真琴――2
陽介がこっちの碁会所に通うようになって一週間くらいだろうか。
小五郎さんのお友達に頼んでいたものが、ついに出来上がった。
和風で音も固いのだが、贅沢は言えない。昼間に受け取ってから四苦八苦して音を合わせ、夕食後にみんなの前でついにお披露目をする。
「じゃーん、ついにできました! 日本初のギターです、名付けて、猫スペシャル!」
「真琴、最近こそこそ出かけてると思ってたら、そんなもの作ってもらってたの?」
「ええ、私の友人の三味線職人のところに。弦を増やすのはともかく、この赤はいまいちだからもっと鮮やかな色に塗ってくれとか、注文が多くて結構苦労したみたいですよ」
「本当にすみません、苦労ばかりかけてしまって」
小声で話してもしっかり聞こえているぞ、二人とも。
「……まあいいわ、大江戸の皆様にロック魂というものを教えてやるから」
これでも私なりに考えたのだ。音楽は好きだけど、残念ながら腕のほうはそこそこだ。
じゃあ、その分をアイデアでカバーするしかない。
そう、勝つ自信がないなら、勝てる分野を探していけばいい。そしてロック業界なら、この時代は敵無しに違いない!
陽介からもらった一文銭をピック代わりに、ジャカジャカ景気よくかき鳴らす。
うん、久しぶりなのもあって、非常に気持ちいい。
ぱらぱらとまばらな拍手。私は大きく息を吸い込む。
「ブッダの教えに逆らうぜ! 幕府の令も知らねえぜ! やるべきことはわかってる、辻斬りだ! 切捨御免!」
そこまで歌ったところで、慌てて小五郎さんに止められた。
「まったくもう、大声であんな歌を歌うなんて、何を考えてるんですか。次にやったら、その猫なんたらを取り上げますよ」
助けを求めると、陽介までも若干引き気味に頭を抱えている。
なぜだ、絶対受けると思ったのに、『アナーキー・イン・ザ・EDO』。
あくる日、私は歌うところを探して江戸の街を歩いていた。
せっかくの楽器を見せびらかしたいだけである。ちょっと酒場で歌えればそれでいい、別にストリートで成り上がろうとかいう考えはなかった。
「ねえ君、珍しい楽器を持ってるね、三味線なのかな。ひとつ聞かせてよ」
驚いた。まずは、この時代にもナンパってあるのかと。
振り向いてさらに驚く。男のあまりのイケメンぶりに。
すらりとした鼻筋に、切れ長の目。細身だががっしりした体。
着ている服も、なかなか上等そうな生地だ。現代にぽんと現れても、普通に女の子を捕まえられそうだ。
男はこちらを急かすことなく、自然な様子で言葉を続ける。
「ちょっと行った先にうまい酒場があるんだ、国中の色んなお酒を集めてる。よかったらそこで歌ってもらえないかな。君の地元のお酒を味わいながら聞いてみたいな」
「ああ、そこならたぶん知ってる」
おそらく、小五郎さんのお店のことだろう。
「なら話が早い。行こうか」
「え、ちょっと、ちょい待ち」
こちらに断るタイミングを与えずに、さっと手を引いて歩き出す。
それでも強引な感じが薄いのは、たぶんこの人がナンパ慣れしてるからなんだろう。
と、急に立ち止まる色男。真剣な顔の先を見ると、ぼろっちい碁会所に入っていく一人の男。
あそこは、確か陽介が最近通っているところだ。男の顔は見えなかったが、知り合いなんだろうか。
「すまん、急に用事が出来た。ちょっと待っててくれないか、知り合いを見つけたんでね」
「いいよ、私の旦那もたぶんそこにいるから。一緒に行く?」
旦那という言葉にえらく驚かれたが、そんなに私が幼く見えるのか。まあいいけど。
中に入ると、陽介は対局中だった。相手はどうやら色男の知り合いらしい。
碁盤を見つめる色男。真剣な顔でイケメン度がさらに上がっているが、陽介ほどではない。
あ、ぼそっとつぶやくのが聞こえてしまった。「強過ぎる」だと。
当然だ、陽介はプロなんだから。
それにしても、どうして男はみんな、一つのゲームをとことんやりこもうとするのだろうか。
飽きっぽい私にはさっぱりわからない。