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ごめんなさい! ありがとう

 

 闇が支配する世界は終わりを迎えようとしていた。

 ゆっくりと上りゆく太陽が全てを照らし出し行く。

 その光を浴びながら、アオは地面に足を投げ出し、リラックスした様子で空を見上げている。

 界斗はそのすぐ横で胡坐を組んで座り込んでいた。

 互いに自己紹介をし終えた二人は、何をするわけでもなく座っていると、その無言の空気を切り裂くかのように、アオは唐突に言い出した。


 「あそこはさー、私のお気に入りの場所なんだ」

 

 あまりの脈絡のなさに界斗は困惑するが、恐らくアオの言う『あそこ』とは、二人が初めて出会い、怪物に襲われたあの場所の事を指していると直ぐに解った。

 あのような何もない場所がお気に入りと言うのか。木々に囲まれて人目に付かなそうなのは良い点だが。


 「偶にああやって、隠れて羽を伸ばしてるんだー。別にこの姿でいるのが辛いとかそういう訳じゃないけど、あの姿になると、なんというか、開放感? とにかく気持ちいんだよね」


 彼女の言う羽を伸ばすとは、文字通り『翼』を伸ばすことなんだろうな。

 なんていう事を界斗は考えながら、手持無沙汰に雑草を指で弄る。


 「それでついウトウトしちゃってあそこで寝てたら、カイトが来たってわけ」


 あの時の界斗は、突然に見知らぬ場所に放り出された不安と、走り回ったことによる疲労で壁に寄りかかり、倒れこむように座り込んだのだ。

 しかし、その壁だと思ったものは、実は龍の姿をしたアオで、あの巨大な動く気配も熱風も彼女のものであったのだ。


 「そしたらびっくりしたよー。ちょーっと欠伸して、見たら気絶してるんだもん」

 「え、欠伸?」


 欠伸をしたら? 気絶?

 界斗は、アオの言葉に引っかかりを覚える。

 気になった界斗は直ぐにも聞き返した。

 

 「欠伸って……もしかして、あれ? あの叫んでたやつ?」

 「ん? 私なんか叫んだっけ?」


 そう言って、「寝ぼけてなんかしたかなー?」と不思議そうにアオは額に人差し指をあてる。

 界斗は龍の咆哮と全身から溢れ出る炎を全身で感じ、その迫力に中てられて気を失ってしまった。脳を揺さぶる声が、焼けつような熱が、全てが現実離れしていて、その全てが恐ろしいほどにリアルに界斗を襲ったのだ。

 もし、彼女の言う欠伸と言うものがあの光景を指しているのであれば――――


 「マジですか……」

 「?」


 本当にアオは人間とはかけ離れた存在らしい。

 こうして人間と同じ姿形をし、同じように話し、見つめることができるのに。

 実際に姿を変えたところを見たというのに、まるで実感が湧かなかった。

 

 「本当に……本当にあの……龍なんだね」

 「まあ、うん、そうだね」


 アオは何事もないような軽い感じで答えた。

 その様子が界斗を益々困惑させる。


 「そっかぁ……、龍かぁ……」


 憧れの龍と出会えた界斗であったが、喜びよりも驚きや戸惑いが勝り、素直に感動できずにいた。

 普段の界斗であったならば、喜んで小躍りでもしただろうか。それとも、偽物やトリックを疑い、鼻で笑っただろうか。

 考えても仕方がない事だが、自分でも意外に思えるほど、落ち着いていた。

 少女の姿をした龍。アオと言う存在もその要因の一つになっていた。


 「なんか変な感じ。見た目は同じ人間にしか見えないのに」

 

 界斗は改めてアオを見る。

 そこには同じ年頃の至って普通の少女が居た。

 違いと言えば、頭に生えた髪で隠れる程度の小さい角だけ。傍から見れば、龍と思う人間はいないであろう。


 「これでも一応秘密にしてるんだ。ばれたら大騒ぎだからね」

 「そうなんだ……」


 なんだか秘密を知ってしまったことに、少々申し訳ない気持ちになった。不可抗力とは言え、隠し事を暴いたようで気持ちの良い事ではない。しかも、それが自分を怪物から守ろうとした結果なら尚更だった。

