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眼鏡公爵と地味令嬢のワルツ


お揃いのドレスを身に纏った令嬢が仲良く人混みの間を抜けていく。色々な憶測が飛び交い、最近話題の姉妹になったばかりの二人は同時に足を止める。



ここは本日開催される王女の誕生祭のパーティー会場までの通路である。お互いのパートナーと合流するために王城内を探していたのだが、すぐに見つかるも近付けなかった。

いつもは自分達に集まる視線は、今日はパートナーたちに向けられている。



「リーディア、わたくし今声をかけて邪魔をする勇気がありませんわ」

「えぇ、お義姉様。半分は純粋に憧れの羨望ですが…………半分はお腐れ様ですわ。今は敵に回すのは得策ではないかと」



リーディアとフローラの視線の先には、今日のパートナーであるエヴァルドとシオンが壁際で並んで待っていた。休みだったはずの二人は急なトラブルで登城していたため現地集合になったのだ。


しかし、ただでさえ令嬢が憧れる二人がいるということで、彼らのまわりには大勢の令嬢が一定の距離を開けて取り囲んでいた。間近で見ようとジリジリと距離を詰めるべく牽制し合うが、立っている二人は無表情で近寄りがたいオーラを振り撒いてるので近づけないでいる。




それでも離れたところでは特にお腐れ様と呼ばれる、先日発行された薔薇新聞の愛読者と思われる令嬢たちの目は血走っていた。


会話を聞かれないように小声で話しているのか、エヴァルドとシオンの顔の距離が近いのだ。夏が過ぎた秋の夜は涼しく、入り口付近で待つのは肌寒そうな気温である。そこで待つ彼らの距離はまるで身を寄せ合いお互いを温めているように腐女子の瞳には映っていた。



「お義姉様、わたくし婚約者相手に腐れ妄想が始まりそうですわ」

「どちらが攻めで、どちらが受けかしら……やはり年上のメルビス様が攻め?」


「王道だとそうですね………部屋に引き籠る傷付いた後輩(エヴァルド)と強引に外に連れ出す不器用な先輩(シオン)という薔薇新聞でも定番の設定も宜しいですが、わたくしとしては生真面目年下(エヴァルド)の下克上攻め×俺様系年上(シオン)の戸惑い受けというのが最近のおすすめ設定なんですの」

「さすがプロの目線は違うわ。わたくし最近メルビス様にやられっぱなしだから、代わりにエヴァルド様にやられてしまえば良いのよ」



まぁ、そんな、と黄色い感嘆の声を漏らしながら、パートナーから離れたところでリーディアとフローラは小声で盛り上がる。



「今すぐ帰宅してペンを走らせたいですわ」

「お待ちになるのよ。わたくしリーディアの新作は楽しみにしておりますの……そのままを書いてはいけないわ。もっと妄想を膨らませてからよ」



先日リーディアは偶然フローラが薔薇新聞を読んでいるところに遭遇し、腐女子仲間だと発覚した。ついでとばかりにリーディアは薔薇小説家だとカミングアウトしたところ、フローラはリーディアのデビュー作からのファンであり、話が弾んだ二人はすっかり打ち解け姉妹愛が深まっていた。




