込まれたんだと思う。結界を張るのには結構な時間がいるからね。調査の前に結界を張って外の不確定要素を排除するのは基本だけど、一つ一つの遺跡に結界を張っていたら、とてもじゃないけど時間が足りない。大規模結界で複数の遺跡を覆ってから、結界内の魔物を駆除した方が効率的だ」


 口元に手を当ててグートは言った。

 セリはグートの推測を聞いて考え込んでいたが、方針が固めて一行を見渡した。


「見つけたものは使いましょう。結界を張ってその中を探索します。シアさん。結界を張るのにどれくらいかかりそうですか?」

「うーん……。この感じだと、三人で魔力を注いでも三日というところでしょうか……」


 シアは水晶を弄りながら、結界の起動に必要な魔力を調べていた。

 セリはその答えを聞いて頷いた。


「結界を張りましょう。その前に十分な食料を確保しておく必要がありますが」


 結界が完成すると外部との出入りが出来なくなる。

 町を覆うほどの規模の結界を張っても、中に十分な獲物がいる保証はない。ある程度の食料を持ち込む必要があった。

 その方針に誰も反対はしない。

 食べられない魔物ではなく、普通の野生動物を探すことにする。


「皆さん。注意しておきますが、この場所には近づかないでください」


 移動を開始する前に、セリが地図を一行に提示した。

 第二階層の地図に結界の有効範囲が新しく書き込まれている。

 結界の端にある一つの遺跡を指さしながらセリが言った。


「ここは死体安置所(モルグ)になっています。ここに、死喰い鳥という動物が住みついているみたいです」

「また厄介なのが住みついたね」


 グートは面倒くさそうに肩を落とした。弥那は不思議そうに首を傾げた。


「死喰い鳥とはどんな生き物なのでしょうか? 魔物ですか?」

「魔物じゃない、普通の動物だけど……。あまり遭遇したくない生き物だ。自分では狩りをせずに、他の生き物の獲物を奪う事が多い。あまり近くで狩りをしない方がいい」

「縄張り意識もかなり強いね。不用意に近づけば群れで襲われて面倒だよ。それに、仕留めても物凄く不味いしね。飢え死にギリギリまで、食べない事をお勧めするよ」


 シズルとグートの死喰い鳥の評価に、弥那は何とも言えない表情になった。

 一行は、死喰い鳥が住みついていると思わしき施設を避けるようにして移動の予定を立てていく。


 一行は結界の効果範囲の外に移動して、狩猟を開始した。


 結界の効果範囲の外に出るのに丸一日、魔物を避けて熊や猪といった獲物を狩るのにまた一日をかけ、結界の起点に戻るまでに一日かけた。

 その後、シアとシズル、セリの三人は三日三晩かけて魔道具に魔力を注いた。残りの三人は雀の涙ほどの魔力しか持たないため、周囲の警戒を続けていた。


 シズルは弥那の力の封印に、セリは魔物の支配のために魔力を残す必要がある。必然的に負担が大きくなったシアは、結界を張り終わる頃にはげっそりとやつれていた。


「もう、やりたくありません……」

「あと四回はやらないと、この階層は調べ終わらないぞ」


 シズルはやけにいい笑顔で言い切った。

 自身も疲労が抜けないにもかかわらず、生き生きとしている。シアはじっとりとした目をシズルに向けた。

 そして、なにやら悪戯を思いついたのか、蠱惑的な笑みを浮かべた。


「えいっ」

「ひっ……」


 シアはシズルの腕に抱き着いた。ちょっとした仕返しである。

 シズルはシアの凶行にびくりと体を震わせた。腕に押し付けられた少女らしい柔らかさを、役得だとか、幸運だとか思えなくなるほどに、シアが過去に積み上げたシズルへの悪徳は、膨大な量だった。


