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メロン令嬢の戸惑い

リクエストの多かったシオン×フローラの物語です。

全6話の予定。


フローラはシオンの事を考えていた。言葉を交わしたのはエヴァルドの勲章授与パーティーが初めてだったはずなのに、フローラは彼に何か無視できない胸のざわめきを感じていた。


それに攻撃的なアプローチには驚かされた。シオンは近衛の中でも容赦のない人で“氷の人形”と呼ばれており、クールな人かとずっと思っていた。だからこそ好意を一切隠すつもりの無い熱意のギャップに思わず胸がときめいてしまった。



エヴァルドにリーディアという婚約者ができたと共に、フローラが彼を諦めたという噂はあっという間に社交界で広まった。そして多くの独身令息は次期侯爵家の当主の座を狙い、婚約者として名乗りをあげた。彼らはまるで以前から親しいような顔をして突然高価な贈り物をドンとひとつ贈り、フローラが身に付けていないことを大袈裟に残念がる。


“貴女のために選んだのです。是非その姿を”と人前で身に付けることをさりげなく要求してきたが、高価な物を身につけたら正式な婚約者だと主張する口実を与えてしまうに等しい。そう、フローラがエヴァルドにしたように。それを分かっていてさりげなく候補者を避けていた。

もちろん中には紳士的で、父であるガラナス侯爵の心眼をパスした者もいたがフローラの心は動かない。



その中でもシオンは全く違う男だった。エスコートの申し出を受けてから毎日、必ず何かが送られてくる。

小さいサイズのピンクのブーケ、流行の色付きの便箋セット、キラキラした宝石のようなキャンディー、フワフワのレースリボン、市井へお忍びにぴったりのシンプルな髪飾り。プレゼントには“愛しい人へ”と毎回違う一言が書かれた手紙を添えて5日間。決して高価ではない物がただ毎日送られてくるだけで、何の見返りも要求してこない。



フローラは昨日送られてきた小花の髪飾りを手に取り鏡を見ながら髪に当ててみる。



「可愛い……」

「フローラ様の好みピッタリですね」


「…………」

「今日は何が来るでしょうか?楽しみですね」



思わず本音が出た感想に侍女のマリアも同意する。フローラはゴージャスな容姿のため綺麗系のドレスや小物を選んでいるが、実際は可愛いものが大好きな令嬢だった。可愛いものは似合わないと我慢しているだけ。

それをマリアに指摘されても反論できず、さらにシオンの贈り物が楽しみになっているのも事実でフローラは少し口を尖らせて黙るしかなかった。


公の場で身に付ける事はできなくても可愛い贈り物は見るだけで気持ちを楽しくさせてくれる。小さい頃からの好みど真ん中の物を連日贈られているフローラは、既にシオンの事が気になって仕方がなかった。



(だ、駄目だわ。メルビス様の事ばかり考えては!わたくしは夫で次期侯爵家の当主を見極めなきゃいけないのよ。他の候補者の方と平等に……冷静に考えなければならないのよ)


フローラはエヴァルドへの一方的な恋に溺れかけた時のように、また周囲に迷惑をかけるわけにはいかないと自分に言い聞かせる。



「マリア、テラスでお茶をするから用意して。少し涼しい風に当たりたいわ」

「かしこまりました。リーディア様はお呼びしますか?」


「いいえ、あの子は今刺繍の特訓中だから邪魔したくないわ」

「ではそのように」



マリアが部屋を出ていくと、フローラは髪飾りをアクセサリーケースに並べる。眩しく輝く高価なアクセサリーの中でシンプルな髪飾りは浮いていた。だからこそ髪飾りだけが特別に見えてしまう。リボンもお菓子の箱も可愛い過ぎて捨てられないし、ブーケの花は枯れるのがもったいなくて押し花にしてしおりにしてしまった程。



と、またシオンの事を考えてしまったフローラは邪念を振り払い、そろそろお茶の準備ができた頃ではないかとテラスに移動することにした。すると聞きなれた声がエントランスの方から耳に届く。つい最近義妹になったリーディアの声と男性の弾む声。



(あら?部屋で刺繍の特訓中だったはずでは?男性は使用人かしら。休憩中なのであればお茶にでも……)


「リーディ…………!?」


そう考えを巡らせテラスではなく、行き先を変えエントランスに足を踏み入れるが言葉が途切れる。そしてすぐに死角へと身を隠した。



「あら?今お義姉様の声が……気のせいかしら」

「うーん、そうみたいだね。残念」


「シオン様、本当にお義姉様を呼ばなくてもよろしいんですか?」

「うん、俺は贈り物がフローラさんの手に届けばそれで良いから。先触れも出してないしね。じゃあ俺は帰ろうかな。またねリーディアさん」



エントランスで義妹リーディアが話していた相手は、先ほどまで思考を占領していたシオンだった。話の内容はハッキリと聞こえないが、そっと廊下の影から覗き見たシオンの姿は近衛の制服に真っ黒な外套を軽く羽織り、中性的な美貌で微笑みながらリーディアの手に小箱を手渡していた。


