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初陣

 とはいえ、実家を追い出されたロゼに行く当ては無く、ふらふらと街を散歩することぐらいしか出来なかった。

 それでも、得られた久々の平穏に心は踊り、頬を撫でる風や暖かい日差しにすら癒やされていた。


「はぁー……。平和って良いなぁ……。ホント良いなぁ……」


 そんな言葉を死んだ魚のような目で呟いてしまうほど、ロゼの身体と精神は疲れ果てていた。

 生死の縁を何度も行ったり来たりして、自分が生きているのか死んでいるのか分からない環境から解き放たれ、ようやく生を感じられたおかげだろう。


「今日はこのままノンビリしよう。生きているって素晴らしい――ん?」


 けれど、平穏は不意に破られた。

 魔導学院の不良生徒が銀髪の女の子を強引に口説いている所を見つけてしまったせいだ。

 魔導学院の生徒だとすぐ分かったのは、鼻にピアスをつけた顔がすごい覚えやすかったからだろう。


 そのせいで、ロゼの脳裏にあの顔に何度もこてんぱんにされたトラウマが蘇った。

 不良生徒の攻撃で身体を貫かれた痛みが幻視痛のように襲いかかり、ロゼは動けなくなる。


「なぁ、おい、良いだろう? 俺と一緒に来いよ。面白いこと教えてやるから」

「初対面のあなたにそんなことを言われても困るのだけれど」

「俺、こう見えてもC級魔法使いなんだぜ?」

「脅しのつもりかしら?」

「へへへ、分かってるなら付き合えよ? 返事は、はいとイエスしか受け付けないぜ」


 少女の腕を鼻ピアスの不良生徒が強引に掴む。


「離してください!」

「へへ、気が強いのも悪くねぇなぁ! すぐにあんあん言わせてやるから、抵抗すんなって!」


 ロゼはその現場を見なければ良かったと後悔した。

 魔法使いはAからFまでクラス分けされていて、平均的な強さがD級と言われている。そして、階級間の強さの差は大体10倍程度だ。

 C級を自称した不良生徒の実力が本当なら、結構なやり手だ。

 F級のゼロ・アビリティであるロゼが戦いを挑んでも、勝てる可能性は万に一つもない。

 見て見ぬ振りをしよう。そう思おうとした時だった。


「あ! ようやく見つけました。すみません、私、彼と約束があるので」

「「え?」」


 少女の一言に期せずして、俺と鼻ピアスの不良生徒の声がはもった。

 そのはずみでロゼと不良生徒が目を見合わせると――。


「あぁ? ん? 待てよ。てめぇの顔、どっかで見たことがあるな。そうだ! ゼロ・アビリティのロゼだ! お前、この女と知り合いなの?」

「い、いや、初めて――」


 会った人だから全く知らない。ロゼはそう言おうとしたのだが――。


「そう! 私の初めての恋人よ!」

「ちょっ!? 何言ってるの!?」


 銀髪の少女はロゼの恋人を名乗り、ロゼの腕に抱きついた。

 しかし、それで不良生徒は噴き出して、大笑いをしだす。


「ロゼに恋人? ハハハ! おもしれえ嘘をつくなあ! 良いか知らないなら教えてやるぜ! そいつは一般人に毛の生えた程度の魔力しか持たない雑魚だぞ! 俺の足下にも及ばないゴミがあんたのような女の恋人とか、あり得ないだろ」

「そんなこと関係無いわ。今の私にとって大事なのは、ロゼとデートすることだから、あなたには構っていられないの。あぁ、ごめんなさい。一つだけ間違えたわ。あなたよりロゼの方が見た目も中身も格好良いもの。あなた粋がろうと鼻ピアスとかつけているようだけれど、それださいわよ? 牛の鼻輪みたい」


