再会
夏休みが終わり、学院での生活が始まる。
伝説の英雄たちに弟子入りしたロゼは、ボロボロになった身体を引きずりながら学院に通っていた。
父親が手を回したおかげで学院から一時追い出されていたが、剣聖ウルスが後見人になたことで再入学が許可されたのだ。
そんないざこざがあったことを、他の生徒は微塵も知らない。
だから、ロゼがいきなりボロボロな姿で現れた時、皆がどん引きされていた。
「おいおい、ロゼ、今度はどこの誰にやられたんだよ?」
「師匠……たちの……朝特訓で……もうダメ……」
「ロ、ロゼ!? し、死んでる!?」
ロゼは自分の席に着いた途端、気絶した。
体力も魔力も完全に底をついて、指一つ動かすことも出来ないほど疲弊している。
その異様な姿にクラスメイトたちは無視を決め込み、誰一人ロゼに触れようとしなかった。
そんな酷い状況から幾ばくかロゼの体力が回復して目覚めると、クラスがワイワイと盛り上がっていた。
その盛り上がりの原因を探ろうと、ロゼがみんなの視線を追うと見覚えのある銀髪少女が立っていた。
「初めまして。ライラリールです。A級魔法使いです。ラングス公国より交換留学生として参りました」
「……ライラさん?」
「あら、ロゼじゃないですか。まさか同じクラスだなんて、あなたみたいに強い人がいてくれて嬉しいわ」
「あ、はい。僕もライラさんにまた会えて嬉しいです」
気の抜けた社交辞令を返して、ロゼはポカンと固まった。
かわりにクラスが一斉にざわつく。
「お、おい、何でロゼがラングス公国のお姫様と知り合いなんだよ!?」
「しかも、何か良い雰囲気だし、どういうこと!?」
噂好きの女の子だけじゃなくて、男子もざわついている。
理由はいくつかあるが、そもそもロゼとライラに接点があること自体、皆を驚かせた。
何故かと言えば、ライラの公国の姫という素性に加え、A級魔導士であることをクラスの全員が知っているのだ。
最強と最弱、水と油のような組み合わせな二人が、出会って親交を深めることなんて天地がひっくり返ってもあり得ないことだった。
「あの時、暴漢から助けて貰ったお礼を、まだちゃんとしていませんでしたね」
「あぁ、別に良いですよ。そんな大したことをした訳じゃないし」
「いいえ、受けた恩は必ず返す。公国皇女としての責務です。外交問題になってしまいます」
ロゼの予想以上にライラの押しが強い。
相手はお姫様という身分もあり、これ以上固辞すれば、逆に失礼に値するかもしれない。
外交問題とか言われたらひとたまりもないので、ロゼは折れることにした。
「分かりました。お礼を受け取りますから外交問題にするのは止めて下さい」
「ありがとうございます。では、今日放課後に訓練場に来て下さい」
「く、訓練場!?」
訓練場でくんずほぐれず、倉庫の中のマットで甘酸っぱい一時を皇女様と――
なんて卑猥な想像は一切なかった。
顔面蒼白となったロゼの脳内では、訓練場という響きに師匠たちとの特訓という名のトラウマが蘇っていたからだ。
そのせいで、身体を硬直させていると、ライラがさらにとんでもないことを言い出した。
「私の身体でお礼致します」
「「身体でお礼!?」」
奇しくもクラス全員でハモった。
特訓のトラウマで混乱していたロゼはどういうことかと尋ねると――。
「私も乙女です。恥ずかしくて言えません」
「「っ!?」」
さすがのロゼもこの言葉でライラの言っていることに良くない妄想をしてしまった。
そんなよっぽど国際問題になりそうな展開に、クラスメイトたちも声にならない叫び声を上げた。
けれど、すぐに女子がキャーキャーと声をあげながらライラを囲み、根掘り葉掘り聞き出す。
そして、男子と言えば――。
「おい、ロゼ。お前に決闘を申し込む」
「ふざけるな。俺が先だ。ロゼ、俺と戦え」
「おい、ロゼ、昼休みだ。面貸せ」
ロゼを囲んで殺気に満ちた表情を浮かべている。
「え、遠慮します!」
ただ、そう言って決闘の申し出が止まる訳もなく、ロゼは休みになる度に逃げて姿を隠した。
しかし、ロゼの追っかけはひょんなことで止んでしまった。
昼休みになった時、ご飯を食べるために逃げ切れなくなったロゼは、ご飯を食べてからみんなの相手をすると嘘をついた。もちろん、ご飯を食べたら速攻で逃げる算段だ。
そして、のんびりパンをかじろうとしたのだが、突然クラスに校内ランキング十位に名前をのせるラムダという不良がやってきた。
どうやら、ライラを助けた時の不良生徒は、ラムダの取り巻きだったらしく、仇討ちに来たらしい。
誰もがロゼの敗北を予言した中、ロゼはラムダを瞬殺する。
そうしたら、誰もロゼの後に決闘を挑まなくなった。
かわりに、ライラとの約束でクラス全員が無言で後ろにコソコソついて回ることになったのだが――どっちが良かったのかとロゼはため息をついた。
「……ライラさん、あの人たちがいてもいいの?」
「構わないですよ。私も見て貰いたいですし」
「そ、そっか。ライラさんそういう趣味なんだ……」
「えぇ、みんなに見られるながらには慣れていますからね。思いっきりヤリましょう」
ロゼが生唾を飲み込み、黙ってライラの前を行く。
「あら? エスコートしてくださるの?」
「うん、ライラさんは転校してきたばかりだし、僕が前を歩いて道案内するよ」
道案内というのは建前で、本音は前から見られたらまずい状況だっただけだ。
そのせいで、それ以上喋ることが出来ないまま、訓練場へと辿り着いた。