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陽介

 

 僕はぼんやりとコーヒーから立ち上る湯気を眺めていた。

 それは、帰郷中の新幹線でのことだった。


 プロ入りして5年。何とか3段まで登ってきたものの、僕の目の前には大きな壁が現れ、道を見失っていた。

 それは、あっという間だった。長い長い果てのないマラソンで、ずっと後ろを走っていたやつが、いきなり車に乗って僕を追い越していった。僕だけじゃない、みんな、世界中のみんなをだ。


 なのに、それを好意的に受け止めた人は多い。というより、自分の回りの人間はほとんどそうだった。手本にし、試してみて、自分の力にしようとしている。


 僕は嫌だ。認めたくない。むかつくのだ。


 要するに嫉妬だ。それは認めよう。

 いままでさんざん努力してきた。我慢してきた。胃の中のものを吐き出したことも何度もある。それを、そうやって積み上げてきたものを、そういった感情や痛み抜きで手に入れたあいつが、許せないんだろう。


 それでも沈み切らなくてすんでいるのは、間違いなく隣にいる真琴のおかげだ。静かな寝息を立てる彼女を見ていると、かなり多くのことがどうでもよくなる。腐りそうになるときは、僕は彼女を薬に使うことに決めている。




 それは、突然だった。音は聞こえなかった。

 停電。うん、それが一番近い。


 急に目の前が真っ黒になった。真っ暗ではない。本当に何も見えないのだ。非常灯も、携帯電話の明りも目につかない。いや、そもそも今はまだ夕方だ。

 音も、その瞬間にすべてきれいさっぱり消え失せていた。


 あわてて真琴の肩を抱き寄せた瞬間。次に来たのは、強く体全体をゆさぶられる感覚だった。そしてそのまま、僕は気を失った。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おーい、陽介。起きてー」


 いつもの声がした。

 体全体がチクチク痛い。目をあけると、真琴の顔。

 ええと、あれ、何してんだっけ、今。


「ごめん、もう大丈夫」

 とりあえず目をこすりつつ起き上がると、僕は――


「なに、これ?」


 僕は、草むらに寝っ転がっていた、らしい。

 服は草だらけ、泥だらけ。体の痛みは、ケガではなく単に硬い地面に寝ていたせいだろう。

 そう、地面だ。ええと……、


 目の前には、いつものぽやんとした感じの真琴と、その隣におじさん。

 なんと表現したものか、うん。年は40くらいだろうか、身なりのよさそうな旦那さんといった感じだが、それより先に目を引いたのは――ちょんまげ?


「あー、やっと起きた。心配したんだよ。こちら、私たちを助けてくれた、小五郎さんでーす」

 不思議なくらい普段通りの真琴の声。


「大丈夫ですか? どこか痛む場所などは?」

 小五郎さんに心配されるが、僕自身、まだ今の状況がさっぱりわかっていない。

「いえ、体は大丈夫なんですが、なぜこんなところにいるのか。ここ、どこなんですか?」


 そうだ、一番に知りたいのは、なぜこんなところにいるのか。

 僕らがいたのは、山の中。

 夏休みに行った、父の実家の裏の畑。それが一番近いだろうか。見えている人工物なんて、畑とその向こうに見える小さなお社?くらいのもので、道は舗装すらされていない。


 小五郎さんの言うには、ここは沼津らしいが。沼津って静岡でしたっけ? そう聞き返された彼はすごく難しい表情をした。

 静岡という地名を知らないらしい。


 ちょんまげ。和服。回りの風景。

 まさか、と思いつつおそるおそる聞いてみる。今は、何年ですか?


 理解はしたくないにしても、予想はしていた。とはいえ、言葉にされるとこんなにがっくりとくるものなのか。

「天保四年だよ」


 江戸時代かよ。


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