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宝石の目と海の翅 ~ムシの国の物語~  作者: 福山陽士
最終章 戦火の孤島編
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21.風に乗って

 海風を受け、木々の枝の先が揺れる。

 城の近くの森。フライアに教えてもらった巨木に辿り着いたペルヴォは、その根元に腰掛けた。

 形も色も違う小石が数個、無造作に積み上げられていた。おそらく、せめてもの墓標代わりなのだろう。簡素すぎるその墓標に、ペルヴォは指先でそっと触れた。


「結局、最後まで触れさせてもらえなかったね。記録媒体でさえ無理だとは」


 目を閉じて、ペルヴォは独り語る。城の屋上の時よりも、さらに彼の『老化』は進んでいる。声も少し低い。


「でも、それでこそ君だ」


 目の周りの皺が、より深く刻まれた。

 絶えず聞こえてくる(さざなみ)の音に身を委ねるかのように、しばらくの間ペルヴォは動かなかった。


「思慕、友情、親愛、愛情、尊敬、賞賛――。僕の研究の締めを君に決めてもらえた時のことは、昨日のことのように思い出せるよ。だってあの君の口から『愛情』なんて単語が聞けるなんて、思ってもいなかったからね」


 小さく笑う。彼の言葉に答えるのは波の音だけ。それでも、ペルヴォはまるで会話をしているかのように、声を弾ませながら続ける。


「変わり者が多かった魔道士だけれど、その中でも実験に執着する君と僕は、特に変人扱いされていたよね。生まれつき備わった力を、研ぎ澄ませていった他の魔道士たち。それだけでは満足できなかった僕たち。僕は君とセットにされることに喜んでいたのだけれど。迷惑そうに顔をしかめる君を見るのも、ちょっと楽しかったんだ」


 まんざらでもなさそうに見えたのは、僕の自惚(うぬぼ)れかな――。まあ、それは後で聞くとしよう。


「あの実験記録を、拡散型の記憶共有型にしていた理由も教えて欲しいな。あれは本当に凄い実験だったから、ムー大陸の魔道士たちに君の成果を見せつけるにはうってつけの方法だけれど。君は少し寂しがりなところもあったから、それもあるのかなっていうのが、僕の予想。君は認めたがらないだろうけどね」


