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宝石の目と海の翅 ~ムシの国の物語~  作者: 福山陽士
最終章 戦火の孤島編

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1.異国からの襲撃

 空が破裂したかのような音が、鼓膜を激しく叩いた。

 フライアを抱えて飛翔していたラディムは、その音に驚き、急降下する。


「何だ!? 攻撃か?」


 辺りを見回すが、のどかな平原が広がっているだけだ。まばらに自生した木々の根元にも注意深く視線を送るが、何も見つけられない。


「大丈夫?」


 不安げに見上げるフライア。ラディムは周囲を警戒したまま答える。


「あぁ。いきなりで驚いただけだ。姿は見えねえが、もしかしたら見つかったのかもしれない……」


 そう言うとラディムは一旦、フライアを木の根元に下ろした。フライアの体の半分ほどしか隠すことができないが、何もしないよりはマシだと自分に言い聞かす。


「フライア、少しここで待ってろ。絶対に動くなよ」

「う、うん」


 言い終えるとラディムはすぐさま上昇した。

 今のは、自分たちに対する威嚇のようなものだったのだろうか。それにしては何かがおかしいと、ラディムは内心首を捻る。

 あのような音を出すには、花火以外では相当威力のある魔法でもなければ無理だろう。だとしたら、一体誰が魔法を――。

 だが、その魔法を使った形跡がどこにも見受けられない。両目や複眼に映る景色は、先ほどと同じ平和そのものだ。

 空中で停止したラディムは、複眼を駆使してさらに注意深く周囲を見渡す。

 そして、息を呑んだ。


「何だよ、あれ……」


 (おびただ)しい数の船が、テムスノー周辺の海に浮かんでいた。以前オデルが来訪した時に見た、レクブリック国の船とはかなり外観が違う。

 側面に大砲が備え付けられた船は、どう見ても友好的な商船には見えない。先ほどの音は、あの大砲を使ったからか。

 陽の光に照らされる赤い国旗はまるで血の色のようで、惨劇の始まりを否が応にも予感させる。

 風に乗って流れてくる潮の香りに、ラディムが畏怖を覚えたのは初めてのことだった。いつも見慣れたあの海が、異質なモノを連れてきたのだ。

 あの大海原は、レクブリック国以外の国とも繋がっている――。

 今まで深く考えなかったことを、嫌でも実感せざるをえなかった。

 それにしても、何という数なのだろうか。

 海上に浮かぶ船の大群は、もはや『敵』と呼んでも差し支えない存在であろう。全身に氷水を浴びせられたような感覚が、ラディムを襲っていた。

 今まで、兵士のいる街道ばかりに気を向けていた。むしろ海側に驚異があるなどとは欠片も思っていなかったので、そちらに注意を向けることはなかった。だから、気付くのが遅れてしまったのだ。

 複眼をもっと活用すれば良かった――。

 ラディムは苦渋を顔に表しつつ、地上で待つフライアの元へ急いで降り立った。


「どうだった? 何か見えた?」

「フライア。すぐに戻ろう。ヤバい気がする」

「えっ――きゃっ!?」


 フライアの問いに答えず、ラディムは再びフライアを抱えて地を蹴った。ただし、今度はあまり高度を上げず、地上すれすれを飛ぶ。


「ラディム、何を見たの?」

「船だ。それも凄い数の。たぶんだけど――他の国が攻めてきた」

「――――!」


 薄紅色の目を見開き、絶句するフライア。至極当然の反応だよなと、ラディムは険しい顔をしたまま飛翔速度を上げる。できれば今の予想は外れていて欲しい。だが、その予想を否定する要素が今のところ見当たらない。

 オデルは言った。レクブリックは、隣国のアルージェに攻められようとしている――と。

 そもそも今回の婚姻も、アルージェ国に対抗する力を得るためのものだと。そしてレクブリックの王は、現在この国にいる――。

 要素が、揃いすぎている。


(くそっ――。頼むから、これ以上俺たちを厄介ごとに巻き込まないでくれ……!)


 ラディムは心中で文句を言わずにはいられなかった。







 眼鏡をかけた青年は、佇んでいた船首から甲板に飛び降りた。まるで音だけ別の空間に吸い込まれたかのような、非常に静かな着地だった。花弁が地に落ちる如くふわりと両足を甲板に着けた青年は、獅子のような老年の男の顔を見やる。


「……行く」


 老年の男は眼鏡の青年に短く言う。その一言で、木箱に腰掛けていた刃物の男が立ち上がった。


「では、僕の出番だね」

「頼む。ペルヴォプラ殿」

「アルージェ王。ペルヴォでいいよって言っているのに」

「古の魔導士であるあなた様を、そのように呼ぶことなど」

「山の中に閉じこめられていた僕を、外に出してくれたのはあなたでしょう? あなたは僕に、隷従を命令する権利すらあるというのに」


 青年――ペルヴォにアルージェ王と呼ばれた老年の男は目を伏せる。どうやらこの話題は終わりにしたいらしい。確かにこれは、今この瞬間に話さなければならないことではない。

