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第一章

イニーツィオの町。機械文明が進歩した現代において、さほど発展した都市でもない。たいして大きくもなく、平凡。だが人々の笑顔と活気にあふれた町である。

 そんな街中で、大きな剣を背負った一人の若者が店を構えていた。何の変哲もない、小さな机に白い布をかぶせた出店。

 この町に占いは比較的珍しいものだが、誰も近寄ろうとしない。理由は若者のそばに座っている、大きな翼の生えた獅子にあった。

「な、何だ、あれ……?」

「きゃああああああああ!」

 見て息を詰まらせる者、悲鳴を上げる者、様々。牛車の牛は怯え、野良犬は威嚇しながらも警戒する様子を見せる。

「ああ、皆さん、怯えないでください。大丈夫です、こいつは至って無害ですから」

 若者が笑顔でそう話す。そして獅子の頭を一撫で、二撫でしてやる。獅子は喉をゴロゴロ鳴らし、若者に顔をすり寄らせる。どうやら若者に飼い慣らされているようだ。

 人々は少しだけ表情を和らげるものの、やはり町の中に獅子が入り込んでいることに対しての緊張感は消えない。町の子供たちも恐る恐る遠目で見ていた。

「ほらほら、そこの少年たち。そんなとこから見てないで、もっと近くに寄ってみなって。平気だって、こいつは人間は絶対噛まないから」

 若者に言われ、一人の子がじりじりと距離を詰め、おっかなびっくりしながら獅子を撫でてみる。すると若者のいう通り、微動だにせず、とても大人しい。

「わあ……!」

「うわぁ、可愛い!」

 一人の子が試して平気とわかり、一気に緊張が解ける子供たち。次々と獅子の周りに寄ってきて触ったり、頭を撫でたりし始める。

「さあさあ、お立ち寄り下さい! レオン・シェルシエールによる占い屋! 皆さんの本日の運勢、お安く見ますよ!」

「占い屋? 占い師なのか、あの兄ちゃん?」

 巨大な獅子を連れた占い師。興味を持った町の人々が次々と押し寄せ、試しに見てもらおうとする者がまず一人。

 レオンと名乗った若者はタロットカードを取り出し、よく切ってから一枚引く。

「おっ、ラッキーですね、あなた。今日は金運の相が出てますよ」

「ホントかよ? 何だ、金運の相って? 歩いてたら空から金でも降ってくるってか?」

「ああ、正にそうです」

「ケッ、馬鹿馬鹿しい。占ってもらって損したぜ」

 レオンの話を全く信じようとせず、代金だけ支払ってさっさと行ってしまおうとする男。ところがその男の頭上に、突如として大量の金貨がドサドサッと降り注いできた。

「どわあああああああ!?」

「「「「「……!?」」」」」

 町の者たちは目を丸くする。男も呆然とするが、すぐにハッとして自分の周りに落ちた金貨を拾い集めて大喜びで去って行った。

「俺も占ってくれ!」

「俺も!」

「私も、お願いします!」

「はいはい、オッケーですよ。皆さん、順番に並んでくださいね」

 嘘のような占いが見事に的中し、これは本物だと町の者たちは目の色を変えてレオンに占ってもらおうとする。今の男みたいに良い未来を占ってもらえば、自分も……と皆考えて。さっきまで誰も寄りつこうとしなかった店は、一気に大繁盛となった。

 二人目のお客。同じように一枚タロットカードを引くレオン。

「ふむふむ、あなたは落石注意ですね」

「落石……注意?」

「隕石が突如降り注いで、大災難に見舞われるでしょう」

「隕石って、馬鹿な、さすがにそれはちょっと」

「見ろ、あれを!」

 突然、一人の町民が空を指さして叫ぶ。すると遥か彼方からキラリと光る星々。その星たちが流星となって町に降り注いできた。

「「「「「だああああああああああ!?」」」」」

「ね? 落石注意だったでしょ?」

「ね? じゃねえ! 何でそんな落ち着いてんだ、あんた!?」

 降り注いだ隕石は次々と建物を吹っ飛ばしていき、占ってもらった男どころか町中に大災害をもたらす。ようやく止んだ星の雨のあとは、無残にもボロボロになった町の姿が町民たちの目に痛々しく映る。

「あわわわわわわ……!」

「な、何なんだよ、あんたは!? 悪魔の使いだろ!?」

「違いますよ、失敬な。う~ん、やっぱり駄目かぁ……。占いに使えると思ったんだけどなぁ、このカード」

「あんた、もしかして……魔人か?」

「「「「「……!」」」」」

 その言葉に町の者たちは過敏に反応する。魔人……それは人を超えた力を持つ存在。太古の時代には世界中に災厄をもたらし、今でもその存在を恐れる者は少なくない。元は同じ人間でありながら、どこか違う世界に住んでいるという印象の人。

「ええ、そうですよ」

「じゃあ今のも、そのカードの力か!?」

「そうですそうです。俺の能力、『本日之運勢ほんじつのうんせい』です。引いたカードの効果を対象者にもたらす。ただし何が起こるかは引く俺もわからないという、とってもデンジャーな」

「デンジャーな、じゃねえだろ! 見ろよ、この被害を!」

「それはまあ……すみません」

「あ、あっさり謝りやがった……。何だ、お前? 何がしたいんだ? 俺たちを殺しに来たんじゃないのか?」

「滅相もない。ただ占いをしに」

「じゃあどうしてくれるのよ、この町のあり様を!?」

「このカードに、怪我の人を全快させたり、壊れた建物を直す『女神之福音』っていうカードがあるんですけど、それさえ運よく引ければ直すことができますので、責任もって俺がそのカードを引きます」

