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陽介――3

 

 江戸に着いた僕たちは、小五郎さんの家にそのまま居候することになった。

 小五郎さんの自宅は居酒屋も兼ねており、江戸でも有名なお店らしい。なんでも地方の色んな種類のお酒が集められているとか。


 さて、ここ数日考えていたのは、どうやって本因坊と戦うかということだ。


 現代でもアマがトッププロに、指導碁ではない本気の対局を望むのは難しい。

 おまけに相手が名人位に就いていたとしたら、そもそも対局自体できない可能性が高い。

 コネもお金も、それどころかこの時代の常識すらない自分は、まず勝ち負け以前に勝負の場に立つことすらできないのだ。


 そこで考えたのが、賭け碁。

 この短い旅の途中だけでも、酒場や宿など色んな所で賭け碁が行われていた。

 小さな宿場がそれなら、江戸についたらもっと大きな規模の賭場もあるはず。そこで有名になれば、必ず強い相手が食いつくはずだ。


 ……という話を小五郎さんにしてみたが、

「危ないからやめなさい、殺されますよ」と一蹴されてしまった。


 そうか、治安のことを考えていなかった。

 それならば、と僕はある提案をしてみる。子供のころから目算はよく褒められていたし、これなら何とかなるだろう。


「賭けは賭けますが、目碁はどうでしょう。掛け金は相手に決めさせて、こちらはすべて受ける。ただし、持碁の場合のみ私の勝ちとして小銭一枚をもらう」

「いや、さっきと変わってないじゃありませんか。むしろひどくなってます。負けて払えなくなったら、互いに洒落になりませんよ」

「はい、そうならないように、私が毎回持碁に収めます。それなら大金も動かないし、珍しいことをしている男がいると、噂が広がるのも早いかなと思いまして。私が欲しいのは、お金じゃなくて知名度ですから」

「毎回持碁に? できるわけないじゃありませんか。わかってますか、一目単位で数えるんですよ。陽介さんが強いのはよくわかってますけど、だからと言ってそれはあまりにも……」


 彼の心配はもっともだが、僕にも譲れない物はある。

 プロとしてのプライド。今まで積み上げてきた日々。思い出すと、自然と落ち着いた声が出てくる。


「大丈夫、負けませんよ。プロですから」


 長い沈黙。いつもの笑顔はどこへやら、眉間に軽いしわを寄せ、天井を見たり首を傾げたり。

 ひたすら困らせてしまっているようだ。少し申し訳ない。

 そしてついに、根負けしたのかあきれたのか。

「わかりましたよ。まあ、いきなりそんな強い人にも当たらないでしょうし。はい、まずはこれがいっぱいになったら信じてあげますよ」

 と、一本の紐を渡された。


 よくわからないが、許可は出たようだ。

 ありがとうございます、頑張ります!




 ――翌日。

 いい朝だ。やるべきことがはっきりしたせいか、頭もさえている。

 近所の碁会所も紹介してもらったし、昨夜の紐も持っている。

 戦いの準備は万全だ。


 当然この時代の棋譜も山ほど並べているので、トップレベルの棋力が現代と比べてそん色がないことも知っている。

 対して僕は、子供のころからの積み重ねがあるとはいえ、プロ入りしてからはわずか5年。


 本当にやれるのか? 今日明日でいきなり強敵が来るとも思っていないが、一番まずいのは、打ち始めてから相手が鬼だということに気付くことだ。一戦一戦、すべて気が抜けない。

 未来の布石でどこまで対抗できる? 未来といっても、中国流なんかは打ち方を知られている可能性があるな。注意しないと。

 それにお金がかかる以上、命もかかっていくことがあるかもしれない。


 様々な考えが浮かんできたが、やはり最後に勝つのは好奇心だった。

 目標は目標だが、それよりもずっとシンプルな気持ち。強い相手がいるなら、打ってみたい。

 結局僕も、僕自身を止められないのだ。


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