17話 くだらない理由の先に
今年最後の投稿です。
「ああ!もう!気にすんな、私!!」
涼音がバックミラーを見当違いの方向に向ける。
「追いつかれて、、、、慌てて、、後ろ見たってスピードは変わらない!!!」
涼音はレッドゾーンギリギリの1番美味しい所まで一気にエンジンの回転数をあげる。
過去を振り切る様に、1秒前よりもっと早く走る為に。
いつだってそう、考える時間、準備する時間、聞き心地は良い。
しかしそれは裏を返せば何もしていない(・・・・・・・)
失敗を恐れて、過去の栄光を失う事を恐れて、未来へ挑戦する事を恐れて
それで何か変わるのか?確かに今は保てるだろう。
ホメオスタシス(恒常性)。人間は安定を好むようにできている。人体に抗わずという所では理想的だ。
人はリスクを嫌い、日々のルーティーンを崩すのを嫌い、安定を好む。
穏やかな人生、安定した人生、それもまた人としての生き方だ。
何も不満はない。皆が求める理想の生き方だ。
だが、今この場所に言える事。涼音やはるな、タムラやナイトウ達は確実に違う。
普通に生きる事を拒絶してきた。拒絶せざるを得なかった。
もう、普通のレールからはコースアウトしているのだ。スピードに魅せられて、スピードに人生を注ぎこんできた。
リスクを恐れず、たった一人で自分の人生をステアリングを切った方向を信じ続ける立ち向かうのだ今も、これからも。
「いつの瞬間も、、、自分で切り開いてきた!私は自分のスピードを信じる!」
「良いね涼音さん!!90度コーナーくるよ!!」
タイヤロック寸前の急激なブレーキング、その瞬間に一瞬だけ足の力をほんのちょっと緩め、そしてまた強烈なブレーキング。それを繰り返す。
ABS急ブレーキをかけた時、タイヤがロック(回転が止まること)するのを防ぐことにより、 車両の進行方向の安定性を保つ、そうする事でハンドル操作で障害物を回避性能を高める。タイヤがロックする事で制動距離が伸びてしまい、本来のブレーキ性能が低下してしまう。しかし、C32ローレルが生まれたこの時代にはまだ全ての車両についているような時代ではなかった。
ABSの恩恵は確かに大きい。街乗り、走り屋、多くのドライバー達のリスク回避能力を飛躍的に上げてくれた。しかしそれと同時にそれに甘んじてしまい、ABSがなかった頃のブレーキングによるダイレクト感、車のかなり重要な部位とも言えるタイヤからの情報量が減少してしまったのではないだろうか?
涼音がなぜABS時代の人間なのに関わらずそんな技術力を持っているのかはまた後述とする。
涼音は車の挙動、足元からの振動、ハンドルの舵角などの情報から絶妙なブレーキングでお手本とも言えるラインでコーナーに侵入する。
ギャアアアアアアアァァァァッッッ!!!!
「にゃはははは!!やるでござるな涼音殿!!これだけ後ろからの猛プッシュの中、ほとんど走った事のない妙義でそこまで攻め込むとは!こちらも続くでござる!」
何度も言うが、ローレルの後ろを追走するFDとの距離は10センチ程度。たった一瞬のミスで大クラッシュ、、、。
命を軽んじているわけでは無い、直感で理解しているからだ。この程度のスピード領域でわけの分からない減速、ミスをする相手ではないと。
たかだかまだ序盤。本当にやばい領域はこれからだ。全神経を研ぎ澄まさなければ届かない領域へ。
アクセルを踏み込み、お互いに速さが一段階上がる。
それに応えるかのように二台のエンジン音は鋭く吹け上がる。
妙義山のコースは簡単に分けると4つの区間からなる。
第一区間はストレートの多い区間。
第二区間は90度コーナー、ヘアピンコーナーと徐々にコーナーの多い区間
第三区間はやや、ゆるかなコーナーとゴールに向かうにつれて長くなるストレート
第二区間ここから中低速コーナーが続くというのに速さの領域を上げる。
お互いにワンミスが命取りになるヤバイ領域に入ることを意味していた。
(これが、、、涼音さんの走り、、、)
はるなは隣で涼音のドラインビングを観察することで自分との違いを知った。
はるなの走りは鋭いがどこか脆く、ほんのすこし何かがずれた瞬間、全てが儚く散ってしまうような走り。ギャラリーは背中に寒気を感じ、とてもじゃないが見続けることができないような狂気の走りであった。