「シズルはもうちょっと、お姉ちゃんに優しくしてくれてもいいと思うんです」


 シアが可愛らしく頬を膨らませて、シズルににじり寄る。

 傍から見れば、義弟の冷たい態度に義姉が拗ねたようにしか見えないだろう。しかし、付き合いが長いシズルには、シアの目が笑っていない事が分かってしまう。

 そして、この態勢を見せてはいけない人間に、ばっちり見られている事にも気が付いてしまった。


「あー! あー! あーっ! ずるいです、ずるいです! ずるいですっ! シズくんは、シズくんは弥那のです!」

「痛っ! 痛い痛い痛いっ! 加減できてないから!」


 接触を隠そうともしなかったシアに触発されて、弥那はシズルの腕を取った。肩から腕を引っこ抜きそうな力でだ。

 シアはシズルにしか見えない角度で、くすりと笑い、べぇと可愛らしく舌を出した。

 シズルは怖気を感じながらも、弥那にかけている力封じの鎖に魔力を込めて腕が千切れるのを回避した。

 弥那の体に鎖がギリギリと食い込んでいく。鎖の締め付けを感じて、弥那はようやく力を込め過ぎた事に気が付いた。


「もうちょと加減をしてくれ……」

「ううっ……。 でも、でもっ! 悪いのはシズくんです! お義姉さんにデレデレしてるから! もっともっと弥那にデレてください!」

「デレデレしてないからなっ⁉ どちらかといえば、恐怖を感じた! 大体、姉に欲情できるか!」

「義理の姉弟じゃないですか! それに、世の中にはお姉さんに欲情する男の人がいるかもしれませんっ! シズくんがそうじゃないって言い切れません!」

「想像力が豊か過ぎるっ⁉」

「不安にさせてごめんなさい。お姉ちゃんはシズルを取ったりしませんよ」


 二人の言い争いを止めたのはシアだった。

 涙目になっている弥那をシアが軽く抱きしめて、優しく背中を叩いた。赤子でもあやすような仕草である。

 正直、泣くほど弥那が悲しむとは思っていなかったのだ。


「ぐすっ、ほんとですか……?」

「ええ、お姉ちゃんには好きな人がいますから。もちろん、シズルではありませんよ?」

「ほんとに?」

「ええ」

「ほんとのほんとに?」

「ええ。本当です」

「………………………………信じる」


 ぐすっと鼻をすすりながら、弥那はゆっくりとシズルの腕から離れた。

 シアがまだ少し泣いている弥那を抱きしめてあやしている。


 シズルは殺意を込めた目でシアを睨み付けた。


「シア。今度こんな真似をしたらただじゃ済まさない」


 シアがシズルの腕を取った時の笑み。弥那がやきもちを焼いてシズルに詰め寄るのを分かって抱き着いたのだと、嫌でも分かった。

 シズルは、些細な事でも弥那が利用されるのが我慢ならなかった。

 そんなシズルの気持ちを知ってか知らずか、シアはシズルの殺意に対して、微笑を返した。


「ええ、分かりました。お姉ちゃんは心強く思います」

「……?」


 シズルが怪訝そうに眉を吊り上げる。シアはくすくすと愉快そうに笑った。


「愛する人がいる人は世界で一番強い。お姉ちゃんはそう思っています。弥那さんを大切にしているシズルは、わたしの知っているシズルよりもうんと強いんでしょうね。もしかしたら、アーロインさんを殺した方を見つけるのはあなたかもしれません」


 恋人にやきもちを焼かせた。それだけの事で、人に殺意をぶつけるほど弥那を大切に想っている。それが分かって、シアは今にも鼻歌を歌い出しそうな程に機嫌が良かった。

 意味が分からないと言いたげに、シズルは肩を竦めた。


「でも、やっぱり、シズルはもうちょっと、お姉ちゃんに優しくしてくれてもいいと思います」

「……善処する」


 いつもなら冷めた目で見返すところだが、シズルは渋々と頷いた。

 弥那への態度が褒められて嬉しかったのかもしれない。もしくは、ちょっとした悪戯に対して殺意をぶつけるのはやり過ぎたと思ったのかもしれない。

 シズルは自分が義姉に向けて反射的に言った言葉に唖然となった。いつもなら、悪態を付くところなのに。


「三人とも、話は終わったかい? そろそろ、結界内の魔物を狩りに行こうと思う」


 いつからか様子を伺っていたグートが声を掛けてきた。

 三人は彼の提案に素直に頷いた。

 結界内に残った魔物を狩ってしまえば、増援はもう来ない。その後は、ゆっくりと遺跡を調査できるだろう。

 一行は本格的に第二階層の調査に取り掛かった。


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