第四章
トライの家に二名のパラディ警察と一人のスピラの魔人が訪れる。トライの母はだるい体を起こして、玄関で警察の質問に答える。警官はレオンとリコの写真を出して見せる。
「この者たちを見なかったか? パラディ警察の警部を殺害した犯人一味だ」
「さ、さあ。生憎、体が弱いもので。最近はあまり外を出歩くこともないものでして……」
ナキから予め事情を聴いていたトライの母はとりあえずしらばっくれてみる。警官はそれだけ聞くとすぐに引き下がって次の家を訪ねに行く。
その頃、家の裏口からはレオンとリコ、ナキ、クルエの四人が脱出し、裏道を通って街中を移動していた。
「もう来おったか。こんなに早く居所を掴むとはな」
「警察の人たち、わかってたんですか? トライの家に身を隠してるってこと」
「市内の全てのホテルはもう連絡が行って、調べがついているだろうからな。あと身を隠せるところといえば、お前かトライの家くらいなもんだ。まあおふくろさんを問い詰めてもどうせ何も知らないだろうって思ってあっさり引き上げたんだろうけどな。もう俺らが逃げ出していることも想像ついているだろうし」
「でも……どうしてレオンさんたちがタスカー警部を殺した犯人に……? エアガイツって人なのに。私、見たのに!」
「とんだことになったな。この事件の黒幕を見誤っていた」
「黒幕……?」
「ここの市長さん。つまり浮遊都市パラディの責任者さんさ。そいつがエアガイツと組んでこの巻物を手に入れようとしたんだ」
「そんな……!? 市長が、どうして?」
「一つよろしいでしょうか? ミスター・レオン」
「はい、どうぞ、クルエちゃん」
「その市長とエアガイツが結託していると決めつけられるものなのでしょうか? 単に偽の犯人の情報を流しただけの可能性もあります」
「いーや、いくら犯人を逃がさないためだからって、わざわざ空港を封鎖したり電波妨害をしたり、そこまでやる必要はないだろ? 他の市民の生活にも影響が出るってのにさ。無茶があるぜ。
どうしても俺らを外へ逃がしたくない理由が他にあるのさ。それがこいつってわけだ」
そう言って巻物を見せるレオンに、クルエは思わず感心する。なかなか理路整然とした推理……ガイアの魔人も侮れないと感じる。
レオンたちはナキに案内され、下水道の中を歩く。
「どこ行くんだ?」
「私の家も危ないとのことなんで、レジスタンスのアジトに行きます」
「レジスタンス?」
「この町には、今の市政に不満を持つ人が結構いるんです。そんな人たちの集まりで結成された組織です」
「ということは……お主もレジスタンスの一員なのか?」
「はい……名前だけのメンバーですけど」
下水道に入る前、ナキはどこかへ電話をかけていた。事情を話し、今から向かうと連絡していた主はそのレジスタンスだったようだ。
ずっと進んでいくと、横へ入れる分かれ道に出る。そこを右へ行くと、重そうな扉の入口にぶち当たる。
ナキは扉をガンガンと二回叩く。すると中から声が聞こえる。
「合言葉は?」
「開けゴマ」
すると中から扉が開けられ、二人の中年の男が顔を出す。
「今のが合言葉……?」
「オシャレだと思いませんか?」
「まあ……いいんじゃないか?」
「待っていたぞ、ナキ。なんかえらいことになってるな」
「その人たちがガイアの……?」
「うん……でもさっき連絡した時に話した通り、冤罪なの。私、他に犯人見てるから」
「お前がそう言うなら信じるさ。でもここへ来たところで……」
「まあ待て、とにかく話は入ってからだ」
男二人に招き入れられ、レオンたちはアジトの中に入る。下水道の中らしく、中は豆電球の明かりこそあるものの、それでもやや薄暗い部屋だった。部屋の隅には木箱詰めの食料が置いてあり、壁には銃や斧などの武器が立てかけられている。
メンバーはレオンやナキたちを除いて、全部で八人。随分と少なく、どうやらアジトはここ一つではないようだった。
「本部とも連絡を取ったけど、凄いらしいぜ。市内中、警官が徘徊してるって。この人たちを探すのに必死みたいだ」
「しばらくここを出ない方がいいかもしれませんね、レオンさん……」
「そうもいかねえさ。スピラの連中が動いたのなら、どこにいたって見つかるのは時間の問題だからな。もし人探しに長けた魔人が派遣されていたら、尚更のこと」
「スピラ……魔人の里の一つですよね? どうしてレオンさんたちの逮捕に派遣されたのが、ガイアからじゃないんですか? 外国人の方が国外で犯罪を犯したら出身国へ強制送還されるように、魔人の世界もそういうものかと思っていたんですけど……」
「同僚に情けをかけたりすることがないよう、出身地とは別の里から派遣されるのが魔人界の掟なのだ。まあ絶対というわけではないがな」
