表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝石の目と海の翅 ~ムシの国の物語~  作者: 福山陽士
最終章 戦火の孤島編
91/103

13.戦わぬ者たちの決意

 背負ったウォーハンマーを手に取り、構える女。女の背丈ほどもある武器であるが、その動作はまるで重さなど存在してないかのように、軽やかなものであった。

 同時に、ガティスは片腕を『蟲』のそれ――針に変形させる。


「これはね、鎚の部分で相手を叩き殺すだけじゃない。側面の刃で切り裂くこともできる武器なんだ」


 その残虐なところが気に入っているんだ――。

 親に楽しい遊びを話す子供のように、笑顔でガティスに語りかける女だが、彼からの反応はない。しかし気分を害した様子もなく、女はガティスを見据えたままだ。

 戦いは、それらしい言葉も合図もないまま始まった。

 ガティスが黙したまま、いきなり女の懐に潜り込んだのだ。

 白い軌跡を残し、真っ直ぐと繰り出されたガティスの『針』。それはまさに、真横に走る稲妻のような一撃であった。

 女は、鎚の部分でガティスの針を受け流す。しかしその顔からは、既に笑みは消えていた。


「先制攻撃。まさに蜂のように刺す――ってね? いいじゃん」

「マトラカ様!」


 兵士たちが叫び、次々と剣を構える。しかしマトラカと呼ばれた女は、鋭い眼光で兵士を制した。


「こいつはアタシの獲物だ。手を出すな」

「し、しかし――」

「アタシのだって言ってんだろ。お前らは適当に進んで適当に狩っとけばいいよ」

「それはなりません。隊長であるマトラカ様を残していくわけには――」

「じゃあ終わるまで見学でもしときなよ。……団体行動は苦手だって何度も言ったんだけどねえ。文句は采配をとった奴に言ってよな!」


 マトラカと兵士が話している間にも、ガティスは構わず次々と攻撃を繰り出していく。マトラカはそれを受け流しながら、少しずつ後退していく。


「普通の人間じゃないし、あんたを倒したら人間五十人くらいで換算してもいいよね? うん、決めた。五十ポイント」

「……勝手にポイントに換算されてたまるか」

「お? あんたちゃんと喋れたのか。なかなか良い声してるじゃん。結構好みかも」

「俺は無駄に喋る女は好みではない」


 キン――と、ひときわ甲高い音が木々の間に響き渡る。下から払うように振り上げたウォーハンマーが、ガティスの針を大きく弾いたのだ。


「安心しなよ。アタシも獲物に対しては異性としての価値を見出さないから、さ!」


 ガティスの頭に振り下ろされるウォーハンマー。

 力強く、それでいて非常に速い一撃であった。ガティスは何とか身を捻り、その攻撃を避ける。

 空振ったウォーハンマーは土埃を巻き上げ、激しい音を生み出した。

 地が大きく抉れていた。ガティスは背の(はね)を使い、一度マトラカから距離を取る。


「なるほど。一撃でも受けたら俺の負けだな、これは」


 蟻地獄の罠のようになった大地を流し見ながら、ガティスは小さく呟いた。


「こら! 空に逃げるなんて卑怯だぞ! 戦士なら正々堂々と勝負しろ! 下りてきやがれ!」


 がむしゃらにウォーハンマーを振り回しながら、マトラカは抗議している。彼女の行動の幼稚さと攻撃の威力とのギャップに、ガティスは思わず眉間に皺を寄せてしまっていた。


「俺はただの料理人なんだがな……」


 スィネルと共に武術の稽古をしていた経験だけで、ガティスは今やっている。実戦などやったことはない。だが、不思議と恐怖はそれほど抱いてはいなかった。


混蟲(メクス)でも――混蟲だから、やれることがあるはずだ)


 脳裏にラディムの姿を思い浮かべたガティスは、今までほとんど口にする機会がなかった『力ある言葉』を紡いだ。







 フライアは魔法陣の中央に立ち、目を閉じていた。

 地下牢に音までは届かない。だが、異様な気配は感じていた。

 この魔法陣は魔法を発動しやすくさせる効能と、中に魔法を閉じこめる効能があるだけで、身を守ってくれるものではない。それでも、フライアはここに立たずにはいられなかった。

 石畳の壁と床に囲まれた『研究所』。いつも以上に、ひんやりとした空気が不気味だった。


――今はせめて、自分にできることを……。


 フライアは魔法陣の上に立ったまま、紅色の宝石にかけられた封印の魔法の解除方法を考える。

 今までに、思いつく限りの魔法は使用してきた。先人たちが記した記録も、ほとんど目を通している。


「どういう魔法をかけたらいいの……? 千五百年もの間、ずっと破れない封印の魔法……。封印の、魔法?」


 突如、その言葉に違和感を覚える。

 フライアは、地下での一件を思い出す。

 ルツィーネたちに一喝したあの時。フライアの周囲には、わずかに風が巻き起こっていた。あれは、フライアが魔法を詠唱したわけではない。

 なら、『何』がそうさせたのか。


――もしかして体内に保管してある、この宝石のせい……?