「ええええ!? ちょっと待て、お前! そのカード、他にも危険なものがいっぱい入ってるんじゃないのか!?」

「周囲にいる者たちを一瞬で死なす『死神之鎌』や、地獄の餓鬼魂に喰われる『餓鬼魂地獄』というカードも入ってますが、滅多に出ることないんで大丈夫です」

「「「「「いやいやいやいや!」」」」」

「大丈夫なことあるか! 危険極まりないだろ!」

「念のために皆さん、ちょっと下がっていてください」

「「「「「わああああああああ!」」」」」

 皆が止めるのを聞かず、マイペースにもタロットを引こうとするレオンを見て、大慌てで避難していく町民たち。そしてレオンが引いたタロットからあふれ出したオーラが、半壊した町の建物が一瞬にして直っていく。

「おおっ、出た! 今日の俺、ツイてる!」

 まさかの女神之福音を一発で当ててみせたレオン。自分のラッキーさに大喜びするが、町民たちはちっとも喜んでいなかった。すっかり白けたその視線がレオンに突き刺さる。

「さあ、皆さん、見てください。無事に町が直りましたよ。どうしたんですか? もっと喜んでくださいよ。幸い、怪我人は一人も出てませんし」

「元はと言えばお前のせいだろうが!」

「だから俺は魔人なんて嫌いなんだ!」

「出てけ、この野郎!」

 ついに怒りが爆発し、レオン……魔人への敵意を露わにする町の者たち。未だ、獅子とじゃれあっている子供たちを、大人が呼びつける。

「ほら、エリザちゃん、こっちいらっしゃい。いつまでもそんな怪物とじゃれてないで」

「で、でも、ママ。この子、うちのムッカちゃんを咥えて離さないの」

「え……?」

 見ると、さっきからずっと大人たちに背を向けていたためわからなかったが、いつの間にか翼の生えた獅子は町の牛車の牛をムシャムシャと食べていた。無残にも、口からムッカという名の牛の足がはみ出している。

「ぎゃああああああああ、ムッカああああああああ!」

「あああああああ!? こら、レオーネ! お前、無闇に家畜を喰うなって言ったろ!?」

「あんた、ちょっと! その化け物、人畜無害だって言ったじゃないのさ!?」

「言ってませんよ。人間は、絶対噛まないって言ったんです。家畜は割とよく食べます」

「割とよく食べます、じゃねえええええええ! 出てけ、コラああああ!」

「ぬわああああ! 逃げるぞ、レオーネ!」

 町民たちから石を投げつけられ、たまらず獅子のレオーネと共に逃げ出すレオン。いきり立つ町民たちの中で、自分のとこの牛を食べられた親子だけはガックリと膝をついて泣いていた。



 町の外まで逃げ、とぼとぼと荒野を歩くレオン。

「くっそ~……お前が牛を喰ったりするからだぞ、レオーネ」

 レオーネは話す代わりに思いっきりゲップして返事する。すっかり胃の中に入って行ったムッカの味はどうやらご満悦のようだ。

「そいつより、お主の責任の方が大きかろう。レオーネのせいにするな」

「?」

 女の声がし、辺りを見渡すレオン。すると上空からレオンの前に降り立つ一人の少女。見た目は13~14歳くらいに見える、ツインテールの、学生服らしき服を着た女の子。

「お主がレオン・シェルシエールか」

「お嬢ちゃん、どっから飛んで来たの? っていうか、どうしたの? こんなところで。迷子? お母さんとはぐれちゃったかな?」

「お嬢ちゃんではない、迷子でもな。お主と同じ、ガイアの魔人だ」

 ガイアとは、魔人たちの里。世界中で現れる魔人の才を持つ人間をスカウトし、その力をコントロールさせる修業を積む、いわゆる修業施設としての場所。里は世界各地にいくつか存在し、ガイアは御年855歳にもなるグラン・ギャラクシアが長を務める。

だが……魔人たちの里が果たすのはただの修業施設としての役割だけではない。

「さっきの騒ぎ、一部始終見ておったぞ。噂に聞くオトボケ魔人ぶりだな」

「オトボケ……。いや、俺はちょっと占いの真似事でもできないかなと思って」

「あんな危険なタロットで占いをする奴がどこにいる、馬鹿者! そして町を壊しておいて平然とまたカードを引く空気の読めなさ、呆れるわ。こんなのが私のパートナーに選ばれたかと思うと、至極残念でならない。そしてこの上なく不安だ」

「パートナー?」

「グランからの指令だ。デジデーリョ山脈に〝異魔人〟が出た。お主と私で討伐へ行くぞ」

 魔人としてスカウトされる前に、異魔人となってしまった者たちは速やかに討伐しなければならない。その役目はもちろん普通の人間に力では行えない。同じ力を持つ魔人が向かうのだ。世界各地から飛び込んできた情報を受け、長のグランが指揮を執って魔人を派遣する。

「おお! 来たか、久しぶりのガイアからの仕事! グラン様ってば、俺のことすっかり嫌ってるのかと思ったけど。いや~、まだ見捨てられてなかった、よかった~」

「いや、嫌っていたぞ。その名を出しただけで眩暈と気つけを起こし、体中に蕁麻疹ができていた」

「……」

「聞いた話では過去に数々の命令違反を繰り返し、とんでもない騒動を引き起こしたとか。どんな内容か聞きたかったが、話そうとしたグランがついにはストレスで吐血して倒れたので聞けなかった」

「大丈夫か、あの爺さん……?」

「言っておくが、今回は私の指示に必ず従ってもらうからな。こう見えて、歳はお主よりもずっと上だ」

「ずっと上って、どれくらい上ですか?」

「むっ……いきなりデリカシーのない質問をするな。女性にそんなこと遠慮なく聞くか?」

「いやでも、年上って豪語するからには正確な年齢を把握しておかないと。先輩の指示にはちゃんと従いますから、教えてください」

「ぐぬぬ……は、85だ……」

「おお、本当にずっと年上でしたね」

「〝ずっと〟とか言うな!」

「人間ならお婆ちゃんの歳なのに、さすが魔人。見た目は発育不良のちびっ子だなんて」

「き、貴様、いい加減にせい! どうして人の触れられたくないところばかり触れるのだ!」

「ええっ!? な、何ですか? 何を怒ってるんですか?」

 少女は自身がすでに普通の人間なら老人と呼ばれる年齢であること、加え、にも関わらず見た目が幼いことを非常に気にしていた。だが空気の読めないレオンはどうして少女が怒っているのか本気でわからない様子だ。

