第五章
「見よ、レオン」
ビルの屋上からリコが指す方は都市の中央部。コマの形になった巨大な建物の最上階から、ジェット機が都市の外目がけて飛んでいくのが見えた。
「あそこは市長がいる調和の塔です」
「ってことは、今飛んでったのはパラディ市長か。いよいよ着いたのかな? 光の国のある場所に」
「まずいな……。ナキ、もう少し詳しく、先ほどの話を聞かせてくれんか? パラディが墜落するとはどういうことだ?」
「よくわかりませんけど……この都市のエネルギーはもうすぐ底をつくらしいんです。もともと空は飛べても、反対に地上へ不時着する方法はありませんから、飛べなくなったら落ちるということで……。
だから市長は……このパラディに代わる新たな大地を欲していたんです。理想の楽園がなくなることを恐れて」
「それでウトピアが見つかった暁には、街のみんなもお引越しさせてくれるってか?」
「どうもそういうつもりじゃないみたいなんです……。トライは、自分とトライのお母さん、私の命を助ける代わりに仲間の情報を売ったって言ってましたから。裏を返せば他の人は見捨てるつもりじゃないかと……」
「何という男だ、それでこの町の代表とは! しかし……本当にこの町が落ちるというのか? いつの時代から飛んでいたのかもわからないくらい長い歴史を持つ浮遊大陸が……」
「まあ別に考えられない話じゃないでしょ。太陽だっていつか燃料切れになるんですから。人類だっていつか滅びるし空飛ぶ大地だってそのうち落ちる」
「達観した考え方を披露するのはいいが、少しはここの住民の気持ちも考えよ、レオン。とにかく……どうにか市長を追いかけんと」
「追いかけてってどうするんです? 一緒に光の国を探して、みんなも住まわせてくださいってお願いします?」
「頼まんわ! これでもかというくらいきつくお灸をすえてやるわ。だが光の国へ逃げ込まれたら、あそこは全ての災厄から身を守れる場所。私たちの追跡も届かなくなる」
「気持ちはわかりますけど、今やるべきはそれじゃないんじゃないですか? ここを抜け出して、ガイアへ状況の報告。それからここの住民の避難を手伝ってもらうことですよ」
「……! むう……そうだな、すまん」
リコは多少感情的になりかけていた自分に反省する。まさかレオンの方が、自分よりずっと冷静に物事の優先順位を判断しているとは。
「できるんでしょうか……? パラディの市民全員を避難させるとか……一千万人以上いるんですよ?」
「なあに、魔人の力を見くびるなって。浮遊都市を飛ばす力はさすがにないだろうけど、地上へみんなを移動させるくらいなら何とかなるさ。ここが落ちるまで、どれだけ時間が残ってるのかにもよるけどな」
「でも……もしそれができたとして、その後はどうなりますか? 私たち、住む家も仕事も失って、それからどうすれば……」
「「……」」
レオンもリコも言葉を失う。確かに事は簡単ではない。被害を逃れたとしても、次なる問題が生じる。一千万人の生活なんて、いくら魔人でも保障できるはずなんてない。魔人は神ではない……。ただ普通の人間よりちょっと不思議な力が使えるだけの存在だ。
「レオンさんの言う通り……人間、いつか滅びます。それなら私たち、自分たちの住む大地の崩壊と共に、運命を共にするべきなんじゃないでしょうか……?」
「何を言う、ナキ。そんなことは……!」
「かもしれねえな」
「レオン!」
「星が人類やあらゆる生き物を生み出した母ならば、その母を看取るのも子供の義務。母と一緒に死ぬのもありだろう。
でもな、親が死ねば子供も死ななきゃならないってわけじゃあないだろ? 誰かが決めたわけじゃない。生き延びるために足掻くのもまた生き物ができる選択の一つだ。宇宙旅行でもできる時代になったら、別の星を探すのもありかもな。親を捨てる行為に見えて冷たいって感じる人もいるだろうけど。
どっちを選ぶかは、ナキ次第だな。家がなくなろうが仕事がなくなろうが、生きていけないわけじゃないんだ。辛い道には違いないけどな」
「……レオンさん……」
ナキはレオンの言葉を受け、目にたまってきた涙を拭う。当たり前の話だけど、とても身に染みる。
人はどうしても、目の前の辛い現実を見ると生きる気力を失ってしまう。自分の運命を呪い、何か理由をつけてあきらめたがる。辛かろうが何だろうが、立ち向かっていかなきゃ生きることができないのは変わらないのに。
「とりあえずここを抜けよう。私の風の鳥でどうにか突破できんか……」
「無理じゃないですかねぇ。ミサイルで撃ち落とされますよ。特に今は、俺らは逃亡犯ってことになってますし、一層警戒が強まってるでしょうから。
それより敵のアジトに攻めた方がいいんじゃないですかね? 何か抜け道が見つかるかもしれませんよ? どっちにしろ時間がないですし」
「虎穴にいらずんば……か。よかろう、そうするか」
メギストス……世界一高い山、高い場所。科学の発達した現代においても未開の土地であり、この土地の調査に訪れて命を落とす者も少なくない。
さすがにパラディよりは低い位置にあり、ジェット機に乗ってやや高度を落とし、それから不時着する。調査団とパラディ市長、エアガイツらが降りて、広大な大地を眺める。
「来るのは二回目か……。相変わらず凄いところだ」
一面に広がる湖。メギストスの頂上には巨大な湖ができており、ざっと見渡す限りその面積はパラディの十倍はある。市長たちの立っている場所から、山などの障害物があるわけでもないのに向こう岸が見えない。
そして鼻をつくような臭い……。メギストスの空気はそこまで強くないが毒性があるらしく、湖から気化した水が原因らしい。そしてその湖も普通とは水質が違うせいか、青ではなく白っぽい、濁った色をしていた。一応、対策としてガスマスクを装備してきた。
ジェット機から最新型の潜水艇が運び出される。目の前にあるのは湖のみ。となると、光の国があるのはこの湖の中ということになる。過去にも他国の調査員が潜って調べたことがあったが、生きて帰ってくることはなかった。
市長とエアガイツはもちろん乗り込まず、機内に戻って潜水艇からの中継カメラで様子を見る。潜水艇が潜り始め、光の国捜索が始まる。
暗い湖の中をライトを照らしながら潜っていく。あちこちを照らすと、魚に混じって人間の白骨が漂っていた。しばらく潜っていくと、神殿にも似た形の遺跡を見つける。
「ベタだが、ここが入口かもしれんね」
近くには過去に調査に来た他国の潜水艇があり、無残にもボロボロになって沈んでいた。どうやらあの神殿に入り込もうとしてこうなったのは間違いなかった。
調査員がまず三人、潜水服を着て出てきて、神殿に近づいていく。だがその途中で大きな海流が起きる。
「何だ!?」
調査員三人は海流に飲み込まれ、あっという間に湖の藻屑となってしまう。そして神殿からは、潜水艇の十倍はあろうかという巨大な海蛇が現れる。
「モンスターか」
「神殿の守り神でしょうねぇ。決まりですね、こいつで。ここが光の国の入口なんだ」
エアガイツはモニター越しに怪物の姿を見てそう確信する。そして潜水艇は積んでいる魚雷を海蛇に撃ち込むが、命中してもダメージを負っている様子はない。
「何だと!?」
「想定の範囲内ですねぇ、キヒヒッ」
すると潜水艇から二人の潜水服を来た人間が現れる。いつぞや、レオンたちと対峙した巨漢と痩せの二人組だった。
「トネール、チュダック、遠慮なくやれ」
まずはチュダックと呼ばれた痩せ型の男がスケッチブックを水の中なのに取り出すが、ペンで紙に絵を描こうとしても当然だが描けない。
「駄目だ」
「ブホッ、役立たず」
巨漢のトネールが雷を起こし、海蛇目がけて放つ。水の中で雷を起こすこと自体滅茶苦茶ではあるが、命中すると効果は絶大らしく、初めて苦しむような素振りを見せる。
チュダックは一度潜水艇に戻り、中で巨大な銛を持った海人の絵を描く。すると外で、水の中にも関わらず海人が現れ、銛を海蛇目がけて投げつける。見事に銛は海蛇の体を突き刺し、これでついに力尽きる。
「おおっ、さすがは魔人だ!」
「水中戦に強い二人だったというのもありますねぇ。ま、これで城門突破ですかねぇ」
再度、調査員が艇内から出てきて神殿内部に潜入する。おそらくはもうこれで、障害になりそうな敵も現れないだろうとエアガイツは確信していた。
時計を見ると、きっかり例の時刻になる。湖がまるで血のように赤く染まっていく……。
レオンたちはデパートの洋服コーナーに来ていた。一応、顔が割れているためレオンとリコは多少の変装はして。
「どうするつもりだ? ここでもっとちゃんとした変装グッズでも買うつもりか?」
「そんなことしても調和の塔には忍び込めないですよ。厳重な警備をかいくぐるには、もっと違う策を練らないと」
リコは何だかんだでここまで機転を利かせて窮地を乗り切っているレオンに任せてみようと思ったが、レオンは何やら女性のボディコンスーツを物色し始めた。
