表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/34

地味令嬢と自称婚約者


「リーディア様、おはようございます」

「リーディア様、体調にお変わりありませんか?」

「リーディア様、お手伝い出来ることはありませんか?」



リーディアの部屋に訪れる使用人が増えた。先日の叔父事件はリーディアが解決したとして、顔には出さないもののリーディアを不審がっていた使用人たちの憂いも晴らすこととなり、支持率が急上昇したためだ。



しかも手首の包帯がとれるまで、リーディアは慣れない利き手の逆でネタを書いておりどうしても部屋に引きこもりがちだった。食事もカトラリーを上手く扱えず苦労しているか弱い姿が、より使用人たちの庇護欲をくすぐっていた。

包帯も取れて、夜会への参加もできるほど回復しても過保護は続いていた。



「皆さん、ありがとう。私に構わずお仕事なさって」


リーディアはこんなにも構われたことがなく、若干ひいていた。もちろん表には出さないが、あまり見られたり構われたりするのは都合が悪かった。



(最初は薔薇ネタ書いてるのバレても良いと思ったけど駄目よ!まだまだインテリ眼鏡騎士の究極のデレを拝んでないわ!それまでやっぱりバレて追い出されるわけにはいかないのに……)


この間だけでも薔薇本のネタを書くのは止めれば良いものの、リーディアの腐った思考では止められなかった。それでも自分の中で譲歩した彼女は執筆は深夜と早朝のみ行い、昼間はただのポエムと誤魔化しの利くエヴァルド観察日記に集中することにしたのだ。



(それにしても叔父様はあっけなかったわね。乙女小説の巨匠マドモワゼル先生の小説のネタを参考に罠を張ったけど現実でできるなんて。小説は想像だけではなく現実要素が大切なのを身をもって知ったわ。なんて共感できる小説だと感動を禁じ得ないわね。さすがマドモワゼル先生……見習わなければ)



リーディアがエヴァルドの仕草などを思い出して研究していると、部屋の扉がノックされる。リーディアが観察日記を机にしまい返事をすると、来客の知らせだった。侍女ナーシャのオーラが黒いことから、先触れもない招かれざるお客のようだ。



(来たわね、ネタの素!)




「リーディア様で宜しいですか?わたくしエヴァルド様と懇意にしているフローラ・ガラナスと申しますの。先触れなしでごめんなさい、それだけ彼と親しいの」


リーディアがワクワクして応接室に出向くと、金髪碧眼のビッグなけしからんボディの令嬢が微笑みながら挨拶をしてくる。高圧的な言い方に自慢を織り混ぜてリーディアを牽制してきたが、リーディアは別件に夢中でスルーだ。



(なんとダイナミックなボディ!しかも上から目線だなんて、物語の悪役に相応しいわ!)



「リーディア様?何かおっしゃらないの?」

「えぇ、実に素晴らしい(メロンと悪役の素質を持った)方がいたのかと思いまして……」

「そ、そうなのよ。貴女分かるじゃない!」

「どうやったらフローラ様のように魅力的に?」


フローラは勝ち誇ったように胸を張りメロンを揺らす。本来フローラはリーディアにエヴァルドに相応しくないから婚約者を降りろと言うつもりで来たのに、(おだ)てられて上機嫌になりタイミングを逃していた。



「あの、フローラ様はルド様と親しいのですか?どこまで親しいのですか?」

「貴女には言えないほどよ……幼馴染みですの。婚約もするはずだったのに大人の事情で待つことに……本当は今頃私が婚約者になれたはずですのに……こんなにも慕っていますのに……うぅ」

「フローラ様……!」

「あぁ、リーディア様聞いてくださる?」



(公爵との本婚約は大変なのね。何故破談(?)になったのか詳しく。ついで幼馴染みネタカモーン!)



小説モデルのエヴァルド研究に余念がないリーディアは過去のエヴァルドのどんな話が聞けるかと、ワクワクして話を待つ。

だがフローラが話す前に応接室の扉が開かれ、ぞろぞろと3人の令嬢たちが許可も取らず入ってきた。後ろの廊下に残された執事デューイが死んだ目をして丸投げしていることから、令嬢たちの強引さが伝わる。



「フローラ様!抜け駆けはよくありませんわ。本来の婚約者は私の予定だったのよ!」

「何を言っているのジャスミン様、それは私の言葉よ。お母様が言っていたもの」

「マーガレットも寝言はお止めになったら?エヴァルド様の迎えが来るのはこの私スカーレットよ。皆なってないわ」

「信じちゃ駄目よリーディア様。私の言うことが真実よ」



上からスレンダー担当ジャスミン、ぶりっ子担当マーガレット、知的インテリ風担当スカーレット、メロン担当フローラが自分が真の婚約者だと言い合う。

本当に真の婚約者であればリーディアのような存在は不要なはずで、自分が選ばれてない時点でおかしいと誰も気付いていない。恋は盲目とはこの事だった。



自称婚約者の四人が言い争っているのを静観していたリーディアに、デューイがそっと耳打ちする。


「この勘違い様たちは叔父に唆された者と、親同士の社交辞令を鵜呑みにした令嬢です。令嬢たちが全て悪いわけではなく、エヴァルド様はそれは苦労を……」

「まぁ、お互いに可哀想なのね。任せてちょうだい。そして貴方にお願いがあるの……」



この令嬢たちは当時後見人を下ろされる前の叔父の「素晴らしい令嬢だ。エヴァルドにも君のような令嬢が現れれば」という社交辞令を鵜呑みにしたり、恋する気持ちを拗らせ暴走しても誰も止めなかったためすっかり婚約者気取りをしていた。



