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宝石の目と海の翅 ~ムシの国の物語~  作者: 福山陽士
最終章 戦火の孤島編
81/103

3.進む者、決意する者

 港から地下に侵入したアルージェ兵たち。

 その第一陣には、ペルヴォとアルージェ王、そして赤毛の刃物の男がいた。

 迷路のような地下の構造は、港ができてからも変わってはいない。通常なら、地理の知識がない者を惑わす役割を果たすところであるが――。


「おや、また行き止まりだ。まさかここまで地下が複雑だったとはねえ」


 ペルヴォが手をかざすと、眼前の岩壁は砂のように脆く崩れ去る。彼は強引に道を作りながら前進していたのだ。慣れない者を惑わす複雑な道も、魔導士の手にかかれば意味のないものと化していた。

 地下には、地上よりも比較的多くの混蟲(メクス)が住んでいる。だが今日に限って、地下に住まう混蟲たちはほとんどが地上に出向いていた。

 フライアとオデルの結婚式を見るためだ。

 女王蟻の右腕であるパルヴィとヘルマンの二人は、地下の中でも特に能力の高い混蟲であるが、現在彼女らはエドヴァルドらに同行している。女王蟻に仕える兵士たちも、今日は特別な日ということで、地上の警備を手伝いに出向いている。

 そういうわけで、地下を守る者はほぼいない状況にあったのだ。

 目に付いた扉を開け、中に人がいれば捕虜として拘束する――。

 アルージェ兵にとって、抜け殻同然の地下を制圧するのは、非常に容易(たやす)いことであった。元々、戦に慣れた兵たちである。鍵のかかっていない家に空き巣が侵入するのと大差なかった。

 あっという間に、彼らが通ってきた道はアルージェ兵により制圧されたのだった。



 それは、女王蟻の居住区も例外ではなかった。

 エドヴァルドの双子の姉フォルミカは、ルツィーネと祖母と共に部屋にいた。

 結婚式には彼女らも招待されていたのだが、混乱を誘発させる怖れがあると判断した女王蟻は、式には欠席すると申し出ていた。

 ノルベルトの手により、女王蟻は地上と地下とを結んだカリスマ的存在となっていた。滅多に人前に姿を現さないことが、より彼女の神秘性を強調させていたのだ。

 ルツィーネはフォルミカにはパレードを見に行くよう言っていたのだが、今まで一人で地上に出たことがないフォルミカは、母らと共に地下で待機することを選んだ。だが、夜会には皆揃って出席するつもりだった。

 フライアの晴れ姿はきっと美しく、可憐であっただろう。

 フォルミカがそのような思いを巡らせていた時だった。突如、扉を蹴破って侵入してきた、見知らぬ兵士たちに捕らえられたのは。

 声を出す間もなかった。

 迷いのない動きの侵入者に、フォルミカだけでなく女王蟻も祖母も、事態が飲み込めず硬直しているばかりであった。

 ぎりぎりと体にくい込む縄の痛みをようやく自覚しだしたところで、『彼』は姿を表した。


「やあ会いに来たよ。僕の(・・)混蟲たち」

「え……あ……?」


 部屋に入ってきた藍髪の青年は、フォルミカが初めて見る顔だ。しかしその()は、今まで何度も聞いてきたものだ。

 既に終わった(・・・・)ものだと思って忘れかけていたのに、記憶の中枢を刺激されてしまった、その声。

 間違いなく、魔導士ペルヴォプラのものだった。


――どうして、ここに。


 フォルミカのその疑問は、腹の底から湧き上がる恐怖が遮り、声に出すことはできなかった。


「フォルミカ、少し見ない間にまた大きくなったね? いや、綺麗になったと言った方が、この年齢の子には嬉しいのかな?」


 遠い親戚に語りかけるように、藍髪の青年はフォルミカに笑顔を向ける。フォルミカは何も返すことができない。歯の根は合わず、震えている。


「僕は君たちに会いに来たんだ。理由はわかるよね? 魔力を分けて欲しいんだ。『以前やっていた時』のように、ね」

「あ……」


 フォルミカは震える体を抑えることができなかった。

 これまで、幾度となく彼に魔力を捧げてきた。自室の奥にある牢獄のような狭い部屋に横たわり、ただ全身が重くなるのを感じていた日々は、遠い日のことではない。

 フォルミカは元々混蟲(メクス)だったわけではなかった。彼により『作られた』、言わば第三の混蟲だ。

 与えられた魔力を返すだけ――。

 そう言われて納得してきたが、混蟲になった時点で、魔力はフォルミカの中でも生成されるようになっていたのだ。

 自分はただの『栄養』ではないのか――という疑念が、いつしか彼女の中で生まれていた。そのフォルミカのペルヴォに対する感情は、恐怖以上に嫌悪も混じったものになっていたのも当然のことである。