 そんな少女の最後の一言で鼻ピアスの不良がキレた。

 しかも、矛先は少女じゃなくて、ロゼに向けられて――。


「良い度胸だロゼ。景気づけにてめえを今日もボコボコにしてから、女を辱めてやる! 抜剣ブレイズ

「ちょっ!? こんな街中で抜剣なんかするなよ!? というか僕関係無いよね!? 何も言ってないよね!?」


 鼻ピアスの不良学生はバリバリと雷を纏うレイピアを抜き、ロゼに剣先を向けてくる。


「死ねぇ!」


 そして、物騒なかけ声とともにレイピアの先端から雷が俺目がけて放たれた。

 だが、その雷がロゼに当たることは無かった。


「あれ?」

「なっ!? 手元が狂ったか?」


 ロゼは少女を突き飛ばしてから、身体をわずかに反らして、雷を避け続けた。

 しかも、青い閃光が目の前を通り過ぎようとも、平然と通り過ぎて聞く雷を目で追えた。

 その時、感じた気持ちは恐怖でも驚きでもなく、拍子抜けだった。


「何かすっごく遅く見えるんだけど、何でだろう?」

「良いさ、次は当ててやる!」


 痺れを切らした不良生徒がレイピアをロゼに向かって放つ。

 だが、その全ての剣戟をロゼはかいくぐり、不良生徒の懐に飛び込んだ。

 そして、流れるように足払いを放つと、不良生徒が盛大にずっこけた。


「ふぅ、落ち着いてよ。街中で抜剣なんて危ないだろ? 一般人に魔法を当てたら校則違反で退学になるよ」

「ふざけんな! ふざけんな! ゼロ・アビリティに負けたら、俺はどんな顔をすれば良いっていうんだよ!?」

「話し聞いてよ!?」


 ロゼの不良生徒を落ち着かせようとした言葉が火に油を注いでしまったようで、不良生徒は激昂しながら立ち上がった。

 レイピアが纏っていた電気が、不良生徒にまで流れ込み、バチバチと激しい音を立てる。

 魔法使い同士の戦いは近接戦闘がメインになったけれど、決して武器で殴り合うだけが戦いでは無い。

 不良生徒が今放とうとしている技もそうだが、魔法と剣技を合わせたスキルも存在する。


「俺の必殺の突き、ライトニング・ランスでてめぇを貫く!」


 雷で身体能力を底上げした不良が、閃光のようにロゼの懐に飛び込んでくる。

 けれど、ロゼはその攻撃を避けず、不良の攻撃を防ぐことで被害が少女に及ばないように――。


抜剣ブレイズ!」


 手の中に白い半透明な刀を作り出し、レイピアの突きを刃で受け止める。

 すると、まるで雷を切ったかのように、ロゼの回りに青い電気が飛び散った。

 ありえない光景だった。F級魔法使いのロゼがC級魔法使いの全力の魔法攻撃を切り裂いたのだから。


「て、てめぇ、ロゼ! 何をした!? 俺の魔法を斬った!? いや、そんな訳が――」

「街中でそんな危ない技を使うなよな! このまま続けるっていうのなら、僕は君を切らないといけないんだけど」

「ハッ! やってみろよ! てめぇの剣なんざ、防御術式も貫通出来ないなまくらなんだからよぉ! 食らえ! 必殺ライトニング――」

「なら、そこで大人しく寝てろ!」


 ロゼが刀を振り下ろすと、不良生徒のレイピアが折れ、身体から青い光が鮮血のように飛び散った。


「アバアアアア!?」


 青い光は血ではなく、不良生徒の魔力だ。

 杖剣は殺傷モードと非殺傷モードを使い分けることができて、非殺傷モードでは魔力のみを切る事が出来る。

 不良生徒も非殺傷モードだったので、不良生徒の攻撃が誰かに当たっても死ぬことは無い。

 けれど、痛みは完全に再現されるので、何度も死に至る痛みを与えられる非殺傷モードの方が怖いという魔法使いもいる。

 そして、その痛みをロゼは良く知っていた。

 だからこそ、ロゼは他人に被害の及ぶ前に抜剣してケリをつけたのだ。