「大変だわ。リーディアには悪いけど、メルビス様はエヴァルド様と結ばれるべきだと思えてきたわ」

「完全同意ですわ、お義姉様。わたくしのライバルはシオン様……勝てる気がしません」

「まぁ、ヒロインはリーディア?メルビス様?どちらなのかしら?」

「勿論シオン様一択でしょう。あの美しさはヒロインにピッタリ!影の薄いわたくしでは悪役にすらなれるか」



「ディア…………そこまでだ」

「え?」


フローラと妄想話で盛り上がっていたら、げんなりした顔のエヴァルドが知らない間にそばにいた。後ろには不思議そうな顔をしたシオンが立っている。


「もしかして………………フローラもディアと同じ嗜好の持ち主なのか?」

「そうなんですの。お陰でわたくしリーディアと更に仲良くなれましたわ」


姉妹の親密さを自慢するようにフローラはいつも通りメロンを揺らしてエヴァルドに答える。だが、シオンは自分だけが会話に着いていけないことが面白くない。


「同じとはどういう事だ?3人だけ分かり合ってるのは少々妬けるんだけど」

「メルビス様……わたくしたちは男性愛が書かれた小説の愛読者なのです。今ちょうどメルビス様のお相手はエヴァルド様が相応しいというお話をしておりましたのよ」


「待て、その説明だと私も巻き込まれてる。愛読者はディアとフローラだけだ」

「……………………なるほど、お前(エヴァルド)はいつも俺を阻むのか」



シオンの気持ちが本気かどうかを試すようにフローラは簡単に白状すると、シオンは据わった瞳をエヴァルドに向ける。フローラと自分の間には今もなお関係を変えて妄想の世界(エヴァルド)という最大の壁が立ちはだかっていることに、何も悪くないが八つ当たりしたくなった。



「シオン様すみません……わたくしたちは先日の薔薇新聞の内容が忘れられなくて思わず」

「薔薇新聞?」


エヴァルドを庇うようにリーディアは先日フローラと読んだ薔薇新聞の内容を説明する。実名は書かれていないものの設定やキャラ名がエヴァルドとシオンだと明確で、ふたりが最後はイチャイチャする妄想小説が書かれていた事を説明した。



その説明を初めて聞き、“リーディア以外にネタにする奴が存在するのか”とエヴァルドは眼鏡が曇ったような錯覚と目眩に襲われる。シオンの目も死んだように濁り鳥肌を立てて、二人は同時にパッと一気に距離をとる。愛するリーディアたちだけなら兎も角、多くのお腐れ様の餌食になっていることはさすがに受け止めきれなかった。


まわりからは残念そうな深いため息が聞こえるが、シオンは無視してエスコートするようにフローラの手を取って、長い指を絡ませる。



「フローラ嬢……俺は貴女の趣味は否定しません。この程度で俺の気持ちは揺らぐことはありませんよ?つまり俺が好きなのは貴女なのですよ?妄想の中でも他の人間と絡ませないでください」

「メ……メルビス様っ」

「それとも貴女には俺の気持ちが伝わりきってない?それは残念だ……今宵は覚悟してくださいね。たくさん伝えますから」


発光物かと思うような輝く微笑みと隠そうとしない思いの丈をぶつけられ、フローラは顔を真っ赤にしてフリーズした。そしてシオンはそのままフローラの手を引いていった。



「ルド様……あのようにお義姉様は完全攻略されてますの。本人は素直になれず否定してますが気持ちは明らかで、お義父様は認めたくなくて現実逃避してますわ」

「想像がつく。だが、もうあれは…………あとで遅れて会場入りするガラナス侯爵を慰めよう」


リーディアとエヴァルドは、シオンに完全に捕獲されたフローラを見送ることしが出来なかった。


「さぁ私たちも行こうか」

「はい」



いつも通りリーディアはエヴァルドの右に立ち、多くの人が集まる会場の中へ歩いている。



「そういえば、フローラに連れられてお茶会や夜会に参加していたようだが、友達はできたか?」

「はい。お義姉様のご紹介で何人か…………」

「合わないのか?」

「いえ、私に合うと思った方に限って同類だったのです……友達というよりは仲間でした。あ、正体は打ち明けてませんわ」

「それは、また…………」



先ほどのいつもと違った視線が多かったのはお腐れ様のせいだと気付いたと共に、リーディアの話によって腐女子の数が予想よりも多いことを知り戦慄した。エヴァルドがしばらくプライベートで安易にシオンに近づかないようにしようと心に決めた瞬間だった。



リーディアとしてはこれほど令嬢たちのお腐れ率が高いことは歓迎すべきことで、彼女たちの話は今までの自分の知らないネタが豊富だった。あの家の妾は実は男だとか、あの令息たちは元々カップルだったとか、現実の薔薇話に免疫がなく目眩を起こしたほどだった。


