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地味令嬢の献身


───ガタガタガタガタ


「リーディア様大丈夫ですか?」

「えぇ、クッションもあるし大丈夫よ」



リーディアとナーシャは馬車の中で身を寄せあって振動で椅子から放り出されないように支え合う。二人が乗る馬車は荷馬車と聞いて予想していたものよりもずっと立派で、高速スピードにも耐えられる特注の物だった。馬車とは思えぬ速さで道を進んでいく。


車内には護衛騎士が1名と高価な医薬品がどっさり乗せられており、嫌でもエヴァルドの状態が危険で、新たに怪我人が出るかもしれないほど国境の情勢が悪いことが分かる。


「大丈夫です。エヴァルド様は過去に背中を切られて骨が見えても、腹を刺されて内蔵が出てきても死ななかったんです。今回もちょっと寝てるだけです」

「─────!!!」


(ま、待って……むしろ何でルド様生きてるの?運を使い果たしてないわよね?尽きてないわよね?お願いします神様、神様、神様、神様、神様…………!)



ナーシャは目を瞑り祈り続けるリーディアを励まそうと過去の怪我を例にあげるがどれも悲惨すぎて、励ましにならない。同席している護衛騎士も複雑そうな顔をしている。

どうしてエヴァルドが怪我を負ったか、どんな怪我かを知らされてないせいで悪い方へ悪い方へ想像しそうになり、リーディアは無心で祈りを捧げることで余計な考えを振り払った。



そして3つの夜を越えたその日の昼前、リーディアたちは国境の砦に到着した。慣れない夜営に、馬車の激しい振動は何も鍛えていない女性の体には堪えたようで足元がふらつくが、リーディアは気合いで立って馬車から降りる。二人は呼ばれるまで待つようにと食堂に案内され待機となった。




「えっと、二人がエヴァルド・シーウェル副隊長の指名人で間違いないでしょうか?」

「え?はい、リーディア・カペルです。こちらが侍女のナーシャです」


案内人が来るまで待っている間も祈り続けていると、演習で見かけたリーディアと同い年くらいの近衛騎士に戸惑いがちに声をかけられ慌てて返事を返す。


「俺は第二王子近衛騎士のキース・ラウドルップと言います。俺が案内しますね」

「はい。お忙しい中大変ありがとうございます。どうか、宜しくお願い致します」



ピシッと騎士らしくしているが、キースは内心ホッとしていた。以前演習で見たリーディアの顔と今の顔が違い過ぎて焦ったが、“慎ましくて控えめな顔”とも聞いていたなと思い出し、ようやく声をかけたのだった。



「ラウドルップ様、ルド様のご容態は……」

「すみません……今ここではちょっと。部屋に着きましたら医師より説明いたします。ただ、部屋に入る時は覚悟を決めてください」

「覚悟ですか?」


もうすぐ直接見れるというのに、リーディアは怖くなり病室へと歩く途中でキースに聞くと、恐れを見透かされたように念を押される。

キースは立ち止まり、リーディアを真っ直ぐ見据えた。


「騎士の怪我の重さにご家族の方が心が折れてしまう時があります。ですが本人は懸命に戦ってます……できれば逃げずに一緒に戦ってあげてください。エヴァルドさんも生きようと戦ってます」


リーディアはごくりと息を飲む。キースの真剣な瞳に、その下にできた隈の濃さに、ずっと彼もエヴァルドと戦ってきたという覚悟を見せられ胸が締め付けられる。だがリーディアにも意地があった。



「ナーシャ……わたくし、鼻血以上の怪我人を見たことがないの。だから正直不安だわ……だからわたくしの心が折れそうになったら、次は叩くのではなく殴って喝を入れて」

「───は!?」


「かしこまりました。強めを一発」

「おい、メイド!」

「大丈夫です。顔ではなく腹を狙います」

「それ良いわね、ナーシャ」

「そういう問題じゃないだろ……」



リーディアのとんでもない命令と、それを平然と了承するナーシャにキースは思わずツッコミを入れるが、二人には届かない。



「これがわたくしの覚悟です。わたくしもルド様と共に戦いたいのです。弱いなりの戦いかたなのです」


リーディアはぐっと拳を握り締め、キースに覚悟を見せるように強い瞳で見返した。キースはしばし見つめていると両手をあげ降参のポーズを真似しながら苦笑して、止めていた歩みを再開する。