 そんな界斗の気配を感じ取ったのか、アオは訂正するように言う。


 「いやいやいや、別に責めてるわけじゃないんよ? 寧ろこっちが謝らなきゃいけないよ」

 「え、謝る?」

 「うん……」


 界斗は思い返してみるが、謝れることに思い当たる節は無かった。

 そう言えば、アオが龍から人の姿に戻った時にも大声で謝っていたと思い出す。あの時は、衝撃的な光景が全てを上塗りしていて、まるで耳には届いてはなかったが。

 界斗は良くないものを思い出しそうになり、頭を振って意識を目の前の事に集中させた。


 「……えと、その」


 アオは不安そうな表情で前髪を弄っている。

 何か言いたいが、言い出せずにいる、という様子で、それが伝わった界斗は押し黙る。、

 界斗が何も言わずに見ていると、やがて、意を決したかのような表情で向き直った。


 「ごめん!」


 アオが界斗に向かって勢いよく頭を下げた。

 界斗はギョッと驚くとともに、堪らなく居心地の悪さに襲われる。


 「さっきは変な感じになっちゃったし、ちゃんと謝らなきゃって思って」


 頭を下げた状態のままでアオは言葉を続ける。


 「油断してアイツに襲われて……意識飛んじゃって……。怖かったよね、本当にごめんね。もう少しでカイトに怪我させるところだった……」


 アオの話す語尾が尻すぼみになる。全身から申し訳なさそうな雰囲気が噴き出し、界斗を包む。


 「私っていつもこうなんだ……。なにをやっても失敗ばかりで。良かれと思ってやったことも、逆に誰かの迷惑になったり」


 アオが身に纏う空気がどんどんと重くなっていく気がする。

 太陽がこんなにも眩しく輝いているのに、アオの周りだけが夜になってしまったかのような。


 「できることと言ったら力仕事とか、魔物退治だけで、普通の女の人がやるような仕事は全然できないし。だから、いつも怒られてばかりだし……」


 口から負の思いが溢れ出していく。

 初対面であるアオに、界斗は快活そうなイメージを勝手に抱いていたが、意外にもネガティブな一面があるらしい。新しい発見であった。

 しかし、こうして放っておくと、益々と落ち込んでいき、いつしか地面へと沈み込んでいってしまいそうだ。今も「この前は~」や「どうして私は~」とネガティブの発言を繰り返している。

 このままにしておけるはずもないし、このような空気にも耐えがたい。

 早急なフォローが求められているのだが、このようなことは生憎にも界斗の苦手とする分野だった。


 「はあ、みんなに迷惑かけないようにって龍の事を隠してるのに……。怪我させそうになったなんて知られたら、マリアさんになんて言われるか……」


 怪我で済むのかと言うツッコミはさて置いて、結果的に界斗は怪我したということはない。熱や疲労で全身に怠さを感じるが、どこかが痛むところがあるわけでもなく、歩くことも話すこともできる。

 むしろ、アオに助けられた面が大きく、彼女が居なければ怪物に襲われ、ここにはいなかったであろう。感謝したいのはこちらだ。

 だから、彼女には自分をこれ以上卑下してほしくない。

 そうアオに伝えたかったが、どこからどう伝えればいいかわからず、界斗は言葉に詰まった。

 似たようなことを繰り返すようだが、界斗は女性に対し、気の利いた励ましの言葉を掛けられるような器用な奴ではないのだ。

 界斗は胡坐を崩し、膝立の状態になって彼女に向き直った。

 そうして頭をフル回転させる。探す。彼女に掛けるべき言葉を。


 「ええと、なんていうか、とにかく顔を上げてよ」


 界斗がやっとのことで絞り出したのはそんな言葉だった。少し上から目線になっていないかと心配になる。

 アオがゆっくりと顔を上げる。蒼く大きな丸い瞳が不安に染まり、涙が浮かんでいた。

 それが界斗の心を堪らなく揺さぶった。

 このような顔のままにはしておけない。

 その瞳には、そう思わせる魔力があった。


 「なんて言えば……そうだ、何度も言うようだけど、あの変な怪物から助けてくれてありがとう。俺なんか、凄い怖くてさ、全然動けなかったよ」

 「…………」

  

 アオは何も答えなかったが、界斗は気にせずに言葉を続ける。


 「凄いよね、本当にチョー強いんだから。びっくりしちゃったよ」

 「……」

 「三体を相手にバッタバッタと薙ぎ倒してさ。てか、あれ何? 凄く気持ち悪いんだけど、新種の犬?」


 アオの視線を意識してしまってか、要らぬことまで言ってしまっている気がする。

 だが、ここで負けるわけにはいかない。言葉を続けた。


 「さっき魔物って言ってたけど、何それ、RPGみたいだね。君もゲームとかやるの? ちなみに俺のお勧めは――って違う。そんなことを言いたいんじゃなくて……」


 アオに本当に言葉は届いているのだろうか。

 不安に襲われ、嫌な汗が噴き出てくる。

 本当にこういうことは慣れていないのだ。

 頭が真っ白になりそうだった。

 

 「とにかく! そんな落ち込まないでよ。俺がこうしていられるのは君のおかげだし、怪我だってない」


 こんな漫画の主人公みたいな優しい気の利いたセリフを自分が言うなんて、思ってもみなかった。

 不思議と恥ずかしさはない。

 恐らく、界斗が必死になっていたからでもあるし、これが本心からの言葉であったからに思える。


 「だから、だから、その……」


 その時、不意に二人を照らす陽の光が強まった。

 アオは反射的に眼を瞑る。

 それによって、一時的だが、アオの視線は界斗から外される。

 だからだろうか、界斗は次に続く言葉をすんなりと言うことができた。


 「……泣かないでよ。君は笑顔の方が似合うと思うから」


 言い慣れない、恥ずかしいセリフを。

 

