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地味令嬢の新生活


「お疲れ様です、リーディア様。あぁ、本当にお疲れ様です」

「ありがとう、ナーシャもお疲れ様」


ガラナス邸で与えられた部屋に行くと侍女として付いてきたナーシャが出迎えてくれた。リーディアの哀れな姿を見てナーシャは思わずリーディアを抱き締め、疲れを労った。



「さぁ、お着替えをご用意しております」

「ちょっとお待ちになって、こっちを着るのよ。マリア、持ってきて!」


ナーシャがシーウェル家から持参したドレスを出すがフローラに止められ、代わりにフローラの侍女マリアが見たことない新品のドレスを持ってくる。


「リーディアはガラナス家の娘よ。ここではガラナスのドレスを着てもらうわ…………ふふふ、義妹が毎日わたくしの選んだドレスを纏って生活するのだわ。あぁ念願の夢が叶うのね、さぁ早く」

「リーディアお嬢様、失礼します」


リーディアは流れるままにナーシャに脱がされ、マリアに着させられ、フローラにうっとりと眺められる。


一人娘だったフローラはずっと姉妹に憧れていた。自分のお下がりをあげたり、ドレスを選んであげたり、最新のメイクや流行について話したいと夢見ていた。

エヴァルドからガラナス侯爵にリーディアの養子縁組を持ちかけられ、知った時からフローラは新しい妹のためにと用意していたのだった。



「お義姉様、ドレスありがとうございます」

「あぁ楽しいわ。お義姉様だなんて……なんて甘美な響き…………それよりリーディアはいつもそんな感じなのかしら?髪型に化粧のことよ」

「はい。昔から自分で」


フローラはリーディアの髪や顔を何度も撫で、じっくり観察していく。


「ふーん、ちょっと壁までまっすぐ歩いて、くるっと回ってみて。次はお辞儀。うん、次はシャドーステップ……………………そこの侍女、ナーシャと言ったわね」


「はい」

「覚悟することね」


急にフローラから強い視線を向けられ、ナーシャの肩がすこし跳ねるが何かを察したようで神妙に頷く。フローラはナーシャを認めるように頷き返すが、リーディアだけが置いてけぼりだった。


「さぁ応接室に戻るわよ。ふふふ、手を繋いで行きましょう?エヴァルド様には今から少し復讐をするけど許してね」

「………………っ!?」


会った回数は少ないけれど、今までで一番妖艶な微笑みでフローラは言った。





一方で応接室の雰囲気は最悪だった。夫人は優雅にお茶を飲んでいるが、エヴァルドとガラナス侯爵はお互いに引く気はなく、どす黒いオーラを振り撒いて立ち上がり、テーブルを挟んで睨み合っていた。


「ガラナス侯爵、約束と違います」

「はははっ、この私が簡単に御せるとでも?甘いなぁエヴァルド君……婚約は結ぶんだから良いだろう」


「だがそのあと嫁に出すまで3年待てというのはおかしいでしょう!待っても1ヶ月……2週間から倍に伸ばしたのに何が不満なんですか。勝手に連れて帰ります」

「はぁ!?そんな隙を見せるはずないだろう。フローラ以降に望めなかった念願の娘だぞ?せっかく良い子が増えたのにすぐに手放せと?あり得ん!愛でさせろ」



ぐぬぬと唸りながら至近距離で睨み合う姿を見たフローラは呆れ、リーディアは腐っていた。


(ちょっとお顔が近いんじゃなくって?壮年のイケテるダンディーと麗しい青年が見つめ合う姿がなんて素敵なの……煙で痛めた瞳もすぐに治りそうだわ。もっとお顔を近づけてくれないかしら?)



良からぬ視線を感じたことでリーディアとフローラが応接室に戻ってきたことに気が付くと、男二人はどす黒いオーラをパッと消し去り微笑む。


「ディアはすぐにでもシーウェル家に帰りたいだろ?」

「フローラ、リーディアともっと一緒にいたいよな?」



リーディアとしてはシーウェル家に帰りたい気持ちもあるが、ガラナス侯爵家で家族という体験にも興味があり、はっきり答えられず苦笑してしまう。

フローラは黙っているリーディアの様子に勝利を確信し、エヴァルドを追い込むことにした。


「3年も待たされるのはさすがにリーディアが可哀想だわ。でもねエヴァルド様……1ヶ月はあり得ないわ。できれば1年間は渡しませんわよ!」


「なっ!1年もだと?フローラ……何故」

「フローラ、1年は短い!お父さんは延長を求む!」



幼馴染みの男と父親に責められようともフローラは自信の笑みを崩さない。

初めて優位に立ちエヴァルドの絶望した顔を見て、フローラの復讐心は満たされていく。自分が勘違いで想いを寄せていたとは言え、あまりのぞんざいな扱いには後で腹が立っていたので良い気味だと心の中で高笑いをした。