「魔導士殿がなぜここにおられるのかは存知ませぬが、フォルミカの魔力を奪うことは遠慮していただけませぬか」


 フォルミカの祖母が掠れた声で、しかししっかりとペルヴォを見据えて告げる。彼女もまた、遠い昔に『供物』としてペルヴォに魔力を捧げ続けてきていた人だ。フォルミカが現在どのような心情でいるのか、彼女には痛いほどわかっていたのだ。


「元は僕が君たちに分けてあげた(・・・・・・)魔力だよ。僕は返してもらいに来ただけなんだけどな」


 心外といった様相でペルヴォは答えた。

 地下の『観察』を始めてから数百年、これまでに魔力の補充を拒絶されたことなどなかった。彼女らが自分に刃向かうことなど、ペルヴォには考えられなかったことなのだ。

 ともすると、彼女らは消し炭にされてもおかしくない状況であった。『創造主』に反抗しているのだ。にも拘わらず、ペルヴォはしばらく悩んだあと、肩を竦めただけだった。


「まぁ、君たちにはあまり魔力の素質がないみたいだしね。僕は今、とても機嫌が良いんだ。ここは無理なお願いをするのはやめておくよ。随分と長い間、僕の退屈を埋めてくれたわけだしね。その礼だよ」


 ペルヴォはフォルミカ達が拍子抜けするほど、あっさりと諦めた。しかし次の彼の口から出てきた言葉には、息を呑まずにはいられなかった。


「……やはり、あの蝶の娘だな」


 即座に、フライアのことを言っているのだとわかった。

 宝石越しとはいえ、かの王女はかつてペルヴォと会話を交わしている。彼女が来てくれたからこそ、自分たちは長年縛られていたペルヴォという呪いから解き放たれたのだ。


「蝶の娘はどこにいる? 僕は彼女(・・)に会いに来たんだ」


 笑顔で問う魔導士の顔は、冷たさと温かさを同時に含んだものだった。







 城に着いたエドヴァルド達は、真っ先に謁見の間へと向かっていた。

 丈の短い純白のドレスという、非常に目立つ格好をしていたエドヴァルドだったが、城内を走り抜ける彼女らを止める者は誰もいなかった。それほど、城内も混乱していたのだ。

 謁見の間の扉は、大きく開かれたままだった。


「王!」

「父上!」


 中に入るや否や、エドヴァルドとオデルは同時に声を張り上げる。

 テラスから戻っていたノルベルトとエニーナズは、兵たちを集めてこれからの対応を考えているところであった。二人の王はそれぞれ馴染みの姿を見た瞬間、驚愕と安堵が入り交じった複雑な表情を浮かべる。


「エドヴァルド、その格好は一体……。それにパルヴィとヘルマンも一緒とは」

「オデル……お前――。いや、今はそれよりもアルージェ国だ」

「アルージェ国? どういうことですか父上」


 目を見開くオデルに答えたのは、ノルベルトだ。


「オデル王子。現在この国は、アルージェ国の船に囲まれている。その数、およそ三百隻だそうだ」

「なっ――!?」


 オデルだけでなく、エドヴァルドらも声を出してしまっていた。思わず互いに顔を見合わせる。


「なぜ、アルージェ国がこの国に……?」

「わからぬ」


 掠れた声で問うオデルに、エニーナズは(かぶり)を振る。確かなのは、アルージェ国の船は島に向けて攻撃を仕掛けてきた――ということだ。

 エニーナズはテムスノー国に出向く前のことを思い返してみるが、予兆すらなかった。エニーナズが出していた密偵の報告も、町に物資の運搬を開始し、レクブリックに侵攻する準備を進めている――というものだけであった。海戦部隊に関しては、全く情報がなかったのだ。


「もしや、その『陸』での動きそのものが陽動だったと――?」


 港での準備を悟られないため、あえてレクブリックに近い町で動いていたのか。ならば、我々はアルージェの王の策にまんまと嵌ってしまったというのか――。考えが小さく声に出るが、その意味をエニーナズに問う者はいなかった。パルヴィとヘルマンがノルベルトの前に進み出たからだ。


