決勝戦
ロゼの剣舞祭決勝戦は二回戦目がなかなか発表されなかった。
準々決勝どころか準決勝の対戦でも呼ばれない。
そんな中、ライラは圧倒的な戦績で連戦連勝を続けていた。
控え室にライラが戻ってくると、ロゼは興奮気味に拍手をして彼女を迎えた。
「すごいよライラ。最初の試合が1分、次が30秒、今回の準々決勝なんて相手が学院3位なのにたった5秒で片付けるなんて。一日ごとにメチャクチャ強くなってない?」
「ロゼに勝つためにちょっとした特訓をしていたの」
「特訓? どんなことしてるの?」
「ふふ、中身は秘密の方が本番で盛り上がるでしょ?」
ライラが悪戯っぽく笑い、ロゼは頭をポリポリとかいてそれ以上聞くのを諦めた。
こういう顔をしているライラに聞いても多分はぐらかされる。
それにいくらライラが強くなったと言っても、ロゼ自身も強くなっている。
セルジュの言ってくれた殺し合いの術を知らない相手なら負けない、という言葉も自信に繋がっていて、今のライラと対峙しても勝てるかもと思っていた。
だが、そもそも本当に戦えるのかどうかという疑問がわき上がった。
「って、そういえば僕、ナルカ先輩との一回戦以降まったく試合が無いんだけど、失格とかになってないよね? 本当にライラと試合できるのかな?」
「あら? 知らなかったの? ロゼってばもう決勝戦に名前入ってるわよ?」
「え? なんで!? 僕まだ一戦しかしてないのに?」
「学院1位を倒した規格外のEX級魔法使い。そんな手だけじゃ学院の面子は守れないから、今残っているメンバーで一番強い生徒をあなたにぶつけようって魂胆みたいね。どうしてもロゼを負けさせたいみたい」
「あはは……なるほど」
もし、勝ち残った生徒がロゼに勝てば元F級魔法使いがトップに立たずに済む、もしロゼが勝ってもF級魔法使いを育ててEX級魔法使いを輩出出来たと宣伝できる。
どっちに転ぼうが学院側の面子は保たれる。そんな学院に器が小さいわねとライラは毒を吐いた。
「ううん、多分違うよ。僕の父上が僕を認めたくないんだと思う。僕を負けさせたいんだ」
「ロゼのお父様?」
「僕の父上はグラーフ=ウィンダールだから」
「剣鬼グラーフ! まさかロゼがあの剣鬼の息子だったなんて。でも、それならどうして? ロゼはこんなにも強いのに、お父様にそんなことをされるんですか?」
「僕は弱いよ。魔力は常人よりちょっとあるだけで、魔法使いとしては才能なんてほとんど無かった。将軍家の息子に魔力の弱い者はいらないからって家を追い出されるぐらいね」
「……ごめんなさい。軽率だったわ」
「ううん、気にしなくても大丈夫。それに友達のライラには知って欲しかったし」
ロゼはそう言うと握手を求めるように手を差し出した。
「決勝戦で当たっても手は抜かないでね。わざと負けて貰ってみんなに認められるより、勝っても負けてもロゼに僕の全力を認めて貰える方がずっと嬉しいから」
「ふ、ふん! 当然よ! 私は全力でロゼにリベンジするから。今度は絶対に勝つんだから。それで何でも一つ言うこと聞いて貰うんだから」
ライラがボンっと音を立てそうなほど顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
それでもロゼが差し出した手を握り返してくれている。
「ありがとう。決勝戦で待ってるから」
こうやって照れ隠しで怒ってくれている方が、しおらしい姿よりずっと良い。
初めて自分の事情を話したロゼは、聞いてくれた相手がライラで良かったと心底安堵した。
そして、ライラは準決勝でも相手を瞬殺し、無事に決勝戦へと駒を進めるのであった。
○
決勝戦当日、試合がおこなわれる武道場でロゼとライラは向き合っていた。
「直接戦うのは久しぶりだね」
「もう一度戦える日をずっと楽しみにしていたわ」
互いの杖を取り出し、ゆっくり構える。
「あの時もみんなに見られながら戦ったけど、今回はめちゃくちゃ多くて緊張するね」
