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地味令嬢の変身


「リーディア様、本日はお好きなチーズケーキをご用意してます」

「リーディア様、晩御飯の希望はございますか?」

「リーディア様、今夜はマッサージいたしますね」



勘違い令嬢たちを撃退してから、ますますリーディアは使用人に構われることになり困惑していた。

叔父の所為でもあるが今まで屋敷を訪れた令嬢たちは誰もが自信家で傲慢で散々で、使用人たちにも被害が出ていた。まだ先週の勘違い様はまともな方だった。それに比べ態度は控えめで、使用人に対しても対等な姿勢の平凡リーディアはまさに女神だった。



「いつもありがとう。皆様は優秀な使用人ですから、全てお任せするわ。お願いします」

「「はい!」」



(リーディア様は今日も優しい)

(裏で陰湿なことをすることもないし)

(ナーシャさんは先日綺麗なリボンを分けてもらってたぞ)

(俺なんてミスをデューイさんに怒られそうになってたら自分も悪いのだと庇ってくれたぞ)

(何よりもエヴァルド様の雰囲気が柔らかくなった)


(((正式な結婚まで油断するな!屋敷の安寧のために絶対に逃がさない!)))



使用人たちの心はひとつになっていた。デューイとナーシャによる外堀作戦の影響もあるだろう。

今日は執務室で朝食をとっており食堂にはいないエヴァルドだが、昨日など「ディア、私にできることであれば、私に頼んでもいいんだぞ」と止めるどころか便乗してくる始末。味方のいないリーディアは朝食を取りながら現実逃避に回想していた。



(あぁ、昨日の甘めの顔のエヴァルド様も素敵だわ!でも、でもよ?私は偽物なのにこんなに良くしてもらうだなんて悪いわ。罪悪感が……こう、ひしひしと。止めることは無理そうだし、しばらくは執筆は後回しね……編集長に伝えなきゃ)



「ナーシャ。ルド様のお見送りをしたら、わたくしもお出かけしたいのだけれど良いかしら?」

「いつでも大丈夫ですが、どちらへ?」

「市井よ。お忍びスタイルで行くから、馬車も小さいのを手配してくれると助かるわ」

「───!」

「ナーシャ?」

「は、はい。かしこまりました」



(リーディア様が市井へ!?まさか屋敷を出て帰ってくるつもりが無い?それとも下見?……とりあえず逃げられないように密着しなければ)



実は誰よりも平民ショックを引き摺っているナーシャの動揺に気付くことなく、リーディアは食堂を出て部屋に戻ると鏡台に座る。地味な容姿とは言え、同じお忍びの貴族に見つかってしまうかもしれない。一番質素なワンピースに着替え、リーディアはメイクを始める。普段からメイクは自分で施しているため、手慣れた様子でいつもより濃い目に仕上げていく。



「まぁ、こんなものかしら?」



リーディアは満足げに鏡で姿を確認する。するとノックの音が聞こえ、ナーシャが迎えに来る。



「失礼します。まもなくエヴァルド様がご出勤……に……お前、リーディア様を何処へやった!侵入者がいるぞー!!」



ナーシャは突然背中から短剣を取り出して、リーディアに向ける。無理もなかった。

濃い目の化粧を施されたリーディアの瞳はパッチリ大きくまつげも重たそうにフサフサ、鼻筋は通っているように見え、唇は苺のように艶やかで色っぽいルージュが引かれていて別人の顔だった。


ナーシャの叫びに、近くにいた使用人たちまで部屋へと雪崩れ混んでくる。全員が武器を所持しリーディアへと向け、誰も正体に気付いておらず、命の危険を感じたリーディアは慌てて止める。



「──ひぃぃぃ!?待って待って待って!わたくしよ!リーディアよ!信じて!お願い!殺さないでー!いやぁぁぁあ!!」

「はっ!?確かにリーディア様のお声……茶色い髪に瞳に……身長に……そのお胸……まさか、失礼しました!!」



(((胸?判断基準そこ?)))



ナーシャの発言に雪崩れ込んだ使用人たちの頭は冷え、よくよく侵入者の顔を見るとギリギリ面影のあるリーディアだった。しかも普段よりずっと令嬢らしい綺麗な派手な顔の。



「状況は!?ディアは無事か!」


玄関でお見送りを待っていたエヴァルドが騒ぎを聞きつけ、走ってくる。リーディアの部屋の出入り口は使用人が殺到しており、エヴァルドは最後尾の使用人に状況説明を受けながら、前に進む。


「実はリーディア様じゃないと思ったらリーディア様だったのです」

「ん?」

「見ればわかります」

「分かった。無事なんだな?……ディア入るぞ」



使用人の説明の意味が分からず、エヴァルドは部屋に入りリーディアを探すがぱっと見つからない。よく見渡すと制服の使用人に混じってひとりだけ質素なワンピースを着た女の子が、ナーシャに隠れて顔だけ出していた。



