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眼鏡公爵の本領


白亜の石が高く積み上げられて造られた空間の天井は高く、宝石が多く使われたシャンデリアから光が降り注ぎ、床には玉座に向かって深紅の絨毯が一筋真っ直ぐに伸びている。


深紅の絨毯を両側から挟むように国内貴族の当主たちが並び、ひとりの青年がすべての視線を集め中央をゆっくりと歩みを進めていく。



力強い足取りに、ぶれることのない重心。多くの貴族に見つめられ、国王陛下を前にしても緊張や感情すら感じさせない冷たい瞳をした青年は無表情のまま跪く。

忠誠を誓うために左胸に当てられるはずの右手はなく、本来は袖が寂しそうに見えるはずだが、凛とした空気がそれを感じさせない。



「エヴァルド・シーウェル。貴殿は我がレグホルン王国第二王子ルーファスの命をその身をもって守り救ってくれた。今回のみならず過去も合わせて王族を三度も救った。領地の繁栄など王国への貢献度は非常に高い。貴殿の王家への忠誠と功績を讃え褒美を与える。面をあげよ」



「はっ」



威厳のある国王の言葉が響き渡り、エヴァルドが立ち上がると国王の隣に控えていた宰相によって胸に王家の紋章が刻印された金の勲章が与えられる。白金、金、銀、銅の序列がある中、この国では金華勲章が与えられたのは、20年以上ぶりのことだった。





今日は国王陛下主催の勲章授与式とそれを祝うパーティーが開かれる日である。王城のパーティー会場では先ほど行われた授与式の話題が広がっていた。


「傷心で療養していたと聞いていたが、ただの右腕のための休養だったようだな。変わらないあの冷たい瞳を見たか?」

「あぁ、陛下の前でも一切表情が変わらない。前職を辞して秘書官になっても、志は騎士のまま…………これは相変わらず守りが堅そうだ」



砦からの帰還後、一切表に出てこなかったエヴァルドは心が弱って引きこもっていると噂され、付け入ろうとしていた貴族の当主たちは、全く心に隙の無さそうなエヴァルドの様子に諦めの空気が漂っている。



「お父様から聞きまして?シーウェル様は以前と変わらぬ立派なご様子だったとか?早くお目にかかりたいですわ」

「見た目麗しく地位もおありで、今は婚約者がいない…………お父様がわたくしを薦めて下さるらしいのよ。このドレスも新調したの」

「まぁ、わたくしもよ!大人のシーウェル様に気付いてもらえるように新しいルージュを買ってみたの」



まだ婚約者のいない年若い令嬢とその父親である当主たちは気合いが増していた。記憶に残らないような顔の令嬢が退き、婚約が解消されたことで国内の最良物件となったエヴァルドを狙わない令嬢はいなかった。

次は自分がエヴァルドに見初められる番だと、きらびやかで豪華なドレスを新調し、眩しいほどのアクセサリーを身につけ、目立つような大人びたメイクを施した。




その会話をカペル伯爵は複雑な気分で聞いていた。カペル伯爵は2週間前、悔しそうに拳を握るエヴァルドに対して勝者の気分を味わっていた。しかし、今のエヴァルドからは敗者の空気など微塵も感じられないどころか、彼こそが勝者のように見えた。


今までまわりには多くの貴族がいたが、シーウェル公爵家と縁が切れたとしてカペル伯爵の回りからは以前より人が減っており、仕方のないこととは頭では理解していても面白くはない。



夫人はカペル家の力を誇示するように豪華な宝石を身に付けて他家の夫人や令嬢たちと表向きは談笑している。息子の婚約者を選り好みしすぎて、その間にシーウェル家との繋がりが無くなりあっという間に好条件の候補者が減り、息子の嫁探しに必死だった。話題をふろうとするが、どの令嬢もエヴァルドの事ばかりで上手く話が繋がらない。

元より紹介すべき息子はカペル伯爵夫妻の側にはいなかった。





間もなくパーティーの開始時間が迫るが未だにエヴァルドの姿はなく、会場で待つ皆の視線は今は閉じている扉へと向いていた。するとゆっくりと扉が開かれ、入場者が現れる。


その入場者の姿を見た貴族たちは一瞬の静寂のあとざわめきをもって出迎えた。

婚約解消したばかりでひとりで入場すると思われたエヴァルド・シーウェルはひとりの令嬢をエスコートして入ってきたのだ。


その令嬢は茶色の髪、茶色の瞳とありふれた色をもつ小柄な女性。肌はさらっと滑らかで、アイシャドウが薄く乗せられた瞳は軽く伏せられ、睫毛の長さが際立ち儚げな顔立ちだった。

気合いの入った令嬢たちと比べれば美人ではないが、可憐な令嬢がそっとエヴァルドの空いた右側に寄り添うように歩いてくる。

服装はエヴァルドの瞳に合わせたブルーのドレスに、アクセサリーは華奢でシンプルなものが合わせられ、歩くと揺れるドレスの裾から見えるヒールはとびきり高い。しかも明らかに不慣れなのが伝わってくる。