しかし待てど暮らせど婚約の話は来ない。普通なら頭が冷えてここで諦められるのだが、その間エヴァルドに浮いた話は一切なく彼女たちは「私に申し込めない特別な事情があるのだわ!」と思い込み、更に待った。

そして適齢期ギリギリになり焦った令嬢たちは外堀から埋めようと、自分が婚約者だと騒ぎ立て、それが何人も出てくる出てくる……追い詰められたエヴァルドが苦肉の策でリーディアとの契約を結んだ原因のひとつだ。




そんな事はリーディアは知らない。ただ幼馴染みネタを聞き漏らさないように、令嬢たちに耳を傾け、まるで裁定者のように振る舞う。しかし令嬢たちの口からでるのは「私はこんなにも素敵なのよ」という自慢話と、「エヴァルド様のことをたくさん知っているから相応しい」と主張するだけ。



パン!



「「「「え?」」」」

「皆さま、よろしくって?」



(知ってるわ詐欺は要らないわ!わたくしが求めているのは現実のネタよ!)



知ってると言いながら、小説の参考になりそうな具体的な話が出ずに飽きたリーディアは手を叩き、令嬢たちを黙らせる。ポカンとしている令嬢を尻目にリーディアが執事に目配せすると、頷いた執事が厚紙とペンを全員に配り始める。



「皆さま、これこそ私しか知らないエヴァルド様の事!という内容を発表しましょう。話が重ならないように確認のため紙一枚に1エピソード書いてくださいませ。最後に一番多かった令嬢の勝ちですわ」

「それ良いわね!負けるはずがないわ!」

「まぁ、さすが幼馴染みですわ!」



幼馴染みである令嬢たちは自信があるようで、即断した勇気にリーディアは拍手で称賛する。最近知り合った現婚約者のリーディアが一番不利だと皆が思い、令嬢たちはリーディアを敵とも見なしていない。むしろなんと機転の利く、賢い令嬢だと上方修正した。そうして、令嬢たちのエヴァルドエピソード発表会が始まった。



エヴァルド様はやはり出来る男のようで、当時少女だった令嬢たちの心を掴むようなエピソードもあった。学園で迷っていたら声をかけてくれて案内してくれた、服についた虫を取ってくれた等。



特にフローラがレッスンが嫌で屋敷から逃げ出した時に運悪く市井で不良に絡まれ、その際に正体を隠したエヴァルドに助け出された話は傑作だった。


「旅人のようにフードとマスクをしていたのに、何故ルド様とお分かりに?」

「はっきりとは見えなかったけど、髪色は暗めで瞳は青系に見えましたの。その時は誰だか分からなかったわ。だけどその数年後にこちらにお邪魔したとき、貸したタオルが洗濯されていたのを偶然見たことが決定打ですわ。刺繍入りだから間違いありませんことよ」

「なるほど!そこを詳しく」


素性を明かさず華麗に助ける姿は惚れない方がおかしいエピソードだった。しかも、逃げる途中で通りかかった店の水撒きの水にエヴァルドが濡れ、たまたまフローラが持ち出した家出セットの中の刺繍入りタオルを貸した場面などきゅんきゅんものだった。



しかし、昔の記憶というのは曖昧で実際の良いエピソードは尽きて、次第にエヴァルドの可愛い失敗談へと話が変わる。



「8歳のお茶会の時に実はお茶を溢していたみたいで、一生懸命裾を伸ばして隠そうとしていたわ。それで裾が伸びちゃって執事に怒られていたわ」

「あれはいつだったかしら、学園で珍しく寝癖がついていて午後まで気づかず……ご友人に指摘されて顔を赤くしたことを見たことあるわ」

「私はね─────」



(皆様、素敵なエピソードありがとうございますわ!幼い頃から騎士であり紳士。でも天然で子供らしい面も……大人の今も残る癖もあるのは大発見ですわ。新人騎士のライバルに幼馴染みは鉄板ですわね。あぁ、今夜も筆が進みそうよ)



「次はリーディア様よ!その笑顔もどこまで続くのかしら?」



令嬢たちはエピソードが既に尽きており、途中で創作すら混ざっていた。しかしそれすらもネタになるので、リーディアは令嬢たちの捻り出すようなエピソードを大人しく聞いていた。しかし、リーディアも彼女たちのネタ切れには薄々気付いており、尚且つこれ以上無理に話が進めばエヴァルドの名誉に関わるので動き出すタイミングを待っていた。



