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宝石の目と海の翅 ~ムシの国の物語~  作者: 福山陽士
最終章 戦火の孤島編
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5.第一陣

 女王蟻の私室を出たペルヴォは、外で待機していたアルージェ王に笑みを向けた。


「中にいるのは、この国の地下を納めている女王蟻とその一族だよ。まぁ、この一族は僕が暇潰しのために作った(・・・)のだけれど。既に用済みだから、君たちの好きにすればいい」


 ペルヴォの説明に、アルージェ王はピクリと片眉を跳ね上げる。


「この国の権力者の一人というわけか。ありがたく有効活用させていただこう。無闇に人を(ほふ)ることだけが戦ではありませぬからな」


 アルージェ王は淡々と告げた後、後ろに控えていた兵士らに視線を投げる。言葉こそなかったが、それだけで数人の兵士が列をなして部屋の中に入って行った。


「なかなか慣れたものだね」


 ペルヴォは心から感心したように呟く。

 捕虜を確保しておけば有効に働く場合が多いと、この場にいる誰もが理解していた。


「第一陣は比較的理知的な者が多い。血の気が多い、例外もいるがな」


 王が言うと、赤髪の男がそれは自分だと言わんばかりに口の端を上げた。その笑みも研ぎ澄まされた刃物の如く、鋭い。


「さて。それでは僕は先に上に行かせてもらうよ」


 ペルヴォの言葉に誰よりも早く反応したのは、その赤髪の男だった。


「俺も連れていけ。道が複雑すぎて時間がかかりそうだ」

「ガラズチ」


 アルージェ王の呼びかけに、ガラズチと呼ばれた刃物の男は苦い顔をしながら渋々と後ろに下がる。


「いや、良いよ。確かにこの地下はとても複雑で面倒だ。ここにいる者だけでよければ僕が運ぼう。ただ、その後は自由行動をさせてもらうよ」


 ペルヴォの提案に、アルージェ王は深く礼をした。ガラズチもペルヴォの提案に満足したらしく、それ以上は口を開かない。上機嫌に、体に括り付けた刃物の一つを指でなぞっている。


「魔導士殿、最後に確認を。この国をどうするのかは、我々に任せていただいてよいのだろうか」

「王女以外はご自由にどうぞ。……逆に、王女にだけは絶対に手を出すな」


 これまでの穏やかな口調とは一変。強く、執念すら感じるペルヴォの言葉に、兵士らは堪らず息を飲んだ。

 ペルヴォは掌を上に向けた。瞬く間にその手に光が集まる。直視できないほど眩い光に皆が顔を逸らした次の瞬間――。

 魔導士を中心に、光の柱が垂直に走った。

 槍のような鋭い光は、何層もある地下坑道を縦に突き抜けた。

 数秒遅れて、鳥の鳴き声のような音が追随した。

 大砲の音よりも高音のそれは、皆の鼓膜のみならず、地下そのものを揺るがす。


「――――!」


 一同は声すら出すのを忘れて、天を見上げる。彼らの遠く頭上に広がるのは、晴れやかな空であった。


「はっ――! 文字通り穴を空けたってわけか。相変わらず常識外れなことをしやがるぜ、魔導士さんはよ」

「それはどうも」


 額に冷や汗を浮かべて苦笑するガラズチに、ペルヴォは上機嫌に答える。


「さぁ、浮くよ」


 ペルヴォの体が上昇すると、皆の足も地を離れた。兵士らは自分の足元と周囲を何度も見比べている。そうしている間にも、彼らの体はみるみるうちに上昇していた。


「もう少しで、会える」


 呟くペルヴォの眼鏡の奥の瞳は、郷愁の色に揺れていた。







 地下にいち早く潜っていたフェン一行は、フライアの魔法のおかげで、既に地下の最下層まで辿り着いていた。魔法の効果は少し前に切れてしまったが、彼らにしてみれば十分すぎる効能だった。

 その高い轟音を聞いたのは、港に近い場所まで来た時だった。音と同じくして、足元が左右に揺れる。


「地震?」


 皆は咄嗟にその場にしゃがみ込む。しかし、揺れは一瞬で収束した。

 何かがおかしい。

 立ち上がる各々の顔には、不安と困惑が広がっていた。


「音は上からか。くそっ。既に地上へと向かっている連中がいるみたいだな」


 岩壁の天井を見上げながらフェンは呟く。


「でも、すれ違いませんでしたが」

「他にも上へ行く道はあるらしい。急ぎすぎて失念していたな……。どうやら俺たちが通り過ぎてしまったようだ」


 フェンはその立場上、港が完成するまで何度か地下に通っていたことがある。そのおかげで、港までの道のりは何とか覚えていたのだ。しかし、他の道までは現時点では知ることはなかった。

