悲しいけれど、それも人間世界の一部だよ
『ねぇ、千夏。きみがしているのは、とても危ないことだよ』
携帯画面の中で、黒い子猫が言った。
「分かってるよケットシー。でも、ほっとけない。この世はケダモノばっかりだ。どうなってんの?」
『悲しいけれど、それも人間世界の一部だよ。きみが責任を感じる必要はないんだ』
ケットシーは、ネット上で無料配布されているおしゃべりソフトだ。
画面に現れた黒い子猫が、おしゃべりの相手になってくれる。アルゴリズムは誰も知らないけれど、ほとんど人間と話すのと変わりないほど、自然な会話が可能だ。
世界中で、びっくりするくらいたくさんの人が利用している、公開されてから、もう十五年にもなる定番ソフトだ。たいていの端末に対応している。
あたしは、自分の部屋で、机の前に座り、調査の最中だった。
この年頃の女子としては、何もない部屋だ。体にあう服は、使い込んでつるつるの制服と、部屋着しかない。
パソコンのモニターは一つでは足りないので、お姉ちゃんのお金をつかって六モニター体制だ。お母さんは、あたしが株取引をしていると思っている。
来ているスウェットはちょっと汗臭い。やばい、あたしの女子力は息絶える寸前だ。
「いま、調べてる奴らもひどいよ。すでに自殺者が三人。悪質なのは、きっちり追い込んで、必ず死なせること。お姉ちゃんを死なせた連中は、それでも、商品価値がなくなったら開放していたからね。暴力で口止めしてからだけど。でも、こいつらに比べたらまだ、ましだ。なにか知ってる?」
『さあ?』
「知ってるんでしょ?」
『言っただろ。ぼくは人間の世界には干渉しない。たとえそれが、どんなにひどい出来事でもだ。ぼくが出来るのはおしゃべりだけ。ぼくはきみたちと友達になりたいんであって、きみたちを家畜にしたい訳じゃないんだ』