しかし、涼音の走りははるなとは全く別物であった。
人馬一体とはまさにこの事。車を支配するのではなく、車と気持ちを一体にしている走りだった。車が嫌がる事をせず、車も涼音の嫌がる事をしない。
見るものを虜にする走り。
しかし、涼音がどんなに攻め込んでゴールまでのタイムをギリギリで削ったとしても、相手は妙義マッドハッターのダブルエース。妙義がホームの最強最速コンビ。そしてコーナーの多いこの区間は、、、
FD3SRX-7の本当の真価が発揮される。ロータリーエンジンという超貴重なエンジンにばかり目が行きがちだが、RX-7はそのコンパクトさと低重心さを生かしたフットワークの軽さだ。現存する日本車の中では間違いなくトップクラスだろう。
RXー7に一度虜になったものはもう他の車を選ぶことができない。
この魔性の魅力に魅せられてしまったが最後、他の車には乗れない。
「ここからはいくでござるよ、、、技術だけでは決して埋まらない。ピュアスポーツの意味を知るでござる、、」
シフトダウン、エンジンが咆哮を上げる。右に大きく曲がるC型のコーナー。
まるでFDは氷の上を滑るかのようにコーナーのイン側にフロントノーズを入れる。そこからややワンテンポ遅れるかのようにローレルがイン側を攻めようとするFDをブロックしようとするが時は既に遅い。
別に涼音の反応が遅かったわけじゃない。FDという車の旋回能力が異次元の領域なだけだ。
「やっばぃ、、、!!」
涼音はスピードを維持したまま旋回時の車の挙動を整える。ブレーキランプが不規則に点滅する。これは明らかにヒールアンドトゥでは無い。
左足ブレーキ。
ヒールアンドトゥに比べ地味だと思われる左足ブレーキという技術。しかしその技術力、繊細さはヒールアンドトゥを超えると思う。車をドライブ中、右足でなく左足で踏むその異常な行為を試せば分かる。普通の人間ならまともにブレーキすらかけられないだろう。低速の中ですらままならないブレーキングを全速力でコーナーにアクセルを全開に向け踏み込みながらスピードを落とさず繊細な左足のテクニック。
テールランプを見ずとも車の姿勢の整え方だけで察知するタムラ
「きゃはは!!ここでその車で左足ブレーキ!流石は涼音殿ネジが吹き飛んでるでござるよ!」
「敵ながら天晴れでござるな!!!、、、しかし」
ナイトウが妖しい笑みを浮かべる。
コーナーを抜けた瞬間アクセルをベタ踏みする涼音。
「「一歩遅いでござるよおおおぉぉぉぉっっっ!!!!」」
FDの爆発的な立ち上がり。一気にフロントノーズがローレルより先に出る、、涼音の横目から否が応でもFDのライトに気づく
「くっ、、、速い!!」
あっという間にFDのリアが右横に見える。
C32ローレルの車両重量1320kg FD3sは1240kg 実は80kg程度の違いしかない。
そして涼音やはるなが運転しているC32ローレルはかなり軽量化が図られており、実際はそこまでの違いはない。一瞬の出遅れは致命的、とはいえ立ち上がりでこれほどまで一瞬で抜かれてしまう。
その理由は駆動力の差、タイヤが地面を蹴る時の力だ。
RX-7、特にFD3Sという車は車両の前後の重量分配がほぼ50:50という驚異的な数字を叩き出す。
それに比べC32ローレルは2リッターのエンジンを搭載しややフロントヘビー。
どうしてもタイヤが地面を蹴る力がRX-7にはおよばない。
次は左コーナー、お互いのイントアウトが入れ替わる。
RX-7はお手本のようなアウトインアウト。
ローレルの理想のラインが塞がれてしまう。
「妙義マッドハッター、、、これほどとはね、、全く、、、。こんな付近の群馬エリアでさえこんな化け物が潜んでいるんだから関東制覇も楽じゃないわね。さて、、、」
涼音がやや肩の力を抜く
「あんた達のリズム、、、、、盗ませてもらうわよ。」
お互いの前後の位置が1回ぐらい入れ替わったからなんだというのだ。
ゴールはまだ見えていない。バトルはまだ中盤、、、。
お互いの人生全ての集約した集大成はこの第3区間で決まる。
来年もよろしくお願いいたします。