 魔人はその才に目覚めた時から成長ペースが変わる。人によって様々だが、寿命も普通の人間の10倍近くに伸びるため、老化も緩やかになる。だが肉体の成長自体は、幼くして魔人となった者でも大体20歳くらいまでには大人の体つきになるものなのである。つまりこの少女の発育はすでに止まったも同然ということで、少女は『老人扱い』と『子供扱い』の両方を嫌うのだ。

「私だってなぁ、私だって魔人界の中じゃ若い方なんだ! 私がババアなら、グランなんかとんでもない大ジジイだぞ!」

「大ジジイ……。わ、わかりましたよ、すみません。失言でした、謝ります」

「う、うむ、わかればよろしい」

「とにかく俺と68歳も違うってことがわかったので」

「貴様、全く反省しておらんな!」

「ま、まあとにかく、いつまでもこうしていても仕方ないので、早く向かいましょうよ。そのデジデーリョ山脈ってとこへ」

「わ、私が怒っているのに淡々と進もうとするか? どこまで空気の読めん奴なのだ、貴様……」

「あ、まだ名前を聞いてませんでしたね」

「……この流れで名乗りたくはないのだが、リコフォス・ユングフラオだ」

「リコフェス?」

「リコフォスだ」

「なんか噛みそうなので、リコって略して呼んでいいですか?」

「年上の名前をそんな理由で堂々と略すか? 恐れというものを知らんな、貴様」

「いいじゃないですか、小っちゃい子のイメージにピッタリじゃありません?」

「どつくぞ、貴様!」

 こうして……年齢差68歳のデコボコ魔人コンビが誕生したのだった。



 レオーネの背に乗り、空を飛んでデジデーリョ山脈へと向かうレオンとリコ。

「しかしグラン様も俺を嫌っているのに、どうしてわざわざこんな任務を頼んだんですかね? よっぽど人手が足りないとか?」

「まあそれは猫の手も借りたいほどだろうからな。魔人の才を持つ者は、いくら我々でも見つけるのは容易でない。異魔人に堕ちた者の対応に追われる毎日だ。だが……今回はちょっと事情が違う。

 実はこの任務、前任がいてな。デボレとバナーレ、この二人で異魔人の目撃情報のあったデジデーリョへ向かったのだが……一週間経った今も戻ってこないのだ。連絡もつかん。

バナーレの方はまあ、まだまだひよっこであったが、デボレの方はお主も知っているだろうが、ガイアの中でもかなり腕の立つ魔人だ。それがもし、やられたとなれば……」

「なるほど、捨て石ですか」

 それでレオンは納得する。だからこそグランは自分を選んだのだと。相手はベテランの魔人を倒すほど。となると、まずはどれほどの力を持った相手なのか探る必要性がある。

 そして敵の正体を暴く過程で万が一のことがあれば、二人のうちどちらかを捨て石としてもう片方が逃げ切るという策をとる。そうして無用な犠牲は最小限に抑える狙い。その捨て石役としてレオンは選ばれたのだ。犠牲にしてもグランの心が全く痛まないような相手……。正にうってつけの存在だ。

「まあ気を悪くするなよ。お主の日頃の行いが招いた事態だ。それにどんな任務であろうと、異魔人討伐は我々、魔人の義務だ。命が出て断ることもできまい」

「別に悪くしてませんよ。死ぬ気は毛頭ありませんけど、いつ死んでも構わないって思ってますから」

「ほう、その若さで生に執着がないとは。イカンな、最近の若い者は。何事にも無気力で」

「無気力ってのとはちょっと違いますけど、こんな不思議な力を持って生まれてきちゃったんですから、どこで暮らしてたってきっと危険は向こうからやってくるでしょ? だからいつ死ぬかわからない。そういう覚悟はしているってだけの話で」

「むう……随分達観しているのだな、お主」

「リコさんは歳の割に子供っぽいですけどね」

「何だと、もういっぺん言ってみろ、貴様!」

「じょ、冗談ですよ……」

「いっつもそうだ。この歳にもなって、行く街行く街で『お嬢ちゃん、可愛いわね。いくつ?』とか『アメちゃんあげようか?』とか声をかけられるのだ! 貴様らより一回りも二回りも歳が離れているというのに……! ううう、こんな体に生まれたばかりに……!」

 愚図り出すリコ。体の問題ではなく、精神的な子供っぽさを指摘したつもりだったが、それを言うと火に油だと思ったため、さすがのレオンも口を閉じる。

「あ、ほら、見えてきましたよ」

 レオンが指さす先には、いびつな形をした高い山々が見える。それはまるで巨大な手が、何かを掴もうと伸ばしているような、そんないくつも先分かれをしていた。あまりにも奇妙なその手形に似たこの山は、人間の欲望を具現化しているとも言われ、デジデーリョ(欲望)山脈と名付けられたのだ。

「気味の悪い形をしている、相変わらず……」

「どっから探すんですか? いくら俺達でも、この広い山をしらみつぶしに探してたらどんどん歳喰っちゃいますよ?」

「わざとらしく無理やり歳の話をするな! 安心しろ、この山中に一件、工場が建っている。まずはそこへ行ってみる」

「工場?」

「うむ、デボレたちの連絡が途絶える前、見つけたと報告してきたのだ」

「こんな山奥に何の工場でしょうね……?」

「いかにも怪しいだろう? 何かあるはずだ、そこで」



 レオンはリコに言われるままにレオーネを向かわせる。山の奥深く、おそらくは最深部であろう、谷底の方にその工場は建っていた。かなり大きな施設で、山の洞窟と直結しているようだ。