些細な話にも顔を真っ赤にしてワナワナするリーディアの姿に、友人たちは彼女の初々しい反応を楽しんでいた。誰も小説を書くほどの腐れ具合だとは気付いていない。



「ルド様はお仕事に慣れてきましたか?」

「あぁ、なんとか。秘書官の先輩たちは自分達の仕事もあるのに嫌な顔ひとつせずに必要なことを教えてくれている。凄い人ばかりだ」


「近衛騎士だけではなく、秘書官の皆様も良い人たちなのですね」

「あぁ、全てルーファス殿下の人選と人望のお陰だ。私は恵まれているよ」



エヴァルドが与えられた仕事は速さを求められる計算よりも、得意分野の分析や考察に関する事だった。各地方から上がってくる予算や軍事費の一覧を他の秘書官が計算してまとめ、エヴァルドなど分析を得意とする秘書官たちで怪しい不正や無駄がないかを精査していく。


もともと領主としての仕事と作業は変わらないが、レグホルン全土分となると恐ろしい量で、新人といえどエヴァルドは歓迎すべき即戦力となっていた。



会えていなかった時間の話をしていると、ファンファーレが鳴り響き王女と婚約者が登場しホールの中央へ進んでくる。貴族たちは一斉に壁側へと移動し、ホールの中央は王女たちだけの場所かのように広々と空いた。


そして曲が流れ出すと主役の王女と婚約者の二人だけのダンスが始まる。王女がステップを踏む度に軽やかに揺れる真っ赤なドレスは鮮やかで、ターンをする度に大きく広がり一輪の薔薇が花開く。婚約者の装いも王女に合わせたもので新緑の礼服が花を支える枝となり長いテールが葉のように舞い、二人でひとつの大輪となっていた。




「お綺麗で、とてもお似合いですね。息もピッタリで……」

「そうだな。王女と婚約者は政略といえど互いに想い合っているようだ。だからこそのダンスなのだろうな」

「素敵だわ……」




相思相愛の二人による華麗なダンスにリーディアは魅了されていた。身を委ねるように微笑む王女とその信頼を一身に受け愛しい眼差しをむける婚約者のダンスは誰もが憧れ、羨む姿かたちだった。


王女たちのダンスが終わるとホールは拍手と感嘆の声で溢れる。


「皆様、わたくしの誕生を祝うパーティーにお越しくださり誠に感謝いたします。今宵は多くの方と手を取り合い、ダンスの楽しさを共有し、交流を深め、話を弾ませて下さいませ。さぁ皆様もご一緒に踊りましょう」



ダンス好きの王女の誕生祭は決まって舞踏会形式となり、王女の掛け声によってペアを組んだ男女が進み出て空いていた場所が埋まっていく。



踊れないエヴァルドと婚約者のリーディアはその光景を見ていたが、リーディアにダンスの申し込みをする人が現れる。


「さぁ、リーディア。ファーストダンスをお義父さんと踊ってくれるかい?」

「お義父様?でもお義母様が」

「リーディア、お義母様からもお願いよ。この人、フローラにファーストダンスを初めて断られて凹んでるの。癒せるのは同じ娘の貴女よ」

「ディア、行っておいで。ガラナス侯爵、ディアをお願いします」



深く頷くガラナス侯爵にエスコートされ、ホールの人混みに混ざるとすぐにダンスが始まった。まるでダンスの先生のようなガラナス侯爵の気遣うリードに、リーディアは安心して付いていく。