しかし身長の高いエヴァルドに似合うよう背伸びした姿は、男性であれば庇護欲がそそられるような健気な懸命さを感じさせた。



「見たこともない令嬢だわ…………どこの娘なのかしら?知らない間にずるいわ」

「シーウェル様が紫陽花なら、彼女は紫陽花についた朝露ね」

「か弱いお方が好みだったの?あぁ、わたくしの今日のメイクは失敗だった?」



シーウェル公爵家の紋章にある紫陽花に例えながら囁きあう令嬢たちはまだ諦めないものの、着飾りすぎたことが失敗だったとショックを受けていた。

それ以上に令嬢たちの父親たちはショックを受け、既に娘を売り込む隙がないと実感していた。


普段から冷たい瞳で、勲章授与式の時でも変わらなかったエヴァルドの表情がこの時だけはとても穏やかで微笑んでいたのだ。まるでその令嬢が側にいるのが嬉しくてたまらないような顔。




「リ……リーディア?」


「伯爵の娘か?婚約解消したと言っていたではないか」

「あのような可憐なお姿だったかしら?見違えるような変化よ。何がありましたの?」



カペル伯爵だけはさすがに気づいたようで思わずその名を呟くと、そばにいた別の貴族に驚き聞かれ、まわりへと伝播していく。

外聞が悪くなるため婚約解消の直後にガラナス侯爵家に養子に出したなど言えず、リーディアも除け者として表に出されることはないと想定していたため、未だに公表していなかった。どういう事なのかカペル伯爵こそ聞きたかった。



そのざわめきを聞きながらエヴァルドとリーディアは微笑みを絶やさず、会場の中心、国王陛下が現れる階段の麓まで歩みを進める。



「私が紹介する前にディアだとバレたようだな。随分と可憐なレディに見えるようだ」

「あら、ルド様はそう見えなくて?髪も化粧も細かいアクセサリーもお義姉様プロデュースの渾身の作品ですのに」


小声で話ながら少し拗ねたようにリーディアが見上げると、エヴァルドは少し困ったような顔になり、階段の前に控え王族の入場に備える。



「私はディアの本来の姿を知っているからな。それよりフローラの本気を甘く見ていた。言ったら怒られそうだな」

「本当に凄いお方だわ。お義姉様にも素敵なご縁があれば宜しいんですが」

「すっかり姉思いの妹だな。機会があれば今日にでも私から誰か紹介してみるさ」

「まぁ、それは楽しみですね」



国王の入場を知らせる鐘の音が鳴りはじめ、貴族たちは騒ぎ立てていた口を閉じ一斉に正面に向かって頭を垂れる。

国王陛下、王妃殿下、その後ろから第一王子と第二王子ルーファスにそれぞれの王子妃、王女が続き、椅子に座っていく。



国王と王妃のみ立ったまま会場を見渡し、貴族たちに歓迎の言葉を伝える。


「厚き忠義によって我がレグホルン王国に新たな金華勲章に相応しい臣下が生まれた。今日はそれを祝うため、皆が集まってくれたことを感謝する。面をあげよ」



国王の言葉に従うように正面にいるエヴァルドとリーディア以外は全員が顔をあげて国王を見て、国王は満足そうに頷きエヴァルドたちに視線を移す。



「エヴァルド・シーウェル。先ほどの授与式は見事であった。勲章の他に望みがあれば褒美を考えよう……遠慮なく申してみよ」


「では私の婚約者である彼女に王妃の洗礼を頂戴したくお願い申し上げます」



勲章に多額の報奨を既にもらっているエヴァルドが何を欲するか気になり貴族たちは聞き耳をたてる。

リーディアは化粧のせいで幼げに見えるが、本来王妃の洗礼を受けるデビュタントの歳はとうに過ぎているのは明らか。エヴァルドの意図が分からず貴族たちの怪訝な視線が集まり、代弁するかのように王妃が問う。


「なぜ洗礼が欲しいのか聞いてもよいか?」


「はい。彼女は望んでいたものの、生家の都合で今日まで王妃殿下の洗礼を受ける機会が与えられませんでした。是非とも女性としての誉れを彼女にも知って欲しいと願った次第です」


「確かに、デビュタントでの洗礼は大人を目指す淑女の憧れ。過去のわたくしもそうであったように……良かろう。ここで洗礼を与える。娘と家のものは近くへ」



王妃が望みを叶えると決めた。その決定に生家であるカペル伯爵に視線が集まるが、もちろん伯爵は動けない。その近くを余裕の笑みを見せつけるようにガラナス侯爵と夫人、フローラが正面に進み腰を折る。大勢の貴族が動揺する中、王妃は予め知っていたかのように迎えた。