「でも今回は、冤罪ってのもあってガイアに知られる前に始末したいからってのもあったんだろうな。さすがのグラン様でもこの話が耳に入れば疑うだろうから。俺はともかくリコさんが人殺しはしないだろうって」
調和の塔。
浮遊都市パラディのど真ん中にある町のシンボル。塔と名がついておきながら、実際の形は一般的な塔のイメージとはかけ離れた、コマのような形。その横幅は最大で十キロ。二十階構造。中には様々な施設があり、貴族たちが行う華やかなパーティー会場もあれば、議事を行う会議室、カフェテリアに賭け事専門に使用される闘技場など、贅沢の限りを尽くした揃えとなっている。
その中で十九階が市長室、最上階はパラディでもほんの一部の者しか知らない謎の部屋となっている。
市長室で外の景色を見つめながら優雅に紅茶を飲むパラディ市長。そこへエアガイツが入ってくる。
「キヒッ、準備が整いましたよぉ、市長さん」
「やあやあやあ、そうかね、エアガイツ君。楽しみだよ、いよいよ私が待ち望んだ光の国、ウトピアへの扉が開かれるのだね? 君を雇ったかいがあったよ。大金を投じてあのような研究に付き合った成果も」
「しかしスピラから来たのがよりによってリブラとは……キヒッ」
「どうしたのかね? 心配になるくらい彼は無能なのかね?」
「いいえ、逆ですよ。奴のことはサタンにいた頃からよく知ってますが……キヒヒッ、いい奴が派遣されましたよ。確実にネズミたちを追いこんでくれる」
「そうか……なら期待しよう。もうすぐだ……もうすぐ、この町ともおさらばだよ。ふふ……ふはははははははははは!」
大笑いする市長に、エアガイツは内心呑気なものだと思う。全てが計画通りいけば、自分も始末されることを知らずに……。
レジスタンスのアジトにて、部屋の片隅に小さな植木鉢が置いてあるのに気付くレオン。鉢には花が植えられているがすっかり枯れており、その土はスラムで見たものと同じ、どす黒く酸っぱい臭いのする土だった。
「あれが俺たちが立ち上がった理由さ」
レジスタンスのメンバーの一人が語り始める。
「もともとこの町の格差社会に不満を持つ者は多かった。爺様たちの話じゃ、昔はこんなんじゃなかったらしい。もっと誰にでも平等で、平和な明るい街だったって聞く。
それが今じゃ……税金も貧困層への負担が増えるばかりで、町を出ていく金さえない奴らもどんどん増えている。スラムの犯罪は増加の一方、飢えて死ぬ者、自殺する者、もう滅茶苦茶だ。救いの手なんてありゃしない」
「町の雰囲気を見て察しはしていたが、まさかそんなに悪くなっていたとはな……」
「ついに不満が爆発したのはその土が原因だった。十年ほど前から徐々に、腐った土が増えだしたんだ。花も野菜もその土では育たない。毒性もあるのか、病気になる奴が最近スラムでは増えたような気がする。
こんな現象、今までなかった。俺たちは市長に原因の解明を求めた。だが市長は応じはしたものの、いつまで経っても納得のできるような解答はなかった。ただ〝問題ない〟の一点張りだ」
「問題ないわけがない! 現に俺の婆ちゃんだって、家の庭の土が腐ってから急に病気になっちまった! 何かあるんだ、絶対……!」
「スラムの奴は農業でどうにか生計を立てている奴も多い。だけど作物を育てられない土のせいで職を失った奴も大勢いる。そんな俺らの生活を変えた土が……どんどん増えてるんだよ、この十年で!」
「スラムだけがああなってしまったのか? 繁華街の方とかは……?」
「いくつか同じような現象が起きてるところがあるらしい。でも上の連中はそれくらいで生活が困るってわけでもないから、さほど気にしていないみたいだけどな。栄えている場所の地面はアスファルトだからな。普段、あの土を目にする機会がないのも気にならない理由の一つだろう」
「……この町の機械産業が発展したのはいつ頃だったっけか?」
「? 俺の爺様が生まれた頃って話だから、大体百年くらい前からか。そういや思えばそれが格差を作るきっかけだったんだなぁって言ってたっけか」
「豊かな生活を求めて、人はどんどん金を増やしたり便利なものを取り入れたりするものだからな。一方でどうしても貧しい奴が生まれちまう」
「……銀竜様がお怒りになったんじゃないかな?」
「ナキ?」
「この町の守り神様があまりにもこの大地を人間の手で変えてしまったから。町がこんなに栄える前でも、ここに住んでいた人たちは十分に豊かな生活をしていたはずなのに……」
「銀竜様なんて本当にいるのかどうかもわかんねえんだ。深く考えんなよ。第一本当に怒ってんなら、町の奴らの前に出てきて一言そう言えばいいだろ?」