(そこら辺の騎士より男前な婚約者さんだな。エヴァルドさん……あなたの選んだ人はやっぱり凄いっすよ……そんな人が会いに来てくれたんだ。だから……頼むよ)


3階まで階段を上り、一番奥の部屋につくとキースが扉の前で立ち止まり見張りの騎士に扉を開けさせる。



「エヴァルドさんはこの部屋です。会ってあげてください」

「はい。ありがとうございます」


リーディアは一度大きな深呼吸をして部屋の中に入ると強い消毒液と薬の混ざった匂いが充満しており、湿度を保つように濡れたタオルがカーテンのようにたくさん干されているため薄暗い。


たくさんの医療器具が載ったカートが遮り、ベッドに寝ているであろうエヴァルドの姿は見えない。

大きな鉄製パイプに白い布団がかけられたベッドは中央に置かれ、天井の吊るし棒からは大きな点滴が数個ぶら下がり、管は全てベッドの中へと繋がっていた。


リーディアは一歩ずつゆっくりとエヴァルドに近づいていく。側で看病していた医師や看護師はリーディアに場所を譲るようにすれ違い、ベッドの目の前に立つとようやく姿が見えた。


「ルド……様……っ!」



リーディアは駆け寄るように顔を覗きこみ名前を呼ぶが勿論返事はない。

エヴァルドの顔は血の気が失せ白く、だけど熱にうなされるように額に汗を浮かばせ、苦しげに息を吐き出し、弱々しく空気を吸い込んでいく。そして、何重にも包帯で巻かれた右腕の短さに思考が止まった。


先程まで毅然としていたナーシャでさえも、その光景に絶句し手から鞄を落としたまま立ち尽くした。



(これはあまりにも……前は……前は……まだ治る傷だったのに……これでは……もう……)


自分が幼き頃から主と崇め、敬愛し、尽くしていたエヴァルドの失ったものの大きさを目の当たりにし、名前すらも呼べない。

どれくらい立ち尽くしていたのだろうか、リーディアに両肩を掴まれ揺さぶられる。



「ナーシャ、しっかりしなさい!あなたが折れてどうするんです!ルド様は……頑張ってます……うっ……ぐずっ、幼い頃から彼を見てきたのでしょう?ルド様は強いんでしょう?ナーシャ……ねぇ?ぐずっ……」

「あ……はい。うぐっ……そうです。簡単には死にません。この方はいつだって乗り越えられる力があります」

「そうよナーシャ……わたくしたちが信じなければ!」

「はい。リーディア様」



いざという時リーディアに喝を入れる筈が立場が逆転し、ナーシャが勇気づけられ、二人はお互いを支えるように抱き締め合って涙を堪える。


(ナーシャはわたくしよりも、ずっとルド様と一緒にいたのに。家族同然なのを忘れていたわ……ごめんねナーシャ)


本当はリーディアの心も折れそうだった。だけど鞄が落ちる音が聞こえ振り向くと、あれだけ強気だったはずのナーシャの虚ろな瞳を見て、自分のことしか考えてなかった己を恥じて折れずに済んだ。





「そろそろ良いか?医者の話の前に私から今回の経緯を説明したい」

「──っ、ルーファス殿下」

「大変失礼をっ」



気づかない間にルーファス王子が病室に来ており、声をかけられた二人は急いで両膝を付いて頭を下げる。


「楽にしてくれ。さぁカペル嬢は椅子に座って……メイド、お茶は淹れられるかな?お湯はあるし、道具は棚に揃ってるんだが」

「はい、今すぐに」

「久々に美味しいお茶が飲めそうだ。頼むよ」



ルーファス王子にすすめられ、お互いに簡易椅子に腰かける。ナーシャはいつもと同じような仕事が与えられたお陰で気持ちが立て直され、それを悟ったリーディアはルーファス王子の優しさと聡明さを実感した。



