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メロン令嬢の混乱


「はぁ……」



渡せなかった手紙を片手に、フローラはひとり廊下の窓から外を見つめ溜め息を漏らす。あれだけ悩んで仕上げた手紙まで用意し、シオンがプレゼントを持ってくるのを待ち遠しく思っていた昨日に限って、彼が来ないことに落胆を隠せなかった。



(何よ!この格上の侯爵令嬢のわたくしが!わざわざ!先触れもないのに!待っていたというのに!寂しい思いをさせるなんて!)



と強気になってみるが、やはり寂しい気持ちが消えるわけではない。まだ自己紹介をして1週間しかたっていないというのに、形式的なアプローチをする他の令息とは全く違うシオンが気になって仕方ない。



初めて言葉を交わした夜会では積極的で挑発的でもあったというのに……贈り物は可愛らしく謙虚で気を遣わせない物なのに……添えられているカードは真っ直ぐすぎるほど情熱的で。

フローラにはどれが本当のシオンなのか分からない。



ただ彼は侯爵令嬢としてではなくフローラ自身を求めてくれているのではと、信じはじめていた。

圧倒的な強さを誇る男性で、本当に一途な性格だとしたら……ストライクど真ん中。



「あぁ!もう、わたくしの単純さが憎いわ。ついで普段は無表情クールな殿方が微笑むととてもキュートだなんて反則よ。なんだか苛ついてきたわ……この手紙捨ててしまおうかしら」



むむむと壁に手を当てて盛大な独り言で唸ってしまうほど己が情けない。そしてもう一度深い溜め息をついて部屋に戻ろうとしたが、フローラは動きを止めた。




「フローラ嬢、こんにちは。貴女の姿を見れるとは俺は随分ラッキーなようです」

「────メルビス様っ」



廊下の先には本当に会えたことが嬉しいと伝わるような、満面の笑みを浮かべたシオンがいた。フローラはキラキラと眩しすぎるシオンが振り撒く幸せオーラに胸の中がぎゅっと掴まれたような気分になったのは一瞬で、先ほどの独り言を聞かれたのではと焦り呆然としてしまう。



「フローラ嬢?」

「その……ごきげんよう。えぇっと、いつからそこにいらして?」


「さぁ、いつからでしょう?そうそう、単純な貴女も好きですよ」

「───────!!!!」



なんとかポーカーフェイスだけは保っていたはずのフローラだったが、いくつもの羞恥に耐えられず顔を真っ赤に染め上げる。

助けを求めるように少し離れたところで待機するマリアや、シオンを案内してきたであろう執事に目線を送るが、何故かニッコリと微笑まれて援護は期待できない。

おそらくシオンをここまで案内してきたのは、昨日の言い付けをキャンセルしなかったフローラの落ち度で注意も出来ない。開き直ってドギマギの矛先をシオンに向ける。


「メルビス様!あまりおからかいにならないで下さいませ!遊びは嫌いでしてよ」

「俺は本気ですよ。それとも贈り物は気に入りませんでしたか?」


シオンはまるで叱られたようにシュンとしてしまい、フローラは更に焦る。


「そんなことはございません!とっても可愛らしくて気に入っております!」



フローラが懸命にフォローすると、彼の表情は一瞬にしてしてやったりの笑顔に戻る。フローラは嵌められたと気付き、もう黙るしかなかった。



「すみません。フローラ嬢があまりにも可愛くて……お詫びにならないかもしれませんが、今日も受け取ってくれますか?」

「…………仕方ありませんわね!」



フローラは差し出された紙袋を受け取ろうとするが、触れる直前でひょいと遠ざけられる。


「メルビス様!?貴方様って方は!」

「受け取って欲しいですが、交換です。その手紙と。執事から俺宛の手紙があると聞いていたんですが、それですよね?」


「………………」

「今手紙を貰わないと、フローラ嬢ならそのまま渡さず無かったことにしますよね?捨てるとも聞こえましたし」


シオンに小さな復讐を企てていたのを見抜かれ悔しいフローラだったが、今日はどんな可愛いものが貰えるのかと気になるため渋々プレゼントと交換する。そして紙袋をすぐに覗くと大きさの違う小箱が二個入っていた。



「ふたつも?」

「はい、昨日は任務で渡せませんでしたから、二日分です。随分と待ち遠しく待っていたらしいのに……申し訳ありません」


「そっ!そんなことありませんわ。というより意外でしたわ。メルビス様にこんなにも可愛らしいものを選ぶセンスがおありだとは」

「いえいえ、選ぶのに毎回時間がかかります。相談相手もいませんし、こういった物を買うのは初めてで……それに貴女なら定番の宝石などはもうたくさん持ってますでしょうしね」