「よし、これだ! ナキ、来てみろ!」
「えっ? わ、私がですか?」
ナキは言われるがまま試着室へ向かい、ボディコン衣装に着替えてくる。16歳ながらその発育の良さは、スーツとマッチして見事にナキの女としての魅力を引き出していた。
「うん、いい! 色気なしのリコさんやクルエとは全然違う!」
「……で、何をしようというのだ?」
「決まってるじゃないですか、お色気作戦ですよ! 警備の奴らを誘惑させて、油断したところをガツンとやって気絶。その隙に潜入する」
「アホか! この期に及んでまだふざけ足りないか、貴様!」
「あ、あの、レオンさん……私、こんな派手な格好、恥ずかしいです……」
「やれるな、ナキ? 君にしかできないことなんだ」
「わ、私にしか……?」
「そうだ。君の頑張りがこの町を救うかもしれない」
「わ、わかりました! 私、やります!」
「うおおおおおおい、ナキ! この馬鹿の口車に乗せられるなぁ!」
次にレオンはバニースーツ、スクール水着、レースクイーン、サンタルックなど様々なコスプレをナキにさせていく。言われるがまま、ナキは用意された衣装に着替える。
「おおおおお、いいぞいいぞ! そこで谷間を寄せるようなポーズだ!」
「こ、こうですか?」
「ああ、バッチリだ! さすがだぜ、ナキ。俺の見込みは間違っていなかった」
「あ、ありがとうございます! 私、一生懸命やらせていただきます!」
「下着も選ぶぞ。セクシーに黒でどうだろう? ボディコンだけじゃいくらなんでも悩殺できない。パンチラ作戦も重要だ」
「わかりました。この透けてるのも効果的じゃありませんか?」
「おお、いいセンスだ!」
「おい……ナキ、お主意外と性格の方も天然か……?」
デパートを出て、レオンたちは市内を走る列車に乗り込む。そして調和の塔近くの駅までやってくる。
「ここから二手に分かれよう。俺とナキ、リコさんとクルエのチームで動く。リコさんたちが正面から攻め込もうとして派手に暴れて、その間に裏から俺とナキで潜入するんだ」
「えっ? お色気作戦はどうなったんですか?」
「ナキよ……レオンの趣味に付き合わされただけなのがまだわからんか」
「単純な陽動作戦だけど、魔人が市内で暴れたら同じように魔人が出てくるしかない。多分、エアガイツは市長にくっついてっただろうから、出てくるとしたらリブラあたりか。応戦するときはくれぐれも殺すなよ、クルエ?」
「命に危険が及びそうな時は容赦なく殺せとマスターに命令されています」
「スピラの魔人を殺してしまえば、サタンとの関係に亀裂が入る恐れがある。そうなればマスターにも迷惑がかかるだろう。間違っても殺してはならん」
「……わかりました」
「よし、行くぜ」
風の鳥に乗って調和の塔、正門から突入しようとするリコとクルエ。
「止まれい!」
警備員が銃を乱射するが、鳥の起こした竜巻に阻まれて弾がリコたちまで届かない。すると警備員たちの後ろから、一人のタンクトップを着た筋肉マッチョの男が現れる。
「待てええええい! ここはこのクラフト・フォルツァが行かせん! ぬおおおおおおおお!」
クラフトはコンクリートの地面をベリベリと剥がしていき、そのままリコたち目がけてぶん投げてくる。
「ぬっ!?」
クラフトの剛速球は竜巻でも吹き飛ばせず、リコは一度鳥を上昇させて回避する。
「ぬおおおおおおおおお! ぬおわああああああああ!」
何とクラフトは、近くに生えている木やら電柱やらを引っこ抜き、次々とリコたち目がけて投げてくる。一つ一つの弾が速い上に大きく、避けるので精いっぱいになるリコ。
「お、おのれ、何と滅茶苦茶な戦い方をする奴だ!」
レオンたちは調和の塔の正門の裏へ回り込む。すると非常口らしき入口を見つけ、そこから侵入しようとする。
「あそこから入れそうですね、レオンさん」
そう言ってナキは入口へ向かおうとするが、レオンはじっと塔の上を見つめていた。
「どうしたんですか?」
「あれ、面白い形してんなぁと思ってさ」
「調和の塔ですか?」
上部が大きく、下の階が細い、やや不安定なイメージを持つコマの形をした塔。確かにナキも幼い頃から変な形だとは思っていた。
「人の顔にも見えるな。あそこ……でっかい窓があるだろ?」
「あそこは市長室になっているらしいです」
「あの階、全部がか? ひぇ~」
レオンの言う通り、その窓が人の目に見えなくもなく、さしずめこの塔は浮遊都市全体を見つめる大きな顔と言ったところか。
「おっと、モタモタしてる場合じゃないな。行くか」
「はい」
外ではリコとクルエが戦い続けており、調和の塔内部は騒然としていた。十階にあるパーティー会場でも貴族たちが避難を始め、十七階の兵器室では風の鳥に乗って周りを飛び続けるリコたちに、いくつもの砲台が狙いを定めていた。
「撃てー!」
一斉に砲台が発射されるが、一つ一つの弾を上手くかわしていき、クルエがショットガンで砲兵を撃ち落とす。
その間、レオンは非常階段を使って十八階まで登っていた。ここまで裏口から忍び込めたが、これより上のフロアへは廊下へ出ないとエレベーター、もしくは階段がないようだ。
十八階もバタバタと人が行き交う。皆スーツを着ており、警備兵ではなく、市政を行っている議員たちのようだ。
人の行き来がやみそうにないので、思い切って議員たちの前に飛び出すレオン。
「な、何だ、貴様!?」
突然の登場に驚く議員たちだったが、すぐにレオンはそれぞれの腹に一発入れ、気絶させていく。するとエレベーターから降りてきた警備兵たちが出てくる。銃を構え、レオンに狙いを定める。
「貴様!」
「レオンさん!」
ナキはレオンを助けるべく警備兵の一人に飛びかかるが、銃を取り押さえたものの力ずくで振りほどかれてしまう。
「このぉ!」
「あっ!」
「ナキ!」
レオンは剣を抜き、雷を起こして一度に警備兵たちを気絶させてしまう。ようやく十八階にレオンたち以外立っている者がいなくなる。
「大丈夫か?」
「あ、あれ? 私、力負けしちゃった……?」
「まだ力が不安定なんだな。時期に本当に自在にコントロールできるようになるさ」
「すみません……またレオンさんに助けてもらっちゃって」
「気にすんなって。行くぜ」
エレベーターに乗ろうとするが、下専用ということに気付くレオン。他に上へ行く手段を探すと、上り専用のもう一つのエレベーターを発見する。乗って十九階へ。
エレベーターの外は広々とした市長室。執務を行う部屋らしく、窓付近にポツンと市長の座るデスクが。そして大きな窓ガラスからはパラディの広大な景色が一望できる。
右隣の部屋は寝室らしく、わずかに開いているドアから豪華なベッドが見える。左隣は資料室とドアに書かれている。
「ここが市長の部屋か」
「凄いですね、何か……」
レオンは早速市長のデスクを拝見する。パソコンをいじくり回していると、『光の国ウトピア』と書かれたフォルダを発見する。ファイルを開いてみると、エアガイツが撮ったと思われる古文書の文章の写った写真と、その隣に解読した内容と思われる文章が書かれていた。
「これ、巻物の……!」
「何々? え~っと、『コネサンス氏の働きにより、未知の古代文字の解読方法を発見した。これにより古文書の内容が明らかになるかと思われたが、コネサンスがまさかの裏切り、パラディを拠点にした運び屋に古文書を託してしまった。
宛てたのはパラディ市警、タスカー警部。正義感の強い、市警きっての名警部。彼と友人であったコネサンスは、警察の力を借りて浮遊都市パラディの寿命があとわずかであることを市民に伝えようとした。
エアガイツの働きでコネサンス、タスカー両名を殺害、口封じに成功する。古文書も取り返せはしなかったが、こうして画像データが手に入ったため、解読作業に入る』か……」
「コネサンスさん、知ってたんですね、パラディの秘密……!」
「ま、そうだろうな。今となって考えると。タスカーって人も、可哀そうになぁ……」
「どうして……市長は町のみんなを見殺しに……? 罪のない人たちを殺して、口を封じてまで、パラディが落ちることを隠そうとしたの……?」
「『古文書にはかつてのフォール大戦争を生き延びたところまで書かれており、魔人ディオスの神話が現実のものであったことの裏付けにもなった。問題はその後に書かれていた一文、〝天より見下ろす眼、その白き瞳が赤く染まる時、光の国は災厄から民を救わん〟。
識者たちの見解ではこの〝天より見下ろす眼〟はこの世で最も高い場所、メギストスを指しているのではないかという意見で一致。〝白き瞳〟は白く濁ったメギストスの湖、〝赤く染まる時〟は、メギストスの湖はある時刻になると真っ赤に染まるため、そのことではないかと推察する』だとよ。なるほど、じゃあ今、市長はメギストスに行ってるのか」