「町の者どもは銀竜ガルディアンが姿を現さんでも、特に気にせんのか? 一応は、この町に人間が住む前からの主なのだろう?」
「まあ……昔はよく会いに行けたらしいぜ、一般の人間でもな。今じゃ市長とか一部のお偉いさんだけってことになってるがな。百年ぐらい前から厳しくなったんだとか。あまりに見る機会がないから、実は死んでんじゃないかって噂もあるくらいだ」
「ま、俺らは別にそんな会いに行きたいとも思わねえしな。神様だか何だか知らねえけど、ドラゴンなんだろ? 食い殺されはしねえだろうけど、さすがに怖いしな」
ナキは腕時計の時間を気にする。
「遅いなぁ、トライ……」
「家に残ったのか? あいつ」
「母君の様子を見てから合流するとのことだ。それよりこれからどうするか……。あまり長居はできんしな。彼らに迷惑をかけることにもなる」
「決まってるじゃないですか。敵の親玉がハッキリした今、そいつに会いに行くに決まってるでしょ?」
「会いに行って何になる? 目的も明確にせんまま行っても、飛んで火にいる何とやらになりかねんぞ」
「そもそもどうして市長は光の国を探しているんでしょう? エアガイツって人と手を組んでいるってことは、つまりそういうことなんですよね?」
「あの野郎、この町を捨てる気か? 許さねえぞ、町をこんなにしておいて!」
「でもよぉ、考えようによっては町を変える大チャンスじゃねえか? あれがここの悪い膿なんだから、あれの方から出てってくれるならありがてえんじゃねえか?」
「そんな裏で暗躍してまで探す必要があるのかなって……。レオンさんたちを殺そうとしたりせず、もっと表立って堂々としていてもいいんじゃないかって」
「まあ金銀財宝と同じだからな。土地も早い者勝ち。見つけた者が主となるのだ。秘密裏に手に入れたいと思っても不思議ではないだろう」
「もしかしたらそれこそ……市長のアキレス腱なのかもしれませんよ?」
「どういうことだ、レオン?」
「死にゆくこの町と何か関係があるんじゃないかってことですよ」
そこで扉を叩く音が聞こえる。メンバーの一人が扉の前で尋ねる。
「合言葉は?」
「開けゴマ」
その声はトライのものだった。ようやく着いたのかと思い、メンバーが扉を開けると、なんとそこには……。
「「「「「!?」」」」」
一瞬でレジスタンス全員に緊張が走る。扉の外には確かにトライが立っていた……が、一緒に何人もの警官も銃を構えて立っていたのだ。
「と、トライ……!」
「動くな、手を上げろ!」
言われた通り、両手を上げるレジスタンスのメンバー。警官たちを倒そうと身構えるリコだったが、警官たちの後ろから一人の男が現れる。
「はいは~い、大人しくしなきゃ駄目よ? でないとこの子が死んじゃうから」
トライの首筋に手を当てる、髭の濃いオカマ口調の男。ピチピチのレオタードのような衣装を着ており、異様に筋肉質な躰のラインがピッチリ浮き出ている。
「ムヘル・ムリエル……!」
「あらん、久しぶり、リコちゃん。元気してた? 人殺ししちゃったんですってぇ? 駄目よう、リコちゃん殺すのはあたしな・ん・だ・か・ら♪」
「くっ……!」
そこでリコは、レオンの巻物を奪い、魔術で自分の指先に火をつける。
「トライを離すがよい。これを焼かれたくなかったらな」
「あらん、何のマネかしら?」
「こいつを無事に取り戻せと言われておらんか? 市長にとって大事な……」
「特に言われてないわよ~ん」
「……あれ?」
「ニュース映像の写真、いつ撮られたものかわかります?」
レオンに言われ、思い出すリコ。そういえば……自分たちの写真をどこから用意したのかと思ったが、あれは確かナキを救出に行った時の戦いの最中の写真……。
「ま、まさか……!?」
「隠しカメラ仕込んでいたんですよ、エアガイツの奴。多分、あの巻物の中身も撮られてるんじゃないですかね、一回中身を確認した時に。つまり、もうあいつらにとってこれは必要のないものってことです」
「……!」
「っていうか、リコさん。苦し紛れ過ぎます、その作戦。俺でも思いつかないですよ?」
「う、うるさい!」
観念し、両手を上げるリコ。そしてさすがにこの狭い空間では無茶な逃げ方もできず、おまけに人質までとられており、レオンも素直に手を上げて降参する。
クルエはというと、一人刀を抜こうと構えるがレオンが制す。
「大人しく捕まれ。命令だ」
「……わかりました」
「さ、連れてっちゃいなさい」
都市中心部の警察局まで連行されたレジスタンスの一行とレオンたち。レオン、リコ、クルエの三人は一つの牢に入れられ、ナキたちは離れた別の牢へ入れられてしまう。
牢の鉄格子にはお札が張ってあり、鉄格子全体に電流が走っているのが見える。
