放て必殺技
公開剣舞祭が始まる。
いまや祭りの一種になっているとはいえ、魔法使いの見習いたちにとっては重要なイベント。
国の重鎮と国王が貴賓席に座り、将来の魔法使いを見極める儀式なのだ。
その中にはロゼの父親もいる。
三人の師匠も隠れて見ていた。
恥ずかしい戦いを見せる訳にはいかない。そんな覚悟をロゼは胸に抱きながら控え室にいた。
抽選と同時に戦闘が開始される。なので、誰も自分が何番目に戦うか分からないし、誰と戦うかも分からない。
けれど、その時はすぐにやってきた。
ロゼはライラとともにどんな相手がいるのか話をしようとした途端、組み合わせが発表されたのだ。
「第一試合、F級魔法使いロゼ対A級魔法使いナルカ」
ナルカという名を聞いた瞬間、会場が静まりかえった。
学院のトップとして三年間君臨し、学院最強の名を冠する生徒会長。
雷光の女神と呼ばれている女傑だ。
「ロゼ、応援するからね。雷光の女神だろうとあなたなら勝てるわ。私が保証する」
「あ、ライラ、ありがとう。全力を尽くしてくるよ」
「緊張してる?」
「あはは……そうだね。実は結構してる。まさか父上がいるなんて思ってなかったから」
大勢に見られているのもそうだし、父に自分の姿を見せるのも怖い、それに負けたら師弟関係を解消されると言われたら不安にもなる。
どうしても万が一を考えてしまっていた。
「弱い僕は価値がないみたいだから」
「それは違うと思うけどね。少なくとも私は出会った時から、あなたは強いって思っていたわ」
「あれは僕の師匠たちがすごいのであって、出会った時の僕はまだ弱かったよ」
「違う。あなたは私を助けようとしてくれた。もし、あなたが自分のことを弱いって知りながら助けてくれたのなら、あなたの心は十分に強い。その証拠に厳しい三英雄の修行についていっている。だから、もう一度言ってあげる。大丈夫。あなたなら勝てるわロゼ」
「ライラ……ありがとう」
「お礼なら私と戦った後で言ってね。約束守ってくれるんでしょ?」
「うん、必ず守る。それじゃあ、行ってくるよ」
約束を守るためにも負けられない。
けど、この約束は何故かプレッシャーにならず、ロゼの勇気に火を灯した。
選手入場口から闘技場に入り、雷光の女神ナルカと向き合う。
青白く光る髪に、バチバチと弾ける電気の音が特徴的な人だった。
「あなたがロゼ君だね」
「はい」
ロゼは一度深呼吸すると改めてナルカを見据えた。
初戦から学院最強との勝負。本来なら運が無いと嘆くべきであろう。
父が裏から手を回したことに憤慨し、絶望すべきであろう。
だが、ここに至ってロゼは落ち着いていた。
「いきなりナルカ先輩に当たってしまいましたが、勝ち進めば絶対に当たっていたので早めに当たれて良かったです」
「へぇ? それは君が私に勝つって言いたいのかな?」
「はい。誰にも負けられないので。師匠たちとも約束がありますし、友達との約束もありますから」
「へぇ、自分じゃなくて他人の約束のために戦うんだ。変わってる子ね。良いわ来なさい。あなたの才、私が計り直してあげましょう」
「「抜剣!」」
両者が杖を抜き、剣を抜く。
修行を続けたロゼの剣はさらに研ぎ澄まされ、ほぼ眼に見えない刃になっていた。
暗闇の中で抜けば剣を持っていると認識することは誰も出来ないだろう。
対するナルカの剣は刀と鞘のセットで、雷がほとばしりつづけて光るので良く目立った。
まるで正反対の剣を持つ二人は、抜剣の合図とともに飛び出した。
まずはナルカが雷光のように距離を詰める。
その動きに対してロゼもナルカに向かって風のように跳躍した。
「度胸はA、いいえ、A+ね。私に全く怯えないその顔。学院でもトップの度胸の良さよ」
「ナルカ先輩こそすごい速さです。初めて速いと思いました」
いきなり始まった接近戦での超速戦闘。
刀と刀がぶつかる音が何度も鳴り響き、あたりの地面を飛び散った雷が黒く焼く。
「ロゼ君、君の剣と良い、ぶつかる感覚といい、手応えがおかしいわね。まるで幻を斬っているみたい。こんなに軽いのに、全く斬れないし、押し切れない」