(なるほど、ルド様はルーファス殿下のこういうところを尊敬していたのね)



ルーファス王子は紅茶を一口飲み喉を潤すと、協定締結直後からの状況を説明した。ルーファス王子がセルリアに紛れ込んだスパイに命を狙われたこと。エヴァルドが誰より早くナイフに気付いて王子を庇い右手を負傷したこと。ナイフには暗殺用の毒が塗られていたこと。


「その毒は特殊で、刺された傷口に毒が濃く付着することで血は2度と止まらず、体内に入り込み血を腐らせ命を奪う毒だ。だから、体内に全て毒がまわる前にエヴァルドの腕を私が切り落とした。剣で切った傷は毒に触れてないから止血が出来るようになるからな。つまり私が友人としての奴を救うために、騎士としての奴の命を奪った……そういうことだ」



ルーファス王子は無表情に淡々と話すが、拳は強く握り締められ悔しさがひしひしと伝わる。もしエヴァルドが気づかず、そのまま腹など刺されていたらルーファス王子は死んでいたのだ。すまないという言葉は使えなかった。

ルーファス王子に代わり医者が説明を引き継ぐ。



「ルーファス殿下のお陰で希望は繋がりましたが、全ての毒を防げたわけではありません。その毒はエヴァルド様の血を腐らせ続け、新しい血液を作ることを阻み、未だに失った血を取り戻せてません」

「輸血は……」


「毒が体内に残っている限り、輸血した血も腐らせるだけで悪化させる可能性もあります。今はエヴァルド様の生命力で繋がっている状態なのです」

「そんな……何か方法は……」



あまりにも運頼みな状況なのに医者の瞳には強い光が宿り、まだ諦めていないことにリーディアは希望を捨てずにいられている。



「毒を中和する解毒剤が存在します。しかしそれが非常に問題なのです」

「問題……」


理屈は解明されていないが、解毒剤は血液投与では効果は発揮されず、経口投与でのみ毒を中和するようになる。しかし解毒剤は強烈な苦味と鼻の奥がツンといたくなるような臭気を持っていた。寝ている人間の口に流し込んでも飲まず、むしろ気管から肺に入って肺炎にでもなったら大変であるし、目が覚めていたとしても強い意思を持たないと飲み込めない薬だった。



「何度かエヴァルド様が痛みや苦しみでわずかに意識を取り戻した時に飲ませようとしましたが、やはり混濁した意識では飲み込めずどれも失敗に終わっております……今は水分とわずかな栄養は点滴で補っていますが、体力は低下する一方です。できるだけ早く飲ませなければ……」



─確実に死ぬ。



医者は言葉に出さないものの、リーディアにはハッキリ聞こえた気がした。


(体力が低下すれば更に目覚める回数は減り、飲み込む体力もチャンスも無くなる……でも希望が消えた訳ではないわ。飲めば助かる。絶対に飲ませてみせる)


