第三章
レオンとリコ、トライの三人は一度空港へ戻ってきていた。レオーネをオリから出してもらい、レオンとリコだけ背にまたがる。
「エアガイツが指示した約束の時間まで十二時間ちょっとか……。まあ何とかギリギリ戻ってこれるかな」
「戻ってこれなかったらどうするんだよ? ナキは見殺しか!?」
「安心せい。あくまで巻物が目当てだ。無意味に殺したりはせんだろうよ。それよりお主も念のために身を隠しておけよ」
「な、何で今更サタンってとこまで行く必要があるんだよ?」
「此度の事件はやはり何か裏がある。だが私たちはエアガイツが十年前に死んだという件についてよく知らん。詳しく教えてもらう必要がありそうだからだ。そして……ちょっと探りもな」
「探り……?」
「では行け、レオーネ!」
レオーネは大空へ羽ばたいて、一度パラディから飛び出す。そしてそのまま全速力で魔人たちの里の一つ、サタンへと向かう。来るときはナキが乗っていたため抑えていたが、今度はジェット機をも超えるスピードで飛ぶレオーネ。
「しかし……一体この巻物には何が書かれておるのだ? 魔人が欲しがる程とは、よほどの……」
「結局、俺がすり替えたのが功を奏したんじゃないですか? 多分、これがエアガイツの手に渡っていたら、ナキもトライも今頃殺されていましたよ」
「うぐっ……たまたまだ、そんなもの」
だがレオンの直感の鋭さは、内心リコも認めざるを得なかった。なんだかんだでその行動は滅茶苦茶だが、意外にレオンは頭が切れる。何も考えていないようで先の先まで読んでいたりする。本当に認めたくないのだが……。
とある荒野に生えている、樹齢五十万年の大木。その大きさは小国の総面積に勝ると言われている、世界一大きな木、万年樹と呼ばれていた。巨人の斧でも切り倒せないくらい太く、よじ登れば普通の人間なら頂上まで一週間以上かかるほど高い。
その樹の中に、魔人の里、サタンは存在した。樹の外にも枝という枝に建物が建てられ、中にも空洞部分を利用して修業施設や宿を設けている。そして頂上にはサタンの長が住む城が建てられている。何から何まで規格外の里だ。
そして住んでいるのは魔人たちということもあり、浮遊都市パラディよりもさらに厳戒な警備態勢が敷かれている。まだ大木まで10キロ以上あるのに、敷地内へ入ってきたレオンたちに出迎えがやってくる。ドラゴンに乗り、鎧をまとった魔人が一気に五人も。
「貴様ら、何用か?」
レオンたちに槍を突き付け、高圧的に話しかけてくる魔人。ガイアはこれほど相手を威圧したりはしない。里によって雰囲気も大分違うのだ。
「ガイアのリコフォス・ユングフラオだ。ベーゼに会いたい。至急の用件だ」
「ベーゼ様はお忙しい。アポイントメントなしでお会いできるものではない。出直してくるがいい」
「エアガイツ・アンビシオンが生きている。これをすぐに伝えよ。さすれば私たちを招き入れてくれるだろう」
「ええい、何を訳のわからんことを言っている!? 引き下がらぬのであれば容赦せんぞ!」
「待て!」
全く話を聞く気のない番兵たちに対し、いつの間にか新たにやってきた魔人がいさめる。黄金の髪が眩しい、騎士の鎧をまとった魔人。見た目は普通の人間なら三十代くらいだろうが、精悍な顔つきが凛々しい、風格のある男だ。乗っているドラゴンも他の魔人たちより一回り大きい。
「ら、ライデン様!」
「「……!」」
レオンとリコは、二人ともその名に反応する。ライデン・シャフト、魔人界にいればその名声は嫌でも耳に入ってくる。数々の強暴なモンスターや異魔人討伐を成し遂げた、サタンが誇る勇士だ。
「そう頭ごなしに追い返そうとするものではない」
「し、しかし、ライデン様……!」
「今の件、エアガイツと言ったか、ガイアの魔人よ?」
「うむ、お主は少しは話のわかりそうな男で助かる」
レオンとリコは、ライデンに案内されてサタンに入ることを許される。直でベーゼの城まで通してもらい、テラスで待たせてもらう。万年樹のてっぺんから見る景色は何ともいえない絶景だった。
「おー、いい景色ですね」
「少しは緊張感を持て……」
相変わらず飄々としているレオンに呆れていると、ベーゼを呼びに行ったライデンが現れる。そして後ろには……黒髪に、立派な黒ひげを生やした壮年の男性が現れる。サタンの長、ベーゼ・マルヴァジタだ。
御年729歳にも関わらず、その容姿はガイアの長、グランとは比べ物にならないくらい若々しい。どう見ても普通の人間でいうところの50歳前後にしか見えない。それでいて威厳たっぷりの渋い顔つき。リコもサタンには何度か来たことがあるが、ベーゼと会うのは初めてだったため、その威圧感にやや身を硬くする。
ベーゼはゆっくりと、静かにレオンたちに歩み寄ってくる。その間、重い沈黙が流れる……。
「……」
「べ、ベーゼ・マルヴァジタ殿か。ガイアのリコフォス・ユングフラオだ。こちらはレオン・シェルシエール。この度は多忙の中、会う機会を設けてくれて感謝する」
「……やー、君らがお客さんね? いらっしゃい、ワシがベーゼ・マルヴァジタね。よろしこちゃん♪」
軽っ! 第一にリコがそう思う。険しい表情が一変し、どこかの飲み屋のおっちゃんみたいに軽い話し方で接してくるベーゼ。あまりにも拍子抜けでズッコケそうになるリコ。