レオンは次に、『浮遊都市パラディ』と書かれたファイルを開いてみる。
「『十年前よりパラディの大地が黒く変色し出した。次第にその面積は増え、黒ずんだ土では花も作物も育たない。原因の解明に乗り出したところ、銀鉱石のエネルギーがほぼなくなってきていることがわかった』……銀鉱石?」
「昔、パラディの大地に根差していた鉱石です。私も見たことありませんけど、今は都市開発のために調和の塔内部に全て回収されたはずですけど……エネルギーってどういうことでしょう?」
すると二枚目のページに銀鉱石について書かれていた。レオンが読み上げる。
「『銀鉱石とは、浮遊都市パラディのエネルギーの源。その鉱石に秘められたエネルギーは失われると銀竜ガルディアンによって回復されていたが、ガルディアン暗殺時のパラディ市政はまだその事実を知らなかったのである』」
「暗殺!?」
すかさずレオンは銀竜のファイルを探して開く。
「『銀竜ガルディアン、この浮遊都市パラディに人類が住む以前からこの大地を総べていた竜の神。フォール大戦争によって地上を追われた人類を憐れみ、長らく共存関係を築いていたが、百年前、本格的な機械産業の導入を反対し、この地を出ていくように告げてきた。
もはや話し合いによる関係修復は不可能と判断し、市政はガルディアンの暗殺を決行。市民にはこの事実は伏せられたが、これにより新たに開発された、銀鉱石のエネルギーを抽出する装置により、急速な機械産業の発展を見せる』」
「そ……そんな……!」
「すでに死んでたんだな、この土地の守り神様は。あろうことか人間の手によってな。
とにかくこれで一つ謎が解けたな。つまりは銀竜様を殺しちまったから、銀鉱石のエネルギーを回復させられることもできなくなっちまった。こいつこそ、パラディが飛ぶことのできる力の源で、そのエネルギーを都市の開発に無駄遣いしちまったから、いよいよガス欠寸前まで来ちまった。その症状として、大地の変色が始まったんだな。
そして……市長が住民を見捨てた理由もわかるな。要は責任を取らされるのが嫌なわけだ。自分が直接かかわったわけじゃないにしろ、過去の市長たちが起こした過ちの償いをさせられるのは間違いないからな。
みんなでこの町から避難したところで、一千万人分の生活保障なんてできっこない。でも市民はきっと責任追及をしてくる。それから逃れるためにも、何が何でも光の国を見つける必要があったんだ」
「酷い……酷すぎます! なんて愚かなんだろう、人間って……」
レオンは再度、『光の国ウトピア』のページを読む。
「『その十年前、パラディの大地の変色の原因究明と同時に、ある一つの発見があった。スラムの運び屋を営む男、オネスト・フランコが市長の私を訪ねてきたのだ。
彼は即刻、全市民をパラディから避難させることを訴えた。どうやら彼はいち早く都市の秘密に気付いたようだった。彼の口から市民へ全てが明かされることを恐れ、我々はオネストを車の事故に見せかけて口を封じることにした。警察局のトップとは旧知の仲であるため、裏工作については簡単だった』」
「!」
「『そして殺害後、彼の遺体から奇妙な石を発見したと局長から連絡があった。パラディはおろか、世界中のどこでも発見されたことのない物質でできた石。気になり、科学捜査班へ回し、分析させてみた。
そして識者が言うには、この石はかつて、ウトピアにあったとされる宝石・レッドオリハルコンに酷似しているという。伝説上の石であり、実物は見たことないが、パラディの銀鉱石によく似た不思議なエネルギーを秘めているため、ほぼ間違いないと断定された。
この石の存在により、光の国の存在が史実であることに確信が持てた。もともと、ウトピアに関する研究は進めており、いくつもの存在を裏付ける証拠も見つかっていたが、これにより本格的にウトピアの場所を調査することにした。
全ての災厄から守ってくれるという平和と幸福の都……。いずれ落ちる運命のパラディに代わる新たな根城にふさわしい。これは一種のギャンブルである。パラディが落ちるまでに見つけられない可能性もあるが、いずれにせよこのままでは私は破滅しかない。ならば全財産をささげてでも、ウトピアを見つけ出すことに賭けてみようと思う。
そのために私は何人かの魔人との契約を考えた。一番使えそうなのは、やはり野心家の多いサタンか。だがベーゼは駄目だろう。平和主義に見えて何を考えているかわからない男だ。そしておのれの利益に対して非常に狡猾。
こんな話を持ちかければ、それこそ奴らサタンの魔人たちにウトピアを占領されてしまうかもしれない。となれば以前、仕事の依頼をしたことのあるエアガイツとグリーディ。奴ら辺りが適任か』」
「……パパが、殺されていた……? 市長に……?」
次々と明かされる信じがたい事実に、ナキは段々と眩暈がしてきた。あろうことか父の死は事故ではなく、殺人だった。しかも町の秘密にいち早く気付いていたという。
「……辛いだろうけど、ナキ。今、俺が気になるのは悪いけどそこじゃないんだな。お前の持ってる石、もう一回見せてくれないか?」
「は、はい」
ナキはレオンに、前にガイアで見せた赤い石のペンダントを見せる。
「こいつは確か親父さんと二つに割ったんだよな? つまりここに書いてあるレッドオリハルコンってのは、この石のことを指しているってことになる」
「で、でも……この石は……」
「どこで拾ったんだ?」
「パラディの中です。スラムの土がまだ変色していなかった頃、畑の中から出てきたのを見つけたんです」
「……なるほどね。段々謎が解けてきたな」
レオンは更に『調和の塔』と書かれたファイルを開いて読む。
「……ここと二十階がもともとは銀竜の住み処だったらしいな。そして部屋中に銀鉱石が溢れていたとか。今、鉱石があるのは……地下の動力室か。この動力室自体は人工的に作ったものなんだよな」
「あ、あの、レオンさん……?」
「……いいか、ナキ。辛いかもしれないけど、これからとんでもないことが待ち受けているだろうけど、しっかり前向いて生きろよ。お前は親父さんの遺志を受け継いでここにいるんだ」
「……! は、はい!」
ナキはよくわからなかったが、レオンが自分を励まそうとしてくれていることだけはわかった。きっとおそらく……ここで見たこと以上の、これまで経験してきたこと以上の何か、更に信じがたいことがこれから明らかになるのだろう。そう直感していた。
「動力室へ行くぞ」
「えっ? でも……」
「話は後だ。リコさんたちがいつまで持ちこたえられるかもわかんねえからな」
「させないわよん!」
レオンたちが移動しようとすると、エレベーターからリブラとムヘルが降りてくる。ムヘルの方は体中傷だらけで包帯を巻いていた。
「小娘……よぉ~くも酷い目に合わせてくれたわねん。痛すぎて感じちゃったわん」
「ナキがやったのか、あの傷?」
「え、ええ……牢から引きずり出されそうになって、無我夢中で……」
「全く……せっかく捕えたのに、これでは市長の信頼を失ってしまう。速やかにここで死んでもらうよ、レオン君」
そう言うとリブラとムヘルはレオンたちの前で堂々とディープキスをし始める。
「!」
ナキは思わずビックリし、顔を真っ赤にする。レオンはこの連中、この場で何を考えているんだと思ったが、チュッチュし続ける二人の周りに奇妙なオーラが漂い始めたのに気付く。
「これは……!?」
「あたしらの能力、『恋愛神様』よ。ボッコボコにしてあげるわん。ぬん!」
ムヘルは気合を入れると、その体が数倍大きく膨れ上がる。超人的な筋肉量、パワーを果てしなく増幅させるのが『恋愛神様』の効果。
「僕はじっくり見学させてもらうよ。生憎、僕自身は戦闘力がないものでね。さ、ムヘル、任せたよ、愛しのハニー」
「OK、リブラ。任せといてん」
ムヘルはそう言ってリブラに投げキッスすると、超スピードでレオンに突進してくる。エアガイツといい勝負のその速さはかわし切れず、食らって壁まで叩きつけられてしまう。
「ぐあっ!」
「レオンさん!」
「うふふ、あんたもなかなかいい男じゃない」
「悪いけど……俺はオカマは嫌悪感しか抱かないんでね」
レオンは剣でムヘルを一閃しようとするが、素早く身をかわされ今度は脇腹にボディーを食らう。
「ぎっ!」
「おほほ、いい男をいたぶるのはラブラブするのと同じくらい気持ちいいわねん」
それからレオンは一度も反撃を叩き込むことができず、次から次へと連打を食らい、ボコボコにされていく。
「や、やめて!」
「おほほ、どうしたのよ? 助けに来てごらんなさいよ。あたしをぶっ飛ばしたじゃない、あんた」
ナキは見ているしかできない自分に腹が立つ。魔人でありながら、その力を自在にコントロールできずに戦うことができない。
ダメージを食らい続け、かなり足にきているレオン。
「こ、このマッチョオカマめ……!」