 工場そばにレオーネを着陸させると、工場内から一人の作業着の男が出てきた。ヘルメットをやや顔を隠すようにかぶっており、少し警戒するようにレオンのもとへやってくる。

「どちら様ですかな?」

「怪しい者ではない。ガイアの魔人、リコフォス・ユングフラオだ」

 リコはガイアの魔人が皆持ち歩く、金のバッジを見せる。これは一種の身分証明書で、魔人の存在、ガイアという里の名前は世界中のほとんどの者が知っている常識。これを見せるだけで相手の警戒心を解くことができる。

「……魔人様ですか。ですがうちの工場に何の御用で?」

「この辺で異魔人を見たという目撃情報が入った。我々の同胞が先にこの地を訪れているはずだが、何か知らないか?」

「さあ……? 何かの間違いではございませんかね? 従業員一同、そのような騒ぎを聞いたという者はおりませんし」

「ちょっと工場内を見学させていただいてもよろしいかな?」

「ええ、よろしいですよ」

 リコは少し拍子抜けする。こう言い出せばてっきり、中に入るのを拒むと思っていたからだ。デボレたちが消失した原因は間違いなくこの工場にあると踏んでいるだけに、おそらく中には調べられたら困るものがあるのではと。

 だがもちろん警戒心は解いていない。もしかしたらデボレたちのように、自分たちも中へおびき寄せて始末するつもりなのかもしれない。リコの直感が正しければ、目の前のこの作業着の男が〝異魔人〟の可能性が高いのだから。

 中へ通してもらうと、そこにはコンベアーに食料らしきものが並んでいた。段ボールに積み込まれ、どこかへ出荷前のようだ。

「これは……?」

「この山から採れる木の実や植物から精製した食料でございます」

 パンに似ているが、手触りや匂いがまず違う。おそらく味も。

「へー、スゲエ。一個もらっていいですか?」

「どうぞどうぞ」

「レオン……どうして貴様、そこまで緊張感がない?」

 遠慮なく食物を食べだすレオンに呆れるリコ。だが工場内にこれといって怪しいものも見当たらず、本当にこの画期的なビジネスを行うためだけにわざわざこんな場所に工場を建てているように見える。

「うまっ! 何だ、この美味さ!?」

「従業員が他に見当たらないようだが?」

「今、外へ出払っているものでして。何分、この山はマーケットも何もない不便な場所でして。物資の調達に工場を空けることも多いのです。私は留守番ですね」

「……ふむ、そうか。引き上げるぞ、レオン。どうやらここは無関係のようだ」

「おわかりいただけて感謝します。任務ご苦労様です」

 当然、まだリコは納得していない。従業員が見当たらないのがやはり不自然に思えるが、帰ってくるまで待たせてもらうわけにもいかない。ここは引き上げたフリをして、近くから様子を探ることに決めたのだ。

「あのー、従業員さん」

「はい、何でございましょう?」

 するとレオンは、背中の剣を男目がけて思いきり振り下ろす。

「!」

「なっ!?」

 リコも驚くがもう遅く、剣は男を真っ二つに切り裂く……と思われたが、男はすかさず剣をその手でキャッチする。

「何……!?」

 今度は男の方に驚くリコ。切れ味鋭いレオンの剣を、よもや素手で受け止めようとは。明らかに普通の人間の所業ではなかった。

「貴様……何故、私の正体を……!?」

「やっぱ異魔人か、てめえ。リコさん、さあ、始末始末!」

「う、うむ。行くぞ!」

 リコは腰の後ろに差していたマシンガンを抜き、乱射する。すかさずレオンは飛び退き、男に銃弾が当たって吹っ飛ばされる。その際、かぶっていたヘルメットが飛んで、素顔が露わになる。

 だが男は倒れず、鮮やかに地面に着地したかと思えばリコ目がけて突進してくる。

「!」

 素早い動きでリコのマシンガンを弾き落とし、その首根っこを掴んで絞め上げる。

「ぐあっ……!」

「残念でしたね。私の体は、自在に鋼鉄化できるんですよ」

 そう言って男は、作業着のファスナーを開けて銀色に輝く胸板を見せる。この能力でレオンの剣やリコのマシンガンを防いだのだ。

「き、貴様が……デボレとバナーレを……!?」

「くくく……弱っちい魔人でしたよ、二人とも」

「工場の人たちも……貴様が……!?」

「くくく……」

 その力を込め、リコの首を捻じり潰そうとした時、レオンが大剣で斬りつけてくる。だが男は左手でまたもガッチリ受け止める。硬質化した手と剣のぶつかる金属音が鳴り響く。

「無駄ですよ、何度斬りかかってこようと」

 ところが、剣から電撃が伝わり男にダメージを与える。

「ぬわあああああ!?」

「うわあああああ!?」

 ショックで男はリコを手離してしまう。レオンの読み通り、物理攻撃は効かなくても、電撃などは通用するみたいだ。

「ただの剣じゃないんだよ。あんたの本日の運勢、『感電に注意』だな」

「わ、私まで痺れさせてどうする……」

「どうでもいいですけど、早く座りなおした方がいいですよ。パンツ丸見えです」

「はわっ!?」

 男に放り投げられ、みっともなく倒れたその恰好はスカートがめくれあがり、レオンの言う通り見事に白の下着が丸見えになっていた。慌ててリコはスカートを直す。

「一応恥じらうんですね、その歳でも」

「貴様……任務が終わったら貴様も殺す」

「ぐっ……ガキどもがああああ……!」

「うるさい! 貴様のせいで、えらい赤っ恥だ!」

「黙れ、コラァ! 色気の欠片もねえションベン臭いガキが抜かしてんじゃねえ!」

 ダメージを受け、さっきまでの礼儀正しい言葉使いから一変し、乱暴な口調になる。しかしその一言で、リコの何かが切れる音がする。

「何だと……?」

 ゴゴゴゴと漫画さながらの効果音が聞こえてくる。リコの体から燃え盛る炎まで見える。だが炎の方は現実のものだった。その炎の中から、全長5メートルはあるかという巨大な怪物犬が現れる。