「やーやー、嬉しいねぇ、最近ガイアからのお客さんがあまり来なかったから、ワシちょっと寂しかったのよ~。せっかく来てくれたんだし、アメちゃん食べる?」
「あ、いただきます」
この妙な空気にあっさり溶け込み、躊躇なくアメを受け取るレオン。
「ねえねえ、グランちゃんは元気? 半年前に会ったらますます禿げあがっちゃっててさ、もうワシってば心配しちゃったよ」
「ぐ、〝グランちゃん〟……?」
「ワシはグランちゃんより百歳以上若いけど~、あと百年経ってもあんな禿げにはなりそうにないから。だってワシ、フッサフサだし! でもグランちゃんのパパもおじいちゃんもフッサフサだから、遺伝ってわけでもないし、相当ストレス抱え込んでいるみたいだからさぁ。もう体壊さないか心配で」
「あー、確かに相当病んでいるみたいでしたからね」
「そうなのか~、ワシが教えてあげた美少女ゲームとかプレイしてるのかなぁ? すっかり枯れきった、青春とは程遠い爺ちゃんだからこそ、ストレス解消になるよっておススメしたんだけどねぇ」
「あ、あれはお主の入れ知恵だったのか……」
軽快なトークが次々と飛び出す、サタンの長ベーゼ。想像していたイメージとギャップがありすぎて、リコはどうにもなかなか本題を切り出せない。
「では、ベーゼ様。私は一度、これで……」
「ああ、ご苦労さんね、ライデンちゃん。君も帰って休みなよ。働きすぎは体に毒よ?」
「ありがたきお言葉。では失礼いたします」
硬と軟のアンバランスな会話。ライデンは深々と頭を下げ、テラスから下がっていく。
「ほんで? そういや何か用事があるんだっけ?」
「あ、ああ、そうであった。実は……」
リコはこれまでのあらましを大方説明する。デジデーリョ山脈で会ったグリーディのこと、ガイアへ戻る最中、エアガイツに襲われたこと。そしてパラディでエアガイツにナキがさらわれたことを……。
「ほお~、エアガイツちゃんが? そりゃまた、不思議だねぇ」
「彼の死亡は確認したのだろうか? 任務の最中に命を落としたという話は聞いたが、どのような任務であったのか……」
「まあいわゆる、異魔人退治。ただ場所がとんでもなく危険なところでねぇ、ボルカン火山っていう活火山だったんだけど、そこの噴火に巻き込まれちゃったわけよ。その任務に連れ添ったもう一人の魔人は何とか死体は発見できたんだけどねぇ」
「つまり……本当に死んだかどうかはわからなかったと?」
「まさか生きていたとはねぇ。こりゃゴメンねぇ、うちのエアガイツちゃんが迷惑かけちゃって。グリーディちゃんも」
「奴が何をしようとしているか? 何故この十年間、姿をくらませていたか、何か思い当たる節は?」
「そんなのわかんないよ~ん。こう言っちゃなんだけど、彼は優秀な魔人ではあったけど、そんなワシ、親しかったわけでもないし~。ごめんちゃい」
「そうか……」
「じゃあもう一つ質問なんですけど、エアガイツに手を貸している可能性のある魔人がサタンにいる可能性とかはあると思います?」
「!」
「……! どういう意味かなぁ、レオンちゃん?」
「いや、言葉通りの意味で」
「れ、レオン……!」
一気にさっきまでの和やかな雰囲気が重くなっていくのがわかる。あまりにもストレートすぎるレオンの質問に。
「これまでの経緯から見ても、グリーディとエアガイツが全く無関係とは思えないんですよ。いくらここがならず者の多い里であったとしても、そうそうみんな単独であれこれ悪さをしているとも思えないですし。
二人は協力関係にあった。何かでっかいことをやるために。だとしたらそれは、他にも奴に手を貸している魔人がいてもおかしくはないと思うんですよね」
「……へへえ、君はガイアとサタンの交流関係が、些細な一言で悪くなることを恐れていないみたいだね」
「す、すまない、私の方から謝罪する……!」
「いいよいいよ、疑いたくなる気持ちはよくわかるから。確かにうちは犯罪者が多い。異魔人でない、正規の魔人でありながらその力におぼれて、悪事に手を染めちゃう奴が絶えない。情けないことだけど、それは普通の人間でも同じだからねぇ。いい奴もいれば悪い奴もいる。それが世の常だから。
まあでも、これでもサタンの長として責任は感じてるつもりなのよ。申し訳ないねぇ、ワシの力不足で」
「い、いや、今はそのような話をしているのではなく……」
「わかってるわかってる。でもまあそんなだから、レオンちゃんが疑いのマナコなのは当然ってことを言いたいわけよ。政治家の汚職が一人いれば同じ党から続々出てくるように、グリーディやエアガイツちゃんみたいなのがうちにもっとたくさんいてもおかしくないってことだもんね。
でもレオンちゃん、申し訳ないけど、ワシは何も知らないのよ。ゴメンねぇ」
「いえいえ、本当に知らないのならそれでいいんです」
「……!」
リコはレオンの余計な一言の度にビクビクさせられる。こんなにもかつて汗をかいたことがあるだろうかと思うくらい滝のように汗が噴き出てくる。ベーゼの言う通り、サタンとガイアの交流は国同士の外交と同じ、ほんの些細な行き違いで争いにまで発展するケースがある。長い魔人界の歴史の中で、現にそういったこともあったとリコは聞いている。