 テムスノーの地下の広さは、そのまま地上の広さと重なっている。そのうえ、とても複雑な構造をしているのだ。エドヴァルドが地下の全容を把握しているのは、長年住んでいたからこそである。


「隊長。戻りますか?」

「いや。予定通り港へ行く。既に侵入している奴らは他の奴に任せる。おそらく、ラディムも異変に気付いているはずだ。魔法が扱えるあいつに任せておけば大丈夫だ。俺たちはこれ以上の侵入を阻止するぞ」

「……わかりました」


 フェンの口からラディムの名が出たことと、『大丈夫だ』と断言もしたことで、この場を取り巻く焦燥感は幾分か和らいだ。彼らも、ラディムの魔法の腕は良く知っているのだ。

 兵士らの心の動きを敏感に読み取り、即座に対処する。フェンは無自覚にやっていることだが、それが混蟲の彼が兵士らを取り仕切る役職に就いている理由でもあった。


「船の数を考えると、これから上陸してくる人間の数のほうが遙かに多いでしょうが……」


 一人の兵士がぽつりと洩らした呟きに、皆の顔は強張った。再び重い空気が戻ってしまう。


「それを俺たちが水際で食い止めるってわけだ」


 この心許ない人数で――。

 フェンはそれでも笑って言った。その顔に諦観の類は一切浮かんでいない。やる前から諦めてしまえば、既にその時点で負けているも同然なのだ。


「……戻ってもいいんだぞ?」

「いえ。死なばもろとも、です」


 兵士たちがフェンに笑みで答えた瞬間だった。

 一人の兵士が苦痛の声を洩らし、岩壁に背から倒れこんだのだ。

 どうした、と問う間でもなかった。矢が兵士の肩に刺さっていたのだ。アーマーの継ぎ目――非常に狭い空間を縫うように。針穴に糸を通すかのような巧みさに、皆は一瞬、芸術品を見ているような錯覚さえ覚えた。


「敵襲!」


 フェンの声で即座に我に返り、短剣を抜く面々。

 テムスノーの兵士たちが最も好んで扱っている得物は、槍である。それは魔法を扱う混蟲と相対した時のために、少しでもリーチ的不利を縮められるから――という理由からだ。しかしその長い槍も、狭い地下坑道で扱うには不便極まりない。故に、皆は一度槍をその場に置き、短剣に切り替えたのだ。

 追撃はこない。不気味なほどの静寂が耳に痛かった。矢を射られた兵士の呻き声だけが、岩壁に反射して静かに響く。

 この矢を放った者は、相当の手練れだ。偶然の賜物ではない。


「ここで待っていろ」


 負傷した兵士は顔を歪ませながらも頷いた。一人の怪我人に構っていられるような状況ではない。戦場で個を優先して全滅してしまっては、元も子もない。


「お前の所まで進ませない。動けるようなら上へ戻ってくれ」


 フェンは言い終えると、前方を注視しながら魔法障壁を張った。坑道の天井まで届こうかという円形の光の壁。これで、物理攻撃ならしばしの間弾くことができる。

 フェンはゆっくりと前進する。彼の魔法の発動媒体は『腹』である。かなり特殊であるが、フェンが移動をすれば、当然のように魔法障壁も移動する。槍を振るうには向いていないこの狭い地形は、守りに転用すれば有利に働く。

 視線の先は、折れ曲がった地下坑道があるのみ。敵の姿は確認できない。もしかして下がったのだろうか。

 フェンを先頭に慎重に進む一行。

 弓を構えた複数の『敵』が角から現れたのは、その時だった。

 初めて見る『敵』の姿は、皮製の防具に全身を包んだ者たちであった。テムスノーの兵士らの鉄製の防具をあざ笑うかのような機敏な動きで、素早く矢をつがい、一斉に放つ。

 彼らにしてみれば、この一斉攻撃で戦力を削ぎ落とすはずだったのであろう。だが、フェンの張った魔法障壁が尽く矢を弾き、地に落とした。

 フェンはそこで前進を開始。

 全て落とされた矢、そして想定外のフェンの動きに、弓部隊は慌てて通路の奥に後退した。

 足を止めたフェンは、内心で舌打ちをしていた。

 あと少し、遅かった。あの角を曲がったすぐ先が港だというのに。

 フェンとしては、できれば広い港で応戦したい思いが強かった。彼らの得意とするところは、やはり槍であるからだ。


「このまま進むしかないな」

「隊長……」

「大丈夫だ。俺の壁で受け止める。お前らは俺の後に続け。港に出たら、すぐに槍に切り替えろ」

「……はい」

「光よ。全てを拒む障壁となれ!」


 さらに魔法障壁を重ねたフェンは、抜き身の短剣を手にしたまま駆けだした。狭い坑道内に、無数の足音が反響する。

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