「ギョギョギョギョ!?」

「ケルベロス!」

 炎の番犬、ケルベロス。これがリコの能力だった。リコの掛け声で男に飛びかかるケルベロスは、その全身にまとった炎で男を焼き尽くす。

「ぎやああああああああああああああ!」

 いくら体を硬くできようが、これではひとたまりもない。さらにケルベロスは飛び上がり、上からこれまた巨大な火の玉を吐き出す。

「うおおおおおい、ちょっと!」

 これにはさすがのレオンも慌てる。そしてすかさず工場の外へと退避する。

 爆音を上げ、工場が丸ごと吹き飛ぶ。ほとんど勝負がつきかけていたにも関わらず容赦ない追い打ちは、不必要に工場まで破壊してしまった。



「どうしてわかった? 奴が異魔人であると」

「いや、別にわかってはないですけど」

「わかっていて斬りかかったのではないのか?」

「っていうか、こいつが異魔人だったら俺の一撃くらい簡単に受け止めるだろうなって」

「な、何だと!? そんな理由で貴様、斬りかかったのか!?」

「はあ……そうですけど」

「あ、ありえん……もし間違っていたらどうするつもりだったのだ!?」

「その時はごめんなさいで済むかなって」

「済むか! 貴様……ハチャメチャなのは聞いていたが、限度があるぞ……」

「リコさんも十分ハチャメチャだと思いますけど」

 レオンは全壊した工場跡を見渡してそう呟く。工場の瓦礫の下から、かろうじて焼け残った食料を漁って食べるレオーネ。

「おい、レオーネ。んなもん食うな」

「食いしん坊なライオンだな、奴は……。それより、レオン。思い出したぞ、この男。見たことのある顔だと思っていたが、こやつはグリーディ・アバリシア。サタンの魔人だ」

「サタンの?」

 サタンとは、ガイアと同じ、魔人たちの里の一つである。ただし魔人の総数三千ちょっとのガイアに対し、サタンは約十万と規模そのものが違う。

「異魔人じゃなかったってことですか? まずいじゃないですか。倒しちゃいましたよ?」

「こやつはデボレとバナーレを殺めたことを認めた。その時点で処分の対象だ。殺しても問題はない。だがそれより……何故こやつが二人を……?」

「だからまずいって言ってるんですよ。話を聞き出す前に滅茶苦茶するから」

「ええい、うるさい! そもそも貴様があんなことを言わなければなあ!」

 喧嘩していると、瓦礫の山を漁っていたレオーネが突然、地面の中へ落ちていく。

「レオーネ!?」

 駆けつけると、工場の床がはがれ、地下へ通じる穴ができていた。レオーネ自身は翼をはためかせ、すぐに上がってくる。

「これは……地下室ですかね?」

「さっき工場内を見たときはそれらしき入口はなかった。隠し通路か。何のために……?」

「降りてみますか」

 怪しい臭いがプンプンすると感じた二人は躊躇なく下へ飛び降りる。中には大きな部屋があり、仰々しい装置の付いた、人が入れるくらいの大きさのカプセルが並んでいた。

「な、何だ、これは……?」

 カプセルは空っぽだが、ここで何か実験らしきことが行われていたことは見てわかる。

「なーんでしょうね、こいつは? 医療装置ですかね? こいつに入れば疲れがすぐとれるみたいな?」

「そんな平和的な設備には見えんな。こいつをわざわざ隠していたということは、表ざたにできないような実験を行っていたに違いない。だが……一体何を? 手掛かりになりそうな痕跡が一切見当たらないのはどうしてだ?」

 この部屋にはカプセルの他に、テーブルやらいくつかのラックが置いてあるが、書類や薬など、およそ何らかの実験に必要そうな物品は何一つ見当たらない。というか……〝片づけられた〟ように部屋全体がスッキリしていた。

「多分、俺らが来ること予想していたんじゃないですかね? グリーディって奴がサタンの魔人ならデボレとバナーレのことも知っていたかもしれませんし、あいつらが行方不明になったら捜索隊が来ることも予測できますからね」

「確かに……あり得るな。テーブルやラックに埃が積もっているわけでもないし、長いことここが使われていなかったようでもなさそうだ」



 レオンとリコはひとまず地下室を出て、今度は工場と繋がっていた洞窟の中へ入ってみる。そこは二人が期待したような手掛かりはなく、洞窟内に手を加え、従業員用の宿舎に改造しただけの施設しかなかった。

「ただの寝床か……」

「……! リコさん、これ」

 レオンは廊下の隅に置かれた段ボールの山を指さす。ガムテープで封をされているが、中を開けてみると工場で見た食料と同じものが梱包されていた。段ボールの上面には宛名の書かれたラベルも張ってある。

「これから出荷される予定だったみたいですね」

「これは……行き先、パラディ……? 浮遊都市パラディか」

「こりゃまたオシャレなところへ、オシャレな食べ物が送られる予定だったんですね」

「見ろ。全部宛名が同じだぞ。この食べ物……パラディにしか送られないということか?」

「まあ言われてみれば、少なくとも俺がいたイニーツィオの町では見かけなかったなぁ、こんな食い物」

「何かありそうだな、これは……」

 目撃されたはずの異魔人はそこにはおらず、いたのはサタンの魔人。そして謎の地下室を設けた工場。同じ都市にしか送られない食料……。この事件、どうやら思っていた以上に奥が深いとリコは予想していた。