「くっ……魔人対策用の封印か。これは脱獄できんぞ」
「中から出ることはできなくても、外から壊せば簡単に破れるタイプの封印ですよ」
「どうやって破るというのだ?」
「今日の運勢に頼ってみますか?」
「ぬおおおおおおお! やめんか、馬鹿者! 毎度毎度唐突に引こうとしおって!」
「だってこれ以外に出る方法ないですよ?」
「死ぬ確率の方が遥かに高いわ! 考えるのだ、まだ他に方法があるかもしれんだろ!」
「わかりましたよ……。まあどっちにしろ、タロットは剣と一緒に取り上げられちゃいましたけど」
そこへリブラとムヘルがやってくる。
「リブラ・ヴァーゲ……! よりによって貴様か、スピラから来たのが」
「久しぶり、リコフォス君。信じられないよ、聡明で思慮深い君が殺人だなんて」
「そうだ、私はやっていない! 市長にハメられたのだ! 調査しなおしてくれ! 必ずや、無実の証拠が出て……!」
「僕がどんな人間か知っていながらのお願いかい? リコフォス君」
リブラは手に持っているアタッシュケースを開き、中の大量の札束を見せびらかす。
「僕は利でしか動かない。何が正しくて何が間違っているとかどうでもいいんだ。君がパラディ市長以上に心を動かす何かを提供できるのなら、考えてやってもいいけどねぇ」
「わかりやすく言えばそのケースに入っている以上の金を積んでみろってことね。正直で好きだなぁ、俺。あんたみたいな奴」
「……ふん、駄目元で言ってみただけだ」
スピラには犯罪に手を染める魔人こそ少ないものの、倫理観に問題のある魔人が多いことで有名だった。このリブラもその一人で、その性格をよく知っているリコフォスは現れた時点でもはや話し合いは通じないだろうと本当に半ばあきらめていた。
「こんなにも早く捕えることができ、市長はたいそうご満悦だった。おかげで更に上乗せで報酬を弾んでくれたよ」
「ふふっ、ぜ~んぶあたしの手際の良さの賜物ね」
「うむ、素晴らしい働きぶりだ、ムヘル」
「ありがとん、リブラ。ん~、ブチュッ」
「!」
なんとリブラとムヘルが目の前でいきなりキスをし出す。しかも軽いのではなく、結構濃厚な。リコは顔を真っ赤にし、レオンは青ざめている。クルエは無表情。
「きき、貴様ら……そういう関係なのか……」
「あらん、妬かないで、リコちゃん。あたしはリコちゃんも大好きだからん」
ゾゾッと全身に寒気が走るリコ。
「あらん、どうしちゃったの? 思い出しちゃった? 昔二人で過ごした熱い夜のこと」
「だ、誰がだぁ!」
「あー、そうだったんですか。リコさん、男関係はさっぱりみたいなこと言っておいて。なるほど、確かに男と呼べるかは微妙ですからね」
「納得をするなぁ! 昔、一緒に合同任務に当たったことがあるだけだ! ううっ、思い出させるな、あの時のこと……!」
「楽しかったわよね? リコちゃん、あたしの誘いに照れちゃって、うっかり……ププッ」
「何を笑っておる!? 貴様のせいでなぁ……! 大体貴様、男が好きなのではないのか!? 何故私に迫ってきた!?」
「あらん、あたしはバイだから、気に入った子はみんな欲しくなっちゃうの」
「おいおい、僕は君だけを愛しているのに、つれないなぁ」
「ごめんね~ん、リブラ。あたしってば一人の男に縛られたくないオカマだからん」
レオンは俄然興味が湧いてくる。どうもムヘルのせいで、リコが何か失敗したらしい。だがムヘルのモテ女みたいな発言にちょっとだけイラついていた。
「そんなことはどうでもいい。それよりナキたちはどうした?」
「ああ、今頃解放されてるんじゃないかしらねん。他のレジスタンスの連中は一個下の階の牢屋の中だけど」
「解放……? 何故ナキだけ?」
「あらん、なんかそういう条件だったらしいのよね。市長とあの子の間で交わされていた」
「トライか」
「!? どういうことだ?」
「タスカー警部の元へ先回りされたり、異常に早く警官がトライの家に押し寄せてきたり、極めつけはナキたちが公共の乗り物じゃなくてわざわざ馬車を買ってまで盗賊から逃げようとしたのに、あっさり居場所を見つけられたり。どうにも行動が常に敵に知られているような気はしたんですよね」
「まさか……!?」
ナキはただ一人の女の子ということもあり、他のレジスタンスたちとは別の牢に入れられていた。そこへ誰かが来る足音が聞こえる。一人ではなく、二人か三人分の足音。
現れたのはトライだった。一緒に捕まったはずなのに、何故か牢の外を歩いている。
「トライ、どうして!?」
「……出るんだ、ナキ」
一緒に看守も来ていた。どうやら脱獄ではなく、合法的に出られるみたいだが、理由がわからなかった。まさかこんなに早く処分が決まったのだろうか?