「おーっほっほっほ、トドメよ! ……あん?」
トドメの一撃を叩き込もうと構えるムヘルだったが、すんでのところで立ち止まり、いったんリブラの元へ戻る。
「いっけないーん、もう時間切れねん」
ムヘルの筋肉が急速にしぼんでいき、もとの大きさに戻ってしまう。『恋愛神様』の効果が切れたようだ。
「凄い力が出るんだけど、タイムリミットがあるのがあれよねぇん」
「いいじゃないか。何度も僕らの愛を見せつけてやれるんだ」
「そうねん、ブチュ」
「! わわわ!」
再度の男同士のディープキスに、また真っ赤になってしまうナキ。
「俺が知ってる中で一番キモい戦い方する奴らだぜ、お前ら……。いい加減にしとけよ」
「そそそ、そうですよ! だだだ、男性同士でそんなこと、い、いけないと思います!」
どこかズレているナキを尻目に、ムヘルはまたも筋肉倍増し、襲いかかってくる。
「おーっほっほっほ、もう終わりよ、あんた!」
「くっ!」
レオンはナキのところまで飛び退き、ナキの衣服に手をかける。
「おい、オカマ! てめえ、女もいけるクチなんだよな!?」
「だから何だってのよん!?」
「こういうことだ!」
レオンは目にもとまらぬ速さでナキの衣服を剥ぎ取り、先ほどデパートで買った黒のガーターベルト付きランジェリー姿にさせる。その露わな姿にムヘルも思わず目が飛び出る。
「ふえっ……? きゃああああああああああ!?」
「ウホッ!?」
そして釘付けになったムヘルの動きが一瞬止まる。
「今だ!」
レオンは飛び上がり、上空からムヘルの脳天に思いきり剣の一撃を叩き込む。
「うおりゃあ!」
「ぶげげげえ!?」
魔人の凄まじい力で叩きつけられ、ムヘルは床に突き刺さってノックアウトされる。峰打ちだが威力は絶大で、追い打ちに電撃も食らわせ、気絶させる。
「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃああああああああああ!」
床に頭から胴体までが突き刺さったまま、ガックリと動かなくなってしまうムヘル。ムヘルがやられたのを見て、わなわなと震えるリブラ。
「な……な……な……!」
「こいつがいなきゃ何もできないんだっけか? だったら消えな。戦えない奴痛めつける趣味はねえよ」
「う……うおああああああああああ! ちくしょおおおおおおおおおおお!」
すっかり冷静さを失ったリブラはエレベーターに乗り込み退散していく。ナキはとりあえず真っ赤になりながら脱がされた衣服を着なおす。
「ふう……何とか倒せたな」
「あ、あの、レオンさん……今のは……?」
「言っただろ? お色気の出番が来るかもしれないって。ただでさえ話が終盤に差し掛かって空気が重くなりがちなんだ。敵の動きを止める立派な作戦だ。これを見越してさっきの服選びをしてたわけだ。よくやった、ナキ」
「な、なるほど……! そうだったんですね!」
「ん?」
「やっぱりレオンさんの作戦は深いです! お役に立てましたか、私?」
「あ、ああ、もちろん……。……」
「どうしたんですか、レオンさん? 何か納得していないような顔してますけど」
「……違う。なんか違う。ここで普通、ナキの『いや~ん、レオンさんのエッチ!』みたいなツッコミが入ると思ってたのに……」
「?」
「や、やっぱり駄目だ、リコさんがいないと。何かが成立しないような気がする……。な、何かすまん、ナキ……」
ナキのボケ殺しの天然ぶりはレオンの想像以上だった。相手のリアクションを楽しみたいがためにやっているところがあり、尊敬されるのはレオンが望まない展開以外のなにものでもなかった。
エレベーターに乗り込み、屋上へと向かうレオンとナキ。そこへ風の鳥に乗ったリコとクルエがやってくる。地上からは絶えずマシンガンが屋上目がけて撃ち込まれている。屋上へ降り立ったのを見て、警備兵たちはすかさず塔に入って上へと向かう。
「ふう……あの怪力男、私たちを倒す前に町を半壊させそうだ」
「リコさん、いいものがありますよ、ここに」
レオンが指すのは小型の一人乗りジェット機。おそらくは市長のプライベート用の。
「こいつに乗ればパラディを脱出できるかもしれませんよ?」
「どうやってだ。すぐにミサイルで撃ち落とされるぞ」
レオンはリコに耳打ちし、作戦を伝える。
「クルエに行かせるだと!?」
「今、ここを出れるのは一人。俺はまだやらなきゃいけないことがありますし、リコさんはこの策にはパラディに残ることが必要不可欠ですし、となると残るのはクルエしかいないでしょ?」
「し、しかし、こやつは……!」
「クルエ、こいつを持ってサタンに帰りな。そんでここで見てきたことを伝えろ」
レオンはクルエに古文書を手渡す。
「……わかりました」
「サタンへ救助の要請をする気か? 奴らはおそらく動かんぞ、こうなっては」
「ガイアへ連絡してくれればグラン様が来てくれますよ」
「するはずない! 奴らが利益優先でしか動かぬのは知っておるだろう!?」
「任せたぜ、クルエ」
クルエはガイアへの道を知らず、魔人の里へ行くとしたらサタンへ戻る以外にない。そしてサタンに戻れば、アルテミスの命令以外は聞かないクルエのことだ。サタンがパラディは見捨てると判断すれば黙って従うだろう。
だがレオンはクルエをパラディから出すことを決めた。何か勝算でもあるのだろうか……? 作戦を決行するなら警備兵が上へ登ってくる前にやらねばならず、リコは仕方なく言われたとおりにする。
リコはレオンとナキと共に風の鳥に乗り、大きな竜巻を巻き起こす。そこへエレベーターで昇ってきた警備兵たちが降りてくる。
「撃て撃てぇ!」
一斉射撃が始まるが、弾は竜巻の中のリコたちに届かない。そこへクラフトがやってきて、エレベーターの入っている部屋の一角を丸ごと持ち上げ、投げつけてくる。
投げつけられた部屋は竜巻を突き抜けるが、レオンの剣で真っ二つにされる。
「今だ、行け、クルエ!」
すると竜巻の中にあった小型ジェット機が上昇し、竜巻の中に隠れたまま遥か上空へと飛んでいく。そして竜巻を抜ける頃には、もうパラディのミサイルも追いつかないところまでたどり着いていた。
「よっしゃ!」
「成功か!?」
かなり遠くまで飛んで行ったためレオンたちには見えなかったが、そのままレーダーの監視の届かないところを走り抜け、サタンの方へと真っ直ぐ飛び去って行った。
リコは大丈夫と判断すると、竜巻を止めてそのまま地上まで降りて行った。
「くそっ、追え!」
「駄目です、エレベーターが!」
「何!?」
地上へ逃げたリコたちを追おうとするが、クラフトが先ほどエレベーターごと建物を破壊して投げつけたため、降りる手段をなくしていた。この屋上へ来る手段はエレベーターしかなく、降りるに降りられない。
「うおおおおおい、ちょっと、あんた何してくれんだ!」
「むう……他に投げる物がなかったから、すまん」
しばらく降りる手段を探し四苦八苦するも、屋上で間抜けにも立ち往生することとなるのだった。
半分の警備兵は一階へ残っていたが、クラフトがいなくなったこともあり、蹴散らすのは簡単だった。レオンたちはそのまま再度、調和の塔、内部に入り、地下へと降りていく。
動力室へ入ると、そこは禍々しい形の機械で埋め尽くされていた。そしてその機械のパイプの先は大量の銀色の石に繋がっており、石は機械がウインウインとうごめくたびに光が点滅していた。こうしてエネルギーを吸い取り、パラディの都市全体の機械へエネルギーを送っている。
「これが銀鉱石か」
「これで今も、パラディのエネルギーを吸い続けているんですね……。今からこの機械を止めても、もうパラディは助からないんですよね?」
「エネルギーを回復させられる銀竜がもういないわけだからな。どちらにせよいずれエネルギーはなくなる。そしたらこの都市は浮かんでいられなくなる」
「愚かだな……。自然を食い物にする人間は、いずれ自然に食われるといういい見本だ」
レオンは剣を振り、銀鉱石の一部を小石程度の大きさに削り取る。
「どうするんですか?」
「ちょいと実験してみるのよ。俺の推測が正しいかどうか。正しければ、多分市長は時期にここへ戻ってくるはずさ」
光の国ウトピアの捜索を始め、すでに十時間が経過していた。ビンゴかと思われた湖内の神殿はただの遺跡で、中には何もなかった。それからというものの湖の中をしらみつぶしに探していくが、光の国の入口どころか遺跡すら見つからない。ただひたすら魚と人間の骸骨が泳ぐだけ。
日は沈み、赤く染まっていた湖の色は元に戻っていく。
「どういうことだ……? どこを探しても光の国の影も形も見当たらないとは」
「……こいつは外れですかねぇ、もしかして。古文書の解読が間違っていたのかもしれませんねぇ」
「メギストスではなかったということか? だが他に、〝天より見下ろす眼〟に思い当たる場所は……」
すると通信を受けていた兵士が市長の元へ歩み寄る。