「大丈夫。すぐに私しか見えないようにしてあげるから。他のことなんて見えないくらい夢中にさせてあげる」
「あはは。そうだね。余所見している暇は無さそうだ」
ライラから身を凍らせるような殺気が突き刺さる。
その殺気を感じて、ロゼは彼女が約束通り全力で戦ってくれると安心して笑った。
「あの時よりも強くなっていると良いな」
「あの時より私はずっと強くなった」
二人の独り言がこぼれたその刹那――試合開始の合図がなされる。
「「抜剣!」」
魔法の剣が生み出される。その瞬間、試合会場が氷の世界に包まれた。
ライラによる攻撃ではない、ただ彼女が剣を抜いた余波で世界が凍り付いたのだ。
平らだった試合会場はまるで突如荒々しく切り立った氷山のようだ。
その中心でライラは青白い剣を構えている。白銀の髪と言い、氷のような青白い剣と言い、雪の精霊のような見目麗しさだ。
「すごい……。これが本気のライラの力。とっても綺麗だ」
ロゼは恐怖よりも美しさを感じて感嘆した。
ロゼでは絶対に辿り着けない魔力を極めた領域。世界で一握りの人間にのみ許された圧倒的な力の世界の美しさに。
「けど、負ける訳にはいかない」
常人であればその絶対的な差を見せつけられただけで絶望する。
しかし、ロゼは気にせず飛び込んだ。
どんな相手であれ、剣で刺せば倒せるのだから、才能の差など努力と技術の差で埋めれば良いと信じて。
そう決意したロゼは滑る足元に魔力を集め、防御術式で氷を砕きながら足場を作り、前へと進む。
そのロゼに何とライラの方も近接戦を挑みに飛び込んできた。
ガキィンと剣と剣がぶつかる音が響き、生まれた衝撃波が二人の周りにあった氷の床と壁にバキバキとヒビを走らせる。
一撃目は全くの互角と言った出だしだった。
それが嬉しかったのか、ライラはつばぜり合いをしながらも小さく笑い出す。
「ロゼの剣はとっても綺麗ね。こんなに近くにいるのに全く見えないくらい研ぎ澄まされている」
「ライラの方こそすごく綺麗だよ。僕が知っている人の中で一番綺麗だ」
お互いを褒め合いながら、力を込めて相手を弾き飛ばす。
僅か4歩ほどの距離を離れるが、ここから一歩でも踏み込めば今度は剣戟が乱れ飛ぶ死線だ。
何かを準備するなら今しか無い。
(この間合いに入ったら重を使う余裕は無くなるはず。なら、今のうちに用意して一撃を当てる)
ロゼは息を吸って短く吐くと、剣先に魔力を集中させた。
極限まで研ぎ澄ませた剣の切っ先に、渦を巻く魔力の波を作り出す。
そして、相手の内側から破壊するための魔力を仕込む。
「これで殺る!」
ロゼが先に死線を越えると、ライラの剣が首に向かって振るわれる。
ロゼはその剣を、くぐるようにスレスレで避けると、ライラに向かって剣を突き立てた。
ズドンという剣がぶつかったとは思えないような、極めて重い音とともにライラが吹き飛んでいく。
誰がどう見ても直撃。
だが、ロゼの手応えは想定していたよりも軽かった。まるで全ての力が伝わらず受け流されたような感覚だ。
「今の感覚は……流?」
「いたた。特訓をしていなきゃ、今のでやられてたわね」
「ライラ、君はいったい誰に特訓をつけてもらったの?」
「あなたの師匠の一人、剣聖ウルス様よ」
ウルスの名を聞いてロゼは目を見開くほど驚いた。
そう言えば近頃の修行はセルジュとミーナにしか見て貰っていない。
そのことを特に疑問に思っていなかったが、まさかライラの修行を見ているとは夢にも思っていなかった。
「私もロゼと同じ修行をつけてもらったわ」
「っ!」
そういって今度はライラがロゼの懐に向かって飛び込んできた。
今までとは違う圧倒的な速さでだ。
「これは瞬!? 速いっ!」
一瞬で懐に潜り込まれ、ライラの青白い剣が横薙ぎに振るわれる。
だが、ロゼも剣聖ウルスをはじめとした三英雄と修行をした身、ライラがどれだけ速くても動きに追いつくことは出来た。
むしろ、修行期間が長い分、動きの丁寧さ、フェイントのかけ方はロゼの方が上手である。
だから、ライラの剣を防ぐことが出来た。