「まあだからさ、今回の件は責任を持ってワシが後始末させてもらうからさ。あとは任せてちょうだいよ」
「後始末……?」
「エアガイツちゃんの始末に決まってるでしょ? もう彼は法を犯したんだから、破門で決定だしね。大丈夫、ちゃんとさらわれちゃった女の子も助けるから。だからその巻物、ちょっと貸してくんない?」
「いや、俺らは俺らでやりますから、大丈夫ですよ」
「そんなこと言わないでさぁ、自分のケツくらい自分で拭かせてよ。まだ介護が必要なほどじゃないのよ、ワシってば」
「いや、いいですよ。一度引き受けた任務は最後までやり遂げます」
「お、おい、レオン……!」
するとここで、ずっとニコニコしていたベーゼの顔つきが、登場した時の威圧的な険しい顔へと戻る。
「言っただろう? 君らは、もう、ここまでで良いと」
「「……!」」
声のトーンまでハッキリ変わる。それはベーゼからの明確な、『ここでお前たちは手を引け』という合図だった。
「いや、でもやっぱ最後までやります」
「うおおおおおおい! ちょっとは譲れ、レオン!」
「でも、リコさん」
「貴様は本当に、空気を読むということを知らんのか!?」
「……くっくっく、負けたよ~、レオンちゃん。そっか、そこまで仕事熱心ならしょうがないねぇ。頭が下がるよ、うちの魔人たちにも見習わせたいくらいに」
「で、では、ベーゼ殿……」
「あ、でもその代わりと言ってはなんだけどさぁ、一人うちからも魔人を派遣させてよ。それくらいの協力はせめて罪滅ぼしでしたいからさぁ」
「あ、いいっすよ。一緒にいてテンション上がりそうな可愛い女の子をお願いします」
その言葉に何だかカチンとくるリコ。まるで自分と一緒なのはテンション上がらないと言われているようで。
城内の兵士に案内され、連れて行かれた先は城から少し離れたところにある大豪邸。大木の上に城があるのも不自然だが、こんな豪邸があるのはそれ以上に不釣り合いだった。全身金ピカで異様に趣味の悪さを感じる。
邸内に入ると、屋敷の主と思われる宝石のついたドレスに身を包んだ女性が出迎えてくれる。普通の人間でいうところの20代半ばくらいの歳の、放漫なボディのまさしく絶世の美女と呼ぶにふさわしい女性。
女性は周りに大勢のイケメン執事を連れ、一歩歩くたびに髪を整えなおしてもらったり、ハイヒールを磨いてもらったりしている。そのため、レオンたちの前にたどり着くまで無駄に時間がかかる。そのヘンテコな光景にはさすがのレオンも呆然とする。
「あら、いらっしゃい。あなたがレオンちゃん? お話は聞いてるわよ」
「おお、この人が俺らと一緒に!? なんてテンションの上がる美人さんだ!」
「……」
「あらぁ、ありがとう。でもねぇ、あたくしじゃないのよ、一緒に行くのは」
「えっ?」
すると屋敷の奥から、ドレスの女性と比べるとまさに月とすっぽんくらい体型の違う、つるぺたな女の子が歩いてくる。上はスーツ、下は黒のミニスカートという奇抜なファッションで、背はリコより少し高い程度。そしてやけに無表情……。その眼は何を見つめているのかわからないくらい光が宿っていなかった。
「私の弟子のクルエ・ルダーよ。ほら、挨拶」
「……クルエ・ルダーです」
実に簡素な挨拶、そして気持ちのこもっていない喋り方だった。そのローテンションぶりに、レオンの方のテンションもガタ落ちする。しかもこのクルエ、腰には刀、背中にはショットガンを背負っており、全身凶器で色気の欠片も感じない。
「この子……ですか? じゃあお姉さんは?」
「馬鹿者! この方をどなたと心得る!? アルテミス様が貴様のような輩とチンケな任務に赴くと思うか!」
執事の一人が一括する。その兵士が発した名前にレオンは反応する。
「アルテミスって……アルテミス・ティーヴォ!? サタン最強の魔人の!?」
「最強だなんて大げさねぇ。ただの魔人よ」
若干、200歳にしてサタンの魔人の頂点に上り詰めた、強さと美貌を兼ね備えた美女戦士……アルテミス・ティーヴォ。道理でさっきからゾクゾクするはずだとレオンは思う。ただ単にいい女と会って舞い上がっているだけではなく、アルテミスの魔人としての迫力が近寄るだけでビンビン感じるのだ。さすが、〝最強〟だけあるということか……。
「この子、自分から何かするってことができない子だけど、その代わりに命令すれば何でもするから安心してね。いいこと? この任務の間はレオンちゃんとリコフォスの言うことをよく聞くのよ?」
「はい、マスター」
「はぁ……まあよろしく、クルエ」
レオンが握手を求めるも、クルエは手を出しだそうとせず、黙ったまま突っ立っている。
「ほら、クルエ、握手」
「よろしくお願いします」
アルテミスに促されてようやく握手するクルエ。こんなんで任務がこなせるのか……? とレオンは不安になる。
「久しぶりねぇ、リコフォス」
「……ふん」
さっきからやけに静かだったリコだが、アルテミスに挨拶されてもそっぽを向いてしまう。察するに、顔見知りのようだ。
「珍しく男連れみたいだけど、なかなかいい男じゃない、レオンちゃん」
「あっ、そうっすか? 照れますなぁ」
「下品な見方をするな。ただの任務のパートナーだ。ほぼ嫌々組まされたな」