「…………ん?ディア……なのか?」

「はい。あの、その、本人です。信じてくださいぃー抜かないでくださいぃ」

「……ぇ、あぁ!すまない」



リーディアの部屋に侵入者がいたと思ったエヴァルドは、『守るべき人の身に危機が迫ったら即抜剣』という仕事の癖で剣の柄に手をかけていた。もうエヴァルドにとってリーディアはそういう人になっていた。



「つまりディアの変装が凄すぎて、ナーシャまで騙されたということか。確かに別人で見間違えた……」

「はい、お騒がせして申し訳ございません」



「いや、問題も解決したし私は登城する。ディア、怖がらせてすまないな。見送りはここで良い。いってくる」

「はい、いってらっしゃいませ。ルド様、お気をつけて」


エヴァルドはリーディアを見つめ、片手を一度あげかけるがすぐにおろして部屋を出ていった。使用人一同は頭を下げ、リーディアは笑顔で手を振ってエヴァルドを見送った。





(ち、近いわ)



現在リーディアは馬車を降りてナーシャをお供に平民の街を歩いている。目的の場所は人混みの先にあるので馬車よりも歩いた方が早いと判断して荷物を片手に降りたのだが、ナーシャの距離が近いのだ。

もちろんナーシャはリーディア逃亡防止の為なのだが、リーディアはナーシャの危機感を知らない。せめて背後はやめて欲しいと提案する。



「ナーシャ、お忍びなのだから友達のように並んで歩きましょ?」

「かしこまりました」


5分も歩くと目的地の出版社の前に着く。受付で編集長の面会を申し込み、封書も渡す。この中には今回の訪問の目的とナーシャを欺く口裏合わせについて書いてあった。


「リーディア先生、編集長の準備が整いました。応接室へどうぞ」

「ありがとう、行くわよナーシャ」



高く積まれた原稿や、本のサンプル、過去の作品でひしめく廊下を過ぎて、机と睨み合う従業員の間をぬって奥へ進み部屋へと入る。そこには壮年の紳士が笑顔で出迎えてくれていた。


「あらぁお久しぶりね。リーディアちゃん、わざわざ会いに来てくれるなんて今日はどうしたのかしら?」

「編集長……いえマドモワゼル先生、お久しぶりです。ご相談があって来たのです」


マドモワゼル先生と呼ばれる壮年の紳士とは思えぬオネェ口調の男は、早速本題を切り出す。編集長という重役をこなしつつ、マドモワゼルとして大人気作家として執筆活動をする彼であり彼女は多忙だった。


「実はお聞き及びかと思いますが、わたくし婚約しましたの」

「えぇ、知ってるわよぉ。とっても高貴なお方らしいじゃなぁい」



「はい。このように優秀な侍女もつけて頂いているんです。高貴な方の婚約者の身でありますから、お仕事を少しお休みしようかと(※見張りの目があって、薔薇本の原稿が進んでいません)」

「まぁ、貴方の作品のアドバイスは好評で貴重な戦力なのに、理解は得られないの?いつになったら再開できるの?(※お前の売上の多さは馬鹿にできないんだ。さっさと暴露して早く作品よこせ)」


「それがなんとも。今は婚約者のことで頭がいっぱいで(※めっちゃ良いネタのモデルの観察で精一杯なんです。許して)」

「素敵な婚約者なら仕方がないわねぇ(※そんなに良い作品に繋がるなら仕方ない)」


「とりあえず、ここまでできた確認済みの原稿です。お納めください(※ストック全てお持ちしました)」

「ありがとう~新刊が出せるわ(※結構な量ね。許すわ)」



リーディアとマドモワゼル先生の会話を聞き、リーディアは立派な助手であると感心していた。リーディアは出版社のお手伝いとして、原稿チェックを在宅ワークとして密かに行っていた事にしたのだ。ただの伯爵家の三女ならば良かったが、公爵の婚約者が外で働くなど誉められた行動ではない。だから隠していたと馬車の中でナーシャには説明してあった。



「それではマドモワゼル先生、お忙しいところ失礼しました。お手紙は変わらず送らせていただきますね(※詳細は後程お知らせします)」

「えぇ、待ってるわぁ(※婚約者ネタ求む)」


リーディアとナーシャは出版社をあとにして元の場所に戻り馬車に乗り込む。



「これで私が出版社に伝があることを信じてくれたかしら?」

「えぇ、もちろんです」



リーディアはナーシャが納得してくれたようで満足そうに微笑む。リーディアは以前、解消を引き留めてくれたのは令嬢が市井で生活できる基盤がないと思われ、心配と同情のせいだと思っていた。だから安心要素が証明された今ならエヴァルドがいつでも解消通告しやすくなったはずだと考えていた。


