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地味令嬢の自覚


「で……できましたわ。悪くないわよね?」


「おめでとうございます!」

「よくできてますよ」

「上達されましたね!」

「これは誰が見ても分かります!」



リーディアは完成した刺繍をメイド達に褒められ笑顔が溢れると、メイド達もリーディアの健気な姿に胸を熱くさせていた。ナーシャはお使いでお出かけ中である。


布にはメイド達が簡単で流行りだとおすすめしてくれたハートの葉を4つ並べたクローバーがしっかりと縫われていた。表面は綺麗だったが、やはり裏面はまだ不器用さが伝わる出来だったのでハンカチではなく、裏面の隠せるお守り袋にすることになった。

袋の中には魔除けとして使われる銀貨にエヴァルドの無事の祈りを捧げたものを入れ、最後にリボンで口を結んである。


「ルド様は喜んでくれるかしら?」

「それはもう!だってハートの四つ葉ですよ?」

「意味を知ってる殿方で嬉しくない人はおりません」


「四つ葉って……幸せの意味よね?」

「リーディア様はご存知でなかったのですか……実は四つ葉には『私のものになって』という言葉もあるんです!」

「え?」

「「きゃああぁ素敵ぃーっ」」

「えぇぇぇえーー!?」


メイド達が両手を頬に当てながら乙女になり、リーディアは初めて知った大胆な花言葉に驚き、お守り袋を見つめながら慌て始める。



(わたくしがこんな傲慢な贈り物をして怒られないかしら?ルド様は愛してくださると言ってくれて、私も同じ愛を返したいと思ったのは確かだけれど。これは家族や友人としての意味ではなくて……まるで)



「ねぇ、本当に大丈夫かしら?その……図々しいとか……勘違いするなとか……?」



彼がどういう意味で誓ってくれたか確信できてないリーディアは、勘違いで嫌われないかと不安になった。でもどこか、異性として見てくれたらなと小さな希望が芽生え始めていたもの確かだったが自信はない。


できたお守りをギュッと胸に握りしめ瞳を揺らすリーディアに、メイド達は心の中で頭を抱え、目線だけで作戦を立て始める。



(エヴァルド様のアプローチが伝わってない!)

(どう考えても政略以上の想いを秘めてるのに)

(でもリーディア様も近頃エヴァルド様に惹かれてるのは間違いないわよ)

(いざ後押し!)


メイドたちは一斉に姿勢を正してリーディアの前で整列した。


「リーディア様はエヴァルド様に何か本音のような事を言われたことは?」

「えっと……愛してるとは。でもそれは婚約の義務感とか、わたくしを励ますためだったとか……」

「────!!」


メイドたちは悶えた。こんなにもストレートな言葉なのに何故、恋愛だと受け取れないのか不思議で堪らなかった。



「リーディア様!エヴァルド様は義務感でその言葉を使う方ではありません。本当に心当たりは?どんな風に言われました?」

「───っ」


愛を誓ってくれたとき、小説のワンシーンのようだったと思い出す。小説では家族や忠誠としてではなく、唯一愛する人へのプロポーズを意味していた。まさか、自分が?と急に思い当たり嬉しさと恥ずかしさで顔はどんどん赤くなり、メイドたちは好機とばかりに攻める。



「リーディア様、エヴァルド様が他の女性に同じ事をしていたらどう思われますか?」

「………………」



数ヵ月前に追い払ったメロン令嬢たちを思い出して、エヴァルドが跪くのを想像すると心の底からドロっとした黒い何かが生まれそうだった。それ以上に何か裏切られたような悲しみが先行し、リーディアの顔色は赤から青へと変わる。



「どうしましょう……わたくし嫌だわ。そんな事をするエヴァルド様の姿も嫌だけれど、何の魅力もないのに取られたくないと嫉妬する我が儘な自分が嫌だわ」



未だに自分に自信が持てないリーディアにとって、エヴァルドは物語に出てくるような完璧な男性でどうしても釣り合わないと比較してしまっていた。それが、リーディアの本当の気持ちを止めてしまっていた。



「エヴァルド様の目は節穴ですか?」

「そんなことないわ!ルド様は聡明で人を見極めるのに長けているわ。だって彼が選んだ屋敷の使用人(あなた)たちは皆素晴らしいもの」


「ではエヴァルド様が選んだあなた様を、あなた様が否定してしまうということは悲しいことです」

「あ…………」

「エヴァルド様を信じるのであれば、エヴァルド様が選んだご自分を信じてください」



熱い眼差し、優しく髪を撫でる手、安心できるように抱き締めてくれた力強い腕、落ち着くように言葉をくれた心地よい声、自分も微笑みたくなるようなエヴァルドの愛しい笑顔が次々と頭に浮かぶ。


(こんなにもたくさんのヒントをルド様はくれていたのね。彼の愛しているの意味を本当はどこかで気付いていた。でも怖くて逃げてしまっていたわ……だけど、やっぱりわたくしも……)