(まぁ幼い頃の失敗など可愛いものですが、本人には知られたくないこともあるわよね。そろそろ終わらせましょうか)



「そうですわね。ルド様は寝る前に必ず小さなグラスで濃いめのレモン水をお飲みになるわ。紳士の嗜みでね」

「寝る前の嗜みですって!?」

「ちょっと……飲んだそのあとは!?」




令嬢たちは急にリーディアの艶かしい時間帯の話題に動揺が隠せない。リーディアはその先を言わず微笑むことで、令嬢たちは勝手に想像を広げ戦慄く。


リーディアの公爵家での居候の経緯は何か弱味を握っているのか、昔に貸しでもあるのか……仕方がなくエヴァルドが住まわせている。ついでに女避け役をリーディアが務めてるだけの冷めた関係というのが、彼女たちの共通認識だった。そのリーディアが夜のことを知っていることは衝撃だった。もちろん、二人には何にも起きていない。



「あら?皆様、次のエピソードは?パスならまたわたくしから発見をおひとつ」


──ゴク


令嬢たちの喉がなる。リーディアは令嬢たちが冷静になる前に、さらに追い込んでいく。


「ルド様の左鎖骨にホクロがありましてね。とっても色気がございますの。あ、襟足に隠されたホクロのチラリズムも捨てがたいわ」

「そんな場所に?」

「なんでそんな場所を知ってるの?」


「あら、2つも言ってしまったわ。ひとつって決めたのにルール違反だったわね。これは無効にして……ルド様の寝室にはね…」

「し……寝室には……?」

「何なの?心臓がもたないわ」



──ゴクリ


令嬢たちの手には力が入り、握られたドレスには皺が寄り、聞き逃すまいと前傾姿勢でリーディアの言葉を待つ。リーディアは見せつけるように、地味な顔を忘れさせるような妖艶な笑みを浮かべ口を開く。


「寝室にはね……実は」

「待つんだディア!それ以上は……」

「あら、おかえりなさい」


リーディアの言葉を遮るように、エヴァルドが応接室(戦場)に突入した。令嬢たちは呆気にとられるが、視線は自然と首元へ集まる。

リーディアはソファから立ち上がり、エヴァルドに近づいていく。


「今日は早いおかえりで嬉しいわ」

「あぁ、今日はディアと夕食が食べたくてな。良いワインを同僚にもらったんだ」

「まぁ、楽しみだわ。さぁ帰宅したんですもの、お寛ぎになって」


リーディアはそう言葉を紡ぎながらエヴァルドの軍服の襟ボタンを外し、首元を態とらしく広げる。エヴァルドはその行為を自然と受け入れる。そこからのぞく鎖骨には確かにホクロがあり、令嬢たちはリーディアの話は真実であると認めざるを得なかった。



(この二人には幼馴染みを優に越える親密さがある。完敗だわ……)



敗北を悟った令嬢たちはそそくさと帰る準備を始めた。マーガレット、スカーレット、ジャスミンがあっという間に帰る中、フローラだけはまだ座っていた。


「フローラは帰らないのか?」


幼馴染みというのは本当だったようで、エヴァルドは呼び捨てでフローラの名前を呼ぶ。しかしその目は冷たく、フローラがエヴァルドの本心を理解するのは容易だった。


「聞きたいことを聞いたら帰りますわ。ねぇ、エヴァルド様……10年前のあのこと覚えております?」

「さぁ、なんのことだかサッパリ。前にも似たようなことを聞いてきたが、私には覚えのないことだ」

「左様ですか。エヴァルド様にとっては覚えるほどではない事だったのですね。わたくしの勘違いっぷりを理解しましたわ」



胸キュンエピソードをエヴァルドはあっさり否定すると、フローラも何か冷めたようにスッキリとした顔になる。


「ねぇ、リーディア様。貴女にとってのエヴァルド様の魅力は何かしら?」

「そうですわね。鉄壁冷徹仮面と見せかけ、本当はお優しいですわね。皆様に対しても家の力で排除できるのにしないのは、何だかんだ皆様にも情があるんです。甘いですわよね?あと容姿の事なら眼鏡がポイント高めで……あ、慣れない笑顔が可愛い」

「ディアッ」


魅力を爵位ではなくエヴァルド自身の内面をさらっとあげたリーディアの言葉と、照れを隠しながら止めるエヴァルドの姿を見て、フローラは結果に納得した。



「リーディア様、変わらずにいてね。わたくしは帰るわ」

「はい、お気を付けて」


「フローラ、ガラナス侯爵によろしく伝えてくれ」

「仕方ないわね。ふふ、貴方様もしっかりなさって。本当に今までごめんなさい」



そうして、フローラはどこか清々しい顔付きで帰っていった。

リーディアを前にして高位の令嬢がエヴァルドを諦めた噂はあっという間に広がり、より悪質だった他の勘違い様にも影響し、勘違い様が突撃することは無くなった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『眼鏡公爵の初恋と地味令嬢の腐れ観察日記』
コミカライズ1巻 発売中



◆スマホアプリ『マンガUP!』様で連載中◆
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