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白い才能

 ロゼには才能が無かった。

 優れた魔法使いの家系に生まれたはずが、身体に秘めた魔力はとんでもなく低く、上級魔法はもちろん、中級魔法も使えず、初級魔法がギリギリ使える程度だった。

 階級で言えば最低ランクのF。ちょっと強い一般人ぐらいの魔法使いでしかない。


 学院に入って訓練すればロゼの魔力も伸びるかと思われたが、一向に成長しなかったため、不審に思った両親からステータスの特別鑑定を受けさせられた。すると、身体が受け付ける魔力は既に限界でここから伸びることはない、と言われてしまった。


 そうして魔法使いとしての才能がゼロだと明らかになった日、ロゼは捨て子になった。


「ロゼ、お前はウィンダール家の家訓を知っているか?」

「一騎当千であれ……。一人一人が千人分の強さを持ち、この世の全てに力を示せ。ですよね?」

「そうだ。我らウィンダール家はこの国の魔法使いのトップだ。お前のような弱い魔法使いは必要無い。お前は今からウィンダール家ではない。ただのロゼだ」

「待って下さい! 父上!」

「貴様はもう我が息子ではない! 者どもこいつを摘み出せ!」


 力が無いと実家から見限られたロゼは、あっさり家から追い出された。

 弱き者はいらない。

 王国の歴代軍団長をつとめるウィンダール家にとって、才能のない人間は無価値だった。


 そうして、家の外に放り出されたロゼは雨に打たれたまま、街をさまよっていた。

 帰る場所はなくなり、父の手回しで学院の寮からも追い出された。

 冒険者として魔物狩りで生計を立てようとも考えたが、ステータス鑑定で実力不足と判定されてギルドから追い返された。

 魔力が弱い魔法使いに居場所は無い。家だけでなく社会そのものがロゼを拒絶しているようだ。


 無いよりマシな程度の魔力しかもたない魔法使い。

 その肩書きは戦うことが出来ない一般人と全く変わらなかった。


「何でこんなことになったんだろう……」


 突然訪れる少年に仕事をくれる人は一人もおらず、家からは無一文で放り出されたせいで寝る場所もなく食事もとれないまま、ロゼは橋の下で雨風を凌ぎ続けた。

 けれど、四日も続いた雨の朝、ついにロゼの身体は空腹と疲労で動かなくなっていた。

 そして、口から出てくるのは、弱音を通り越し、次の人生に望みを託す祈りになっている。


「……僕に力があれば……こんな苦しいことになんてならなかった。何で僕には力がないんだ!? 強くなりたい……。誰よりも強くなって、幸せになりたい……」

「ほぉ、強くなれば幸せになれると思うのか?」

「え? ウルスさん? これは夢……?」

「久しぶりだなロゼ。少しやつれたようだが、命があるのなら何よりじゃ。見つかった良かった」


 誰にも聞かれないはずの独り言に、一人の老紳士が興味を示した。

 男の名前はウルス、ウィンダール家にたびたび顔を出したことがある男で、数々の戦場で功績を挙げて最強と謳われた剣聖だった。

 ロゼに剣の扱いを教えてくれた人で、ロゼの憧れの人でもある。父よりも彼のような魔法使いになりたいと思った回数は両手で数え切れない。


「ロゼ、お主は強くなりたいか?」

「無理ですよ……僕は魔力が少ないから……」

「ふむ、ロゼよ。お主、言葉の勉強をもう少しした方が良いぞ? 国語の授業はちゃんと受けておるか?」

「何言ってるんですか? 剣聖ウルスさんなら嫌というほど分かってるでしょう!? 魔法使い同士の戦いは結局魔力量でほぼ決まるんですよ? 魔力が低ければ、防御術式だって貫けないじゃないですか。それじゃあ勝ち目なんて一切ないですよ」


 魔法使いが最強の兵士と言われる理由は、魔法使いの使う防御術式にあった。

 使い方は極めて簡単で、防御術式の紋章を身体か服に刻印しておけば、無意識に発動し、魔法使いの身を守る障壁を生み出す。

 しかも、その術式の完成度はすさまじく、遠距離の魔法も単純な物理攻撃もほぼ無効化するほどの強度を誇る代物だ。


 そのため、魔法使いにダメージを与える方法はただ一つと言われている。

 その方法とは魔法の触媒となる杖に魔力を流し込み、武器に変化させる。そうして魔力の塊と化した杖武器で相手の防御術式を削り取り、ほころびの生じた防御術式の穴に杖武器を叩き込む方法だ。