 「――――よしっ!」


 界斗の言葉から何分かして、アオは腕で目を擦りながら、勢い良く立ち上がった。

 界斗を見下ろす力強い瞳には、もう涙はなかった。

 

 「なんかごめんね! もう大丈夫だから!」

  

 そう言って、胸の前で拳を握るアオからは、先程のネガティブな雰囲気は全くと言って感じない。

 落ち込みやすいが、同時に立ち直りも早いようだった。

 彼女とは出会って間もないが、既に色々な一面を知ったように思える。


 「そっか、良かったよ」


 満足げに界斗も立ち上がる。

 心は気恥ずかしさと達成感で満たされており、少しむず痒い感じはするが、悪くない気分であった。

 自然と口も軽くなった。


 「まったく、急に落ち込み始めるから困ったよ。龍でもそういう事あるんだね」

 「ド、龍とかそういうのは関係ないでしょ!」

 

 本当にアオは龍らしくない。

 龍のイメージは凶暴であったり、逆に威厳のあるものが多い。こんな笑ったり、落ち込んだり、怒ったりと感情が豊かで忙しいのは見たことがない。

 そもそも、出会ったこともないモノに対して『らしくない』と言うのも正しくないような気もするが、実際に龍にこうして出会うなんて事も普通はありえぬことなのだ。

 しかし、界斗は龍の存在を既に受け入れていた。

 いや、受け入れざるおえなかった。

 いくら否定しようにも、現実が否応にもなく立ちはだかるのだ

 目の前にいる少女が龍であり、空想でも妄想でもない、本物であると。


 「いやー、でも、意外にカイトって恥ずかしい事言う人なんだねー」


 アオがどこかで言われたことのあるような事を言う。

 言われた本人は、今更ながら恥ずかしさが襲い掛かかってきたようで、頭を抱えて顔を赤くして悶え始める。


 「『君は笑顔の方が似合うと思うから』」

 「やめて!」


 界斗が「あー!」と言って苦しんでいる様子をアオは可笑しそうに見ていた。

 そして、笑いながら提案をした。

 

 「そうだ、カイト。私の事は『君』なんかじゃなくて、『アオ』って呼んでよ。私も『カイト』って呼ぶからさ。もう呼んでるけど」


 アオはそう言って、期待する眼差しで界斗を見る。

 名前を呼んで欲しいのだろうが、未だ恥ずかしさに苦しむ界斗にはハードルが高かった。

 生唾を飲み込み、頭を抱えたままの状態で言う。

 

 「ア、アオ――」

 「うん!」 


 アオの瞳が嬉しそうに輝く。

 それに界斗は耐えられなかった。


 「――さん」

 「って、ええ!」


 さん付けが予想外だったのか、アオはズッコケそうになりながらツッコミを入れる。

 女性を呼び捨てにするなど、界斗には難しかった。

 よくよく考えれば未來がいるのだが、彼女は長い年月の積み重ねがあるため、恥ずかしいとは思わなかった。


 「ちゃんと呼んでよー、ねー」

 「うう……」


 アオが不満げに言い、界斗は苦し気に目を反らす。

 その後、何度か呼び捨てにするか、しないかで二人の間で謎の駆け引きが繰り広げられたのだが、結果はアオが「まあ、いっか」と折れる形で終わった。


 「呼び捨ては今後の課題にするとして――」


 別にしなくていいのに、と界斗は思うが言葉にはしなかった。

 そんな界斗を知って知らずか、アオは界斗の腕をつかむと、


 「こっち!」


 とだけ言って走り出した。

 

 「ちょ、ちょっと!」


 突然の事に転びそうになりながら、何とかついていく。


 「どこに行くのさ!?」


 自然と湧き上がった疑問をぶつける。

 アオは笑顔で答えた。


 「私の家!」

 「え!? 家!?」

 「そう! だって、このままここにいるわけにもいかないでしょ? せっかくだから、私の家に来てよ!」


 そう言って笑うアオの顔はあまりにも真っ直ぐで、清純で、界斗はそれ以上何も言うことができなかった。


 界斗は思った。

 正直言って、アオは滅茶苦茶だ。

 凄く元気だし、強いし、かと思ったら落ち込みやすいし、突発的な行動が多いし、それに平気で人を巻き込むし。

 でも、そんなアオは色々な人から好かれているんだろうな、と思った。

 アオの周りに人が集まっている様子が自然と思い描けた。


 これから先、不安なことは多いけど、彼女が居ればきっと大丈夫な気がする。

 なんとかなるような気がする。

 彼女には、そう思わせる何かがあった。

 

 もちろん、口には出さない。

 何故なら、恥ずかしいから。


 陽の光を浴びながら、風を切って走る二人。

 アオが握る界斗の腕が、熱く、二人を繋いでいた。

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