「市長! 調和の塔からの連絡で、ガイアの魔人二名とレジスタンスの女一名が、塔内に潜入したとのことです!」
「そんなことはいちいち報告するな! スピラの魔人に任せてある!」
「いえ、それが……スピラの魔人はすでに倒されたと!」
「何だと!? 役立たずめ……!」
「一度戻りましょうかねぇ。どうせこのまま探していても朝を迎えるだけだ。さすがにパラディからは抜けられないと思いますが、ガイアの奴らをのさばらせておくのも危険です。どうにか援軍を呼ばれる恐れもありますからねぇ」
「ぬう……仕方ない、引き上げるぞ」
レオンの目論み通り、市長たちはパラディ市内へとジェット機を戻すことになる。そして最後の対決が待ち受けていた……。
「……! どういうことですか、これ……!?」
レオンたちは一度、調和の塔を出て、警備兵たちから逃れて市内のホテルに身を隠していた。そのホテルの一室である実験を行い、ナキとリコはその結果に驚きを隠せない。
「そうか……そういうことだったのか……!」
「驚きでしょ? これがこの町の、最後の真実」
「何という……悲劇であり、喜劇だな」
「ま、そんな珍しいオチでもないですよ。灯台下暗し、宝物ってのは意外と身近なところにあるものなんてお話はよく見かけますし」
するとホテルの上空を、ジェット機が駆け抜けていく音がする。
「帰ってきやがったな、市長め」
「……行くか。いよいよ大詰めだな、レオン」
「ま、待ってください! 私、まだ何が何だか……!」
ナキに説明する時間も惜しみ、レオンとリコは再度、調和の塔へ向かう。
屋上が破壊されたと報告を受け、調和の塔前の広場にジェット機を降ろす。市長たちが外へ出てくると、すぐにレオンたちがやってくる。
「貴様ら……!」
「よう、市長さん。ご対面は初めてだな。散々かき回してくれて、礼はたっぷりしてやるぜ。その前に……」
警備兵たちが一斉に出てきて、レオンたちに銃を構える。
「よせ、君らがやっても無駄だねぇ」
エアガイツが制する。するとレオンは赤色の石を市長に向かって投げる。
「プレゼントだ、あんたへの」
「……? 何のつもりだ?」
石は市長の足元へとコロコロ転がっていく。周りのボディガードたちが爆発物の恐れも考えて警戒するが、市長は動じない。
「これは……レッドオリハルコンか? どこでこれを?」
「この塔の地下室さ。まだまだいっぱいあるぜ」
「地下室だと……? 馬鹿な、あそこには銀鉱石以外の石は……」
そこで市長は、ようやく何かに気付いたようにハッとした表情を見せる。続いてエアガイツも気付いた様子だ。
「まさか……!?」
「そう、そいつは銀鉱石さ。食塩を混ぜた水をぶっかけると赤く変色するんだ。それがレッドオリハルコンの正体」
「で、では……では、まさか……!?」
「……そう、光の国ウトピアは、ここ浮遊都市パラディのことだったのさ」
「「「「……!」」」」
「な……なん……だと……!?」
「……」
「そんな……馬鹿な! ここがウトピアだと!? そんな……そんなことが……!」
「……!」
市長もエアガイツも、ナキも絶句する。散々探していた理想郷は、なんと自分たちの住んでいる町だったというのだから。
「デタラメだ! 私を騙そうとして、そんな作り話をでっち上げたな!」
「作り話かどうか、あんたも銀鉱石を海水につけて試してみなよ。ただしつけるだけじゃ駄目だぜ。そのあと空気に触れさせて、一定時間が経たないと赤く変色はしない。これであの古文書の文章の謎も解けたぜ。
〝天より見下ろす眼、その白き瞳が赤く染まる時〟、この〝天より見下ろす眼〟の部分はあれ、あんたらのでっかいお家を指してるんだよ」
「調和の塔……!?」
「十九階と二十階にもともと大量の銀鉱石が置かれていた。塔を人の顔、十九階と二十階の大きな窓ガラスを目の部分に例える。〝白き瞳〟ってのは、外からあの塔の窓を見て、銀鉱石が光で反射した色を表してたんだ。
そして多分、昔はこの町は海にでも沈んでたんじゃないかな。海水をたっぷり含んだ水は陸に浮上して空気に触れたことで赤く変色。その過程を見た奴が〝赤く染まる時〟って言い表したんだろうよ。
そして光の国が現れることで、人々を災厄から救ったって話はつまり、巨大な大地が空へ飛びあがっちまったんだ。今でこそ飛行機もあって地上と自由に行き来できるけど、当時は大空へ逃げられちゃ、いくら魔人ディオスだろうとどうしようもなかったんだろうぜ。
こうして空へ逃げたことでこのパラディへ避難していたわずかな人類は救われた。ただ地上の様子がどうなっているかわからなかったため、魔人ディオスがどうなったのかは知らない。だから歴史にもディオスの行方は記されていないのさ」
「……!」
市長は何か反論できる材料を探そうとするが、あまりにも辻褄の合っているレオンの話にぐうの音も出ない。
「大体よぉ、スラムの住民が持っていた石で光の国があるって確信したはいいけど、それがここじゃないかってまず疑うべきだったんじゃないか?」
「……父は、運び屋として世界中を回っていましたから。どこかで手に入れた物だろうって思ったのかも」
ナキの言う通り、市長はナキの父が旅の途中、どこかで光の国の手掛かりを掴んだのだと思っていた。だからこそ、それに気付く前に殺してしまったことを随分悔みもした。
「では……何だったのか、この十年間は……。私の、この十年は……」
「もう遅い、後悔したところで。それよりも早く、住民たちを町から避難させるのだ」
「……ふふ、ふふふふふふ……」
市長はうなだれ、薄気味悪く笑い始めた。
「うふふ、あははははははは! うわーっはっはっはっはっはっは、けきゃきゃきゃきゃきゃきゃ、こははははははははは! おおお、おしまいだ、私は! もうおしまいなんだ!」
市長は狂ったように笑い、調和の塔内へ走って行ってしまう。
「待て!」
「ふう……参ったねぇ」
市長を追おうとするリコの前にエアガイツが立ちはだかる。
「どけ!」
「どかないよぉ。僕もおしまいだからねぇ。せっかくコツコツと進めてきた計画だったのに、ぜ~んぶパーだ」
エアガイツが右手を挙げて合図すると、いつから隠れていたのかそこら中から目の赤い人間……異魔人たちが現れる。その数、いつぞやより遥かに多い、実に百体以上いた。
「これだけの異魔人たちと一緒に逃げることはできないしねぇ。市長の協力があるこの町こそ最高の隠れ蓑だったのに、ここを出て行ったらすぐサタンの奴らに見つかっちゃう。こいつらを見捨てて一人で逃げたら、それはそれで計画は振り出しだ。もう立て直すなんてできないよぉ。
ウトピアに行きさえすれば……サタン、いや、世界中の魔人たちも屈服させられる力を手に入れられると思っていた。あのディオスでさえ手が出せなかったというくらいだ。さぞ凄いところなんだと思っていたよ。それが何だい、こんなクソ大地が理想郷だって? 笑わせるねぇ。なんてオチだよ。
僕はねぇ……欲深なんだよ。世界丸ごと欲しかった。人間より優れた力を持っていて、何で人間のために使わなきゃいけないんだい? ベーゼだって、いい子ちゃんぶっているけど、心の奥底では同じことを思っているはずさ。あのジジイはそういう奴さ。だから君らにスパイを送り込んだんだよぉ。僕と同じ、ウトピアが欲しくてねぇ」
「知ってるさ。ベーゼはお前より狡猾だ。皮算用で世界征服なんて企んだりしない」
「男に生まれた以上、夢を追いかけるためにリスク覚悟のギャンブルは必要なんだよぉ。女にはわからんだろうけどねぇ」
「うん、わかるぞ、俺は」
「レオン」
「でもやっぱ、許しちゃおけねえよなぁ」
レオンとリコは、迫ってくる異魔人たちに身構える。数の上では圧倒的に不利。だがここまで来たらもう、戦うしかなかった。
トライは調和の塔の十八階、超電磁砲台室の隣の休憩室に待機していた。レジスタンスを裏切った以上、おめおめと実家に帰ることもできず、光の国が見つかるのをじっと待っていた。あとは市長からの報告を待って、母とナキを迎えに行き、移り住むだけ。
一度トイレに行き、戻る途中にエレベーターから降りてきた市長に出くわす。顔面蒼白で、ひきつった笑みを浮かべており、ただ事じゃないことがわかる。
「ど、どうしたんすか?」
「どけえ! 終わりだ、もう終わりなんだよ!」
「……?」
外でレオンたちの戦いが始まったころ、トライは市長から全ての真実を告げられる。
「そ、そんな……! じゃあ俺らはどうなるんすか!?」
「だから終わりと言っただろう! どけ、みんな殺してやる!」
「ふ、ふざけんな! 俺がどんな思いで仲間を裏切ったか、あんたを信用したからこそ!」
「うるさい!」
トライは市長に力の限り殴られ、壁に叩きつけられ、のびてしまう。そのまま市長は超電磁砲台室へ入り、超電磁砲の操作を始める。
「くひひひひひひひ、殺してやる、もう全員殺してやるぞおおおおおおお!」