「わたくしもルド様が愛しい……会いたい……今すぐに。次会えた時に打ち明けたら喜んでくれるかしら?」

「もちろんでございます!」

「良かった!ようやくエヴァルド様が報われます!」

「ご帰還が待ち遠しいですね」

「どんなドレスでお出迎えしましょうか?」



メイド達が『リーディアに自覚を促す』というナーシャに与えられた指令を達成し喜び合い、リーディアも以前にも増してエヴァルドの帰りが待ち遠しくて堪らなくなった。

しかしリーディアは彼を裏切っていることに気がついてしまった。



「どどどどうしましょう。わたくし、ルド様と自分の気持ちがわかったら一番にルド様にお伝えすると約束してたんですの……なのに今わたくし皆さんに……!」


リーディアはワナワナと手を震わせ口を押さえる、メイドたちは察すると一斉に両手で耳を塞ぎ動き出す。


「私、実は今日だけ難聴でしたの~何も聞こえませーん」

「あらら~私も記憶喪失で何のことだか」

「昼食の準備をしてきまーす。先程からメニューの事で頭がいっぱいですぅ」

「それでは私たちは準備に参りますので、お時間までお部屋でお待ち下さい」



メイドたちはそそくさと部屋から出ていき、彼女たちの心遣いにリーディアはクスッと笑うと一人になった部屋で落ち着いて自分の気持ちを再確認する。



初めは小説のモデルとして観察していたけれど、見れば見るほど心惹かれていたのは事実。彼といると心が温まり、ひとつひとつの仕草にときめいて、言葉は胸を高鳴らせた。小説の下書きで主人公を自分、相手をエヴァルドに見立ていたのだって、叶わない恋をせめて小説では成就させたくて無意識に書いていたと今なら分かる。


夢のような素敵な男性と両思いだと信じられず、本当に夢なんではないかと何度も頬や腕をつねってみるが痛む。現実だと実感しては何度も一人できゃーきゃー心で叫び、御守りを握り締めて部屋をぐるぐると歩き続けていた。



(そういえば全てが知りたいと言っていたわね……隠し事は駄目よね。半端に教養がないのは知っていそうだし、問題は小説よ……薔薇の世界なのよ……あぁ嫌われないか怖いわ。なんて切り出せばよろしいの?しかもモデルにしてただなんて…………隠す?駄目よね、全てを知りたいと仰っていたわ……けど腐れのカミングアウトはハードルが高すぎるぅー)



リーディアの歩調はスピードアップしていく。帰って来たナーシャにお昼ご飯が出来たと呼ばれ、食堂で食事を始めるが胸が一杯でなかなか進まない。

メイドの情報網によって既に屋敷の使用人に知れ渡っており、全員生暖かい目線でリーディアを見ているが、リーディアはエヴァルドへのカミングアウト方法を考えるのが精一杯で気が付かない。



昼食後のお茶を飲んでようやくリーディアは落ち着きを取り戻し始めたが、頭の中は相変わらずエヴァルドの事ばかり。エヴァルドの寝室のソファに座り、テーブルに置いた御守りを見つめながら国境の彼を想う。



(砦のご飯は美味しいのかしら?寝床が変わってもきちんと寝れてるかしら?眼鏡は壊れてない?元気にしてるかしら?ねぇ、ルド様……わたくしね、早くこの気持ちをお伝えしたいわ。また二人でここに座ってお話がしたいわ)




──ポトッ


「…………?」



何かが落ちる音が聞こえ、リーディアは回りを見渡す。エヴァルドの寝室はシンプルで物が少ない。壁に掛けてある剣や絵画は落ちていないし、もっと大きな音がなるはずで、小さな物があるのはガラスのサイドボードのみ。

リーディアはサイドボードに近づくと、遺品の熊のヌイグルミが落ちてしまっていた。



「まぁ、可哀想に…………あ、そんな!」


元の場所に戻してあげようと拾うが、プラプラと片腕が糸1本でギリギリ繋がっている状態で今にも切れてしまいそうだった。リーディアの動揺する声を聞きつけナーシャが寝室に来たので、ヌイグルミを手のひらにそっと載せて見せる。



「だいぶ古く下手な縫い方でしたからね……落ちたはずみで緩んでいた糸が抜けたのでしょう」

「ねぇ、私に直せないかしら?痛そうだから早く直してあげたいの」

「ふふ、そうですね。私がお手伝いします」

「うん、ありがとう」



抜けた糸に近いものを選び針に通してゆっくりと縫い合わせていく。小さいヌイグルミだったので10分もたたずに元通りの見た目になり、リーディアとナーシャは目を合わせて満足げに頷いた。サイドボードの元の場所に戻して撫でてあげる。


(なんだか胸騒ぎがするわ。ルド様の宝物が落ちて怪我をするなんて……直せたから良かったけど。………………寂しいからって弱気になってしまったわ。気にしすぎよね)


「ふふふ、熊さんもう落ちちゃ駄目よ」








───ドンドン!