「あら、そう。じゃああたくしがレオンちゃん取っちゃっていいかしら~?」
「えっ? どうぞどうぞ!」
蠱惑的な瞳で見つめられ、思わず即答してしまうレオン。
「レエエエエエエオオオオオオオオオオンンンンンンンンンン!」
「当たり前じゃないですか。幼児体型のリコさんと超セクシー美女のアルテミスさん、どっちと一緒に仕事するのがテンション上がるかなんて」
「うふふ、可哀そうねぇ、リコフォスってば。相変わらず男の子に人気ないんだから。そんなだからその歳になっても未だに処女なのよ」
「うう、うるさあああああい! 処女で何が悪い!?」
「男の子と手を繋いだこともないなんて、いくら魔人でも珍しいわよ? ププッ、可愛い・純情可憐、リコフォス・ユングフラオちゃん♪」
「そうやって貴様はいつも私をコケにして……! 許さああああああああん!」
リコの堪忍袋の緒が切れ、アルテミスに向かっていこうとした時だった。レオンが二人の間に割って入り制す。
「ちょっと、リコさん、何やってるんですか! こんなことやってる場合じゃないでしょ!」
「えっ……?」
「時間がないんですよ! 早く言ってナキを助けないと……遊んでる場合じゃないんです! そうでしょ!?」
レオンは本気で怒っていた。ここまでずっと、感情の起伏がないかのように淡々としていたレオンが、だ……。その剣幕に圧倒されるリコだったが……。
「き……貴様にだけは怒られたくないわあああああああああ!」
サタンを出て、レオーネの背に乗り、パラディへと戻る。三人乗りになったが、それでもレオーネのスピードは落ちはしない。リコは一番後ろでずっと泣いていた。
「うっく、うっく……!」
「何泣いてるんですか、女々しいですねぇ」
「女だぞ、私は! みんなして……みんなして私を馬鹿にしおって……!」
それ以上にレオンに意表をついて怒られたことがショックだったが、正論であるため言い返せない自分がさらに情けなかった。
先頭のレオン、後ろのリコに挟まれ、クルエはただじっとレオーネにつかまっているだけで、一言も発しようとしない。
「あのさぁ、君も何か喋りなよ? 退屈するじゃん。仕事は楽しくやろうぜ!」
「……何を話せばいいでしょうか?」
「え? それ聞く?」
無口キャラらしく話すこと自体拒否するかと思っていたレオンだったが、予想外に話題を提供されてかえって困惑してしまう。
「う~、じゃあ歳はいくつ?」
「15です」
「うおっ、ピッチピチじゃん! いいねぇ。この世界入って長いの?」
「5年ほどになります」
「えっ、そうなの? でももう一応任務に就かせてもらえるくらいにはなってるってことは……?」
「入って2年で力をコントロールできるようになりました」
「俺より早いじゃん! スゲエなぁ、サタンが誇る天才ってか」
「……」
「……」
「……」
「あ、あのさぁ、じゃあ好きなタイプの男とかは?」
「特にいません」
「あ、あ……そう。え、え~っと、そうだな……趣味とかないの? ハマってる娯楽とか」
「今は修業中の身ですので、そういうのは」
「あ、そう……」
「……」
「す、好きな食べ物は?」
「特にありません」
「……」
会話が続かない。思った以上に話が弾まず、すぐに途切れてしまう。
「つまんねええええええええ!」
「すみません、精いっぱいの回答はしているつもりなのですが」
「あ、いや、別にその……!」
「いいコンビだな、お主ら。そのやり取り面白いぞ、なかなか」
うっかり正直な気持ちを口にしてしまい、しかも普通にクルエに反省されてレオンはあたふたする。これまで散々手玉に取られていたレオンが困らされている様子が愉快で、リコは少し機嫌が戻る。
再び浮遊都市パラディに戻ってきたころにはすでに日付が変わっていた。サタンとこちらでは多少の時差があるのだが、パラディの時間で今は深夜の一時過ぎであった。エアガイツが指定した約束の時間は午前二時。本当にギリギリになってしまった。
大都市だけあって深夜タクシーは出ているので、交通の便には困らない。とにかく急いで指定された場所、スラム105の倉庫へ向かう。
倉庫にたどり着いたのが約束の時間十分前。タクシーを降り、中に入る。扉は開いており、中は資材が積んであるだけのガランとした倉庫だった。
「奴ら、まだ来ておらんようだな」
「いや、近くにはいるんでしょうけどね。加勢を大勢連れてきたときに逃げられるよう」
もちろん、騒ぎを大きくするようなら人質は殺すと脅されていたため、多勢を率いてくるようなことはレオンも考えていなかったが。せいぜいクルエ一人くらいなら大目に見てもらえるだろうとも考えていた。
すると一分も経たないうちに、倉庫にエアガイツと、エアガイツに連れられたナキが入ってくる。
「レオンさん……!」
「偉い偉い。五分前行動は社会人の基本だからねぇ。約束のブツは?」
「ほらよ」
レオンは巻物をエアガイツに放り投げる。足元まで転がっていき、拾って中を確かめるエアガイツ。
「……本物のようだね。キヒッ」
「ちょいと聞きたいんだけどよぉ、そいつには何が書かれてるんだよ? どうしても気になるからさぁ、教えてくんない?」
「キヒッ、いいだろう。ウトピアの在り処さ」