「僕らの、仲間だったんだよ、彼は」
もう一人いた、それはエアガイツ。
「……! そんな……!」
「君と彼の安全の保障の代わりに、僕らに情報を提供してくれていた、ってわけ。キヒッ」
「もう……巻物は解読されたらしい。光の国ウトピアへこの都市は向かっているんだ。俺らもそこへ連れてってもらえる。約束してもらったんだ」
「何……それ……? 何言ってるの? その人は……私たちの仲間を殺したんだよ……? なのに、どうして!?」
「違う違う、あいつらも彼の情報で居所がわかったんだ。彼が殺したようなもんだよね~」
「やめて!」
「……」
「キヒッ、わかってあげなよ~。これも全部、愛しの君を助けるためなんだからさぁ。泣かせるじゃないか、裏切り者になってまで一人の女を救おうとするその心意気」
「えっ……? どういう……こと……? 何、助けるって……?」
そこでナキは、エアガイツから全ての真実を聞かされる。あまりにも信じがたい、驚愕の事実を。
「……!」
「嘘じゃないからね。近い未来、これは必ず起きることだ」
「……わかっただろ。出るんだ、ナキ。俺と一緒に、光の国へ行こう。そこで全てが救われる。おふくろの病気もよくなるし、みんな幸せになれる!」
「嫌……嫌だよ! 私、出ないもん、ここ! そこまでして生き延びたくないよ……!」
「あらら、どうするの~?」
トライは看守から鍵を受け取り、牢の扉を開けてナキの腕を掴む。
「出るんだ!」
「離して!」
ナキはトライの腕を振りほどいて、キッと睨み付ける。その眼には涙がにじんでいた。
「無理にここから連れ出そうとしたら、舌噛んで死んでやるから」
「ナキ……!」
「キヒッ、助けるつもりが、意固地にさせちゃったねぇ。放っときなよ、こんな女」
「お前を失ったら、俺は……!」
「私は……一生許さない、トライ……」
「……」
トライはそこまで言われ、ようやくこの場はあきらめようと出直すことを決める。
「よく頭を冷やして考えておいてくれ、ナキ。このままじゃ死ぬんだよ、俺も、ナキも……。俺にできるのはこんなことくらいしかなかったんだ……」
そう言い残し、トライは牢を去る。看守とエアガイツも行ってしまい、ナキは牢の中で一人泣き続けた。
リブラとムヘルがいなくなり、牢の中でレオンたちは今後について策を練っていた。
「なんと……トライが……」
「金を積まれて魂まで売るタイプにも見えなかったし、多分取引条件は光の国関連じゃないですかね」
「だとしたら……やはりウトピアは存在するということなのか。あるかどうかわからない国をダシにそんな交換条件はできんからな」
「ま、そんなことよりも早くここから逃げ出す方法を考えましょうよ。多分、巻物の解読も終わってるんでしょうし、俺らいつ始末されてもおかしくないですから」
「わかっておる。何か妙案はないものか……」
「なあ、おめーもなんか案出せよ」
レオンはずっと黙ったままのクルエに話を振る。
「私はアイディアというものを持ちません。代わりに命令があれば何でも遂行します」
「マジか。じゃあ変顔してくれ」
「わかりました」
するとクルエは唇をハート型に変え、目を寄り目にして頬をへこませる。可愛い顔にしては頑張った方の変顔だった。
「……まあまあかな」
「何をやっとるのだ、貴様は! クルエも、そんな命令を真面目に聞くな!」
「マスターの言いつけですから。ミスター・レオンの命令を守るようにと」
「どじょうすくい出来るか?」
「はい、できます」
するとどこからか取り出したザルを持って、軽快にどじょうすくいを踊り出すクルエ。恥じらいを全く感じさせないその思い切りの良さに、レオンは思わず感動する。
「やるなぁ、クルエ! そして意外にノリがいい。宴会に連れて行きたいタイプですね」
「やめんかああああああああ! 真面目に考えろ!」
「う~ん……じゃあ演技力には自信あるか?」
「わかりませんが、マスターに児童劇団に通わされていたことがあります」
「何をさせているのだ、アルテミスは……」
「よっしゃ、ならこの手で行こう」
レオンはクルエに耳打ちし、作戦を伝える。
「大変だー! 大変だ、誰か来てくれえええええええー!」
大声で叫ぶレオン。すると声を聞いた看守がやってくる。
「何だ、騒々しい?」
「う……生まれそうなんだ!」
「は? 何がだ?」
「俺とこいつの子供だよ!」
「ううう……あああ!」
汗びっしょりで苦しそうに悶えるクルエ。その腹はいつの間にかポッコリ膨らんでおり、さっきまでこんな腹だったか看守は目を疑う。
「な、何だ、妊娠してるのか、その女?」
「まさか……予定日より二週間も早く陣痛が始まるなんて……!」
「お兄ちゃん……苦しい……!」
「お、お兄ちゃん!? 兄妹なのか、お前ら!?」
「血の繋がらない……な。両親を早くに亡くし、お互い肉親がいない中、本当の兄妹のように寄り添って生きてきたんだ。でもいつからか男女としての愛情が芽生えて……!
