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猫系騎士の宝物

今夜はエスコートを約束していた王女の誕生祭。

シオンとフローラは通路でリーディアとエヴァルドと分かれ、先に会場入りした。

シオンはライバルの婚約者候補から睨まれるが受け流し、フローラは令嬢たちからの羨望の眼差しを受け止めた。


しかし誰もが二人を気にするが誰も声をかけられない。まるで氷が溶けたように微笑むシオン。いつも気高いはずなのに今宵だけは初々しく頬を染めるフローラ。この幸せそうな空気を壊したらどちらかに沈められそうで邪魔などできない。


だというのに猛者がひとり現れる。


「フローラ、シオン殿」

「まぁ、お父様。お仕事が終わりましたのね」

「お疲れ様です。ガラナス侯爵」


夫人を伴いガラナス侯爵が笑顔で近づいてくる。最強の敵の登場だ。シオンはお辞儀し、フローラの手を握る力を強めた。



「あぁ、間に合って良かった。()()()()エスコートありがとうシオン殿」


ガラナス侯爵の“もうシオンは下がっていいよ”というような言い回しに、やはりな……とシオンは迎撃体勢に入る。この娘命の親バカはまだ諦めるはずがないと予想していた。



「いえ、このあともお任せください。侯爵からご指名いただいたせっかくの機会ですので、責任をもって最後まで務めますよ」

「そうか……して、ファーストダンスなんだが」


「待ちきれなくて、すでに俺から先日フローラ嬢に申し込み快諾してもらいました。もちろん今日も改めてお願いしますが」

「………………ほう」


「帰りもお任せください。安全を考慮し、帯剣した俺がきちんと護衛して屋敷に送り届けますから」

「………………フローラ、そうなのか?」



フローラが同意するように頷くとガラナス侯爵の肩がやや下がったように見える。シオンは途中で奪われては堪らないと、先手必勝の如くガラナス侯爵の思惑を潰していたのだった。

“お前の側が一番心配だ”と言いたげなガラナス侯爵は夫人に半ば引き摺られるようにして、リーディアとエヴァルドの元へと去った。

ちょうど王女と婚約者によるオープニングダンスが始まり、二人で眺める。



「これでお父様も少し子離れしてくださるかしら?」

「うーん、無理だと思います。だってフローラ嬢は可愛いですから」


「メルビス様ったら、皆様が聞いていますわ」

「王女殿下のダンスに夢中だから大丈夫ですよ。それに俺は隣を守りたくて必死なんです。もう長い間……」


「メルビス様……そろそろ過去を教えて欲しいわ」

「そうですね。ですが先にすべき事がありますよ」


そうして王女による開会宣言が終わったタイミングでシオンはフローラの前に向き直り片手を出して腰を折る。


「美しいフローラ様、このシオンと踊って頂けませんか?」

「はい、喜んで」


シオンに重ねたフローラの手にキスが落とされ、“きゃあー”と叫びたくなる声を飲み込み、ダンスの輪に入っていく。

流れるようにスムーズに踊り始めるが、フローラはなんとなく違和感を感じた。身長差のせい?リズム?ホールド?ステップ?どれも問題はないはずなのにと確認するようにシオンを見上げた。


「──っ」


するとピクっと一瞬だけシオンが動揺した。そして少し目線が泳ぎ、耳も赤いように見えた。


「メルビス様……お加減でも?」

「違います。俺……その……緊張しているんです。ダンスなんて半年ぶりで」



ダンスが半年ぶりというのは本当だが、本音は違う。フローラとこんなに密着するのは初めてで、メロンがぶつかりそうで焦ってるなど言えない。紳士でありたいのに、その状態で上目遣いで見ないで欲しいとも言いたい……けど言えない。


そんなシオンの葛藤を察したフローラはホールドを強めて体を密着させ、メロンアタックを繰り出した。



「──!?」

「ダンスに慣れるには相手の動きを感じた方が早いですわ。そのためにはもっと近づいた方がよろしくてよ?」



フローラはメロンは女性の武器だと熟知している。大抵の殿方は弱い。だから令嬢は意中の殿方を落とすために、コルセットで腰を限界まで絞り胸を寄せて、できるだけ盛るのだ。



「フローラ嬢……その」

「ほら、メルビス様しっかり支えてくださいな」


「……はい」

「それで良いですわ」


フローラの狙い通りに手は強く握られ、腰を引き寄せられる。

年上でクールな騎士が自分のせいで動揺する姿は可愛い。なるほど……シオンはだから自分で弄ぶのかと少し理解し楽しくなり、フローラは満足げに微笑んだ。

シオンはキスが恥ずかしくて、メロンがOKなフローラの基準が不思議でならない。ただひたすらフローラの一部ではなく、果物のメロンだと思い込むようにした。



シオンとのダンスを終えたフローラは他の婚約者候補からもダンス中に口説かれた。だがシオンほど真っ直ぐな言葉をくれる令息はおらず、やはり心に響かない。

その間シオンは自分は踊らず、お姫様の護衛のごとく少し離れたところで見守っていた。顔はいつもの無表情だが、心は嫉妬で大荒れだ。

だから一段落した二人はなんとなく“帰るよね?”という流れになり、早めに会場を出た。



「フローラ嬢、俺に少しお時間をくれませんか?今日はあまりお話できませんでしたから」

「えぇ、そうですわね。聞かせてくれる約束でしたものね」


ガラナス侯爵邸に着く直前、シオンは真剣な顔でお願いするととフローラは頷いた。

フローラに応接室に案内され、シオンはやや目を細め部屋を見渡す。


「どうかしましたか?」

「いえ、当時もこんな部屋だったのかなと……緊張していて記憶は朧気なんですが…………フローラ嬢、聞いてくれますか?」


「はい」

「俺はある少女と出会う前は自分が嫌いでした」



シオンは15歳だった約10年前、成人直前だというのに身長はまだ低く、容姿が男には思えないほど可憐な顔をしていた。男からは女々しいと馬鹿にされ、剣の勝負を挑んでも相手にすらされない。全て容姿のせいにして不貞腐れ、何より実力のなさを容姿のせいにする己が嫌いだった。