「本当に上手になったね。初めてエヴァルド君が突然リーディアを連れて夜会に出てきたときは、ハラハラ見ていたけれど」

「わたくしを見ていたのですか?お恥ずかしい……」


「リーディアはステップを誤魔化そうとしていたのかテンポから遅れてるし、エヴァルド君は顔が固まってたし」

「懐かしいです。もっとたくさんルド様と踊れば良かったです」



リーディアは一緒に踊れないことの寂しさで、少しだけ表情に陰りが出てしまう。他人には気付かれない程度でも、子煩悩なガラナス侯爵には見抜かれクスリと笑う。



「それだけエヴァルド君とのダンスは楽しかったのかな?」

「違うんです。他のことに気を取られててダンス自体を楽しめなかったので、勿体無いことをしたなと思ったのです」



リーディアは当時ダンスというよりは、エヴァルドの観察と一緒に敵地へ乗り込むスリルを楽しんでいた。そんなことを楽しむのではなく、きちんと真面目にエヴァルドとのダンスの時間を記憶すべきだったと少し悔やんでいた。



「リーディア、これから時間はたくさんあるよ。君たちなりの楽しみ方を見つけたら良い」

「私たちなりの…………お義父様、ありがとうございます!いろいろ試してみます」



ガラナス侯爵に励まされ、リーディアの気持ちは軽くなる。

ファーストダンスを終えると、献身的で可憐な令嬢と化したリーディアにはダンスの申し込みが続いた。勿論、リーディアを通してエヴァルドへの探りを入れる下心も含まれていたが、リーディアの頭の中はある思い付きの事でいっぱいで華麗にスルーされた。



「リーディア・ガラナス嬢、次は私と……」

「申し訳ございません。少し休ませてもらっても宜しいですか?また後程お誘い頂けると嬉しいです」



4人目を終えたところで疲れを理由にダンスエリアから離れ、エヴァルドの元へと戻る。エヴァルドは男性と談笑していたが、リーディアに気付くと話を切り上げ迎え入れる。


「ディア、疲れたか?ドリンクを貰いに行こうか」

「ドリンクは後です。お庭に出ませんか?」

「庭?今から?」

「今だからですわ」



何かを決心したようなリーディアの瞳に、エヴァルドは望まれるままにエスコートする。

解放された庭の奥は月の光が降り注ぎ、緑の葉が輝いていて幻想的で、まだパーティー序盤ということもあって誰もおらず貸し切り状態だった。


リーディアは人気(ひとけ)がいないことを確認するとエヴァルドの腕を離れ、正面に立ち左手を取る。



「エヴァルド・シーウェル様、わたくしと一曲いかがですか?」

「しかし……」

「今は二人だけで、誰も見てません。わたくしを片手で支えることが不安でしょうか?なんならわたくしがリードいたしますわ!」



突然の申し出に困惑するエヴァルドに、リーディアは満面の笑みで提案する。ダンスにおける男女の立場など関係なく、どんなダンスになろうともただ一緒に踊りたいという気持ちが伝わるように手を強く握りしめた。

次第にエヴァルドの表情は何かに耐えるように眉間に溝ができ、すぐに崩れた。



「ふ……はははは。その発想はなかったなぁ。だが、こんな細腕のディアが男役は無理があるだろう」

「わたくし真剣なんですのよ!──わぁ」



口を尖らせ拗ねるリーディアを片手で軽く抱き寄せ、左手で手を握り返し腕を引いた。突然のステップにリーディアは躓きそうになるが、エヴァルドの胸に飛び込む形で受け止められつつ、ステップは続く。

片腕だけのホールドでうまく体の距離を保てないまま踊る姿は全く華麗ではないが、二人の声は楽しそうに弾む。



「ふふふ、なんかぐちゃぐちゃですわね。下手を通り越して子供の遊戯だわ」

「確かに。なんだか初めてダンスを習った時のようだ。小さい体だったから腕が短くて、近すぎて、足までぶつかるというか」


「ルド様のヘタクソー。ここはやっぱりわたくしが華麗なるリードを」

「言ったな!ほら、ディア回れ」



適当なリードに適当に応えてターンをして、リーディアの下手さにまた二人は笑い出す。秋の始まりの庭は肌寒く、踊れたのはたったの2曲だけだった。それでも大人の技に憧れて真似をする子供のような拙いダンスは今までのダンスの中で一番楽しかった。



次回が最終話です。

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