「ウトピア?」
「! 光の国、ウトピアか!」
「その通り。古代より伝わる理想郷。そこでは永遠の平和と幸福が約束されるという、伝説の都だ」
「くあー、何じゃそりゃ? んなおとぎ話に出てくる土地を本気で探してるってのか、あんたら?」
「キヒッ、別に信じようが信じまいがどうでもいいさ。どうせ君らがそこへたどり着くことはない」
「ふ~ん……まあいいや。ほんじゃナキを離してもらおうか」
「本気で言ってるのかい? この気配に気づかないわけじゃないよねぇ?」
そう……一応は言ってみたが、すでにいつの間にか倉庫の外にいくつもの人の気配を感じていた。取り囲まれており、おそらくは逃がす気はないのだろうと察しはしていた。
「この娘だけならともかく、君らは生かしておいたら間違いなく障害になるからねぇ。始末するに決まってるだろう?」
「だと思ったよ……ならもう遠慮はいらねえな」
そう言いながらレオンはゆっくりと自らの体を倒す。するとその後ろには、エアガイツから見て死角になっていた、クルエがショットガンを構えて立っている。小柄であるため、レオンの後ろで何をしているかエアガイツからは全く見えなかった。
「!」
エアガイツはすかさず避けようとするも、放たれた弾はエアガイツの左手の大きな爪を砕く。そしてその衝撃でナキを手離してしまう。そこをレオンが駆け寄り、確保する。
「さすが、若いのにサタンで鍛えられただけあって大した腕だな。エアガイツに気づかれないように準備して、この正確な狙い」
「ちっ、だが古文書はこちらの手に……!」
「おい、よく手に持ってるもの見てみろよ、おっさん」
「何……?」
するとエアガイツは、いつの間にか持っていた巻物が手りゅう弾に変わっていることに気付く。そして巻物は何故かクルエの手の中に。
「なあああああああああああああ!?」
大爆発と共に、レオンたちは倉庫の外へ避難する。事前に練っておいた策が功を奏した。
「いやったぜい!」
「クルエの能力、『瞬間魔術』。予め手に触れた物を自由なタイミングでもう一つの物とすり替えることができる力。見事な使い方だな」
「……」
「れ、レオンさん……ありがとうございます、助けに来てくれて」
「礼など言わんでいい。元はと言えばこやつが話をややこしくしたのだからな」
「まあまあそう言わずに。それに……まだ完全に助かったわけでもないぜ」
倉庫の外に待機していたエアガイツの仲間たちが姿を現す。屈強な躰をした、目の血走った男たち。いや……血走っているというよりは、光っているのだ、赤く。夜、街灯もなく、月明かりも少ないこの場所でもハッキリ見えるくらい。
「こやつら、まさか……?」
「そう……異魔人だよ」
エアガイツの声……。いつの間にか倉庫の屋根の上に立っていた。超スピードで逃げたのだが、逃げ切れずに足の方が火傷していた。
「やってくれるねぇ、全く……。計算外だよ、一人ガキが増えた程度ならどうにでもなると油断していたら……」
エアガイツの顔が激しく歪んでいた。相当怒りに満ちている様子だ。
「どういうことだ……? 自我も理性もない異魔人を率いているというのか、お主?」
「これが君たちが散々調べていた、デジデーリョで研究していたことだよ。異魔人は魔人の力に心を支配された者。自我が存在しなければ、恐怖も存在しない。ひたすら死ぬまで殺戮を続けるバーサーカーだ。
そんな奴らを自分の命令に従えることができれば、これ以上に使い勝手のいい兵隊はいないだろう?」
「それでついには作り出してしまったのか。命令に従う異魔人を」
「ところが、中には出来損ないもいてね。そいつが運悪く山中に飛び出してしまった。それを目撃され、ガイアの魔人たちがやってきてしまったから面倒だったよ」
「やはり……貴様もグリーディの仲間だったわけか。デボレとバナーレを殺した……!」
同胞を殺された怒りに震えるリコ。エアガイツが何をしようとしているかこれまで不鮮明だったが、これでハッキリした。この男も滅しなければならないと。
「やれ! 古文書を取り返せ!」
じりじりとレオンたちに迫ってくる異魔人たち。その数およそ二十人。思った以上に多くの敵が潜んでいた。
「まずいな……ナキを守りながらこの人数を相手にするのは……」
「り、リコさん……レオンさん……」
「大丈夫だって、ナキ。こっちだって魔人が三人いる。上手く連携を取りながら戦えば、隙を見て逃げることだって……」
そう言いながらクルエのいる方を見るレオンだったが、そこにはクルエではなく電信柱が立っていた。
「……あれー!?」
「レオン、あそこだ!」
リコの指す先には、異魔人たちの包囲網を抜けた場所にクルエが立っており、レオンに構わず一人逃げていく。
「うおおおおおおい、クルエ!」
「き、貴様、どこへ!?」
「追え! 逃がすな!」
十数人の異魔人が一斉にクルエを追っていく。五人ほどはエアガイツと一緒に残り、レオンたちをマークする。
「そうか……そういや、倉庫に入る前にあいつ、あの電柱に触れてたっけか。『瞬間魔術』で自分と電信柱をすり替えたんだな」
「そんな使い方もできるのか……って感心している場合ではないぞ! あやつ、私たちを置いて逃げおったぞ!」