 簡単に言えば、魔力を込めて物理で殴れば良いという訳だ。


 そのため、この世界では百年前から魔法使い同士の戦いは遠距離で魔法を撃ち合うのではなく、近距離で武器を使って戦うスタイルが定着している。

 けれど、結局のところ防御術式も杖武器も魔法で生み出しているため、魔力量が高ければ高いほど強いのだ。

 というのも、魔力が弱ければ、簡単に防御術式は貫かれるし、杖武器で相手の防御術式は削りきれない。

 そのせいで、ロゼは敵にダメージを与えられず、敵の攻撃は少しも防げないため、魔法学院で一度も勝利を手にしたことは無かった。

 おかげで自分の弱さを嫌と言うほど知っているロゼは、自信を完全に失っていた。


「ふむ、ワシは何故勝てないのかを聞いたのではなく、どうなりたいのかという望みを聞いたんだがな?」

「強くなりたいですよ! でも、僕は魔力がないから強くなれないじゃないですか! 僕は剣聖のあたなとは違って――」

「なれるぞ?」

「え?」

「死ぬ気で強くなりたいのなら、ワシらがお主を強くしてやると言っておるのだ。ほれ、お前達も出てこい」


 ウルスがパチンと指を鳴らすと、二人の男女が現れた。

 最初に言葉を発したのは、シスターの格好をした若々しい女性。

 小さくて、小動物のような人だ。


「へぇ、かわいい顔した子だね。ナイスよウルスさん。ロゼ君、私はミーナ、よろしくね」

「ミーナ? もしかして、聖女ミーナさん!? ヘブンズゲートって呼ばれている!?」

「あらあら、懐かしい響きね」


 味方には治療術と蘇生術で天国を見せ、敵には神と天使の祝福を宿した拳で地獄を見せたと言われる最強の聖女だ。

 彼女のいる戦場では味方は誰一人死なず、敵を一方的に撃退するという。

 そして、もう一人は眼鏡をかけた知的そうな顔と尖った耳の男性は――。


「ふっ、ウルスさんも随分変わった原石を持ってくる。俺はセルジュだ」

「セルジュ? まさか、世界でたった一人防御術式を無視して遠距離魔法を撃ち込める、大賢者セルジュさん!?」

「やれやれ、あまり目立たないように生きてきたつもりなんだがな。君のような子供にも知られていたか」


 魔法使いなら誰でも知っているような英雄が二人も現れて、ロゼは目を白黒させていた。

 味方からは絶大な信頼を寄せられ、敵からは畏怖を集める生きる伝説が目の前にいる。

 そして、聞き間違えで無ければ、その生きる伝説である三人がロゼを鍛えると言ったのだ。


 もしかしたら、ロゼは自分の中に知らない力があるのではないかと思うと、力が身体の奥から湧いてくるようで、動かなかったはずの身体が立ち上がった。

 無才ゼロ・アビリティと言われる自分にも何かがあるのなら、強くなれるという希望が気力をくれた。


「僕が面白い原石って言いました? もしかして、僕にはまだ隠れた力があるとか!?」

「「「いや、それはない」」」


 あっさり否定されて、ロゼはその場に沈んだ。ついでに涙目になった。


「じゃぁ、何で僕なんかを……」

「お主がどこまでも真っ白だったからじゃよ」

「真っ白?」

「才能は無い。魔力は無い。素養もない。ハッキリ言ってあるものを探す方が難しいくらいじゃ。お主という人間を表現するのなら、無限に広がる何もない平野じゃ」

「……ちょっとでも期待した自分がバカみたいです」


 ロゼはそういうと頭を抱えた。

 自分の二つ名であるゼロ・アビリティという名の通り、達人から見てもロゼの持っているものはゼロ。

 何も持たない自分に一体何が出来るというのか、そう言いたくなったがウルスの目を見て声を失った。


「なので、ワシは逆に思った訳じゃよ。お主のその見渡す限り平野のような憧憬になら、ワシらの力をそのまま託せると」

「え?」


 ウルスの言葉にロゼは疑問符を浮かべた。

 何もないからこそ、託せるとはどういうことなのだろうと。


「無垢なロゼ君なら、私色に染め上げられるってこと。どう? お姉さんの色に染まってみない?」


 いつのまにか背後に回ってミーナさんが、手をロゼの服の中に潜り込ませながら、耳元で囁くように言う。

 背筋を走る快感にも似た寒気にロゼがぶるっと震えると、セルジュが憐れみの目線を向けてきて――。


「ふむ、ロゼ君、健全な男子の反応をしているところ申し訳ないが、ミーナは魔法で若作りをしているが年齢は――ぐほぁっ!?」

「十七歳よ」

「何を言っている……お前、俺と――ぐほっ!?」

「永遠の十七歳よ? 聖女ですもの。次年齢について喋ったら顎から上消し飛ばすわよ」


 黄金に輝く拳に撃ち貫かれて、セルジュさんが二度宙を舞う。

 それを見た瞬間、ロゼの興奮は消え去り、歳は聞いたら死ぬ。そう深く心に刻むほど冷静になっていた。

 そんなロゼの肩をセルジュがポンと軽く叩く。


「俺たちの技術を君に仕込むのだ。その際、素養も才能もハッキリ言って邪魔でしかない。必要なのはあらゆる技術を受け入れる素地なのだ。そういう意味で、ロゼ君は余計なものが何もない。君が吸収しようと頑張ってくれさえすれば、きっと俺たちの力を全て引き継げる」

「セルジュさん、あれだけボコボコにされて、よく何事もなかったかのように振る舞えますね……」

「ふっ、これも一種のスキルさ。すぐに君に叩き込む」


 ロゼは、空中を三回転するダメージを負ったはずなのに平気な顔をしているセルジュを見て、ただ驚くことしか出来なかった。

 けれど、前を向く切っ掛けには十分だった。こんな人たちのもとにいたならきっと――。


「ウルスさん、僕は強くなれますか?」

「お主次第じゃ。ロゼ、お主は強くなりたいか?」

「強くなりたいです。ウルス師匠、ミーナ師匠、セルジュ師匠、僕を弟子にしてください!」


 こうして、ロゼは伝説に弟子入りしたのだった。


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