「先輩こそ、鋭くて重い剣です。それをこの速さで振るうんだから、当たったらひとたまりもないですね」
それに剣だけでなく、剣と剣をぶつけた時に飛び散る雷は意思でも持っているかのような正確さでロゼの身体を狙っている。
だが、ロゼはその尽くを瞬によってギリギリで避け、当たっても流によって受け流してダメージを殺している。
「戦闘技術も非常に丁寧。恐ろしく立派な基礎ね。ただの基礎なのにそのレベルが恐ろしく高い。一体どんな特訓をしたの?」
「三英雄が師匠ですから、いやと言うほど仕込まれています」
「なるほど道理で。面白い、面白いよロゼ君!」
ナルカはそういうと、ロゼから距離をとった。
そして、何故か剣を鞘にしまう。
けれど、それは決して降参の合図ではない。ましてや隙を晒している訳でもない。
総毛立つような殺気が放たれ、彼女の鞘がバチバチと鳴き出している。
「走れ、雷狛」
その声とともに鞘から刀が解き放たれると、鞘から犬の形をした雷が飛び出した。
雷が落ちた時のような一瞬の光が牙を剥き、ロゼを貫き吹き飛ばした。
「ロゼ君の防御術式が脆いなんて誰がついた嘘かしら? この技はA級魔法使いの防御術式だろうと食い破るんだけど、効いてる気配がないわね」
「まさか刃そのものを飛ばすなんて。メチャクチャな戦い方ですね」
刀を振り抜いたナルカの手の中から刃が消えている。
A級魔法使いの持つ膨大な魔力の塊である杖剣の刃、そのものを飛ばす。
それが数々の魔法使いを切り伏せてきたナルカの必殺技だ。
直撃すれば間違い無く即死。
例えA級魔法使いだろうと力押しでその防御を食い破る雷の獅子だ。
「私の技を受けて平然としている方がメチャクチャだと思うのだけれど?」
「平然となんてしていませんよ。すごい魔力の塊だったので、受け流すのが精一杯で反撃出来なかったんですから」
痛みと痺れはもちろんある。だが、ロゼはそれ以上の痛みを身に染みるほど味わってきた。
おかげで気力が萎えることも、恐怖を感じることもなかった。
「ラムダの剣を食らって何故無傷だったんだろうって不思議だったけど、立ち会ってみても分からないわ。一体何をしているのかしら?」
「防御術式を操って防いでいます」
「なるほど。良く分かったわ。力尽くで叩き伏せれば良いのね」
「一体何を理解されたんでしょうか!?」
バチッと青白い光が弾けると、ナルカの手の中にもう一度刀が現れた。
「防御術式だっていうのなら、何発も技を撃ち込めば耐えきれずに壊れるでしょ?」
そういったナルカは作り出した刀を手から離し、そのまま地面に落とす。
すると、地に落ちた刀が咆哮を上げて雷の獅子へと変化する。
「抜剣」
そして、また新たに作り出した刀を離し二匹目の獅子を生み出す。
ナルカはさらに三回目の抜剣をすると、腰をスッと落として射貫くような目でロゼを見た。すると、刀をまるで矢を引くような形で引くと――。
「奥義、閃光三段突き」
二匹の雷の獅子を引き連れて、稲妻のような勢いでロゼに向かって跳躍した。
「っ! 速い!」
しかも、左右から獅子が迫るため避けたくても避けられない。後ろへ逃げてもナルカが速すぎて一瞬で距離を詰められる。
ナルカの切っ先と両隣の獅子からロゼの全身の毛が震えるほどの殺気が、ロゼの首に向けられている。
ナルカはこの一撃でロゼを確実に仕留める気でいるのが、ロゼにもこれでもかというほど伝わった。
しかも、ロゼはこの殺気を読み取ったおかげで、状況が非常に悪いことにも気がついた。
この突きは言わば三本の杖剣による一点連続攻撃なのである。
ロゼはあらゆる攻撃を受け流し、ダメージを無くす流をある一つの攻撃にしか出来ないのだ。
けれど、ナルカの突きは同じ場所に三回連続で攻撃が放たれる。つまり、一撃目を受け流しても、受け流している最中に二回目、三回目の突きを撃ち込まれたら受け流すことが出来ないのだ。
避けることも、防ぐことも出来ない、学院一位の誇る一撃必殺の技を止める術は無い。
(こんな必殺技どうやって止めれば!? こんなに攻撃が重ねられたら流しきれない。ん? 重? 必殺技?)