「先生、その解毒剤はどちらにございますの?」


リーディアが尋ねると、枕元の棚にいくつか置かれた親指程度の大きさの小瓶をひとつだけ手渡される。


「わずかでも効くように濃縮して、一口分ほどの量です。たったこれが飲めないのです」

「もし、次エヴァルド様が起きられたら、わたくしが飲ませても良いでしょうか?何もせず見ているのは……わたくし」


「勿論です。こまめに語りかけて下さい。貴女の声で目覚め、機会が生まれるかもしれません。起きたら迷わず瓶の中身を口にお入れください。どんな方法でもかまいません」

「はい。ありがとうございます、先生」



説明が終わると部屋にはリーディアとナーシャ、護衛の騎士がひとり残された。

ナーシャは新しいタオルを濡らしては干し、その間リーディアはエヴァルドの額の汗を拭いたり、左手をそっと握りながら話しかけ続けた。



「貴方が留守の間に色々な人たちが来たわ。もう失礼な人ばかりで、大変だったわ。貴方も相手をするの大変だったのかしら?」



「実はねわたくしたくさんの秘密があるのよ。なんだと思う?話したら驚くかしら?でもね、打ち明けるのが少し怖いの。わたくし貴方に嫌われたくないの」



「ねぇ、ルド様。わたくしね、御守りを作ったのよ。刺繍がとても難しくてね、何度も失敗しちゃったわ。それでも出来たの……模様が四つ葉のクローバーなんだけど花言葉を知っていて?」



昼からずっと語りかけているが、エヴァルドが目覚める気配はまだ来ない。途中で夕食を勧められたが、緊張からかお腹は減らず断りを入れ、屋敷から持ってきた菓子を一口だけ摘まむ。



「やっぱり料理長のお菓子は美味しいわ。ルド様もお好きでしょう?早く一緒に食べたいわ。もしわたくしが作ったときは食べてくれる?」



完全に日が沈み、部屋には灯りが点けられるが闇の気配に飲まれそうになり、どんどん心細くなり、言葉もすがるようなものになっていく。



「ねぇ、ルド様。わたくしの声は届いてますか?わたくしばかりではなく、ルド様の心地好い声が聞きたいわ。また、寝る前の雑談をしましょう?」



リーディアは懇願するように目を閉じ、エヴァルドの手を握る力も自然と強くなる。



「わたくしきちんと理解したのよ。貴方の誓いの意味も、私の気持ちも……あの時まだ気付かなくてごめんなさい。だけど今ならすぐに返事が出来るの、聞いて欲しいの……ねぇルド様」


「…………」


「わたくし……エヴァルド様を愛してるの。誰よりも貴方を、貴方だけを……」



リーディアの告白の言葉だけが部屋に静かに響く。ナーシャはタオルを握り締め、この時間の護衛騎士のシオンは真っ直ぐに見守っていた。



「……ぅ……ぁ……っ」



すると乱れるような呼吸音が聞こえる。リーディアは目をパッと開けると、エヴァルドの眉間に皺がより苦しそうに歯を食い縛っていた。

リーディアは狼狽えそうになる前に、シオンが叫ぶ。


「エヴァルド!目を覚ませ!口を開けろ!薬を飲むんだ!リーディアさん、飲ますんだ!早くっ!」

「は、はい!ルド様飲んで!」


ずっと見守ってきたシオンはエヴァルドの意識が浮上する予兆だと知っており、リーディアに指示を出す。リーディアは小瓶を開けてすぐに口に注ぐが、エヴァルドは強烈な解毒剤に咳き込んで全て出てしまう。



「エヴァルド!飲んでくれ……頼むからっ!」

「エヴァルド様ぁ!エヴァルド様ぁ!」


シオンとナーシャはエヴァルドの意識を繋ぎ止めようと懸命に叫ぶ。リーディアは迷わず2本目の瓶を開け、口に注ごうとするが手が止まる。


(またこのまま注いでも溢れて終わりよ……これが物語なら奇跡が起こるけど今は現実。でも主人公ならどうする?大切な人を救うには?嫌よ……死ぬなんて嫌……置いてかれるのは嫌……愛している人を失うなんて嫌よ!絶対に溢させてたまるか!)



リーディアは解毒剤をエヴァルドの口ではなく自分の口に流し込み、エヴァルドの顔を鷲掴み口付けをした。口の中はあまりの苦味で痛みすら感じ、強い匂いに鼻は麻痺し涙が出てくる。エヴァルドは反射で押し戻そうとリーディアの口へ解毒剤を押し出そうとしたり首を振ろうとするが、彼女は許さない。


─ゴクリ


すると喉の音が聞こえ、口の中から液体の存在が消えた。

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