「やっぱあいつ、ベーゼのスパイだったんですね。隙を見て俺らから巻物を奪って逃げるように言われていたんでしょう」
「お主、気付いておったのか? なら何故そうとわかっていて連れてきた!?」
「まあまあ、落ち着いて。小じわが増えますよ」
「生憎ピチピチだ!」
「あ、あの、レオンさん……」
「漫才はその辺でいいかな? 君たち」
状況を考えず口論しているレオンたちに対し、エアガイツたちが迫ってくる。
「悪いけど、今はあんたと遊んでる暇はないんだよ」
そう言うとレオンはタロットカードを一枚引く。すると空から大量の流星群がダイレクトにこの場所目がけて降ってくる。
「「どっしぇええええええええええ!?」」
思わずギャグ漫画のごとく目が飛び出すエアガイツとリコ。敵味方関係なく、これでは全員が流星群の被害にあってしまう。
巻物を持ち、人気のない静かなスラムの裏町を一人逃走するクルエを異魔人たちが追走する。足はクルエの方が速いが、異魔人たちには地の利があるため手分けして先回りし、徐々にクルエを追い詰めていく。本来ただの狂戦士でしかない異魔人は、チームワークでもその進化を見せつける。
キリがないと判断したクルエは迎え撃って出ることにする。腰の刀を抜き、襲いかかってくる異魔人たちを次々に斬り伏せていく。普通の魔人であれば異魔人といえど人間。殺すことに多少の迷いを見せる者もいるが、感情を持たないクルエには躊躇いは一切ない。ただただ機械的に異魔人たちを斬っていく。
サタン最強の魔人、アルテミスが推薦するだけあって凄まじい強さを見せるクルエ。わずか十数秒で十数人の異魔人を殲滅する。倒し終えたその場には血の海が広がり、月明かりに照らされてクルエについた返り血が眩しく光る。これだけの人を殺しておいても、その表情は息を乱すこともなく、眉一つ動かさない。
すると突如、上空から雷が落ちてくることに気付く。先ほどは近くに謎の流星群が落ちていたが、今度の雷は真っ直ぐクルエに向かって落ちてきた。素早く雷をかわし、上を見上げる。
コンクリート造りの建物の上に二つの人影が見える。太った大男とガリガリに痩せ細った男、実に対照的な体型の二人だ。
「ブホッ、かわした?」
「奴、なかなか強き者。簡単には倒せず」
太った男の方が手を空に掲げると、その手から雷が発生し、またもクルエを狙ってくる。今度は回避してそのまま建物の上に登って行くクルエ。そして男たちを斬りつけるが、突如どこからか現れた鎧の騎士の盾にガードされる。
見るとガリガリの男の方がスケッチブックに絵を一心不乱に書いている。紙には鎧騎士が書かれており、その隣に次はタコのモンスターを書く。するとまたもどこからか絵とそっくりの巨大タコモンスターが現れ、クルエに絡みつく。
「!?」
八本の触手で絡みつかれ、体の自由を奪われてしまうクルエ。刀も奪われ、完全に抜け出せなくなってしまう。
「正攻法だけ、倒す手段に非ず。相手の攻撃力奪うこと、これも兵法の一つ」
「ブホホッ、いいザマ!」
才能こそあれど、実戦不足は否めず、猪突猛進な戦い方しかできないクルエは、変則的な戦い方に弱かった。力押しで来るのなら二人相手でも対応できただろうが……。
「ブホッ、死ね!」
もう一発雷を落とそうと手を掲げる太めの男。だがその前に、炎の番犬が二人に向かって突進してくる。
「「!」」
痩せ型の男の方が瞬時に壁の絵を描く。すると目の前に巨大な壁が現れ、番犬の突進を防いでくれる。
だが番犬がすぐ姿を消したと思ったら、今度は風の鳥が巨大タコの足を全て切り裂き、クルエの拘束を解く。
自由になったクルエは風の鳥を飛ばした主を探す。クルエを追いかけてきたレオンとリコ、ナキがそこにいた。何故か体中ボロボロになって。
「いや~、間一髪でしたね」
「貴様、もうちょっとスマートに逃走する手段を思いつかんのか! よりによって運任せとは……!」
「いいじゃないですか。結果オーライで逃げられたんですし」
「下手すれば私たちまで死ぬところだったわ!」
「あ、あの、レオンさんもリコさんも、喧嘩している場合じゃ……」
「ああ、そうだな。クルエ、来い!」
「……!」
レオンに促され、どうしたらいいのか迷うクルエ。そこへ痩せ型の男が出現させた鎧騎士が襲いかかってくる。
「ちっ、しゃーねえな」
レオンはクルエを抱え、鎧騎士の攻撃をかわして無理やり連れて行くことにする。リコ、ナキもレオンに続いて逃走する。
「ブホッ、待ちやがれ!」
待てと言われて待つはずもなく、そのまま男たちの追跡を振り切るレオンたち。逃げ切ったところで、ボロボロになったエアガイツがようやく追いつく。どちらもあの流星群からどうにか生き延びた。
「エアガイツさん、すまねえ、逃がしちまったよ!」
「あいつら……やってくれるねぇ。なあに、大丈夫だ。奴らは始末できなかったが、一番の目的は果たした……」
レオンたちはエアガイツたちの追跡を振り切ると、そのままスラム104まで歩く。こちらも真夜中ということで、人っ子一人見当たらない静けさだ。
「ここまで来ればもう大丈夫だろ」
「あの二人組の男、異魔人ではなかったな。異魔人は能力を使えんからな」
「じゃあサタンの魔人ってことか? なあ、クルエ?」
「……」
「おーい、クルエってば」