すっかり気が狂ってしまった市長は、とりつかれた様に超電磁砲のエネルギーをチャージし始める。万が一、他国が攻め込んできたとき用の最終兵器。長いパラディの歴史で一度だけ使用したことのある兵器だが、これも地下にある動力室から大量のエネルギーを吸い取って使われる。
リコはナキを背に乗せて、風の鳥で飛び上がる。巨大な竜巻で襲いかかってくる異魔人たちを蹴散らしていく。
レオンもかかってくる異魔人たちを剣で斬り伏せていく。もはや容赦する必要もなく、峰打ちもせずに刃でガンガン斬りつけていき、次々と致命傷を与えていく。
「キヒッ、やるねぇ。だけど……」
エアガイツは倒れた異魔人たちの体に触れていく。すると異魔人たちの傷が消え、再び立ち上がる。
「!」
「い、生き返った!?」
「そんな馬鹿な。いくらなんでも、死人を生き返らせる能力を持つ者など……!」
「違うねぇ。生き返ったんじゃないんだよ。死ぬ前に〝戻った〟だけなんだよ。触れた者の時間を五分戻す、『時空乱流』さ」
いわゆる時間を巻き戻す力を使えるというエアガイツ。それでも反則的な力には変わりないだろうとリコは思う。そして倒したばかりの異魔人たちが何事もなかったかのようにまた襲ってくる。
「しゃーねえな、クソ!」
レオンは覚悟を決め、異魔人たちの五体をバラバラに切り刻んでいく。あまり酷い倒し方は好まないのだが、やらなければやられるとなれば、容赦なくやる。
だが……腕を、足を、首を切り落としたにもかかわらず、エアガイツが異魔人たちに触れると、切り落としたパーツが胴体にくっついて元通りになってしまう。
「無駄無駄、せめて粉微塵にしてやらなくちゃ」
「マジかよ……」
「レオン、エアガイツを狙うのだ!」
「んなこと言われたって!」
異魔人の数は百体以上。倒しても倒しても減ることはなく、何人かは常にエアガイツの周りを固め、ガードしていた。とてもボスを先に倒すなんてできそうにもない。リコも言ってはみたものの、レオンと同じくエアガイツに近づけず、異魔人たちの攻撃を避けながら飛び回るしかなかった。
「くぅ~、参ったな。もうちょい勝ち目あると思ってたんだけど」
「こいつらがいなくたって、僕には勝てないねぇ。この間、ボコボコにしてやったの忘れたわけじゃないだろう?」
レオンは一か八かでタロットに頼ってみようかと考える。だが引いたところで異魔人たちを一瞬で消し去るようなカードは存在しない。いよいよ万策尽きてきた。
「キヒッ、やれい!」
一斉に襲いかかる異魔人。だが、エアガイツたちの後ろの調和の塔が唸りを上げ、一同いったん動きを止める。
「「「「「!?」」」」」
「何だ!?」
調和の塔、十八階が開き、浮遊都市パラディ最大の兵器、超電磁砲が姿を現す。それはほぼ真下の広場にいるレオンたちに狙いが定められ、エネルギー充填が始まる。
「なっ、超電磁砲を使うだと!? よせ、残りわずかなエネルギーでそんなものを使えば!」
エアガイツも目を見開き、驚く。その様子から察するに、あの兵器は相当銀鉱石の力を吸い取るのだということがわかる。
「レオン、乗れ!」
リコは地上のレオンを風の鳥に乗せる。エネルギー充填完了した超電磁砲がリコたちを狙い撃ちにする。
「うおおお!?」
間一髪で回避するも、外れた超電磁砲は爆音を立てて市街を吹き飛ばす。その威力はミサイルなんて目ではない。一発で高層ビルが十棟ほど粉々に壊滅してしまう。
「な、何ということを……!」
「町が……パラディの町が!」
「市長が操作してるのか。もうやけくそだな、あの野郎」
二発目のエネルギーも充填し終わり、今度は調和の塔、真下のエアガイツたちに狙いを定める。
「!」
逃げろと叫ぶ暇もなく放たれ、警備兵たちが一瞬で灰になる。エアガイツ自身は超スピードで逃げて、それでも爆風で吹き飛ばされはしたが、かろうじて直撃は避けられた。
「敵味方関係なしか」
「リコさん、空港へ向かってください」
「何をする気だ?」
「決まってんじゃないですか。あのアホ市長を止めに行くんですよ」
「よかろう、もうここまで来てしまったからにはとことん付き合うぞ、レオン」
リコは風の鳥を全速力で空港まで飛ばす。その間、市長の乱心を聞きつけたパラディ自衛隊が調和の塔へ向けて出動していた。塔内の警備兵や市議たちが十八階にいる市長の元へ行こうとするが、エレベーターは停止させられ、さらに階段で向かっても超電磁砲室のロックが三重に閉ざされており、簡単に入ることはできない。
やむを得ずジェット機を飛ばし、調和の塔へ向けてミサイルを撃ち込む。もはや市長であろうと容赦していられないほどの非常事態だ。
だが調和の塔はバリアを張っており、全くミサイルを寄せ付けない。
「くはははははははは、死ね死ね死ね死ね!」
このバリアももちろん、超電磁砲と同じくらい大量のエネルギーを消費する。そして更に超電磁砲の三発目をジェット機の群れに向けて放つ。一瞬にして自衛隊も全滅させられ、調和の塔の前の広場に墜落、炎上。地獄絵図のような光景が広がった。
空港内はすでに大パニックになっており、市長の謎の乱心からとにかく逃げようと飛行機に市内の住民たちが押し寄せていた。
「押さないで、押さないでください! 当機はこれ以上乗り込めません!」
「早く出せよ! 死んじまうだろうが、このままじゃ!」
「何なの、何が起きてるのよ!?」
「ママー、怖いよー!」
すでに定員オーバーの飛行機に、更に無理やり乗り込もうとする者たち。そもそも空港内に停まっている機数も限りがあり、それはとてもパラディ市内全員の避難ができる数ではない。それがわかっているからこそ、せめて自分だけでも助かりたいと強引にでも乗り込もうとする輩が出てくる。
「酷いな、この様子……」
リコは仕方ないと思いながらも、わずかに呆れながらそう呟く。窮地に陥った時の人間の醜さをよく表した光景だった。
「うっし、リコさん、後は頼みましたよ」
レオンは風の鳥から飛び降り、空港内に入っていく。本来ならお尋ね者のレオンが簡単に入れる場所ではないが、パニックに乗じて楽に潜入できる。そしてレオーネの入っているオリを探し出し、剣でオリを壊してレオーネを出してやる。
「よーし、レオーネ。ごめんな~、こんなとこずっと閉じ込めていて。元気してたか~?」
思いきりレオーネの頭を撫でてやるレオン。そしてレオーネを連れて外へ飛び出し、背に乗って調和の塔へ飛んでいく。
その間、リコとナキは風の鳥に乗ってパラディを抜けようとしていた。
「リコさん、どこへ!?」
「まずは電波妨害の圏内を抜け、そこからガイアへ連絡を取る! 今なら自衛隊の監視の目も光っておらんだろうからな! もはや一刻も早く援軍を頼まねば!」
だが……その前に〝その時〟はやってきた。
「!?」
「何だ!?」
「じ、地震よ!」
「馬鹿な、空の上だぞ!」
住民たちが騒ぎ出す。浮遊大陸でありながら、地面が揺れ出したのだ。
「……! まさか……!」
リコは都市の様子に気付き、愕然とする。ゆっくりと、実に緩やかにだが、大地が傾き始め、少しずつ高度が下がっているのだ。
「パラディが……落ちている……!?」
「もう来てしまったのか、その時が!?」
調和の塔へ向かうレオンもその様子に気付く。
「こんなに早く来やがるとは、あの市長がいらんことするから……ったく!」
もはやこうなった以上、レオンたちにパラディ市民を救う術はなかった。大都市が地上へ落ちるのはもう防げない。ならばせめて自分たちだけでも逃げるのが得策だが……レオンはそれでも真っ直ぐ調和の塔へ向かう。
残っていた自衛隊の戦闘機はすでにパラディからの脱出を始めていた。もはや町が助からないのは明白。市長もろとも町ごと死ぬ運命、それに巻き込まれないよう退避する。
市長は落ち行く町の姿を見て、なおも笑い続けていた。
「くはははははは、落ちる、私の町が落ちていくよ! あーっはっはっはっはっはっは!」
どうにか超電磁砲室を開けようとしていた警備兵や市議たちも避難を始め、廊下で気絶していたトライだけが残されている。目を覚まし、ただ事ではない様子に気付くトライ。
「ど、どうなってんだよ……!?」
そしてこの状況でも、超電磁砲を撃つのをやめようとしない市長。だが短いスパンで冷却もせずに強力なエネルギー砲を撃ち続けてきた砲台はオーバーヒートしており、ついに限界を超える。
「うひゃ、うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃあああああああああ!」
最後まで狂った笑い声を上げながら、その一撃で限界を超えた砲台は暴発し、調和の塔を吹き飛ばす。その爆発に巻き込まれ、トント・ガビー・パラディは最期を遂げた。
「うっ、うわああああああああああ!」
大爆発に巻き込まれるトライだが、かろうじて死は逃れる。しかし吹き飛んで崩れていく調和の塔が更に傾いて、十八階の高さから地面へ真っ逆さまに落ちそうになる。