「この娘がガラナス侯爵が自慢しておった新しい養女なのですね。陛下から聞いております。良き縁に出会えたようですね」

「はい。シーウェル公爵のお陰でございます。どうか、この子は我がガラナス侯爵家の娘として洗礼をお授けくださいませ」

「勿論です。娘よ前へ」


ガラナス侯爵に合わせて夫人とフローラはより深く腰を折り、リーディアのために頭を下げる姿はリーディアへの愛情を表していた。

王妃が手の甲を差し出すと、リーディアは手を受け取ってドレスのまま跪いた。


「そなたの名を教えよ」

「わたくしの名はリーディア・ガラナスと申します、王妃殿下」


「リーディア・ガラナス。そなたの淑女として更なる輝きと素晴らしい出会いを祈ろう。レグホルン王国の太陽のもとに祝福を」

「恭悦至極にございます」


リーディアは王妃の手に額を乗せ、王妃が用意していた純白の薔薇の飾りを髪に挿してもらい、無事に洗礼を受けた。王妃の手が離れリーディアが頭を下げたまま数歩下がると同時に、ルーファスが拍手したことで会場は大きな拍手で湧いた。

だが洗礼が終わったというのにリーディアは顔をあげることができなかった。エヴァルドが心配になり横目で様子を見ると、リーディアの瞳からは雫が数滴落ちるのが見えた。


半ば諦めていたとは言えデビュタントは長年の憧れだった。それがまさかこの歳で叶うこととなり、愛する人の側で、温かい家族に見守られ、多くの人から拍手を送られ、胸がいっぱいで想いが溢れてしまってきた。


様子を察した国王や王妃はリーディアを咎めることなかった。エヴァルドがガラナス侯爵に目配せをしてリーディアを支えてもらい、自分は一歩前に出る。


「王妃殿下、素晴らしい洗礼にリーディアはようやく心満たされたようです。感謝いたします。国王陛下におかれましても願いを叶えてくださり、これ以上ない褒美となりました。寛大なお心に、ますますの忠誠を誓わずにはいられません」


「良き願いであった。今宵はシーウェル公爵を祝う宴である。楽しむがよい…………さぁ、始めよう!」


エヴァルドの謝辞を受けとると国王は楽団に手をあげ、それを合図に音楽が流れはじめパーティーが始まった。



エヴァルドのエスコートで階段を下りたリーディアたちは注目の的だった。


「もう、泣いては駄目よ!可愛くしたんだから。ほら使いなさい」

「まぁまぁ、素敵な洗礼だったわ。若い頃を思い出すわね。もう一度やりたいものね」

「お義姉様、お義母様、ありがとうございます」


「いやぁエヴァルド君の願いを聞いたときは驚いたよ。娘のためにありがとう」

「いえ、ディアの為ですから。ガラナス侯爵こそ、陛下に自慢していたなんて知りませんでした」

「ははは、仕方ないだろう。我慢ができなかった」



感動の涙を流す可憐なリーディアにハンカチを渡す義姉フローラ、優しい言葉をかける義母、その隣で握手をしながら親しげに挨拶をするエヴァルドと義父のガラナス侯爵。



それを離れた所から呆然と見つめるカペル伯爵夫妻。明暗は明らかだった。



「デビュタントさせてなかったらしいな。三女だとしてもだ……伯爵とあろう者があり得ないだろう。貴族の自覚がないのでは」

「娘の傷心を理由に婚約解消からたった2週間だぞ?療養もなしに養子に出したのか?なぜ?」

「愛娘自慢は嘘だったか。もう伯爵は信用できん」

「そういえば、リーディア嬢とカペル伯爵が共にいたところを見たことがないな」

「なのにシーウェル公爵の婚約者になった途端に愛娘自慢。嘘の塊か」

「リーディア嬢が哀れだ。さすがに同情してしまうな」



周囲の貴族からは白い目で見られ、格下からも隠す様子もなくカペル伯爵への批判が囁かれる。



(やられた!シーウェルめ……こんな場所でやり返しよった!元は奴が金で買ったのが始まりというのに……おのれ)



冷静さを欠いていたカペル伯爵は怒りのまま近づく。面白いことが始まりそうだと期待した人たちは左右に割れ、自然と対峙するかのようになった。

最初に気付いたエヴァルドがガラナス家を庇うように矢面に立ち、先ほどまでの穏やかな表情を消したエヴァルドが一切感情を宿さない冷たい瞳で見据えたことで、カペル伯爵との確執が見てとれる。



「カペル伯爵……何か?」

「シーウェル公爵…………あの話を明らかにしても宜しいので?」

「さて、あの話とは何のことか」


「貴方が公爵の地位を使い、金を押し付けリーディアとの婚約を強要した事ですよ」


先日はあれほど苦しげな表情をしていた話を出しても、エヴァルドに動揺は一切見られない。


「貴方はまさか……結納金の前払いをそのように受け取っていたのか?随分と経営が厳しいように見え、大切なリーディアの実家を少しでも助けようと思って出した善意を…………?」

「なっ……嘘を言うな」


「嘘を言っているのはどちらでしょうか」


契約の秘密を守ると言ったのに今破ったのは貴方でしょう?と言いたげなエヴァルドに返り討ちに合う。道連れに失敗し、すがるようにガラナス侯爵に視線を向けるが、その目はエヴァルドと同じく恐ろしく冷たかった。


謀られた!どちらに?と思ったときには既に何を言っても全て伯爵が悪くなるように伏線を張られ終わったあとだった。



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