 フォルミカの私室で、ペルヴォに魔力を吸い取られた時。自分の中に、人に分け与えるほどの魔法力があったのか――とぼんやりと考えた。

 今だから思う。その考えは半分は正解で、半分は間違っていたのではないかと。

 もしかしたら、ラディムにとても怒られるかもしれない。でも、頭の中に発生した疑問をどうしても確かめたかった。

 フライアは魔法陣の上で背筋を延ばした。

 風が囁くように、体内から宝石を取り出すための魔法を詠唱する。フライアの詠唱に合わせ、魔法陣の文様に沿って青白い光が溢れ出てくる。

 その時だった。

 天井を突き破り、何かが落下してきたのは。

 鼓膜を蹂躙する激しい音。瓦礫と土埃に視界が潰される。フライアは思わず悲鳴を上げてしまった。何が起こったのか一瞬で理解できなかった。

 だが、混乱に身を投じて硬直している場合などではないと、フライアは瞬時に悟る。

 濛々(もうもう)と舞う土埃の中――ラディムが仰向けで、魔法陣の前に倒れていたからだ。







 その人物は、天井の低い通路を出た瞬間、腰に手を当てて伸びをした。

 彼女(・・)の前には、木製の扉。躊躇することなく扉を開けたのは、アウダークスだった。自室の隠し通路から、セクレトたちの職場へとやって来たところだったのだ。


「ハロー、セクレト……っと。ちょっとお邪魔だったかしら?」


 頬に手を当てるアウダークスの前には、エドヴァルドの育ての親、セクレトとトレノがいた。アウダークスに背を向ける形で並んでいる彼らは、互いの肩が触れ合うほどの距離にいる。

 セクレトは少しだるそうに振り返るが、トレノと離れることはしない。


「馬鹿なことを言うな。というか、そう思うならノックをしろ。それより、エドヴァルドの方はどうなったんだ」

「ちゃんと送り出したわよ。だけど――」

「地上での異変、か?」

「そう、さっきから揺れてるでしょ。こんな状況になるような行動は、あの子たちの『計画』にはなかったはずよ。……ん? もしかしてその言い方、何か知っているの?」

「それを確かめるために、今『見て』いたところなの」


 答えたのは、それまで熱心に壁の穴の一つを凝視していたトレノだ。二人がくっつくほど距離を詰めていたのは、この穴を見ていたからである。


「『見て』? どうやって?」

「ハラビナよ」


 薬の材料として、遙か昔に作られた魔法植物。それは、別の面も持っていた。

 花を通して、まるで眺望レンズのように地上の様子を見ることができるのだ。

 ハラビナは放っておくと、周囲の草花の養分まで吸って成長してしまう。ハラビナの養分を取りながら、周囲の観察をすることも大切なトレノたちの仕事であった。

 セクレトに促され、アウダークスは壁に無数開いた穴の一つを覗きこむ。数秒も経たぬまま、アウダークスは声を上げていた。


「――っ!? 何なのよこいつら!?」


 アウダークスが見たのは、見たことのない鎧に身を包んだ、多くの兵士の姿であった。

 武器を携え、森の中に佇んでいる。彼らの視線の先には、ウォーハンマーを持った女と、見たことのない黒髪の混蟲が対峙していた。

 一度穴から顔を離したアウダークスは、青ざめながらセクレトたちに振り返る。


「武装した他国の人間……。もしかしなくても、この国は今攻められているの……?」

「俺たちにもわからんが、その可能性は高そうだ」

「大変。女王蟻様に報せに行かないと……!」

「ちょうど今から行こうとしていたところだ」

「私が行くから! セクレトはトレノの側にいてやりなさい!」


 有無を言わさぬ迫力のアウダークスに、セクレトは思わず言葉を失ってしまう。

 アウダークスの行動は早かった。既に入り口へと引き返している。


「これからどうなるかわからないわ。あんた達も気をつけなさいよ!」


 一方的に言い捨てると、アウダークスは姿を消す。嵐のように去っていったかつての同僚を、セクレトは苦笑しながら見送った。


「相変わらずだな、あいつは……」

「あなた……」


 セクレトに呼びかけたトレノが持っていたのは、琥珀色をした結晶だ。

 ハラビナから抽出した成分が詰まったもの。これを介し、様々な薬品が作られるのだ。

 トレノの考えをすぐに察したセクレトは、一度目を閉じた後、決意したように頷いた。


「ああ、わかった……。『逆流』させよう」


 二人は部屋の中から結晶をかき集め、次々と穴に放り込んでいく。


――エドヴァルド、私たちにはこんなことしかできないから。でも、『これ』で少しでも状況に一石投じることができれば――。


 トレノは結晶を手にしたまま、我が子に祈った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