「リーディア様!!」


そしてその日の夕方、リーディアが私室で食事を摂っていると激しいノックの後、返事を待たずにデューイが部屋の扉を開ける。


「デューイさん!レディの部屋で失礼ですよ」

「分かってる!だが、ロイヤルが来てる!」

「ロイヤルですって?」


ナーシャがデューイの行いを責めるが“ロイヤル”という言葉を聞くと、手に持っていた茶器が震えだしカタカタと音がなり始める。いつも笑みを崩さないデューイの額には汗が滲み出ており、緊迫した空気にリーディアの不安が膨れ上がる。


「ロイヤルとは──」

「説明は後です!まずは玄関にお越し下さい!今すぐにです」

「リーディア様、行きますよ!」



言葉を遮るように部屋を飛び出てデューイが先頭を進み、ナーシャはリーディアの手を掴み、まるで走るように引き連れていく。廊下にいる使用人たちの顔は陰り、不安で満ち溢れている。


玄関に着くと青年が一人で立っていた。上質な白地の軍服には紅と金のラインが施され、金のボタンには王家の紋章が光る。国王直轄の騎士団“ロイヤルナイト”しか許されない服を着ていた。それだけで、緊急事態だと十分に知れた。


リーディアの姿を確認するとロイヤルの青年は連絡事項を口頭で話し始めた。


「この度はルーファス殿下付近衛騎士で副隊長を務めますエヴァルド・シーウェル殿について緊急の連絡をお伝えに参りました。本日午前、セルリア国境の砦にて任務中に負傷し意識不明の重体となっております」

「…………そんな、なんでっ」

「リーディア様っ」


ロイヤルの受け入れがたい言葉にリーディアは床に膝を着くように崩れ、ナーシャが支える。リーディアはエヴァルドの詳しいことが知りたい思いで、意識を手放さないように唇を噛む。ロイヤルは一度区切るが、機械のようにまたすぐに言葉を続ける。



「近衛騎士の有事の際、本人が希望する2名までのお方を側にお連れすることになっております。シーウェル殿は王城を出る前、リーディア・カペル嬢とカペル嬢が希望する使用人1名を指名する書類を出されておりましたので、この度お知らせに参った次第です」


彼は胸ポケットから国璽が押された一枚のカードと封筒を一通取り出し、動揺するリーディアの代わりにデューイへと手渡す。


「カペル嬢がシーウェル殿の元へと駆けつける意思がございましたら、明日の日の出前、午前3時までに王城の東門までこのカードをお持ちになってお越し下さい。4時には国境へと騎士団が出発するので、荷馬車で良ければお乗せいたします。注意事項は封筒に記載しておりますのでご確認下さい。では私は失礼致します」


ロイヤルの青年は必要事項を言い終え敬礼すると質問をする隙もなく立ち去り、リーディアは呆然とするしかなかった。

耳から聞こえる全ての音が消え、自分の心臓の鼓動だけが響き、嘘だと叫びだしたくても喉が潰されたように声が出ない。


「リーディア様!私ナーシャが付いていきます!国境へ行きますよ!!」

「…………ぇ?」

「え?ではありません。エヴァルド様がリーディア様をお待ちになってるんです!会いに行くんです!しっかりしてください。一番に辛いのはエヴァルド様です!」


虚ろな目をしたリーディアを叱責するように、涙目になりながらもナーシャが渇を入れる。


(ナーシャの言うとおりだわ。辛いのはわたくしではなくてルド様だわ……そのルド様がわたくしを呼んでいる。膝を付いている場合ではないわ。しっかりするのよ……体よ動いて、震えよ止まれ…………!もうっ何で言うこと聞かないのよ!)


「ナーシャ……わたくしを一発叩いて」

「え?」

「いいから、お願い!」

「───っ、口閉じてください!」



静寂に包まれていた玄関にパァンと綺麗な音が響き、全員の視線が二人に集中している。リーディアの頬には綺麗な手形がついているが、当の本人は満足げな顔になり立ち上がる。



「ナーシャありがとう。震えが止まったわ。行くわよ……エヴァルド様の元へ!」

「はいっ!」


立ち直ったリーディアの姿を確認すると、デューイがパンッと注目を集めるように手を叩く。


「覚悟は決まったようですね。ナーシャは自分の身支度を整えろ!次いつシャワーが使えるかわからん、エマは今のうちにリーディア様を湯浴みへ。マリンとサラはリーディア様の荷物を作れ、大きさや必要なものは封筒のなかに書いてあるから見ろ。リックは料理長に携帯食を作らせろ、朝食と日持ちする菓子だ。トムは出発に間に合うよう馬車の用意を。きちんと点検しろよ……故障して間に合わなかったら許さん。ケインは……」



デューイが出発に向けて慣れたように指示を出し、止まっていた時間が早送りのように動きだし、使用人たちは持ち場へと走り出す。

リーディアもデューイに助言をもらいながら用意を整え、出発までの間はひたすらエヴァルドの回復を祈り続けた。


そして空が白む頃、リーディアはナーシャと共にエヴァルドが待つ国境へと出発した。



物語も半分を折り返しました。最終話までの下書きは終わったので、毎日更新でラストを目指したいと思います。

後半も宜しくお願い致します!

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