03
ディニッサの侍女は3人いて、日替わりで誰か1人がそばに侍ることになっています。
今日は金髪で白い羽根が生えた、ユルテと言う侍女がディニッサ当番です。
気持ちの良い天気でしたので、2人は中庭を散歩していました。
……と言っても、ディニッサはお姫様抱っこされた状態で、自分の足で歩くわけではなかったのですが。
「~♪」
「姫様、ずいぶんとご機嫌ですね。何か良いことでもありましたか?」
「え!?」
ディニッサは驚きました。
たしかに嬉しいことがあったのですが、ユルテに見抜かれるとは思わなかったのです。
……もっとも、鼻歌交じりで空を眺めていたのですから、見抜かれて当然なのですが。
ディニッサはふだんと同じつもりでいましたが、ずっとお世話をしているユルテからすれば、おかしいことは一目瞭然なのでした。
──あれから数日、陽菜との話し合いはうまくいっていました。お互いの体を入れ替えるという約束をすることができたのです。そして、今日こそがその入れ替え日なのでした。
けれども、それをユルテに伝えて良いものかどうか、ディニッサは迷いました。
(もしかしたら、怒られたりするじゃろうか……?)
もちろん「もしかしたら」どころではありません。事情を知ったら、ユルテは烈火のごとく怒ったでしょう。異世界の人間と入れ替わるなど、世話をしている侍女たちへの裏切りとも言ってよい行動です。
「なにがあったのですか?」
「……うむ。戦争の準備に関して良い案を思いついたのじゃ」
「まさか戦う気ですか!?」
「え……? 戦うわけ無いじゃろ。面倒くさい」
「そうですよね。びっくりしました」
「逃げ場所について考えたのじゃ」
ユルテはホッとした様子です。
ディニッサが、侍女の誰かの実家に避難するつもりだと解釈したからです。ディニッサが異世界に行こうと企んでいるとは、想像もつかないことでした。
* * * * *
夕方、ディニッサはお城の地下室にいました。
さまざまな財宝が置かれた宝物庫です。
この部屋に入れるのは、ディニッサただ一人なので、安心して魔法を使うことができるのです。ディニッサは棚から魔法のオーブを取り出すと、精神集中を始めました。
「む?」
ディニッサは不思議に思いました。なんだかいつもより調子が良いのです。
けれどそれ以上は深く考えず、魔法の準備に戻りました。
* * * * *
ディニッサは、例の灰色の空間に来ました。
陽菜もすぐにあらわれます。
「よし、やるぞ陽菜! これからお互い新生活じゃ」
ディニッサは元気いっぱいです。
けれど陽菜の方は、なにやら浮かない顔をしていました。
「ディニッサ、やっぱり、その……。やめない……?」
「今更何を言うのじゃ」
「そっちは戦争になるって話だし……」
「ちゃんと逃げられると説明したじゃろ」
そう。ディニッサだって、陽菜を騙して戦わせる気はありません。
戦争になる前に船で逃げる、という案をちゃんと提示していました。
戦争までにまだ時間がありますし、ディニッサはお金持ちです。たくさんの財宝と、よく気のつく侍女たちがいれば、たしかに陽菜は、こちらの世界でも平和に暮らせるはずです。
「やっぱ、家族もいるし……」
「……」
ディニッサは口ごもりました。
家族という言葉にショックを受けたからです。
父親は十年前に戦死していますし、母親もディニッサが生まれた時に亡くなりました。
ディニッサには家族がいないのです。
「……ずっと入れ替わったままというわけではない。それぞれ、違う環境を少し楽しんだら元に戻れば良い」
ディニッサは、ずっと異世界で暮らすつもりはありませんでした。
そんなことをしたら、大好きな侍女たちにも会えなくなってしまいますから。あくまでちょっとリフレッシュしたかっただけなのです。
……ただし、ディニッサの考える「少し」と陽菜が考えた少しは同じではありません。
ディニッサは「百年」くらい遊んだら、元の世界に戻ろうと思っていたのです。
魔族であるディニッサは、普通の人間とは寿命も常識も異なっています。ディニッサはまだ子供ですが、それでももう189年も生きているのです。
もしもこのことを知っていたら、陽菜はディニッサと入れ替わろうとしなかったでしょう。でもディニッサが、陽菜を騙そうとしたわけではありません。百年を少しだと思わない人間がいると、想像できなかっただけです。
そうした事情に気がついたわけではないのですが、陽菜は入れ替えに尻込みしています。
ディニッサは、だんだん苛立ってきました。もともとディニッサは、無条件で奉仕されることに慣れています。自分の願いは、叶えられて当然だと思っているのです。
「陽菜、そなたはわらわと約束したはずじゃ! この期に及んで拒否など許さぬ」
「だ、だから、ちょっと待ってよ。もう一回落ち着いて考えてみたいの」
──その時、灰色の空間にヒビが入りました。
ディニッサの精神集中が乱れたせいで、魔法が不安定になってしまったのです。
これではどんなアクシデントが起きるかわかりません。
「ちっ、これはいかん」
ディニッサは強制的に魔法を使うことにしました。あまりのんびりしていると、危険なことになるかもしれません。
けれども陽菜が抵抗するため、なかなかうまくいきませんでした。
夢の世界を維持し、自分と陽菜を守り、さらに入れ替えの魔法を使うとなると、さしものディニッサでも簡単なことではないのです。本当のところは、入れ替えは諦めてお城に帰ったほうが良かったのです。しかしそんな事は、ディニッサの頭に思い浮かびません。
ついにディニッサは、強引に入れ替え魔法を発動しました。
──しかしこの時、また問題が起こってしまいました。
会社から帰った陽菜の兄が、陽菜を揺り起こそうとしたのです。
まばゆい光を放って、灰色の空間は消滅しました。
ディニッサの意識も吹き飛ばされます。
* * * * *
ディニッサが目を開けると、宝物庫ではなく、初めて見る部屋がありました。
さすがはディニッサといったところでしょうか。みごと入れ替え魔法に成功したのです。
──ただ、失敗したこともあります。
ディニッサの横には「陽菜」がいたのです。本来ならディニッサは、陽菜になっているはずなのですから、これはおかしいことです。
そう。ディニッサは陽菜ではなく、その兄と入れ替わってしまったのです……。