街に出掛けるときは旅人のように大きめのローブにフードを深くかぶり、マスクでコンプレックスの顔を徹底的に隠していた程に自分に自信が持てずにいた。



「完全に自暴自棄だった当時、俺はある少女と市井で運命的な出会いをしました」

「10年前の……市井……」


フローラはシオンの言葉を反復すると、エヴァルドへの失恋と共に捨てたはずの記憶が甦ってくる。


「その少女は明らかに市井では浮いていて、悪いやつらに絡まれてました。助けるのが面倒だと思っていたのに、その少女の表情を見た瞬間に勝手に体が動いていたんです」

「………………」



シオンの脳裏に浮かんでくるのは貴族特有の金糸のような輝く髪を隠しもせず、力強い青い瞳を逸らさずガラの悪い男たち(チンピラ)3人と対峙する可憐な少女。怖い顔をしたチンピラに臆するすることなく言葉を言い返す姿は、弱そうな少女だというのに誰よりも強く、気高く見えた。


フローラも思い出す。小柄な旅人がチンピラの背後から足を引っかけ転ばし、自分を肩に担いで人混みに紛れるように商店街へ走ったことを。抱き方には不満だったが、颯爽と現れた王子様に助けられたお姫様の気分だった。



「で、助けて終わりだと思ったらその少女は店の窓から可愛いものが見える度に“見たい”だとか“欲しい”だとか小さな手で俺を引っ張って大変で……」

「えぇ、少女は昔から可愛いものには目がないの……でも旅人様はため息をつきながらも付き合ってくれて……嬉しくて……」


フローラは答え合わせをするように呟き、二人の思い出が重なっていく。



「それでも慣れない少女の扱いに困っていたら、俺は運悪く水を浴びて……本当に最悪。格好悪かったなぁ……」

「なのにフードもマスクも外そうとはしなくて……それで……」



「それで……そんな時、その少女がこれを俺にくれたんです」


シオンは礼服の内側から首に下げていた小袋を取り出す。その小袋からは小さく折り畳まれた布が1枚。シオンが大切そうに広げると、フローラは息を飲んだ。


「…………わたくしの」

「えぇ、これは少女が、幼かった貴女が俺にくれたタオルです。愛用してしまって、ボロボロになってしまって、でも捨てられず刺繍部分だけを残してお守りにしているんです」


「そんな……」


フローラは絶句する。ずっとエヴァルドが恩人の……初恋の旅人だと思っていた。でもエヴァルドは全く覚えていなくて、それは本人ではないから当たり前で。



「渡された時の言葉は衝撃でした。俺に“これをあげるから私を貰って。あなたを気に入ったの!良いでしょ?”って……自信満々で、とびきりの笑顔で言ったんですよ。俺はもう眩しく見えて……」


シオンは言葉を区切り当時を脳裏に浮かべる。宝物と呼べる輝く思い出。

自分とは真逆の自信に満ちた気高い少女が、こんな情けない自分を求めてくれるだなんて……こんな自分でも良いのかと救われたような気持ちになった。この少女が欲しいと願った。



「そして俺は恋に落ちました。単純なんです」

「わたくしもですわ……旅人様は“お姫様が大きくなったらね”って約束してくれて。子供を宥める言葉だと分かっているのに、わたくしは運命を感じてしまって……」



自分は勘違いをしていたのに、シオン(この人)はずっと約束を違わず守ろうとしてくれていた。感極まったフローラは震える指先でシオンの頬をなぞる。

貴族としての使命に幼い心は疲れていた。そんな時、旅人はワクワクドキドキが止まらない、まるで物語のような時間を与えてくれた。自分だけの不器用な王子様。ずっと再会したくてたまらなかった相手。



「旅人様はこんなお顔でしたのね……シオン・メルビス様」

「はい、思い出しましたか?お姫様」


「思い出したも何もわたくしにとっても宝物の思い出ですわ。大切な……初恋の……そして諦めた恋のはずで……」

「フローラ嬢」



シオンはフローラの両手を優しく大きな手で包み込む。もうフローラの青い瞳からは涙が溢れている。


「すっかり大きくなりましたね。俺の愛しいお姫様。まだ約束は有効ですか?」

「えぇ……はい、大丈夫ですわ」


「貴女をもらいに来ました。俺の最愛になってください」

「はい、喜んで。わたくしも愛し──っ」



フローラが答えきる前にシオンは彼女を引き寄せ抱き締める。やっと手に入れたと、もう離さないとばかりに力は込められていく。

フローラはその力強さが少し息苦しい。だけど耳元で小さく聞こえるシオンの“愛している”と言う声が震えていて……止めることはできなかった。



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