「ノルベルト王。ここは混蟲(メクス)である我らにお任せを」 

「彼らは必ず地下を通ります。地下の利は我らにあり。必ずや、止めて参ります」


 混蟲の二人の目は力強いものであった。思わずノルベルトが息を呑むほどに。


「どうか我らに指示を」


 その場に片膝を付く二人。一拍遅れて、エドヴァルドも二人の横に並び頭を下げた。

 混蟲の魔法の前では、人間など取るに足らないだろう。ノルベルトもそう思っている。だが、どうしても不安は拭えない。

 テムスノー国の人間は魔法に(おそ)れを抱いているが、外の国の人間もそうとは限らないからだ。

 腹を決めた人間は強い。戦いに慣れているアルージェ国の者たちなら尚さらだろう。だが、このまま何もせず蹂躙されるがままなど、当然ながら許容することはできない。


「……わかった。どうか、気を付けて向かってくれ」


 大きく頷いたあと、混蟲達は立ち上がり礼をする。


「だが、エドヴァルド。お前はここに残れ」

「え……」


 そのようなことを言われるとは微塵も思ってもいなかったのだろう。エドヴァルドの漆黒の目が、驚愕で丸くなる。

 ノルベルトは硬直するエドヴァルドに歩み寄ると、彼女の頬に片手を添えた。まるで父親のように、優しく。


「そのような格好をしてまでお前は――。娘を、救ってくれようとしたのだな……」

「王……」


 自分がここまでやったのは、何よりもフライアのため――。

 抑えていた想いをあっさりと看過されたことに、思わずエドヴァルドの目の奥が熱くなる。それでも、目の端から水分が流れることは堪えることができた。


「オレはフライア様の護衛でもあり、テムスノー城に仕える兵の一人でもありますから」


 そうするのが当然だと彼女は言う。


「……だから、行かせていただきます。この国を守るために」


 しばしの間交差する、エドヴァルドとノルベルトの視線。先に目を反らしたのは、ノルベルトだった。


「お前だけ特別扱いするなと、そう言うのだな」


 それは、ノルベルトが降参したことを意味していた。エドヴァルドは「はい」と穏やかに答えると、パルヴィとヘルマンに視線を送った。二人とも少し苦笑していたが、エドヴァルドの心情は理解してくれているらしい。

 ノルベルトは、既に彼女にかける言葉を失っていた。どのような言葉を吐いても、エドヴァルドを止めることなどできないと悟ったからだ。

 エドヴァルドはオデルの前に出ると、深く頭を下げた。


「オデル王子。ここまでつき合っていただきながら誠に申し訳ないのですが、とりあえず計画は保留です。まずは、この国にやって来た災厄を振り払って参ります」

「僕も共に――」

「失礼」


 一瞬でオデルの背後に回ったエドヴァルドは、魔力を(まと)わせた手で彼の首筋をとん、と優しく突いた。それだけの動作であったのに、オデルはまるで人形のようにその場に崩折れる。

 誰にも傷ついてほしくない。それが、エドヴァルドの真の願い。


「……けれど、あなたにはもっと傷ついてほしくない」


 呟く彼女の声は非常に小さく、他の者の耳には届かなかった。

 エドヴァルドは気を失ったオデルを肩に担ぐと、彼の父親に静かに託した。エニーナズはどのような反応を返せばよいのかわからず、困惑しながら息子の体を抱き留める。


「行こう」


 一連のやり取りを見守っていたパルヴィとヘルマンに短く言うと、二人は無言のまま彼女の半歩後に着いた。そして混蟲の三人は、足早に謁見の間を後にする。

 城のエントランスを突っ切りながら、エドヴァルドは先ほど気絶させた金髪の王子の顔を思い浮かべる。

 自分の無茶な提案に乗ってくれた彼。もっと困惑し、拒絶されるかと思っていたのに、拍子抜けするほどあっさりと『計画』を受け入れてくれた――。

 非常時であるというのに、こんなにも彼のことを考えてしまうのは『初めて』を奪われたからだろうか。

 エドヴァルドは首を傾げる。

 だが、名前が見つからないこの気持ちをはっきりさせるより、今はやらなければならない事がある。


「混蟲の力で、この国を守ってみせる」


――そして貴方も――。


 その決心は、いつもの無の表情の下に隠されていた。

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