「わああああああああ!」
どうにか柱にでも掴まろうとするが手が届かず、ついには宙に放り出され、地面に落ちるところだった。
「! お、お前……!」
それはレオーネの背に乗ったレオンだった。地面に叩きつけられそうになったトライの手を掴み、間一髪で救ったのだった。
「何しやがる、離せ!」
「おい、コラ。何だその言いぐさは? 助けてやったんだから、ありがとうだろうが」
「もう……死なせてくれよ! こんな……こんなことになったのは、全部俺のせいで……! 俺が仲間を売りさえしなけりゃ……!」
「別にお前一人のせいじゃねえだろうが」
「とにかく離せ! もう生きる理由なんかねえ! 住む故郷を失って、希望も失って、罪人としてみっともなく生きたくなんかねえんだよ!」
「死にたいのか?」
「ああ、死にたいさ! 今すぐにでも!」
「今日は死ぬの待ってみないか?」
「……!? 何をふざけたことを……!」
「見ろよ、あれを」
「……!」
レオンはスラムの方へ飛んでいた。そこで目にしたのは、街中をふらついた体で歩き回るトライの母の姿だった。
「……おふくろにだって、会わせる顔がねえ……!」
「……トライゾン! トライゾーン!」
「……!」
必死に息子の名を叫び続ける母。トライの母は沈みゆく町から避難しようとしているのではなく、帰ってこない息子を探していたのだ。するとトライの母は、ついに力尽きて倒れてしまう。
「おふくろ!」
レオンはレオーネをスラムの町に降ろし、トライは母の元へ駆けよっていく。
「おふくろ、おふくろ!」
「ああ、トライゾン……! 無事でよかった……!」
「……! す、すまねえ……おふくろ!」
トライは母をギュッと抱きしめ、泣く。自分の犯した過ちと、自分が更に犯そうとしていた過ちを悔いて。
「希望はあるじゃねえか、そこに」
「……」
「どうしても死にたいなら、せめて明日にしてみろよ。明日になったら気が変わってるかもしれないぜ? 変わらなかったらもう一日先延ばしにしてみろ」
「……何だ、そりゃ?」
「死にたくなったら、一日一日を噛みしめて生きてみろってことだよ。死ぬのを先延ばしにしているうちに、もうちょっと生きたくなってくる」
「……長いこと生きてる魔人ならではの考え方ってか?」
「生憎、俺はまだ17だけどな」
「年下じゃねえか、てめえ!」
「はっはっは」
「……ありがとう、レオン」
礼を言うトライ。レオンは、近くで自分を見つめる瞳に気付く。エアガイツだった。
「キヒッ、市長も死んだ。僕も死ぬ。そして君らもねぇ」
「悪いけど、死ぬのはあんた一人にしてくれないか? 巻き添えはまっぴらごめんだ」
レオンはレオーネから降り、エアガイツと対峙する。
「レオーネ、トライたちを頼むぞ」
レオーネはトライの前でかがみ、乗れと合図する。あれほどレオーネを怖がっていたトライだが、今になってすんなりと母と共にレオーネの背に乗る。
トライたちを乗せたレオーネが飛び立ち、他の住民たちも避難していなくなっているため、スラムにはレオンとエアガイツの二人だけとなる。
「やっと決着つけられるな、エアガイツ」
「キヒヒッ、最後の殺し、楽しませてもらうよ」
リコとナキは落ち行く浮遊都市パラディを見つめていた。機械で埋め尽くされた都市が、最後は機械の力で自滅を迎える。何とも退廃的な光景だった。
「……自ら理想郷を壊した人間たちの末路ですね……」
「……もはや……今からガイアへ連絡したところで間に合わん……!」
リコは悔しそうに唇を噛む。ここへはそもそも、異魔人の調査に来ただけのはずだった。それがとんでもなく大きな陰謀に巻き込まれ、ついには町の崩壊まで来てしまった。決して自分たちの対応がまずかったとも思えない。だがそれでも……犠牲者を食い止められなかったことが辛かった。
何機か戦闘機や飛行機に乗って脱出する者はいるが、パラディ市民の大半は助からないだろう。リコは何もできずに見ているしかできない自分が歯がゆかった。
「私の……力不足が……!」
「そんなことはないぞ、リコフォスよ」
「! ぐ……グラン!?」
その声の主は……なんとグランだった。そしてグランがその上に乗っているのは、ガイアの戦闘機『天下』、五千人収容できる深紅のボディが特徴的な巨大戦艦だ。
「何故ここへ!?」
「サタンから連絡が入っての」
そう言って右を指さすグラン。すると天下の隣には空飛ぶ絨毯に乗った三人の魔人、ベーゼとアルテミス、そしてクルエがいた。
「クルエ!」
「……マスターに、人から借りは作るなと言われていましたので」
本来ならリコの読み通り、クルエはサタンに戻れば元のアルテミスの弟子、レオンたちのことはほったらかしになるはずだった。だがアルテミスの命令にはどんなことでも忠実なクルエは……〝借りは即返せ〟という命令に従い、かつてトネールとチュダックに殺されそうになったとき、レオンに命を助けられた借りを返すべくガイアへ救助の連絡を入れたのだった。
だがそれにしても、都市丸ごと一つが滅ぶ一大事だというのにも関わらず、サタンからやってきたのはたったの三人だった。その辺がやはり、ベーゼが内心この件に関してどう思っているのかを表していた。
「しかし、来てもらったところでこのような事態ではどうしようも……!」
「そんなことはないぞ。北斗七星よ!」
グランの合図で天下のハッチが開く。そして各々、背にロケットを積んで飛び出してきたのは老若男女、様々なタイプの七人の魔人。
「あれは……!?」
「ガイアの七人の幹部、『北斗七星』だ。その実力は七人とも魔人界でもトップレベル。凄まじい魔力の持ち主らだ」
市街ではレオンとエアガイツの激しい攻防戦が続いていた。エアガイツの超速もこの地鳴りのせいで足場が悪く、若干スピードが落ちて捕えやすくなっている。だがそれでもスピードはややエアガイツが上で、どうしても手数は劣ってしまう。
次第に防戦一方になっていくレオン。そこへ追い打ちが来る。
「ブホオ! いた!」
「エアガイツ様、我、最後まで戦う」
トネールとチュダックの二人が現れ、これで三対一になってしまう。
「おいおい……ここまで来たんだから正々堂々やろうぜ?」
「キヒッ、別に戦いを楽しみたいんじゃないんだよ。殺しを楽しみたいんだ、僕はぁ」
トネールは全身に電気を走らせ、チュダックはスケッチブックにドラゴンを描いて具現化する。そして一斉にレオンに向かって襲いかかってくる。さすがにレオンも、これは万事休すかと観念しかけた時だった。
「一撃必殺!」
天からダイブし、トネールの顔面に正拳突きを食らわせたのは、アクアだった。
「アクア!」
「会う度にピンチね、あんたって奴は」
アクアは間髪入れず、続いてチュダックに向かって仕掛けていく。チュダックはすかさずドラゴンを盾にするも、そのドラゴンごと拳で貫いてチュダックを殴り飛ばす。
「ほぐぁ!」
「ひぇ~、拳だけでよくもまぁ……」
「レオン!」
見るとエアガイツがレオンのすぐそばまで迫っていた。アクアが教えてくれたおかげでどうにかかわし、タロットを一枚引く。
「いいカードだ」
レオンが引いたのは『光』のカード。レオンの周りを光が包み込み、オーラとなってレオンの体に纏う。
「キヒッ、今更自分の運勢占っても、『死』以外の結果は出ないよ!」
エアガイツの全速力の攻撃……だがレオンはそれより速く動き、エアガイツの一撃をかわして剣の峰を食らわせる。
「ぐげっ!?」
思いきり吹っ飛ばされ、空っぽの家に激突するエアガイツ。
「な、何……!?」
レオンは尚も手を緩めず、追撃を仕掛けてくる。エアガイツはどうにか飛び退いてかわそうとするが、明らかにレオンの方が速くなっており、エアガイツの動きにピッタリくっついていく。
「馬鹿な、どうして!?」
「あんた、レオンを一回追い詰めたくらいでレオンの実力をわかった気でいるんじゃない? そいつはねぇ、弱っちい時はてんで弱いけど、強い時はやたら強い、引くカードによって強さがガラッと変わるパルプンテ戦士なのよ」
「そういうこと」
「ぐっ……ぐおおおおおおおおおおお!」
アクアに言われ、エアガイツはレオンを捕えようと手を振り回すが、一発もかすりもしない。そしてレオンは飛び上がり、上空からトドメの一撃を叩き込む。
「くらえ!」
「ぬがああああああああ!」
渾身の一撃を受けて、エアガイツは地面にめり込んでノックアウトされる。あれほど劣勢だったにもかかわらず、最後はあっけなく勝利をおさめたレオンだった。
異魔人たちは市長の超電磁砲で何人か滅されたが、それでもまだ数十体生き残っており、指導者であるエアガイツを失い、元の暴徒と化していた。街中で避難する住民たちを襲う。
「きゃあああああああー!」
「た、助けてくれえええええ!」
そこへ風の鳥に乗ってリコが助けに来る。