 一通り工場内を調べつくし、レオーネに乗り、また空を飛んで移動するレオンとリコ。

「とりあえずガイアへ戻るぞ。グランにこのことを報告だ」

「りょーかいっす」

「……ん?」

 リコは地上を走る馬車を見つける。随分急いでいる様子で不審に思うと、その後方から走って追いかける、ジェット噴射で宙に浮いて走るエアカーの姿があった。

「くっ!」

 馬車には若い男と女が一人ずつ乗っており、男が馬に鞭を入れて早く走らせようとする。だがエアカーに乗っている二人組の男たちは余裕の表情だった。

「無駄無駄! 馬車がエアカーと競争して勝てるかってんだよ!」

 操縦していない方の男がバズーカを取り出し、馬車の車輪を打ち抜く。

「きゃあ!」

「ぐあっ!」

 馬と車が倒れ、乗っていた二人は地面に放り出される。激突の衝撃ですぐには立ち上がれず、逃げることもできない。

「へへ、散々手こずらせやがって。大人しくブツを渡しゃいいものを」

「……引き受けた荷物は何があっても届ける。それが私たちの仕事だもん!」

「もうよせ……! ここは奴らにあれを渡そう。もうそうするしか……」

「嫌だよ……! この人たちは、私たちの仲間を殺したんだよ……?」

 男が女をいさめようとするが、女は首を振って抵抗しようとする。賊たちはナイフを出し、じりじりと歩み寄ってくる。

「へっ、じゃあそっちの姉ちゃんだけでも死ぬか?」

「よ、よせ!」

「逃げて、トライだけでも! これを持って!」

 女がトライと呼ばれた男に、細長い木箱を渡そうとする。

「させるかよ、死ねや!」

「やめろー!」

「!」

 女がもう駄目だと思い目を閉じた瞬間、カキィン! という鈍い金属音が鳴り響く。恐る恐る目を開けてみると、そこにはレオンが立ち、賊のナイフを剣で受け止めていた。リコもレオーネに乗ったままではあるが、地上まで降りてきていた。

「なっ、何だテメーは!?」

「レオン、やってしまえ」

「はい、ご隠居様」

「誰がご隠居様だ!」

 レオンはリコのツッコミを気にせず、二人の男を一瞬にしてなぎ倒す。もちろん峰打ちなので、気絶させただけだが。

「す、凄い……!」

「お主ら、怪我はないか?」

「あ、あわわわわわわ……!」

「む? そうか、こやつが怖いのだな? ほれ、しばしあっちへ行っておれ」

 リコはトライがレオーネを見て怯えているのに気づき、レオーネを遠ざけてやる。

「あ、ありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいか……」

「あ、あんたら、魔人か? もしかして……」

「魔人様?」

「うむ、いかにも。こやつらは盗賊か?」

「なんか悪いけど、あんたたちそんな金目のものを持っていそうにも見えないけどね」

「レオン! す、すまん、あの通り、思ったことを遠慮なく口にしてしまうアホでな……」

「これを狙ってきたんです」

 女は先ほどトライに預けようとした木箱を見せる。

「何だ、その木箱は?」

「中には……一つの巻物が入っています」

「お、おい、ナキ。顧客の情報を無闇に漏らすのは……!」

「でも、この方たちは命を助けてもらったんだよ? 話す義務があると思う。それに……私たちだって、どうして狙われたのかよくわかってないじゃない。魔人様の知恵をお借りした方がいいと思う」

「どうして狙われたのかわからない?」

「はい……。実は私たち、運び屋をやっているんです」

「「運び屋?」」

 レオンとリコ、同時に質問する。

「お客様が届けて欲しい物を届ける、ざっくり言うとそんな仕事です」

「なるほど、届けて欲しい物は通常の宅配業者に頼めないような、何か危険な代物、というわけか……」

「この巻物はアインシティのコネサンスという学者の方から受け渡された物で、何が書かれているのかはわかりません。届け物の詳細は依頼者が話そうとしない場合は、こちらから聞かないのがルールですので……。

 それを受け取って、配達先へ向かう道中、あの盗賊たちが襲ってきたんです。私たちの他に二人仲間がいたんですけど、あの連中に殺されて……。それまではエアカーで移動していたんですけど、盗賊たちに破壊された上に新しい物を買うお金の余裕もなくて、それで馬車で何とかここまで逃げてきたんですけど……」

「ふ~む……。ちょっと見せてはくれんか? その巻物とやら」

「はい、わかりました」

「ナキ!」

「いいじゃない、非常事態なんだから。このままじゃ、私たちお仕事遂行できないよ? 死んだ仲間のためにも……絶対これを届けなくちゃ」

 ナキと呼ばれた少女は木箱を開け、リコに巻物を手渡す。広げて読んでみるリコ。隣からレオンも覗く。

「うおっ……!」

 リコは書かれている文面に驚く。今までに見たことのないような文字だった。魔人界ではまだまだ若いとはいえ、長く生きている分、知識もそれなりに身に着けているのだが、これまで学んできた中でこんな文字は記憶にない。