それなのにライラからの強烈な殺気は消えるどころか強みを増していた。
「っ!?」
直後、身体を反らしたロゼの目の前を光がかすめた。
「二刀流!?」
「今のは当たると思ったのだけれど、すごいわねあなたの感知能力」
ライラから距離を離すと、彼女の手にはそれぞれ剣が握られていた。
右手の一本は彼女が杖から作り出した青白い氷雪を操る剣。
そして、左手のもう一本はまるでロゼの生み出した剣のように、色の無い透明で薄い剣だ。
「教えて。どうやって避けたの? 殺気は完全にこっちの杖剣に込めてた。氷の剣は気付かれないはずだったのに」
「杖剣の方の殺気が消えなかったからだよ。もう止まっているのにあんな強い殺気が残ってたら、他に何か来るかもって思っただけさ」
「なるほどね。虚も奥が深いわ」
ライラがロゼと同じ修行を受けたというのはハッタリではなかった。
ロゼは今の動きと彼女の剣を見て、嫌というほど師匠たちの顔が頭に浮かんでしまうくらいに。
「その剣は氷を研ぎ澄ませて作ったものだね。すごい集だ。杖剣と遜色ないくらいに魔力が込められている」
「一目見ただけでそこまで分かるなんてさすがねロゼ」
「自意識過剰って笑われるかもしれないけど、僕の剣と似てるしね」
「ううん、見た目は似せたわ。目に見辛いって相当やりづらいから」
言うやいなやライラが透明な氷の剣でロゼに斬りかかってくる。
その剣を防ぐと、ロゼの透明な剣がピシピシと音を立てながら氷ついた。
「相手の剣を凍らせて鈍らせる。なるほど、防御の剣でもあるんだね」
「本当にどういう観察眼してるの? せっかくの仕掛けが台無しなんだけど」
ロゼは剣にこびりついた氷を魔力の渦で吹き飛ばしながら、どうしたものかと考えた。
そして、ふとセルジュの言った言葉を思い出す。
ロゼはまだ魔法使いを殺す者と立ち会ったことが無い。
もし、魔法使いを殺すための技術を持った相手が現れたら、どうすれば良いのか?
そのことを教えられることはなかった。
(……自分で考えろってことかな)
殺すための技術は既にある。相手が魔法使い殺しでも、魔法使いが相手なら殺し方は同じのはずなのだ。
観察して、隙や弱点を見つけ、自分の持てる最大の攻撃を叩き込む。
そのための必殺技も使えるようになった。
ならば、どんな相手だろうが勝つ道はある。
ロゼはそう思うと、心を落ち着けてジッとライラを見つめた。
「私、ロゼの強さの秘密って魔力の制御技術だと思ってたけど、それよりもその観察眼の方がよっぽど怖いわ」
「僕は相手を圧倒する力なんて無いからね。自分の持ってる技術と技を叩き込む隙を見つけないと勝てないから」
「なるほどね。なら、下手に時間をあげない方が良さそうね」
ライラはそういうと一旦ロゼから距離を取るように大きく飛び退いた。
その瞬間、ロゼの頬をかすかな風が吹く。
「っ! させるか!」
風を感じた瞬間、ロゼは魔力を剣に練りながら飛び出していた。
先ほど感じた風はただの風ではない。魔力を帯びた風だった。
その風が向かっている先はライラの二刀の剣。
流も集も瞬も使っているのなら、重だって使われてもおかしくない。
いや、使っているからこそ、風が生じるほどの魔力の流れが出来ているのだ。
食らえばひとたまりもないのは間違い無い。
だが、ロゼにとってこのピンチはチャンスでもあった。
「これで殺る!」
ナルカ戦で編み出した相手の技を利用した必殺技。
貫く相手の魔力が強ければ強いほど、相手にその威力を写し返す鏡のような技だ。
「反魔の剣、リフレクト・エッジ」
魔力が莫大に膨れあがるライラの剣に向かってロゼが突きを放つ。
「っ! さすがロゼ。速い! けど、飲まれて凍れ! アヴァランチ・レイジ!」
ライラも魔力を重ねた氷の刃をロゼの剣にぶつける。
魔力を重ねた必殺技と必殺技の衝突。
その瞬間、ライラの剣に集められていた魔力が炸裂し、砕かれた氷が音速を超えてライラに向かって雪崩のように襲いかかる。
必殺技の勝負はロゼが勝った。