悩んださ……妊娠が分かったときはな。兄妹から夫婦へとなれるのだろうかって? 今更悩んだって遅いのに、俺ってば駄目な男だから、後になって躊躇しちまうんだよ」
「お兄ちゃん……私……生みたい、お兄ちゃんの子供……! やっと……血の繋がった家族ができるんだもん。だから……!」
「クルエええええええええ! 頼む、医者を呼んでくれ! いや、病院へ連れてってくれ! 早くしないと……俺たちの子が……!」
「うおおおおおおおおおおおおお! わかった、すぐ行くぞおおおおおおおお!」
看守はクルエの迫真の演技とエピソードを聞いて、ついには堪えきれなくなり大号泣する。鍵を使って扉を開け、クルエを病院に運ぶべく、牢に入ってくる看守。そこをすかさず腹にパンチを決め、気絶させるレオン。
「はい、オッケー。スゲーじゃねえか、クルエ。ナイス演技だぜ」
クルエはピタッと苦しむフリをやめ、腹の中にしまったどじょうすくい用のザルを出す。
「……あ、アホか、この看守……」
「大抵の奴はお涙ちょうだい作戦には弱いもんですよ」
「それはいいが……何なのだ、貴様とクルエが血の繋がらない兄妹という設定は? 必要か、それ?」
「俺の趣味です。そういう設定が好きなんです」
そこでリコは、何故かふとレオンがグランとプレイしたがっていたゲームを思い出した。ああいうのをやり過ぎるとこういう人間になってしまうのだなぁと感じたのだった。
レオンたちは牢から脱出し、まずは取り上げられた武器を取り戻すべく、署内のあちこちを探しまくる。すると突然警報が鳴り響く。
「見つかったか……!」
署内が騒がしくなり、警官たちがバタバタと脱走したレオンたちを探しまくる。見つからないよう天井の通気口へと入り、狭い通路の中から廊下や部屋を行き来して署内の捜索を続ける。
するとオフィスらしき警官たちのデスクの並んだ部屋に出る。何人かの警官たちがあわただしく部屋を出ていくが、二人ほど残る。
「おい、逃げ出したんなら、これ奪い返しに来るんじゃないか?」
「ああ、だな。証拠保管室に預けた方がいいかもな」
見るとデスクの上にレオンの剣やリコの銃、クルエの刀など武器一式が保管されていた。
レオンたちは通気口の出口から覗いて発見し、すぐさま外へ出る。いきなり天井から現れたレオンたちに驚く警官二人。
「「お、お前ら!?」」
さっきの看守同様、素早く腹に一撃を食らわせて気絶させる。普通の人間相手なら武器がなくともチョロイものだった。
「うっし、あとはナキたちだ」
「退くぞ、レオン。一度に全員救出は無理だ」
「でもこのままじゃきっと殺されちゃいますよ? 俺らのせいで捕まったんですよ?」
「わかっておる。だが……今はどうにもならんだろう。すぐに処刑されるわけでもあるまい。どうにかして外との連絡を取る方法を考えるのだ」
レオンもやむを得ないと判断し、オフィスを立ち去ろうとする。クルエは武器と一緒に保管されていた巻物を握りしめている。
「そいつ、持って帰るか? 今となってはあまり意味のない任務になりそうだぜ? 多分、エアガイツたちは解読も終わってるんだ。間に合わねえよ」
「……私は命令を遂行するだけですので」
「どっちにしろ、もうちょい俺らと一緒にいざるを得ないけどな」
「行くぞ、二人とも!」
ナキは上の階がやけに騒がしいことに気付く。何かあったのだろうか……? 先ほどトライに聞かされた衝撃の事実。それがもしかして、現実になる時が来たのか……? こんなにも早く……?
するとナキの牢の前にムヘルが走ってやってくる。
「も~、最悪だわん! リブラが市長のとこ行った途端にドジかましてくれちゃって」
たいそうお怒りの様子だった。何を怒っているのかわからないが、ムヘルはナキを牢から出そうとする。
「出なさいん。レオンたちが逃げたのよ」
「レオンさんが……?」
「まだ署内をグルグル回ってるから、あんたを人質にしてもう一回降伏させるのよ。ほら、行くわよん」
「……!」
また人質……。ナキはいい加減、自分の無力さが嫌になってくる。二度もレオンたちに命を助けてもらっておいて、またも彼らに迷惑をかけることになるのか……。
「ほら、出なさいよん」
「嫌……離して!」
「強情張ってんじゃないわよん! 痛い目みたいのん?」
「殺したければどうぞ。その方がレオンさんたちに迷惑がかからないから!」
「別に殺す必要はないわよん。指を一本切り落とすとか、色々やり方はあるのよん」
ムヘルの目は本気だった。これでも魔人として300年以上生きてきた。数々の修羅場を潜り抜けてきている。拷問や人を従わせる術にも長けている。どんな残酷な所業にも躊躇いはない。
「!」
ナキが口に力を込めようとした瞬間だった。すかさず片手で顔を掴んで口を開けさせ、もう片手の指でナキの口に指を突っ込むムヘル。
「あくっ……!」