 そこまで言い切ると、ペルヴォは大木に背を預けた。


「そろそろ、君の所へ行こう。君は嫌がるかもしれないけれど。追い払わずに前のようにしてくれたら、僕はそれでいいよ」


 ペルヴォは空を見上げた。来た時と変わらず、青く澄んだ空が広がっている。


「あの時と同じ。絵の具を溶かしたような色をしている」


 呟き、空に手を伸ばした直後。

 より強い風が、ペルヴォの体を包んだ。


「あぁ……。まさか……。迎えに来てくれるなんて、思ってもなかったな……」


 少年のような笑顔が、彼の最期の顔だった。

 そしてペルヴォの体は、指先から崩れるように灰と化していく。

 千五百年という時間が、魔法力の尽きた彼の体を瞬時に飲み込んだのだ。

 灰は海風に高く高く巻き上げられ、空へと流れていった。







 ペルヴォが去った後、ラディムは崩折れるように両膝を地に着けた。フライアは力を振り絞り、彼の元へ向かった。


「ラディム……。すぐにイアラ先生の所へ――」

「いや、俺はまだ大丈夫だ。動けないほどじゃない。お前のほうが動けなさそうだけど」


 フライアは首を横に振る。

 上半身裸のラディムの体は、ペルヴォの魔法を直に受けて酷いありさまだった。

 (はね)を使って飛ぶことは、防御力を犠牲にするということだ。翅を持つ混蟲の弱点であるが、彼らにはどうしようもない。


「それより正直なところ、何が起こったのか半分くらいしか理解できてねえよ。壊したら終了だと思ってたのに、あんな――」


 全て言葉に出すことができず、ラディムは俯く。フライアも同じく視線を落とすが、やがて静かに口を開いた。


「私たちが封印の魔法だと思っていた、宝石にかけられた魔力。あれはきっと偽もの(フェイク)だった。おそらくだけど……魔力を増幅させる系統のものだったと思うの」


 フライアの予想を聞き、ラディムは思わず視線を跳ね上げた。


「つまり、俺たちはヴェリスに騙されていたってわけか……」


 千五百年もの間――。

 ラディムは苦笑するしかなかった。

 ヴェリスの今際の言葉を思い出す。


『あなた達にあの封印は……解けないでしょうけど、ね……』


 まったく、その通りだった。いや、彼女の言葉にまんまと騙されてしまったと言った方が正しい。記録を見るために『物理的に壊す』ことを、誰が思い付くだろうか。

 これに関しては、混蟲たちは負けた。そう思わざるをえなかった。悔しいがやはり、魔道士と呼ばれる存在は自分たちの想像を超えていた。

 重い空気が流れるが、フライアはそこで何かを決心したように顔をあげた。


「私、行かなきゃ。みんなの元へ、言葉を届けに」

「フライア……?」


 ラディムの疑問に答える前に、フライアは半分になった紅色の宝石を拾い上げた。

 宝石の輝きは、ラディムが断つ前と変わらない。ただ、宝石が纏っていた魔力だけは、少しずつ減少していることが感じ取れた。


「増幅の魔力が残っている内に、行かなきゃ。テムスノー国の、王女として」


 薄紅色の瞳が、城下町の方を向く。

 全ての場所での争いは、まるで時が止まったかのように静かになっている。森から上がっていた炎も、そのほとんどを白煙に変えていた。


「今、行かなきゃ」


 宝石を胸に抱えたまま、背の翅を広げる。その腕を、ラディムが横から掴んだ。


「一人では上手く飛ぶことができないだろ?」

「ラディム……。でも――」

「怪我のことなら気にするな。前みたいに血が足りないわけじゃない。ここまできたら、最後まで付き合ってやるよ」


 有無を言わさず、ラディムはフライアの手を引き、空に浮かぶ。フライアは半分に断たれた紅色の宝石を、しっかりと胸に抱え直した。


「お願い……。私の声を、みんなに届けて」


 宝石がフライアの風の魔法に呼応して、淡く輝いた。







『異国からの来訪者よ』


 高く澄んだその声は、突然空から降ってきた。城門の前にいた人々は声につられ、自然と上を向く。

 そこには、ラディムに腕を支えながらも自らの翅で飛ぶ、フライアの姿があった。


「姫様……!」


 エドヴァルドはフライアの姿を確認した瞬間、地に片膝を着く。オデルも彼女に続いて頭を垂れた。


「あれが……」


 ワスタティオは半ば呆けながら呟いた。

 軽く小突いただけで、いとも簡単に折れてしまいそうな、小柄で華奢な少女。

 王族らしからぬ地味なドレスに身を包んでいるが、背に広がる青い翅は、見る者が思わず息を止めてしまうほどの神々しさを漂わせている。


『あなた達にも、先ほどの千五百年前の光景が見えたことでしょう』


 混蟲になってから、創立祭の時でさえ大々的に姿を出すことがなかったフライア。テムスノーの民は、彼女の姿を初めて見る者がほとんどであった。

 背に輝く、海の底のような青い翅。人々は知らず目を奪われていた。

 虫と融合させられる祖先たちのおぞましい光景を見せられたばかりだというのに、なぜか彼女に対して、そのような負の感情は湧いてこない。背の翅で堂々と飛ぶ様は、むしろ美しいとさえ思った。


『人の足で容易に踏みいることができないこの地に、我らの祖先が移住してきた理由。それは、一つしかありません。平穏のためです』


 フライアと、彼女を支えるラディムはゆっくりと飛び続ける。

 フライアの胸に抱えられた紅い宝石が、淡い光を発していた。フライアは風の力を宝石で増幅し、皆の元へ声を届けているのだ。


『そして彼らの子孫である私たちが望むのも、また平穏であるのです。これは混蟲と呼ばれる我らだけでなく、テムスノーに住まう全ての民の総意です』


 港にも、フライアの声は漏れなく届いていた。フェンがフライアに対し膝をついて頭を下げると、テムスノーの兵たちも次々と腰と頭を下げる。

 対象的にアルージェの兵たちは、フライアの姿を食い入るように見つめていた。


『我らに平穏を。家族にさえ醜い姿を見られることを(いと)うた祖先たちの意思を、どうか尊重してほしいのです』


 祈りを込めたフライアの言葉は、アルージェ国の者たちの心に、静かに、それでいて確実に響き、染み渡る。


『そして、テムスノーの民よ。今、この国は傷ついております。人間と混蟲という垣根を越え、国を再生していく力を、どうか貸してください。我らは誰もが混蟲であり、そして人間でもあるのですから』


 フライアのその言葉を聞いた瞬間、スィネルはフライアの名前を呼び、大きな拍手を送った。

 森の消火にあたっていた人間たちも、スィネルにつられたのか次々と拍手を送る。パルヴィとヘルマンは、互いに顔を見合わせて微笑んだ。


「我らを『侵略者』ではなく、『来訪者』と表現するか、テムスノーの姫よ」


 ワスタティオは口の端に笑みを作ることしかできない。

 これ以上の戦いをやめさせるよう暗に促す、たったひと言の呼びかけ。先ほどの生々しい過去の映像を皆が共有した後に、あえてそう形容する。ワスタティオは小さな少女の内なる強さを垣間見た。

 既に撤退の意思を決めていたワスタティオであったが、いつかこの強さが欲しい――という思いはどうしても湧き上がってくる。

 テムスノー国の強さの根源は、混蟲がいるからではない。彼女のように、強い意志を持つ者が混蟲たちの頂点であるからだ。仮にこの国を擁することができれば、自国の発展に大きく影響するだろう。


「まぁ、それはいずれ――な」


 吐いた言葉は撤回はしない。今は――。


「各自、船に戻れ。生き残った他の者にも伝えろ。……撤退だ」


 ワスタティオは地に向けて笑みを落とすと、マントを翻し歩き出した。

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