魔力量は圧倒的にライラが高いが、一点の密度はロゼの方が強く、あふれた魔力を奪えるほど精密で大胆な魔力のコントロール技術もあってロゼがライラの攻撃を押しのけたのだ。
だが、ロゼはまだ気を緩めない。
何故なら――。
「っ! 止められた!」
「ロゼなら私の必殺技すら止めるって分かってた」
ライラは残していた右手の青白い剣から氷の壁を作りだし、魔力の爆発から身を守っていた。
しかも、まだ重ねられた魔力を剣の先に宿している。
ロゼを相手に技で敵わないことを知っているからこその戦い方。
ロゼを強者として認めたからこそ、用意された第二の隠し球。
ライラはロゼを倒すために優雅さも、自分の方が強いという誇りも捨てて、泥臭くても勝つ道を取ったのだ。
「ロゼ、私はあなたに勝つ!」
そうして放たれる強く輝く青白い剣は、氷の粒を螺旋状に纏わせ、ドリルのように回転しながらロゼに向かって放たれる。
「届け!」
ライラが叫ぶ。
その叫びと同時にロゼも突きをライラに向かって放っていた。
「届け!」
お互いに手が届く超至近距離。
その距離で互いの剣のどちらが先に相手へ届くかで勝敗は決まる。
当たれば確実に相手を抉り殺すライラの氷の魔剣。
当たれば確実に相手の首を貫くロゼの透明な魔剣。
どちらも研ぎ澄まされた魔力がこもった必殺の一撃だ。
その決着までは一秒もいらないだろう。
だが、その一秒未満の鈍化した時間の中で、ロゼは自分の速さではライラに届かないことに気がつく。
(そうか! ライラの氷が剣にまとわりついているせいで、ほんの少し遅れているのか!)
0.1秒よりも短い時間くらいの誤差でしかないが、その誤差が勝敗の差を分けている。
この差し合いはライラの勝利だ。
負けた。
反射的にロゼはそう確信した。
また、この僅かな時間のズレをライラも感じ取ったのか。彼女の口元が僅かにつり上がる。
まるで勝ったと言わんばかりだ。
だが、その表情を見て、ロゼは吼えた。
「殺ってみせる!」
二人の刃が交差し、キィィンと甲高い音が鳴り響く。
その音が消えると、ロゼの手から剣が消えていた。
ほぼ同時にライラの氷の剣も消えて、氷山がパリンと音を立てて砕け散って消える。
氷が消えて足場が変わったことで、ロゼがドサッと膝をつく。
けれど、ライラは立ったまま動かない。
「勝者はライラ――」
その光景で審判が勝者を告げようとしたその時だった。
ライラの背から青白い光が血しぶきのように飛び散り、前のめりになるようロゼの腕の中に倒れ込む。
「いや! 勝者はロゼ! ライラが先に攻撃を食らって戦闘不能になっています!」
その声で会場がどよめき、何が起きたのか見当がつかないと困惑し始める。
審判すらも困惑している中、ロゼは胸の中で静かに眠るライラの満足そうな寝顔を見て、全力の勝負が出来た喜びを噛み締めていた。
○
ロゼとライラの最後の一撃で、何が起きたのかを理解した者は4人だけだった。
ロゼの師匠である三英雄と、剣鬼と呼ばれているグラーフだ。
「ふん、泥臭い勝利だった。見苦しいな」
「グラーフ卿、今のは一体? EX級の持つ何か特殊な力だったのでしょうか?」
来賓の軍人がグラーフに説明を求めた。
すると、グラーフはつまらなそうに肩をすくめる。
「最後の差し合いライラ皇女の方が剣は速かった。だから、あやつは最後に剣を投げた」
「投げた? あの体勢で?」
「ふん、魔力を派手な魔法にしか使わぬ頭だと分からぬか。一瞬の魔力放出によって杖剣を射出したのだ。分かりやすく言えば初級魔法の物体を動かす魔法だな」
「そんな基礎的な魔法で勝ったですと? そんなこと出来るんですか?」
「それが分からぬからF級のロゼをEX級などと呼んで持ち上げ、恥をかいているのだ」
グラーフは長いため息をつくと、つまらなそうに来賓席を後にした。
そして、小さく独り言を呟いた。
「ロゼ、その道を進むことは許さん」
久々の更新にもかかわらずポイントを入れて頂いて励みになってます。
皆さんの応援のおかげでキリが良いとこまで来られました。