「舌は噛ませないわよん。魔人の力とスピード舐めんじゃないわよん」
筋肉の硬直具合でナキが何をしようとしているか読むことができる。魔人相手では抵抗どころか、自害することすらできやしない。
自分の口にオカマの指を入られれている屈辱も相まって、ナキは目に涙を浮かべる。
「やだやだ、女は泣けば何でも済むって思ってる生き物だものね。だからあたしはオカマこそ史上と思ってるのよねえ。いい? この世界ねぇ、力が全てなのよ、覚えときなさい」
「うっ……うあああああああああああああああああああああああ!」
「!」
怒りと悲しみが臨界点に達したナキが絶叫し、次の瞬間ムヘルは思いもよらぬものを見ることになる……。
署内から脱出し、レオンたちはすでに追手の警官たちも撒いていた。裏通りに隠れ、パトカーが表を通り過ぎていくのを見送る。
「……もう大丈夫そうだな」
「魔人の追手が誰も来ませんでしたね。誰か一人くらい、万が一の時に備えて残っているって踏んでたのに」
「確かに気になるな……。まあ逃げられたのなら今はそれで良しとしよう。これからどうするか……」
「レジスタンスのアジトで言ったじゃないですか。市長のお宅訪問ですよ。光の国に一緒に連れてってもらいましょうよ」
「むう……やはり直接乗り込んで調べるしかないのか。何故にそこまでしてウトピアにこだわるのか、その訳を」
するとまたもパトカーのサイレンが聞こえてくる。居場所がわかって戻ってきたのかと思い、警戒するが、レオンたちの隠れている場所をスルーして走るパトカーの群れ。どうやら別の誰かを追っているらしい。
「何だ? 何事だ?」
「なーんか別の事件でも起きましたかね? チャンスかもしれませんよ。このドサクサで一気に市長のとこまで進めるかも」
レオンはそばのビルの非常階段を上って行き、屋上からパトカーが何を追っているのか確かめる。
「!」
レオンは目を見開く。追っているのは何と……エアスクーターに乗ったナキだった。
「ナキ……!」
リコとクルエも登ってきてナキに気付く。
「どうしてあやつが……!?」
レオンはビルを急いで駆け下り、ナキの元へ駆けていく。
「レオン、待て!」
警察署の前にとめてあったエアスクーターに咄嗟に乗って、逃げ出したナキ。実は免許を持っておらず、どこをどう操縦したらいいのか四苦八苦していた。
幼い頃、父の後ろに二人乗りで乗せてもらったことを思い出し、父の操縦の記憶と勘でどうにかスピードを出す。だがジェット噴射で宙に浮き、地面スレスレを走行する乗り物の感覚がどうしても掴めない。
ついにはバランスを崩し、その身を放り出されてしまう。首都高速のど真ん中でスクーターから降りてしまい、一斉にパトカーに囲まれる。
「もう逃げられんぞ。さあ、来い!」
「い、嫌!」
パトカーから降りてきた警官の一人に手を掴まれるが、力の限り振りほどくナキ。するとその細身の体からは信じられないほどの腕力で警官を投げ飛ばしてしまう。
「どわああああああああ!?」
「「「「「!?」」」」」
目を疑う警官たち。そもそもどうしてレジスタンスのこの娘だけ逃げ出すことができたのか不思議だったが、とにかく一人や二人がかりでは押さえつけられないパワーを宿していることはわかった。
「確保おおおおおお!」
一斉に飛びかかる警官たち。だがナキは怯えながらも、掴みかかってくる警官たちを次々と無理やり振り払う。振り払われた警官たちは例外なく五メートル以上吹っ飛ばされることとなる。
どうにも手に負えないでいると、警察からの連絡を受け、二人の魔人がバイクに二人乗りしてやってくる。どちらもサングラスをかけた、古いタイプのヤンキーのような学ランファッションの男。
「おうおう、何してくれてんじゃ、お前ら!? せっかくムヘルの姉貴が捕まえてやった奴をよぉ! もう逃がしちまうとはなぁ! これだから普通の人間は軟弱で嫌だぜ!」
「しかも誰を追っかけてるのかと思いきや、女一匹じゃねえかあああああ! 軟弱すぎるぜ、おめーら! 束になって女のケツ追っかけて、それで歯が立たねえだああああああ!?」
オカマのムヘルを姉貴と呼んで慕うこの男たち、スピラの魔人の一人、ヴォルガー・ディスウとブルガル・モブタザル。常にコンビを組んで前線へ赴く幼い頃からの二百年来の友人である。
「うおおおい、女ぁ! こんな奴らならともかく、俺様たちが来たからには観念しなぁ!」
「俺様たちの能力『聖母殺人伝説』を食らいやがれ! 行くぜえええええええええ!」
ヴォルガーとブルガルがヘンテコなかまえを見せ、技の体制に入ると、突然上空から巨大な黒い謎の物体が迫ってくる。ウネウネと動き、ヴォルガー、ブルガルや警官たちのいる場所一帯を陰で覆い尽くす。
「「なっ、なんじゃああああああああああ!?」」
やがて物体は降りてきて、ヴォルガーたちに絡みついて体の自由を奪う。アメーバのように細胞分裂し、ナキにも黒い物体は迫ってくる。