「お気遣いありがとうございます。その思慮は評価致しますわ」

「ではご褒美をいただけますか?」



先ほどから弄ばれているとしか思えない態度のシオンのお願いにフローラは警戒を露にする。



「内容によりますわ」

「手を握らせてください」



どんな要求をされるかと恐れていたのに、あまりにも簡単なお願いに拍子抜けする。フローラはきょとんとしてしまう。



「…………それだけ?」

「はい。もしかして、もっと何かしても良いんですか?」


「何をおっしゃっていますの?少しだけですわよ」

「それでは失礼します」



慌てて空いている手をシオンに向ける。シオンはフローラの手を掬い上げるように自らの手の平にのせ親指で甲を撫でる。

フローラの手は大人になった令嬢らしい真っ白な肌で細く長い指が綺麗だった。その手を映すシオンの青みがかった紫色のアメジストのような瞳は、先ほどの態度とは真逆で贈り物のように優しい。



「大きくなりましたね」

「…………?」



まるで幼少の頃から見てきたような言葉を小さく呟くシオンに、覚えの無いフローラは首を傾げるしかない。



「本当はこの手にキスしたいんだけどなぁ……」

「メルビス様?」



更に小さくなった呟きが聞き取れず、名前を呼んでみるがシオンは苦笑いを浮かべ手を離した。



「ご褒美をありがとうございました。俺はそろそろ退散します」

「そう…………ですか」


数分もたっていないのに……カードには毎日会いたいと書いていたというのに……あっさり帰るというシオンに意図せずフローラの声は暗くなる。

まるで恋人と離れるのが寂しいと言っているような彼女の声にシオンの我慢はあっさり崩れた。



「貴女って方は……また明日会えることを楽しみにしてますね。俺の愛しい人」



そういってフローラの金糸のような長い髪の先を指で絡めとり、僅かに触れるだけの口付けを落とす。フローラはただ青い瞳を見開いて動けない。

廊下で相思相愛の美男美女の恋人たちが別れを惜しむワンシーンが再現され、一瞬静寂に包まれるが



──ドタン!



「あぁ、時間切れのようですね。残念。では帰ります」



廊下の奥から物音が聞こえ、一気に現実に引き戻される。残念といいつつ悪い笑みを浮かべたシオンは一礼してエントランスへ歩みはじめた。




「お気をつけて……」



お客様をきちんとエントランスまで送らなければと思いつつも、フローラは言葉で見送るので精一杯だった。あまりの展開の早さに、あまりの情熱に、彼女は腰を抜かさないようにするのが精一杯。



(なんて人なの!?わたくし今何をされたの?キキキキキキ……キス!?落ち着くのよ。顔にキスにされた訳ではないわ。ましてや手の甲など肌に触れたわけではないわ。軽い挨拶よ……あ・い・さ・つ!ただの髪よ……髪にメルビス様の唇が触れ…………きゃぁぁぁぁあ!髪が洗えない!いえ!洗わなければ!え?え?どっちが正解ですの?)



フローラはエヴァルドに恋している間、彼しか見えず他の令息との交流を疎かにしていた。フローラを口説こうとしていた令息はたくさんいたのだが、視界の狭くなったフローラは全て社交辞令としてスルー。そして夢中だった相手のエヴァルドの無反応は定番で、駆け引きなどない。

つまり男性との恋愛経験値は実はかなり低かった。そんな初なフローラにシオンの攻撃は受け止めきれなかった。




マリアから出されたお茶を飲み、美味しい夕食を家族で食べ一旦は落ち着いた。しかし湯浴みの時間になってまた思い出してしまう。


「マリア!髪ってどうすればよろしいのかしら?」

「フローラ様、洗う一択です」


「そうよね……わたくしったらおかしなことを」

「メルビス様のキスの証が無くなるのが惜しいのですね。でもご安心ください。メルビス様はいくらでもしてくださいますよ」


「マリア!なんてことを!」

「婚約すれば毎日でも。それもたっぷりと」



「~~~~~~やめてっ!!!」




すでにフローラの頭の中はシオンの事で占められていた。そしてテーブルには今日もらったラベンダー色の硝子ペンとお揃いのインクボトルが置かれており、湯浴み後にそれを見てまた悶えるのであった。

だから気づけなかった。少し前の夕食の席で、家族のひとりの魂が抜けてしまっていたことを。


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