(仕事帰りのようね。エヴァルド様からのプレゼントかしら?メルビス様がおつかいに来たのね……って、もう帰ってしまうの?あぁ、なんでわたくしは隠れてしまったの?贈り物のお礼を言うべきなのに)



そう思いながらもシオンを引き留める勇気が出ず、フローラは彼の背中を影から見送った。



(行ってしまったわ…………とりあえずリーディアをお茶に誘おうかしら)


気を取り直してフローラはエントランスにいるリーディアに声をかけた。


「リーディア?ここで何をしているの?休憩中ならお茶でもどうかしら」

「お義姉様!あぁ、惜しいわ。もう少し早ければ会えたのに」


「…………どうして?」

「今シオン様がお義姉様への本日のプレゼントを届けてくれたんですよ」


「わたくしのプレゼント……」

「どうぞ、こちらです」


リーディアは両手で包める程の小箱をフローラに手渡す。少し透け感のあるパステルブルーの包装紙にピンクのリボンが結ばれていて、可愛いラッピングにフローラはまたもや胸がきゅんとなる。


「お義姉様は知ってました?実はプレゼントは毎回シオン様が自分の目で選んで買ってきて、自ら屋敷に届けてくれてたんですって!」

「メルビス様が自分で!?」



可愛らしい贈り物を氷の人形(シオン)が直接選んでいる事実が信じられず、連日贈り物を受け取っていたはずの執事に目を向けるが、執事は深く頷いた。しかも従者を使わず自分で届けてくれる貴族など今までいなかった。他とは全く違う一連のシオンの行動は真剣な気持ちが伝わるようだった。



「お義姉様……嬉しそうですね」

「え?リーディア!からかわないでちょうだい!」


淑女らしくないニヤニヤとした顔のリーディアにフローラはピシャリと注意するが効果はない。


「ふふふ、お義姉様は可愛いわ」

「もうっ!暇ならテラスに行きますわよ。お茶に付き合いなさい」



自覚してしまいそうな気持ちを誤魔化すように頭を冷やしにテラスに向かう。しかしそこでリーディアに催促されて開けたプレゼントがまた可愛らしい花柄の箱で、なおかつ先日もらった髪飾りをしまうのにピッタリの雰囲気のケースで……今日も“愛しい人へ”と“毎日貴女に会いたい”と書かれたカードが添えられていた。


「シオン様は熱烈ですね。先ほどはあっさり帰ったのに本音は会いたくて堪らないって!あぁ!どんな小説よりもきゅんきゅんするわ!素敵ですわ!」

「だからリーディアは黙っててよ。また、や、安物じゃないのよ……この程度でわたくしが靡くとでも?まぁ確かに可愛いけど……いえ、私には可愛すぎて似合いませんわ……」


恥ずかしすぎて、思ってもいないことまで口に出してしまい、言葉尻が萎む。素直になれない義姉だとリーディアには分かっている。


「そうでしょうか?私から見たお義姉様は可愛いからピッタリだと思います!シオン様に感謝ですね」

「~~~~~っ!」


フローラは顔が赤くなりそうなのを必死で隠したが、人間観察の達人のリーディアには無意味だった。



フローラはその夜部屋でひとりになると何度も髪飾りを小箱に入れては眺め、仕舞い、開けては眺めてを繰り返した。



(本当に可愛いわ。メルビス様に可愛いセンスがおありだとは未だに信じられないわね。相談できる可愛らしいお友達でもいるのかしら?)


チクリと胸が痛み、フローラが抱えている小箱はメロンに埋もれていく。



(とにかく明日で贈り物をもらって1週間……そろそろお礼のお手紙でも書いた方が良いわよね?好きになった訳ではないわ!そう、これは誠意に対するお礼なのよ。これはマナーなのよ)


そうして夜はもう深いというのにフローラは何度も書いては“これじゃ好きって思われてしまうわ”と焦っては捨て、また書き直しては捨て、空が白む頃ようやく書き上げた。


完全な寝不足で朝食を食べに食堂に向かうと父であるガラナス侯爵が青ざめた顔でフローラを見た。


「フローラ!お前の可愛い顔に隈がっ!」

「少し読書に夢中になってしまって夜更かしを……ふふふ」


一睡もしていないとは言えず、ましてや本当の事を言えばシオンを無駄に敵認定されかねない。フローラは恐れてしれっと嘘をついた。疑いの目で未だにガラナス侯爵に見られるがお父様専用スマイルで黙らせる。

しかし母のガラナス侯爵夫人には見透かされたような微笑みとリーディアにはキラキラした眼差しを向けられくすぐったい心を懸命に隠した。



朝食後、フローラは執事にシオンが贈り物を届けに来たら呼ぶようにと伝えて、部屋で手紙を準備しながらそわそわ待つことにした。

しかし待てど待てどその日シオンが現れることなく、初めて贈り物が途絶えた。



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