「ふわっ!?」
「ナキ!」
すると上空からまた何かが現れる。今度は風の鳥に乗ったリコだった。
「リコさん!」
「掴まれ!」
リコの差し出す手に掴まり、風の鳥に乗って逃げるナキ。高速道のど真ん中では、警官たちが黒い物体の海で溺れ続けている地獄絵図が展開されていた。
ビルの屋上でレオン、クルエとも再会するナキ。
「レオンさん!」
「全く、何なのだ、あの黒いうごめく謎の物体は?」
「俺もよくわかんないものを呼び出しちゃいました。この『ブラックホール』のカードなんですけど、ランダムで何かを召喚できるんです」
「つくづく恐ろしい能力だな、そのタロットは……」
どうやらレオンの『本日之運勢』に助けられたようだった。ブラックホールの描かれたカードを手に持っているレオン。ただ一歩間違えれば自分まで死ぬ可能性があったわけで、現にあの物体に襲われかけたわけで……ナキは苦笑いでゾッとした。
「よく逃げ出せてこれたなぁ、ナキ。しかも高速道を突っ走って逃げるたぁ、なかなかやるじゃねえか」
「自分でもどうして逃げ出せたのかよくわからないんです……。あのオカマの人が牢から私を人質にしてレオンさんたちを捕まえようと、私を引きずり出そうとして……抵抗しようとしたら、急に物凄い力が出たんです」
「物凄い力?」
「左肩が熱くなって……昔から、たまにこういう症状が現れるんですけど」
「「……!」」
ナキの言葉に過敏に反応するレオンとリコ。
「すまんが、ナキ。お主の左肩を見せてもらえんか?」
「えっ? ええ、いいですけど……」
リコはナキの服の袖をまくって、その左肩を見せてもらう。すると星形のアザが浮かんでいるのが確認できる。
「これは……!」
「こ、これ? 今までこんなアザなかったのに……?」
「魔人の紋章だ」
「えっ?」
「俺ら魔人には、全員必ず左肩にこの紋章があるのさ」
そう言ってレオンは自分の服の袖をまくり、左肩にあるナキと同じ、星形のアザを見せる。リコも袖をまくってアザを見せるが、こちらは炎をかたどったようなアザだった。
「異魔人と魔人の違いは前も言ったっけか? 人間と比べて身体的に強くなるだけでなく、不思議な力を操る〝能力〟を使えるようになる。その証がこれさ。
こいつが浮かんでくるとつまりは、魔人の力を完全にコントロールできるようになった。一人前って認められるようになるわけだ。ちなみに紋章は五つタイプがあって、リコさんは魔術の力に長けた炎の紋章。俺やリコは何かよくわからない力に長けた星の紋章だ」
「わ、私、魔人になったってことですか?」
「信じられん……そんなことが。魔人というのは本来、同じ魔人に力を制御しながら修業し、じっくりと力をコントロールできるようになっていくものだ。ナキよ、お主は魔人の知り合いでもおるのか?」
「い、いえ、いません。修業だってそんなの、したこともないですし」
「多分、ナキは天然の魔人なんですよ。修業なしに独りでに力をコントロールできるようになった、非常に珍しいタイプ」
「馬鹿な、そんなことが……!」
「別にあり得なくはないんじゃないですか? 魔人の祖先だって、どっかで自分一人で覚醒した奴がいないと、のちの魔人たちに修業つけられないじゃないですか。そういうのが過去にもいたんですよ、多分」
「わ、私、じゃあもしかして一歩間違えたら魔人になっていたってことですか?」
「かもしれねえな。運が良かったな」
「ぬう……そういえばトライが言っておったな。ナキは幼少の頃から異様に喧嘩に強かったと。5歳上の悪ガキどもを倒したこともあったとか」
「あっ……。トライ……」
ナキは表情を曇らせる。リコの言葉でまさかの裏切りを見せたトライのことを思い出したから。そして……トライから告げられた、自分が魔人だったこと以上に衝撃の話も。
「レオンさん、すぐにこの町を出ましょう……!」
「どうしたよ、急に?」
「トライが言ってたんです。この町は……もうすぐ墜落するって!」
「「……!」」
風任せに飛んでいるように見える浮遊都市パラディだが、実は機械の力で動かし、飛ばすことができる。今まさに、市長室の上にある最上階の動力室を使い、都市を〝操縦〟してある場所へ向かう。
最上階から望遠鏡で進路を見る操縦士。その後ろでパラディ市長とエアガイツが到着は今か今かと待ち構えていた。
「見えました、メギストスです!」
「着いたか……」
ニヤリと笑うパラディ市長。向かっていたのは世界一高い地、メギストス。市長の読みでは、ここにこそ光の国ウトピアがあるというのだ。
「来ましたねぇ、ついに……。僕らの十年来の計画が実る時が」
「出るぞ、ウトピアを探し出すのだ!」
最上階の更に上、屋上にある発着場からジェット機に乗り込む市長とエアガイツ。事態はいよいよ終局へと向かっていた。