「相当レアな古代文字ですね、これは」

「読めるか、レオン?」

「いや、全然」

「魔人様たちでも読めませんか……。実は私もこっそり見てみたんですけど、何語なのかさっぱりで」

「よっしゃ、それならこいつらに聞くのが一番だ」

 レオンは気絶させた賊たちの半身を起こし、頬をバシバシと何度も引っ叩く。すると賊が目を覚ます。

「はっ、うお!?」

「よお、お前ら、何でこいつを奪いに来たんだ? こいつに何が書いてあるのか知ってんだよな?」

「しししし、知らねえ! 俺ら、金で雇われただけなんだよ!」

「何だと?」

「どっかの外国人から、奪って期日までに指定の場所へ持って来れば大金を渡すって言われて! 前金ももらったんだ! そんで……!」

「わーった。もういい、消えろ」

「「はっ、はいいいいいいー!」」

 猛ダッシュで走り去っていく賊たち。あっという間に消え去っていく。

「とんだ肩すかしでしたね」

「むう……全く。金で簡単に犯罪に手を染めるとは、呆れたものだな。して、これをどこへ届ける予定なのだ?」

「浮遊都市パラディです」

「「……!」」

 その都市の名前に、レオンもリコも反応する。単なる偶然か? 先ほど、デジデーリョでこの都市に何か秘密があることを嗅ぎ付けた矢先にまたもパラディの名が。

「そうか……。どうだろう、お主たち。ここで会ったのも何かの縁。私たちがパラディまで送ってやろうと思うのだが?」

「えっ? よ、よろしいのですか?」

「その代わり、私たちは今、ある任務の経過報告へ向かう最中のため、若干遠回りになってしまうが。それでも馬車でパラディへ向かうよりかはよっぽど早く着くだろう」

「あ、ありがとうございます……それでしたら」

「いやいやいやいや、いいっすよ、そこまでしてもらわなくても」

「と、トライ?」

「あのなぁ、ナキ。魔人様ってのは色々な任務で忙しいんだ。世界中にはありとあらゆるモンスターやら魔人崩れの異魔人ってのがいて、普通の人間には手に負えない事件の対応に追われているんだ。

そんな魔人様の手を煩わせるなんて、心苦しいと思わないのか? 第一、賊はもう倒してもらったんだ。あとは俺たちだけでパラディまで行けるだろ?」

「う、うん……。まあ……そうだね、確かに。すみません、魔人様。せっかくの申し出なんですけど、やっぱり私たちだけで行きます」

「そんな、遠慮するな。そもそも馬車だって、賊の攻撃で壊れてしまったではないか」

「大丈夫です。馬の方は無事なので、二人ならまたがってでも行けますし……」

 そう言ってその馬の方を見ると、どこにも見当たらない。代わりに、おそらく馬がいたと思われる場所で、レオーネが口をモゴモゴさせていた。

「ぬわああああああああああああああ!?」

「えっ!? えっ!? えっ!? えっ!? えっ!? えええええええええ!?」

「れ……レオーネえええええええええええええ!」

「レオーネ、お前また食っちまったのかよ?」

「おい、飼い主。貴様、責任者のくせに一番軽いリアクションとはどういうことだ?」

「ぬおおお、何してくれんだ、クソライオン! 食ったろ? 俺らの大切な馬、食ったろ!?」

 レオーネは返事の代わりにゲップをする。トライたちの大事な馬はすっかり飲み込まれてしまっていた。

「こんの、馬鹿ライオン!」

「ガオオオオオオオオオ!」

「どひゃああああああ!?」

 レオーネを責めるトライだったが、吠えられてたちまちナキの後ろへ隠れてしまう。すると今度はレオンに向かってまくし立てる。

「おい、あんたが飼い主なのか!? どうしてくれんだよ、ああ!?」

「ご、ごめんなさい……」

「ごめんじゃねえだろ! さっきも言ったけど、俺らは残り金少ねえんだよ! 他の交通手段は使えねえんだよ! これじゃ行けねえだろ、パラディによお!」

「だからごめんってば」

「何故ごめんで全てが済むと思っているのだ、この男は……?」

 一応、レオンなりに反省してはいるつもりなのだが、怒られ慣れているせいか誠意の表し方がよくわからず、あっさりした口調でかえって相手の感情を逆撫でしてしまう。

「すまん、本当に申し訳ない。しかしこうなった以上は、やはり私たちと共に行く以外になさそうだ」

「そ、そうですね……仕方ないよ、トライ。食べちゃったの、吐き出してもらうわけにもいかないし……」

「ぐぐぐ……!」

「この通りだ。必ずや無事にパラディまで送り届ける。貴様も謝らんか!」

「痛っ、すんませんでしたー!」

リコに後ろ頭を掴まれ、力ずくで頭を下げさせられるレオン。子供に叱られている大人のようで、どこか滑稽な構図だった。

「わかりました。じゃあよろしくお願いします。自己紹介がまだでしたね。私、ナキ・フランコって言います。こっちは幼馴染で同じ運び屋のトライゾン・キヤーナです」

「うむ、よろしくな。私はリコフォス。こっちは紹介したくないがレオンだ」

 リコとナキが握手しようと手を伸ばした、その時だった。

「キヒッ、辿りつけるかね~、パラディまで」

「「!」」

 上空からの声。すかさずレオンとリコはトライとナキを抱えて飛び退いて、襲撃者の攻撃を回避する。

「! な、何!?」

 長く鋭い爪から繰り出された一撃は、地面を豆腐のように軽々と削り取ってしまう。長髪の面長の男がその抉り取った地面の上に降り立つ。

「だってここで死ぬんだもん、君たち」

「何者だ、貴様?」

「名乗るほどの者じゃないよ」

 とぼけた回答をする男を見て、同じくさっきまでとぼけていたレオンの顔つきが変わる。目の前にいる男の放つ殺気の凄まじさから、先ほど相手にしたグリーディとは比べ物にならない強さを感じ取っていた。

「離れてろ」

 レオンとリコは抱えているナキたちを降ろし、避難するよう声かける。その間に男は有無を言わさずに仕掛けてきて、まずはリコに飛びかかる。素早くマシンガンを抜いて撃とうとするリコだが、男の間合いを詰めるスピードの方が速く、構えたところで引き金を引く前に弾き落とされてしまう。そして間髪入れずボディーに強烈な蹴りを叩き込まれる。

「ぐっ!」

「リコさん!」

 更にはもう一度勢いをつけた回し蹴りを同じ個所に受け、リコは数十メートルも吹っ飛ばされ、岩に激突する。魔人たちの戦いを初めて目の前で見るナキはその激しさ、あまりにも人間離れした力に驚く。

 レオンは剣を抜き、男に向かって一太刀を浴びせようとするも、超人的なスピードで四方八方へ飛んでかく乱される。目で追おうとするも、あまりの素早さについていけない。

 すると背後から爪で斬りつけられ、どうにか身を捻って致命傷こそ回避するも、その場にうずくまってしまうレオン。

 レオンがやられたのを見て、今度はレオーネが突進してくる。だがそのレオーネの動きをも男は凌駕し、ひらりとレオーネをかわしたかと思えばすぐに返しの一撃をレオーネの腹に叩き込む。