しかし、ロゼは絶望することも諦めることもなかった。
必殺技なら作り方を教わった。身体は既に何をすれば良いのか覚えている。
後はどうやって相手を倒すかさえ決まれば、技は産まれる。
(今の僕にナルカ先輩を必ず殺す技を出せるほどの技量はない)
稲妻のような速度で突っ込んでくるナルカの突きを避け、懐にもぐり込み、必殺技を放つために魔力を練り上げて放つ。
懐に潜り込むところまでは出来ても、必殺技をぶつけるまでの溜め時間で潰されてしまえば負けてしまう。
殺しに行けば殺される。
それほどまでに技量が高い相手だと今までの戦いで観察して理解している。
敵は学院一位、やはり手も足もでない相手なのだろうか。
否、そんな相手だからこそ、ロゼはこの状況を打開する必殺技を閃いた。
(今の僕に出来るのは――)
ロゼは短く後ろへジャンプすると、防御術式に回していた魔力も、身体を動かすための魔力も全てを透明な剣の先に集めた。
「逃がさないよ!」
ナルカの刀と雷の獅子がロゼの首に迫る。
しかし、無防備になったはずのロゼは全く怯むこと無く、透明な剣の先に集めた魔力に螺旋を描く流れを作る。
「必ず殺されない技、略して必殺技! これでナルカ先輩を殺る!」
ロゼが吼え、迫り来るナルカの刀に向かって剣先を突き出すと、ロゼは彼女の魔力に自分の魔力を重ねて、破裂させた。
そうして、青く輝く刀と透明な刃がぶつかったその刹那、まばゆい光がナルカに向かって襲いかかる。
まばゆい光は大地を振るわせるほどの衝撃的な大爆発を起こし、バチバチと飛び散る雷は会場の地面を抉り、石の破片を飛び散らしていく。
一体何が起きたのか、どっちが勝ったのか、爆発が収まるまで見ていた生徒も教師も来賓も誰一人、ロゼが何をしたのか分からなかった。
そして、何故ナルカが倒れて動かなくなっているのか、誰も理解出来なかったのだ。
○
ロゼがナルカを倒した光景を隠れて見ていたウルスは笑いを必死にこらえながらミーナに問う。
「ぷはっ。ミーナお主、ロゼに何を教えた?」
「重の基本を教えただけですよー。いやー、私もびっくり。まさかあんなことをするなんて」
ミーナは肩をすくめて苦笑いする。
その隣でセルジュはゆっくり手を叩いていた。
「あの雷の嬢ちゃん相手に手も足もでないから悪あがきで剣を当てたら上手くいったってところだろう?」
「それにしちゃ、セルジュも随分嬉しそうな顔してるけど?」
ミーナがニヤニヤした顔でセルジュの顔をのぞき込むと、セルジュはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
けれど、拍手は止めること無く、視界の端でロゼの姿を捉え続けていた。
○
ロゼは倒れたナルカの前で立ったまま動けなくなっていた。
というのも、ナルカを襲った爆発の余波がロゼを襲い、防御術式を完全に解いていたロゼは雷に打たれて全身が痺れていたのだ。
「めっちゃ痛い!」
たまらずロゼが叫ぶ。
その痛みはまるで修行を始めたばっかりの頃の、師匠達にボコボコにされた後の痛みだった。
「それにしても上手く行って良かった。ミーナ師匠がバケツと水で重を教えてくれたおかげかも。ただ、次は飛んで来る水からの身の守り方を考えないと……」
ロゼの編み出した技は相手の防御術式を砕いて叩き込む攻撃的なものではなく、相手の杖剣を破壊して飛び散った魔力を相手にぶつける防御のような技だったのだ。
重を説明された時、バケツの表面に張った氷が防御術式で、中の水が敵の身体だと説明された。
ロゼはその時、氷を砕いたら中の水まで一緒に飛び散ったことを思い出していた。
そこで、氷を相手の杖剣に見立て、水を杖剣に込められた魔力に例えた。
そうなるとどうなるのか? 相手の杖剣を歪ませて破壊すれば、魔力が飛び散る。
飛び散った魔力は術者の制御から離れるので、ロゼが奪って使うことが出来る。
でも、奪って取り込むことは出来ないから、その場で瞬間的に自分の魔力を流し込み、相手の方へと破裂させれば相手の魔力を相手自身にぶつけることが出来る。
それにもし、相手に魔力をぶつけることが出来なくても、杖剣が壊せれば攻撃を止められる。
そう思って生み出したのがナルカを倒した必殺技だった。
「勝者……ロゼ!」
「え? あれ? あ、そっか。勝ったんだ」
勝者の名が告げられた途端、大歓声がわき上がる。
その歓声を聞いて、ロゼは遅れて自分の勝利を実感した。
「あはは……どうしよう。緊張の糸が切れて、動けないや……」
全力を出し切り、無防備で魔力の嵐に飲み込まれた身体はボロボロだったロゼは、もはや気力だけで立っていた。
その気力も勝利を実感したことで切れると、ロゼはその場に前のめりに倒れてしまう。
けれど、倒れたロゼの顔はとても晴れやかなものだった。