「待て、行かさんぞ!」
リコと睨み合う異魔人たち、その瞬間だった。
「お退きなさいな」
リコと異魔人たちの間に割って入ってきたのはアルテミス。空飛ぶ絨毯から飛び降り、パラディに降り立つ。
アルテミスは扇を取り出し、優雅に自身を仰ぎだす。異魔人たちは一斉にアルテミスに飛びかかるが、その時、空から流星が降り注ぎ、異魔人たちに命中して全滅させる。
「「「「「うぎゃああああああああああ!」」」」」
「ぬう……! 『絶対王女』か……!」
「ふふ、あらゆる運や天が味方する。それが私の能力、『絶対王女』」
相変わらず恐ろしい能力だとリコは思った。そして流星が降り注ぐ攻撃といい、レオンの運任せの能力に似ているとも思った。だがレオンには外れの能力も多いのに対し、アルテミスは確実に幸運を引き寄せる。それがサタン最強の魔人と呼ばれる実力の秘密だった。
レオンはエアガイツ、そしてトネールとチュダックを対魔人用のお札付き鎖でふんじばる。するとアクアがトネール、チュダックの瞼を開けて、その瞳を見る。
「そいつらは異魔人じゃないぜ」
「いや……異魔人よ、こいつら」
「何だって?」
「だって、どこの魔人の里にもこんな奴ら所属していないもの」
「えっ? 全員の名前覚えてるの? もしかして」
「当たり前でしょ? あたしを誰だと思ってるのよ?」
「天才、アクア・エレティック様です」
「あんたに天才って言われると腹立つのよ!」
非常事態にも関わらず喧嘩していると、気絶していたエアガイツが目を覚ます。
「……殺さないのかい? 罪を犯した魔人は殺しても問題にならないのに」
「ガイアとサタンのお偉いさんたちに裁きを下してもらうさ。もともと異魔人だろうが魔人だろうが、殺しはあまり好きじゃないんでね。それに……てめえにゃまだ聞きたいことができたみたいだ」
「こいつら、他の異魔人たちと同じように、デジデーリョで製造した異魔人でしょ?」
「……そう、ただ敵に向かっていくだけの兵士を作りたいなら、イノシシを手懐けた方が手っ取り早いさ。本当に目的は、自我を持ちながら、自分の脳みそで考えて動ける、そして僕の言うことには忠実な魔人。キヒヒッ、サタンのあの女魔人みたいなね」
「……!」
そこでレオンは、クルエの顔が浮かんだ。確かに、あのクルエの異常なまでの命令に忠実なところ……どこかトネールたちとダブる。
「レオン・シェルシエール……魔人界の闇は深い。僕を止めても、また新たに魔人道に外れる者は現れる。人間も魔人も、みんな欲深なのさ。そして魔人は人より優れた力を持っている。故に欲しいものを手に入れるために何だってしようとする。
よく覚えておけ……。時期に魔人界のバランスは崩れる。力を持ち過ぎた魔人類は、もう止められないところまで来ているのさ」
「……」
「もう黙りなさい、あんた。行くわよ、レオン」
戦闘機・天下から飛び出した小型ジェット機が迎えに来る。レオンとアクアは、エアガイツたちを乗せて天下まで戻る。
北斗七星、ベーゼ、そしてグランが向かったのは調和の塔。ほぼ半壊してしまったこの塔内、地下の動力室まで降りる。そこにはすっかりエネルギーを使い果たし、銀から黒へと色が変化した銀鉱石があった。
「これか……よし、やるぞ、皆の者!」
グランの指示により、北斗七星とベーゼが一斉に魔力を銀鉱石に送り込む。
巨大戦闘機、天下。中はナキが見たこともない禍々しい要塞となっており、多くのガイアの魔人たちが操縦、指示を送り、パラディへ行き来する者で溢れていた。
ナキは天下の中から落ち行くパラディの様子を眺めていた。かなり地上が近づいており、45度に傾いた巨大な浮遊都市の最期。見たくないが、目を背けることもできなかった。
「……?」
ナキはパラディの落ちる速度が緩やかになってきたことに気付く。そして傾きも徐々に、ゆっくりとだが元の状態へと戻っていく。
「おお、やったぞ!」
「もう少しだ! 地上まであと何メートルだ!?」
「約三百メートルです!」
魔人たちは何が起こっているのか把握しているようで、パラディの様子を見て歓喜している。
「これは……?」
「グランたちの力だ」
天下に戻ってきたリコが言う。
「グランと北斗七星、そしてベーゼ。ガイアとサタンの最強の魔人たちの魔力で銀鉱石に力を送り込んでいるのだ」
「もしかして……再びパラディを飛ばせようと?」
「そんな大それたことはできんよ。いくら魔人の力でも、エネルギーが持たん。魔人が何人いようが一秒だって浮かせられない。だが……地上への落下にブレーキをかけることくらいはできるかもしれん」
「ブレーキ……?」
「しかし……やはり厳しいか……? 大分落下スピードは弱まったが、それでもこのままでは……!」
もともとが巨大な大地であるため、少々弱まった程度では地上と激突した時の衝撃は計り知れない。それこそ湖に降り立つ白鳥のごとく、優しくふわっと降りられれば問題ないのだろうが、ガイア最強の魔人たちの力をもってしても浮遊都市を食い止めるのは並大抵のことではなかった。
ジェット機に乗り込み、パラディを離れようとするレオンだったが、パラディの異変に気付き、振り返る。
「グラン様たちが銀鉱石の力を一時的に回復させてるの。でも……成功率はおそらく一割にも満たないだろうって」
「……」
「駄目と判断したら寸前で抜け出す手はずみたいだけど、そろそろ脱出しないと……」
「その前に、ちょいと行ってくるか」
「?」
レオンがそう言うと、トライたちを天下へ送り届けてきたレオーネが戻ってくる。
「おー、レオーネ! ナイスタイミング。さすが長い付き合いだけあるぜ」
レオンは機体のハッチを開け、勝手に外へ飛び出してレオーネに飛び乗る。
「どうする気よ、あんた? まさか……!?」
アクアが止めようとする前にレオンはパラディへ引き返してしまう。向かうは調和の塔。全速力でレオーネを飛ばしながら、レオンはタロットカードをよく切り始める。
「一日に同じカードを二枚引けた例はないんだけど、ま、やるだけやってみっか」
レオンは意を決してカードを引く。
「もう駄目じゃあ、グラン! 退くぞ!」
「ぬうううう、これまでか……!」
最大限に魔力を放出しても墜落を防ぎきれず、とうとうあきらめ調和の塔の脱出を試みようとした時だった。突如、グランや北斗七星たちに凄まじい力がみなぎってくる。
「な、何、これ!?」
「うおおおおおお、力が溢れてくるぜええええええ!」
「これは……!?」
「見ろ、パラディが!」
「この落下速度なら……耐えられるぞ!」
天下の操縦席でも魔人たちが騒ぐ。ナキとリコも、さっきまでよりいっそう、パラディの落下速度が弱まったことに驚いていた。
「行ける……行けるぞ、これなら!」
「レオンの奴……ま~たギャンブルで何とかしようとしたわね」
アクアはジェット機内からパラディの様子が変わったことに気付き、レオンの仕業と悟る。『光』のカードにより、グランたちの魔力を増幅し、銀鉱石の力を更に急激に回復させたのだ。
そのままパラディは、パラシュートでもついているかのようにふわり、ふわりと地上へ降りていき、ついにはその大地に傷一つつけることなく無事着陸する。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおー!」」」」」
「やった、やったあああああああああー!」
「うむ……よかった。本当によかった……」
ナキはリコに抱き着いて大喜びする。壊滅確実と思われた浮遊都市パラディは、ついに〝浮遊都市〟ではなくなってしまったが、市民から一人の死者も出すことなく、大地に降り立ったのだ。
レオンはレオーネの背に乗ったまま、上空からパラディ市内の様子を確認する。大地が傾いた際にあちこち怪我をした者はいくらかいるようだが、何とか地上に着陸できたことがわかり、皆安堵の表情を浮かべていた。
「いや~、よかったよかった。なるようになったな」
そしてレオンは半壊した調和の塔の前に降りる。市長は死んだ。これでめでたしめでたしではない。むしろこれからが大変なのだ……。
トップを失った町。そして町の機械産業はもう死んだも同然。市民から市政の責任追及は逃れられないだろう。だが……それでも住む町はこうして残っている。そして住む人々の命もこうして無事だ。それだけでも……墜落を防いだことは価値があるはず。
そんなことを思っていると、グランたちが調和の塔から出てくる。
「レオンよ、お主の仕業か? さっきの急激な魔力の増幅は」
「え、ええ、そうですよ。グッジョブでしょう、俺?」
「貴様は……また……一か八かで勝手なことをしおってええええええええええ!」
「えええええっ!?」
「待たんか、コラー!」
いきなり怒られ、思わずダッシュで逃げ出すレオン。そして例によって老人らしからぬ脚力で追いかけるグラン。窮地を脱した後でもこの二人は相変わらずだった。