それよりフローラはリーディアの令嬢としての完成度の低さが気になって仕方がなかった。今まで令嬢に興味のなかったエヴァルドの目は誤魔化せても、厳しい教育を受けてきた令嬢たちからみれば不合格。いずれ公爵夫人になり、社交界に多く顔を出すこととなればリーディアの苦労は目に見えている。


「カペル伯爵が施さなかった教育をきちんと習得するために必要な時間ですわ。公爵家に嫁ぐんですもの、ガラナス侯爵の娘として最低限育ててからでないと我が家の恥になりますわ」


父親の我が儘とは違うフローラの正論の前にエヴァルドは口をつぐむ。スパルタ教育なら本当は半年で済むけれど、エヴァルドの悔しい顔が見たいのでこっそり半年ほど追加していた……



「それに原石を磨かずに放置しているのはよくありませんわ。化粧に髪型に爪!エヴァルド様はありのままのリーディアをお好きなんでしょうが……駄目よ。女性が社交界で生き抜くには見た目も大切ですの。侍女にその教育を施す時間も必要だわ」


全て言い切られるとエヴァルドは椅子に座り直して顎に指を当てながら冷静を取り戻して考え始める。


ずっとリーディアを屋敷の中で過ごさせるわけにもいかず、いずれ表舞台で公爵夫人の仕事を任せる時が必ず来る。ここで教育を疎かにしたことで、将来リーディアに無駄な苦労をかけさせたくはない。自分の気持ちよりも、リーディアの未来を考慮すべきだと覚悟が決まり顔をあげる。



「フローラ、1年間ディアを頼む。それ以上は進捗具合を見ながら相談で良いだろうか?1年を越える場合は公爵家にて家庭教師を呼ぶ」

「さすがエヴァルド様。賢明なご判断ね!」



「フローラ!だから1年は短いと」

「あ・な・た。義娘のリーディアが可愛いのはとても分かるわ。でもね、エヴァルド様も義息子になるのよ?あなたは息子の幸せは願わないの?ねぇ……わたくしが惚れた夫はそんなにも小さな男だったかしら?」

「…………っ」



1年間と決まったことにガラナス侯爵は諦めきれず反論しようとするが、微笑みを保った夫人に圧倒され敗北し、ガラナス侯爵は泣く泣く婚約の契約書に署名した。






エヴァルドは屋敷に仕事を残しており、すぐに帰る事となった。リーディアとエヴァルドはゆっくりと寄り添うように歩き、正門に着くと二人は向かい合って別れを惜しむ。ガラナス侯爵たちは二人から離れた玄関から見守っていた。



「ディア、今日はもう帰るがまた来る。何かあればすぐに知らせるんだ。手紙でも良いし、先触れなしで屋敷に遊びに来ても良い」

「はい、ありがとうございます。あの……ルド様、少しお耳を」

「なんだ?」


エヴァルドが耳に寄せるように屈むと、リーディアは眼鏡の角にギリギリ触れるようなキスをする。新しい生活は楽しみだけど、エヴァルドと離れるのは寂しい………そんな気持ちが伝わればと精一杯の勇気だった。


「えっと……その、気を付けてお帰りくださいね」


顔を真っ赤にして恥じらう姿にエヴァルドは、折角離れる覚悟をしたのにも関わらず、もう覚悟が崩れそうになった。

だが遠くからガラナス侯爵の殺気を感じたので我慢するように、片腕を器用に使い馬に乗る。騎馬戦に備えて片腕で馬に乗る練習を積んでいたので難しくはなかった。



「ではガラナス侯爵家の皆様!リーディアを宜しくお願い致します!!」


そういってエヴァルドは馬を走らせ、リーディアは姿が見えなくなるまで見送った。





翌日から淑女教育が始まった。リーディアはフローラに振る舞いを、ナーシャはマリアに最新のメイクを徹底的に教え込まれることになった。


「まずは2週間後のパーティーに最低限は間に合わせるわよ!まずはヒールの歩き方よ……こうやって胸を張り、腰を動かさず、滑らすように足を出すの……って聞いていますの」

「ごめんなさい!立派すぎて」

「当たり前でしょう?幼い頃から練習したんだもの。仕方ないわねぇ、さぁ後ろから付いてきて。ゆっくり歩くわよ」



立派なのは胸を張った時に揺れるお義姉様のメロンです……という言葉は飲み込んで、真似しながらフローラの後ろを歩く。

後ろから見える背筋はスラッと真っ直ぐで、流れる髪がほんのり揺れるフローラは後ろ姿だけでも一流のオーラを感じる。夢から覚めたフローラは数ヵ月前の勘違い様とは同じに見えないほど高貴な雰囲気を纏い、リーディアは自然と新しい義姉の後ろを追おうと思えた。