 ペルヴォはフッと小さく笑い、王の望み通り会話を打ち切った。

 軍事大国の名をほしいままにしているというのに、この王は巨大な力に溺れるタイプではない。

 いや、逆に未知なる力に畏れているからこその態度なのか――。

 ペルヴォは考えたが、口にも態度にもそれは出さなかった。

 いずれにせよ、それが賢明な判断であることには違いない。ペルヴォの機嫌一つで、アルージェ王が率いてきた戦艦を潰すことは、実際に可能だからだ。船に積まれた火薬に引火して回るだけで良い。

 ペルヴォは王に視線を固定したまま、掌を上に向けた。色素の薄い掌の上に、突如として水晶玉のような物が現れる。


「では、これに伝令を吹き込んでください」


 アルージェ王は一瞬目を丸くするも、すぐにペルヴォに歩み寄る。そして小さな水晶玉を手に取ると、鋭い眼光で水晶を見つめた。


「各部隊、一発だけでいい。島に向けて砲撃せよ。その後すぐに上陸だ。私に続け。制圧に肝心なのは初動だ。気を引き締めろ」


 王の伝令を見届けたペルヴォは、満足そうに目を細めながら水晶玉を受け取った。

 軍事大国の名を冠した国、アルージェ国。

 それは、豊富な武器と訓練を積んだ兵士らによるものだけではない。王自らが戦場に(おもむ)くことも起因していた。

 馬に跨がり戦場を駆ける姿から、人々は畏敬を込めて『戦場の獅子』と王を呼ぶ。今回の遠征には馬はないが、王が立っているだけでも威圧感は充分だ。

 ペルヴォが片腕を真上に掲げる。彼の手の上にあった水晶玉は、白い光を(まと)った球体に変貌する。そのままペルヴォの頭上まで上昇した球体は、急激に四方に弾けた。光は無数の欠片となって、海上に浮かぶ船の元へと散り散りに飛んでいく。

 ペルヴォが飛ばした光の欠片は、先ほどの王の伝令を乗せたものだ。これで各船は一斉に王の指令を聞くことが可能になる。

 指令が無事に届いたのか、光の欠片が届いた船から小型船が下ろされていく。そして間もなく、テムスノーに向けて次々と大砲の弾が飛んだ。

 およそ三百隻による一斉砲火。狙いこそバラバラであったが、それは断崖絶壁の側面を広く削り取った。砂埃と粉塵が舞い、まるで島の広範囲に霧が発生したかのようになる。


「さて、僕たちも降りる準備をしよう。正確には僕以外の――だけどね」

「あんたは飛べるからな。本当に便利なもんだぜ、魔法ってのはよ」


 ペルヴォに話しかけたのは、無数の短剣と二本の長剣を装備した、赤毛の男だった。彼は船に乗ってから、今までずっと沈黙を保っていた。ペルヴォは「喋れるんだね」と小さく洩らしてから、刃物の男に笑いかける。


「このテムスノー国には魔法道具がある。もしかしたら、魔法の効果が乗った剣もあるかもしれないよ。それを振れば、たちまち君も魔法使いだ」

「いや、俺は魔法の力なんて使わねえ。自分の手で得物を振り回し、人の肉と骨に刃を突き立てるからこそ戦いってのは面白いもんだ」

「なかなか個性的な感覚を備えているんだね」


 肩を竦めるペルヴォに、刃物の男は気分を害した様子もなく、口の端を上げる。


「ようやく降りられるってわけか。海の上は本当に退屈過ぎて死にそうだった」


 腰掛けていた木箱を蹴飛ばし、男は伸びをした。動きに合わせて短剣の柄や鞘同士が擦れ、小さな高い音を立てる。


「魔法を使う連中か。楽しみだ」


 男が呟いた直後、ペルヴォの全身が淡く発光を始めた。


「港に着けるよ」


 ペルヴォたちが乗っている船に、船乗りは乗っていない。ペルヴォが魔法の力で船を動かしてきたからだ。

 軍事大国の大勢の兵士らを従えるには、彼らの前で力を見せることが何よりも効果的だ。だから王は、ペルヴォの力をわざと見せつけるようにしていたのだ。魔法というものを見たことがなかった兵士らに、その効果は抜群だった。


「老化を押さえる魔法を思うと、船を動かすことくらい造作もないことだけれど。やっぱり魔力を補給できないままっていうのはちょっと堪えるなぁ。あとで僕が育ててきた『(あり)』たちに、力を分けてもらおうかな」


 砲撃によって先ほどより少し抉れた断崖絶壁を見つめながら、ペルヴォは小さく呟いた。


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