「……何故、私を助けたのですか?」
「あん? 別におかしなことかよ?」
「古文書を取り返したいのであれば、私がやられるのを待って取り返した方が合理的です。私は……もうご存知の通り、あなた方の味方ではないのですよ?」
そこでレオンは、何故かニヤニヤと笑う。
「何がおかしいのですか?」
「やっと自分から色々と話すようになったな」
「……」
「別にエアガイツたちとは仲間ってわけじゃないんだろ? じゃあベーゼとエアガイツが裏で繋がっている可能性は消えたわけで、それならベーゼの目的がハッキリしないうちは、無闇に同胞の命が奪われるのを見捨てておけないからな」
「……理解できません」
「そうか? 十分合理的だと思うけど」
「私はあまり助けたくなかったのだがな。レオンがうるさいから助けてやったまでだ」
「……先ほどの二人組は、少なくとも私はサタンで見かけたことはありません。私の知らない魔人です」
「そっか、まああそこは魔人の数も多いからな。で、もう一つ聞きたいんだけど、クルエはその古文書ってやつの中身は知っていたわけか? ベーゼも」
「……」
「ナキ! 無事だったか、よかった……!」
「トライ、ごめんね、心配かけて」
自宅に身を潜めていたトライと再会するナキ。レオンたちもお邪魔させてもらうと、奥の部屋から痩せ細った中年の女性が寝間着姿で現れる。
「トライゾン、お客さんかい?」
「ああ、ごめん、おふくろ。起こしちまったか?」
「すまない。すぐおいとまするので」
「いいんですよ。狭いところですが、ゆっくりしていってください。ゴホッ、ゴホッ!」
「おふくろ、休んでろって。ごめんな」
トライは奥の部屋へ母を連れて行く。レオンはトライの家の中を改めて見渡す。一階建て、しかも部屋も隣とここと二つしかない。家具らしい家具もほとんどなく、小さなキッチンと冷蔵庫、タンス、テーブルがあるくらいで、あとはコンクリートの壁そのまま、殺風景な部屋だった。
「本当に狭い部屋ですね」
「……相変わらず正直な奴だ。トライの母君の前で言っていたらぶちのめしていたがな」
「スラムに住む人の家は大体こんなものですよ。私の家なんてもっと狭いです」
奥の部屋から戻ってくるトライ。そこでリコは話題を変えるべく、クルエに話を振る。
「さて……教えてもらおうか。ベーゼは何故、この巻物を欲しがっている?」
「……詳しいことは聞かされておりません。私は命令を遂行するのみなので」
「まさかあのおっさんまで本気で光の国なんて胡散臭いもの信じてるわけじゃないよな?」
「だがこの巻物、もとは考古学者がナキたちに運ぶのを依頼したのだろう? しかもこの都市の警察に。そして二人とも消された……。ただの絵空事には思えんが」
「あの……何なんですか、光の国って? あのエアガイツって人も言ってましたけど」
「古代より伝わる、理想郷の名前だ。どこにあるのかも、どんな土地なのかもわからん。ただ一つわかっているのは、そこに住んだ者たちには永遠の平和と幸福が約束される……という非常に曖昧な話だ」
「もう一つありますよ。確かフォール大戦争を生き延びる要因になったんでしょう?」
「フォール大戦争……それは聞いたことあります。大昔、魔人ディオスが起こした世界中を巻き込んだ大戦争でしたっけ?」
「正確には〝異魔人ディオス〟だがな。当時は〝異魔人〟という言葉もない時代だったために、その頃の記憶を丸々書き写した文献には『魔人ディオス』と記載されているが。
異魔人の元祖であり、最強の存在。人類が総力を挙げて挑んでも赤子同然に捻られたという、伝説の悪魔だ。
フォール大戦争はほぼ全ての人類を滅ぼし……その後ディオスがどうなったのかは誰にも知らない。やがて生き延びたわずかな人類が徐々に再興を果たし、今に至るわけだがな。その戦争があったからこそ魔人たちも力をコントロールする術を覚え、里を作り出したわけだが……」
「そんな悪魔、本当にいたのかねぇ? いたとして、今なら核ミサイルでも打ち込めばイチコロだろうけどよ」
「ディオスの話に関しては史実らしい。今の千年以上生きる魔人たちが生まれるよりも遥か昔の話だから、当然だが誰も知っておる者はおらんがな。
一説では、そのフォール大戦争を生き延びたわずかな人類というのは、その光の国に逃げ込んでいたらしい。平和が保障されるその地では、外界からのあらゆる災厄を寄せ付けなかったという」
「バリアでも張ってたってのかよ? そんな不思議な大地があるなら見てみたいもんだな」
「しかし空飛ぶ都市があるくらいだ。バリアを張れる国があってもおかしくないかもしれんぞ、トライよ」
トライの家に朝の光が差し込む。時刻はもう六時を回っていた。話し込んでいるうちに朝になっていたのだ。レオンは思いきり伸びをしてあくびする。
「くあ……くぅ~、朝になっちまったよ。ちょっとくらい寝ておけばよかったなぁ」
「休んでおる暇はないぞ。エアガイツの企みと、この空白の十年間で何をしていたのか明らかになったのだ。ガイアへ増援を要請するぞ。到着次第、奴とこの町に潜んでいる異魔人の殲滅だ。あれだけではないだろうからな」
「あれだけじゃないって……まだまだこの町に異魔人がいるんですか?」