「えっと、君、大丈夫だった? よかった怪我は無いみたいだね」


 そんなロゼの目論見通り、助けた銀髪の女の子は怪我一つなく無事だった。


「ロゼだっけ? あなた強いのね。あなたも学院の生徒なの?」

「え、あ、うん、今は違うけど……」


 ロゼが少女の言葉にきょどってしまったのは、少女がかわいいというのもあったが、言われた言葉に驚いてしまったからだ。

 自分が強いと言われて、ロゼは戸惑っていた。

 そして、言われて初めて気がついた。

 自分が魔法使いを相手に戦い、勝ってしまったことに。

 その驚きで頭が全く回らず、言葉がうまく出てこなかった。


「私の名前はライラリール、ライラで良いわ」

「ライラ……さん、無事で良かった」

「もっと話を聞きたいけど、今日は急いで行かないといけない場所があるの。私は当分この街に住むからまた近い内に会いましょう。それじゃあね、ロゼ。今日は本当にありがとう」


 そう言ってライラはロゼの前から走り去ってしまう。

 その後ろ姿が消えても、ロゼは夢でも見ているかのように、いつまでも道路の先を見つめていた。

 段々薄れていく彼女の残り香を忘れないように、深く呼吸を繰り返す。

 おかげで背後に近づく人影に気付かず――。


「いやん、ロゼきゅんは悪い子ねー。いくら実力を試したくなったからって、修行を逃げ出してストリートファイトなんて」

「まぁ、そういうなミーナ。俺たちも新しい魔法を覚えた時は無意味に人にぶっ放したくなるだろう? そういう物だ」


 ミーナとセルジュがそう言いながら、ロゼの肩をポンと叩く。


「ミーナ師匠……セルジュ師匠……どうしてここが……?」

「修行の一貫よ。潜伏した敵の気配を見つけ出す修行をしてもらうために、わざとロゼ君を逃がしていたの。気を抜いたら襲いかかるっていう罰則つきで」

「うむ、随分気を抜いていたから、さっそく魔法でも撃ち込んでやろうかと思ったのだが、ストリートファイトを始めたので、黙って見守ることにしたのだ」


 とんでもなく物騒なことを言い出す師匠二人に、ロゼの顔は青ざめていた。

 けれど、二人はロゼの脱走をとがめることもなく、ストリートファイトをとがめることもなかった。


「ロゼ君、ちゃんと強くなったねぇ。これなら、外に出しても安心だよー」

「うむ、ちゃんと成長しているようで何よりだ。ウルスさんの言う通り、外に出しても大丈夫だったな。これで学校に戻せる」


 そう言って二人はロゼの肩をポンポンと叩く。


「ありがとうございます。師匠たちのおかげです。あの地獄は確かに僕を強くしてくれました」


 ロゼは強くなれた。

 けれど、それは間違い無く師匠たちのおかげということも分かっていて、ロゼは自然に感謝の言葉を口にしていた。

 ロゼはあの地獄のような日々が終わってしまうことに、ちょっとした寂しさとすがすがしさを感じると、明日からも常識的な修行を繰り返そう。そう心に誓った。


「さて、それじゃあ、帰って修行の続きね」

「え?」

「うむ、今日の動きはまだまだ固かったぞ。お前ならもっと上を目指せるはずだ」

「ちょ!? え!? これで卒業じゃないんですか!? 外に行く許可って卒業って意味じゃないんですか!?」

「「え? 何言ってるの? 外での修行許可だよ?」」

「え? それじゃあ……修行は……」


 恐る恐る尋ねるロゼに、ミーナは素敵な笑顔を見せると――。


「難易度さらに上げ上げでやろうね」

「ですよねええええ!?」


 そんな酷い落ちが待ち構えていた。

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