「お義姉様、わたくし頑張るわ」

「あぁ、何度聞いても良いわね……さぁ自慢するためにも素敵なレディを目指して厳しくするわよ」

「はい、付いていきます」




そしてナーシャはマリアの説教にズタボロだった。


「女主人が不在だからといって、流行に疎すぎです。公爵家の侍女を務めるのであれば調べて、調べて、調べるのです。よく侍女が出来ましたね」

「はい、申し開きようもありません」


「本来はお嬢様が流行に敏感であるべきですが、生い立ちを考慮するとリーディア様に求めるのは酷です。あなたはそれを完璧にフォローしなければなりません」

「はい、仰る通りです」



「リーディア様が見た目で損したら、それはナーシャの責任です。良いですか?リーディア様を生かすも殺すもあなた次第なのですよ。さぁ始めましょう」

「はい、どうか宜しくお願いします」



マリアはナーシャを鏡台に座らせ化粧道具を広げると、説明をしながらナーシャの顔に化粧を施していく。

本当はリーディアの顔で練習をしたいが、リーディアも特訓があるためナーシャの練習で時間を奪うわけにはいかなかった。化粧を完成させては顔を洗い、また別な色で化粧を施して比べ、また洗って化粧をするという肌荒れ覚悟の特訓だった。

スキンケアも同時に学ぶため、フローラと同じ美容液が使われたお陰で、むしろナーシャは艶々の肌になり、自分の流行への疎さを痛感した。





数日後、夕食を新しい家族で一緒に食べていた。外交で交渉事を務めるガラナス侯爵が会話上手なのはもちろんのこと、夫人とフローラも昼間は積極的に茶会に行っているので話題が尽きることはない。

ガラナス家の夕食はいつも賑やかで、以前の夕食はひとり又は口数の少ないエヴァルドと二人だったので新鮮な光景だった。



「そうそう、今の茶会の話題はもっぱらエヴァルド様の婚約解消の事よ。話が広まるのは早いわ~もう皆様ギラギラよ…………本当、結果は変わってませんのに」


昔の自分を見ているようで、フローラは遠い目になりながらお茶会を思い出す。鉄壁ガードだったエヴァルドが平凡リーディアと一度婚約したという事実は、自称婚約者の高位で派手なフローラたちの影で沈黙していた令嬢たちに“私にも可能性がある”と希望を抱かせてしまっていた。



覚悟はしていたものの、予想以上のエヴァルドの人気の高さにリーディアは改めて感心していた。そして、また婚約し直していることをまだ秘密にしているので、令嬢たちへの罪悪感が凄い。


「リーディア、何も気にすることはないよ。特にエヴァルド君と会話もしたこともない令嬢たちだ。憧れの人にキャーキャー言いたいだけさ」

「そういうものですのね」


顔に出したつもりはなかったがガラナス侯爵に、優しくフォローされる。この人は本当に心を読むのが上手だと尊敬の眼差しで見ると、ガラナス侯爵はそれすら気付き気分よくワインを飲み干す。


それをガラナス夫人は柔らかく微笑みながら控えめに言葉を挟んでいく。優しく、時々道を正すように鋭い指摘は女主人としての風格があった。

まさに理想の家族の食卓そのもの光景が広がっていた。



(空気が温かい…………私がここにいられるなんて。弟は今は学園の寮にいるらしいけど、両親に愛されていたし、家にいた頃はあの子はいつもこの光景を見ていたのかしら)



ふと、ひとつ年下の弟を思い出す。ただ実姉たちと同じく関わりが薄すぎてあまり顔や性格を思い出せない。フローラは一度しか会ってないのに顔もメロンも性格も忘れなかったというのに……。それだけ自分も両親や姉弟に興味がなく、関心の無さはお互い様だったのかと納得した。




リーディアは食後のデザートに舌鼓をうち顔を緩ませていると、皆の温い視線が集まりムズムズする。



「あはは、美味しそうに食べるな。私のもあげようか」

「そんなお義父様、私はひとつで満足です!それに食べちゃうと届いたドレスが着れなくなってしまうわ」



「あら、エヴァルド様からパーティーのドレスが届いたのね!間に合って良かったわね、リーディアちゃん」

「聞いてないわ!食べ終わったらわたくしに着せて見せなさいよ。お揃い風にわたくしが合わせたいから必ずよ」

「はい、お義母様、お義姉様。ふふふ」



夕食後はリーディアの部屋で新しいドレスをお披露目した。

フローラはドレスを確認するとその場でメイドたちに色やデザインが似たドレスを持ち込ませ、お揃いコーデに気合いを入れていた。


フローラがお揃い風のドレスを着てリーディアの横に並ぶと「二人とも天使だ!」とガラナス侯爵は喜び、夫人は楽しそうに見ていた。部屋の隅では声は聞こえないものの、表情でナーシャとマリアはどんな化粧にするか好みが分かれて喧嘩していることがわかる。



リーディアは眩しい光景の中に自分も含まれていることに幸せを感じていた。それと同時にシーウェルの屋敷に残してきたエヴァルドはどうしているのかと気になった。



自分とは違いひとりの夕食で寂しい想いをさせていないだろうか。よく幻痛がするという右腕の傷は大丈夫だろうか。不自由はしていないだろうか。離れて数日しか経っていないのにエヴァルドが心配で、そして恋しくなっていた。


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