みんな死ねばいい
その日のことは、今でも憶えている。真樹ちゃんに出会うより、ずっと前の出来事だ。
お姉ちゃんは、事務機の会社に勤めるOLだった。
物心ついてからは、どちらかと言えば仲のいい姉妹だったので、あたしはごはんを食べに連れていってもらったり、服を買ってもらったりしていた。
お姉ちゃんは、清楚を売りにするお嬢様属性だったので、一緒に買い物をしていると、ちょっぴり鼻が高かった。
少し年が離れていたので、よけいに友達みたいな感覚だったのかもしれない。
お姉ちゃんは、もうすぐ、家をでて一人暮らしをする予定だった。
その日、お姉ちゃんは膝を擦りむいて帰ってきた。
膝だけじゃなくて、顔も少し腫れていた。唇が割れて血がこびりついていた。
それだけじゃなくて、ブラウスのボタンが、ぜんぶ千切れていた。
胸元を押さえて、壊れたヒールを手にぶら下げて帰って来たのだ。
玄関の外で迎えたあたしは、呆然としていた。携帯でマンションのエントランスまで呼ばれた理由は、これだった。
携帯で両親を呼ぼうとすると、お姉ちゃんは、べそをかきそうな顔で言った。
――だめ。見られたくないの。黙ってて千夏。
千夏というのは、あたしの名前だ。草加千夏。なんだか暑苦しい名前だと思う。
あたしは、両親の目に止まらないように、お姉ちゃんを部屋に上げた。
シャワーを浴びたいというので、見張りも務めた。
たぶん、乱暴をされたのだ。
夜、部屋へ様子を見に行くと、お姉ちゃんは頭から布団をかぶって震えていた。
――警察に行ったら? あたし、一緒に行くよ。
泣き寝入りは、あたしの性には合わない。
――だめ、警察に行ったら家族もひどい目に合わせるって、千夏のことも知ってるの。大勢いるのよ。
すこし、いらっとした。そんなの脅しに決まってる。
――だめだよお姉ちゃん。こんなの、言うとおりにしたらきりがない。
――あたしのせいなの。
お姉ちゃんは言った。
――あたしが馬鹿だったの。
あたしは、目をはなすべきじゃなかったのだと思う。
翌朝見つけた時、お姉ちゃんは、もう冷たくなっていた。クスリの過剰摂取だ。
お姉ちゃんの顔は、逆流した胃液で、少しだけ汚れていた。お姉ちゃんが、そんな悪い薬を持っているのも信じられなかった。
後で知ったことだけれど、お姉ちゃんは、もう何か月も前から、そういう生活を続けていたのだ。あたしが知らなかっただけだ。
怪我をしていたのは、たまたまその時、暴力馬鹿がパーティに混じっていただけだ。
お姉ちゃんの携帯をのぞいて、それを知った。
男の一人からのメールは、こんな感じだった。
『あの馬鹿のせいで、パーティ台無し。りなたん、ごめんね。また連絡するから。断ったら会社行くからね』
そう、書いてあった。
男なんかみんな死ねばいい。
警察にお姉ちゃんの携帯を渡さなかったのは、犯人の中に未成年が含まれているようだったからだ。警察では十分な事ができない。あたしがやる。
それから、準備期間に半年かかった。