でも、それは言い訳にはならない
ネットに生まれた巨大知性である、黒い子猫「ケットシー」が、人類を暖かく見守る、シリーズ2作目です。
短い作品ですので、気軽にどうぞ。
通勤ラッシュはピークに達していて、地下鉄の車内は、お互いの体がくっつけずに立っているのは無理な状態だった。
その男は、うつむいた女子学生の体に、手の甲や太ももを押しつけていた。
あからさまに体をまさぐらないのは、いざという時に、車内が込み合っていたからだと、言い逃れができるようにだろう。でも、いくらこみ合っていたからといって、普通、女子の太ももを膝頭で割るような事にはならない。
一見、普通の会社員に見えた。というか、少し卑劣なだけで、じっさい普通の会社員だった。
ちょっとくたびれた中年だ。有名製菓会社勤務、企画二係、商品開発主任。趣味はゴルフ。中肉中背、性格は几帳面。妻有、子供二人。婿入りしているので、通勤は妻の実家から。そんな事情から、少しはストレスも有ったのかもしれない。
でも、それは言い訳にはならない。
被害者の女子は、まあ、状況が物語っているように、大人しそうな外見だった。加害者よりも被害者の方が後ろめたい顔をしているのが、この現象の特徴でもある。共依存という言葉があるけれど、少しはそんな病的な心理も働いているのかもしれない。
けれど、この子は、通学の時間を、三度変えようとした。
嫌だったからだ。
抵抗しようとした事もあった。何度かもみ合いがあったけれど、けっきょく、男に押し切られた感じだ。図にのった男の行動は、だんだん酷くなってきていた。
決定的な事をしないかわりに、どこまでもしつこくつきまとっている。
この男は、もうわけが分からなくなっていた。
馬鹿だから、彼女がノイローゼになるまで、きっと同じことを繰り返すのだ。
その先に、なにかがある訳じゃないのに。