「デジデーリョって山の工場で、この町に食料が送られてたんだけど、多分それに混じって奴らも侵入したんだろうな。正面から潜入するのは無理だし。空港スタッフも異魔人の見分け方くらい知ってるだろうからな」
レオンが説明している間、リコは携帯電話を取り出し、ガイアにかける。この時代、衛星通信のおかげで世界中のどこからでも携帯電話が使える。
だが……リコがかけた途端、妙な雑音が入るばかりでかからない。
「どうしたんですか?」
「おかしいな……電話が通じんぞ?」
「俺のでかけてみましょうか」
レオンもかけてみるが、同じように雑音ばかりでかからない。
「全然駄目っすね」
「すまんが、電話を貸してもらえんか?」
「ねえよ。五キロくらい歩いたとこに公衆電話があるけどよ」
「そうか……仕方ない、そこまで行ってみるぞ、レオン」
「へーい」
「それとクルエよ、お主はもう帰るがよい。巻物はもう渡さん。あきらめよ」
「それはできません。古文書を奪うまで帰ってくるなと命令されておりますので」
「ふざけるな。敵とわかっていてお主を置いておくと思うか? それともここで一戦交えるか?」
背中のマシンガンに手をかけようとするリコ。リコの殺気を感じ、クルエも刀に手を触れ、一触即発ムードになる。
「おい、やめろよ、うちの中で!」
「まあまあ、いいじゃないっすか、リコさん。帰れないってんなら置いてやりましょうよ」
「何だと!? 正気か、レオン!?」
「俺もガキの頃、簡単なおつかいができなくてよく親に怒られていたクチですから。帰りにくい子供の気持ちはわかりますし」
「何を馬鹿げた例えを……!」
「よろしいのですか? 私は隙あらば、その巻物を奪いますが」
「おお、そうするといいさ。その代わり、それまでは何かあれば俺の命令も聞いて戦ってくれるだろ?」
「……いいでしょう。マスターにそう申し付けられていますから」
「な、な、な……!」
開いた口が塞がらないリコ。あろうことか敵をわざわざ自分の近くにいることをOKするレオン。どこまでも破天荒な行動にまた眩暈がしてくる。
「今ここで騒ぎを起こすのもあれでしょう? 平和的解決が望めそうなら願ったりじゃないですか。要は俺らが巻物を奪われずにいればいいんですから」
「簡単に言うな、お主……」
たどり着いた公衆電話はすでにスラムを抜けた場所にあった。レオンとリコは高層ビルが立ち並ぶ街の近くにある公園内の公衆電話を使い、電話をかけてみるもやはり雑音ばかりで繋がらない。
「どういうことだ……? 町中の電話が使えなくなっておるのか?」
「……! リコさん、あれ」
レオンは近くのビルのスクリーンに映ったニュース映像を指さす。パラディ市内にあるテレビ局から流している映像らしい。
アナウンサーが原稿を読む横に、見慣れた二人の顔の写真が写っている。まぎれもない、レオンとリコ、その二人だった。
『昨日、正午。パラディ警察スラム104部署のタスカー・ノスタルジア警部が自宅で殺害されるという事件が発生しました。容疑者はガイア出身の魔人、レオン・シェルシエールとリコフォス・ユングフラオの二名。
二人はタスカー警部殺害後、逃走。現在は市内のどこかに潜伏しているとのことで、近隣の住民は見かけましたら速やかに警察局まで通報してください』
「なっ……なんだとおおおおおおおお!?」
リコが絶叫する。なんとどういうわけか、タスカー警部殺害の容疑がレオンたちにかかっていたのだ。
「どうなっておる? 何故私たちが……!?」
『なお、市長より犯人を市外へ逃がさないために空港では厳重な警戒体制と共に、魔人の里・スピラへの犯人逮捕協力要請を出したとのことです。加えて外界との連絡を取り、逃亡の手助けを呼ぶことを防ぐ目的で、市内全体、市外との通信不可能となるよう電波妨害を行っております。市外へ連絡を取る用事のある方はまず警察局の方までご連絡ください』
「スピラだと……!?」
「なーるほど、だから電話ができなくなってたのか。できるのはこの都市の中限定ってことですね」
すると公園近くを通りかかった町の住人達が、たった今ニュース映像に映っている二つの写真とそっくりな人物がいることに気付き始める。
「お、おい、あれ……?」
「まさか、例の殺人犯!?」
「まずいな……!」
「とりあえず逃げましょっか」
すぐにその場から走り出すレオンとリコ。逃げ出した姿を見て二人を犯人だと確信を持つ住民達は大声を上げる者も現れ、辺りがちょっとしたパニックになる。
レオンたちがニュース映像を見ている頃、空港には一体のジャンボジェット機が到着していた。中から降りてきたのはスピラから来た五人の魔人。
「やあやあやあやあ、お待ちしていましたよ!」
浮遊都市パラディ市長・トント・ガビー・パラディ自らが魔人の到着を出迎える。45歳ながら頭はかなり白髪の混じった、それでいて筋肉質で迫力のある男だ。
五人の中で前に出てきたのはリーダーのリブラ・ヴァーゲ。眼鏡をかけた前髪の異常に長い、目つきの鋭い男。ガッチリと固い握手を交わす二人。
「よろしくお願いします。法を犯した魔人、必ずや我々が始末してみせましょう」
市長の敷いた包囲網により、すでにレオンたちは、この都市から出る術を失っていたのだった……。