(叔父も勘違い様も排除したのに、まだ引き留めてくれるなんて不思議だったのよね~本当に優しすぎるわ。でも伝わったようだし、もう安心ね)




リーディアがお気楽に考えていた一方、ナーシャは笑顔で事態を深刻に受け止めていた。リーディアには市井でも生きていける伝があり、これはいつでも公爵家から離れられるということだった。


(大変だわ。マドモワゼル先生という大物が背後にいたとは……平民だとしても影響力は強く安易に無下にできない相手。油断できないわ)


リーディアの思惑とは逆に、安心どころか警戒心が生まれていた。






その夜、リーディアは久々にエヴァルドの寝室にお呼ばれされていた。実のところエヴァルドがリーディアに好意を自覚してから、彼女を意識しすぎて呼べなかったのだ。特に最近は悩みの種もリーディアが解決してしまったため打合せ内容もなく、用事もなしに呼ぶことに気後れしていた。



デューイに言わせれば「お前は子供か!」と言われそうではあるが、初恋混乱中のエヴァルドには精一杯なのだ。しかし今日は朝に騒動があったので、それをネタに呼び出せたのだった。



「ディアの変装の腕前は凄いんだな」

「いえ、どこの令嬢も本気をだせばあの程度は普通ですよ。戦闘メイクをした夜会の皆様はお綺麗でしょう?」



言われてみれば、どの令嬢も濃いメイクを施し素顔が分かりづらいとエヴァルドは納得する。同時にふと疑問が湧いてくる。



「しかしディアは何故夜会では素顔に近い薄化粧で、変装の時にこそ戦闘メイクなんだ?普通は逆ではないか?」

「それは作戦のためです。エヴァルド様とわたくしの婚約は偽物……解消となった時、相手がこのような地味女であれば飽きられるのは必至。当たり前の出来事に、エヴァルド様が令嬢を捨てたと批判されることはないでしょう」

「──なっ」




リーディアの行動はエヴァルドを頼ることが無いように考えられたもので、己の不甲斐なさを突きつけられた言葉に詰まる。

またリーディアは自分を飽きられるような地味女だと平然と口にし、以前から気にしてはいたがあまりの自己評価の低さに唖然とした。




戦闘メイクのリーディアはどこか妖艶で美人であったが、今、目の前の素顔のリーディアこそエヴァルドが好きになった姿だ。確かに地味ではあるが、スッピンなど地味で当たり前。しかしよく見れば茶色の瞳も透き通っているし、肌も綺麗、唇もちょこんとしていて幼く見せている。



(茶色の髪も艶が綺麗で、指通りも滑らかじゃないか…………何よりもディアはいつも私を驚かせ助けてくれる。私はディアの心が欲しい。なのに私がディアに出来たことはあっただろうか……恥ずかしがっている場合ではなかった)



エヴァルドは無意識にリーディアの髪に手を伸ばし、質感を楽しみながら決意する。



「エ、エヴァルド様!あの……!」



眼鏡の縁が鈍く光り、あまりにも真剣な眼差しで髪を触られ、さすがのリーディアの心臓の鼓動も早まり焦りだす。なんていったって男同士のチョメチョメを読んだり書いたりしてても、妄想を超えた現実の男の本気はリーディアには刺激が強かった。

しかし決意したエヴァルドにはもう引く気はない。



「私はもっとディアの事を知りたい。ディアが私をよく知っているように……教えてくれ」

「わ、わたくしのことを……?」

「あぁ、できれば全てを」

「────!そ、そ、そそそそれはまた次回にでも!今日はおやすみなさい!」



キャパを超えたリーディアは逃げるように自分の寝室に逃げ込んだ。手から滑らかな髪がするりと逃げエヴァルドは残念に思いつつも、見たこともないリーディアの反応に手応えを感じた。



「デューイ、このやり方で良いと思うか?」



今夜の担当として影に控えていたデューイは、エヴァルドの問いに大きく頷いた。






そしてリーディアは部屋に戻っても激しく興奮し、動揺していた。エヴァルドのあの表情と仕草は妄想以上で、是非とも記録しなければと日記帳を取り出しペンを握った。握ったが書けない……思い出すと恥ずかしすぎて悶えてしまい、リーディアの文才ではうまく言葉で表現出来なかったのだ。


(なんてことなの!心臓が痛いわ!こんな貴重な体験は2度と無いかも。記録しなきゃなのに……あぁ恥ずかしいわ!獲物を狙うような肉食的な瞳。髪を絡めとるような指。低く耳に響くような声……きゃぁぁぁあ!萌え過ぎるぅぅう!)


結局リーディアの興奮が収まったのは深夜の終わりで、次の日は灰になっていた。




2018/7/14 日間ランキング1位

夢かと思いました。本当に多くの皆様に読んでいただき感謝致します。


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