「レオーネ!」

「お、おのれ……!」

 リコもダメージが大きく、まだ立ち上がれない。スピードだけではなく思ったよりパワーもあり、体も大きいため、小柄なリコには一撃一撃が重かった。

「キヒッ、どうした? 手も足も出ないねえ」

「ちっ」

何とか立ち上がるレオンだが、依然捕えようのないスピードで動き続ける男をどうにかするため、切り札のタロットカードを一枚引く。

「俺の今日の運勢に賭けるぜ!」

 ところが引いたカードは何も書いていない真っ白の、いわゆる『スカ』カードだった。

「ぬわにいいいいいい!?」

「あ、あの馬鹿レオン……!」

「キヒヒヒヒッ、切り札も終わり? じゃあトドメね」

 動きについていけてないレオンを、またも背後から襲いかかろうとする男。リコは離れた場所からその様子を見ていたため、レオンの危機に気付くが、止めようにももう遅い。

「レオンさん!」

「危ない!」

 リコが叫んだその時だった。レオンの背後にいる男の、更に後ろで大きな光が輝く。男もその不審な光に気付き、サッと振り返る。すると一人の少女が視界に飛び込んでくる。

「一撃必殺!」

 その輝きは少女の拳から放たれているものだった。光の拳を、レオンを仕留めたと思って油断していた男の脳天に叩き込もうとする。

「うっひゃあ!」

 すんでのところで少女の攻撃をかわす男。あと気付くのがコンマ一秒遅ければ、自分の顔面はバラバラに吹っ飛んでいただろうと思い、少しゾッとする。

「アクア!」

「ったく、あたしの手間を取らせるなんて」

 アクアと呼ばれたその少女、ロングヘアーにマントを翻し、リコとはまた違った学生服のような衣装を着ている、レオンと同い年くらいの女の子だった。

「よく避けたわね、あたしの能力『一撃必殺』」

 パワーが売りのアクア。その能力は己の物理攻撃力を極限まで高めて放つ拳。そのオーラの凄まじさに、加えて手負いとはいえレオンとリコが加わり、自身の戦闘力とどちらが上か瞬時に計算する。

「新手の魔人か~。一対三はちょいとキツイかねぇ。というわけで、バイバイ!」

「あっ!」

 カエルのごとく足に力を入れて大きくジャンプし、あっという間に逃げ去ってしまう男。純粋なスピード勝負ならこの中でナンバーワンのため、追いかけっこではまず勝ち目はない。レオンもリコも、アクアもここは追おうとしない。

「たーすかったぜ、アクア! どうしてここに?」

「グラン様から言われたのよ。レオンが無茶しそうだったら生死を問わずに止めろって」

「生死を問わずって、酷いな……」

「ったくもう! 相変わらず弱っちいんだから! あたしの一個上でしょ、あんた!?」

「まあでも魔人としてはお前の方が先輩だし」

「そうね、先輩だもんね。だからあたしの方が強くて当然だもんね! 天才だから!」

「そうそう、天才」

「あんたに言われると腹立つのよ!」

「な、何でそんな怒ってんだよ?」

「何であんたなんかが……何であたしより……ブツブツ……」

 レオンとアクアが口論している間、ナキはリコに駆け寄る。

「あ、あの、大丈夫ですか……?」

「うむ、問題ない。すまんな」

「あの……あの人は?」

「ああ、アクア・エレティック。私たちと同じ、ガイアの魔人だ。レオンの監視をしていたとは知らなかったな」

「何かやたらレオンさんに絡んでますけど……」

「うむ、まあ何と言うかな……奴はレオンの一つ年下だが、3歳から魔人として覚醒したため、10歳から魔人として覚醒したレオンより先輩ということになるわけだが、色々因縁があってな。

 魔人というのは通常、その力をコントロールできるようになるのに30~40年ほどかかる。かくいう私も、13で魔人となり、一人前と認められたのは50手前だった。それがアクアは……当時としては最短、8年でその力をコントロールできるようになったのだ。だからこそ、〝天才〟であったり、〝異端者〟と呼ばれているわけだが。

 その記録を塗り替えたのが、実はあのレオンなのだ。アクアが記録を作ったわずか一年後に更に大幅に記録を縮める、たった3年で奴はその力を操ってみせた。まあいくら早く力をモノにしようと偉いわけではないがな。

 だが天才として騒がれていたアクアのプライドは、よりによってレオンなんかに抜かれたことで傷つけられた。それ以来、アクアはレオンをずっとライバル視しては、ああやって突っかかっているという話だ」

「そ、そうなんですか……。魔人様の世界も色々あるんですね」

「リコフォス、あんたがついていながら、とんだ様ね」

「うぐっ……し、仕方ないだろう。二対一とはいえ、不意打ちだったのだから」

「そこの岩陰に隠れている男も、さっさと出てきなさい。事情は大体把握しているから、早いとこガイアへ戻ってグラン様へ報告に行くわよ」

 アクアに言われて岩陰から出てくるトライ。姿が見えないと思いきや、いつの間にか一人隠れていた。

「待て、アクア。今襲ってきた男は一体……?」

「エアガイツよ」

「エアガイツだと!? まさか……!」

「誰、それ?」

「十年前に死亡したとされる、サタン出身の魔人よ」

「……!?」

「一度だけ、サタンに行ったときに会ったことあるから覚えてるわ。間違いない、エアガイツ・アンビシオンよ」

 一日で二度もサタンの魔人に襲われたレオンとリコ。そしてガイアへ戻る道中に出会った運び屋の少年トライと少女ナキ。浮遊都市パラディで一体何が待ち受けているのか、レオンたちにはまだ知る由もなかった。

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