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宝石の目と海の翅 ~ムシの国の物語~  作者: 福山陽士
第3章 戎具の婚姻編
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4.暗中模索

 ノルベルトの元を離れた三人は、沈んだ顔で城の廊下を歩いていた。

 まさか、こんなにも早くフライアの婚約の話がきてしまうとは想像すらしていなかった。それも相手が、あのオデルだとは。

 ラディムは歯ぎしりの音が洩れそうなほど、奥歯を強く噛みしめる。

 いつかこのような日が来ることは、理屈ではわかっていた。フライアとは同じ混蟲(メクス)同士であり、共に過ごしてきた時間も長い。だからといって、身分の差まで埋まることはないのだと。

 どうして彼女は、この国の王女なのだろう。どうして自分は、何の地位もない、ただの護衛なのだろう。

 これまであえて目を逸らし続けてきた現実を、最悪な形で突きつけられてしまった。フライアのことを一番理解しているのは自分だ――という自負もあっただけに、ラディムの心は凍ってしいまいそうであった。


「研究室に行こうか」


 重い空気を吹き飛ばすかの如く、明るく呟いたのはフライアだった。


「大丈夫だよ。どんな立場になっても私は私だから……。混蟲たちのために、宝石にかけられた封印の解除方法を見つけるのをやめるつもりはないよ」


 フライアは二人に小さく笑う。しかしラディムは、フライアの顔を見るなり眉間に皺を寄せた。


 ――お前、泣きそうじゃないか……。


 心配させまいと気丈に振る舞う彼女に、ラディムの胸が激しく締め付けられる。

 きっとフライアは、今までずっとこうやってきた。母を失った時も、そして混蟲になった時も。フライアはどんな時でも強く在らねばならないと、自分に言い聞かせてきたのだろう。

 ラディムは思わずフライアを抱き締めてしまいそうになった。そこに下心などない。ただ彼女の心を少しでも癒したいという想いだけ。

 だが、ここでそれをやってはならない気がした。やってしまったらおそらく、雪崩のように様々な感情がラディムを襲い、自制ができなくなる。フライアの小さな体に伸ばしかけた手を何とか彼女の頭に方向転換させたラディム。少し力を入れて、彼女の頭を撫でた。


「俺は、フライアの護衛だから」

「……え?」


 きょとんとしたまま、ラディムを見上げるフライア。心情をひた隠しにしたまま、ラディムは真剣な眼差しで彼女を見据えた。


「何があっても俺は、お前を守るから」

「うん……ありがとう。ありがとうラディム」


 ラディムの言葉に込められた真意を、この時のフライアは理解していなかった。






 フライアとラディムは、現在『研究室』の魔法陣の上に立っていた。

 以前、ノルベルトがフライアの封印の魔法の補助をするために使用した魔法陣。それには魔法道具の効力を増強させるという効果があるだけでなく、『魔法の効力をその中に閉じこめる』という役割も担っていた。仮にラディムが魔法陣の中から外に向けて火の魔法を放っても、魔法陣の外に火が燃え広がることはない。


「よし、じゃあ俺からいく。今までに俺が使える魔法は一通り宝石に試したからな。今日は別のアプローチをしてみる」


 ラディムは腕を交差し、力と祈りを込めた言葉を紡ぎ始めた。


「猛る炎よ。刃となり闇をも焼き切れ」


 瞬く間に彼の腕を深紅の炎が覆った。ラディムは腕を振るうことなく、再度魔法の詠唱に入る。


「凍てつく空気よ我の元へ。咲き誇れ氷花」


 しかしその顔はいつもと違い、険しい。


「まさか――」


 エドヴァルドが驚愕の眼差しでラディムを見つめる。ラディムが右腕と左腕、それぞれに違う魔法をかけようとしているのだと気付いたからだ。

 ラディムは氷の魔法の詠唱を終えると、片腕を天に掲げた。炎が纏うその腕の上から、今度は透明度の高い氷が次々と覆っていく。


「ぐ……」


 ラディムの顔が歪む。片腕の炎が氷を溶かすことのないよう、必死で調整をしているのだ。炎は暴れるかの如く激しく縦横に伸び、ラディムの鼻先を掠めた。

 しばらくの間ラディムは両腕を睨むように見据え、自身の力と内なる格闘をしていた。フライアもエドヴァルドも、固唾を飲んで見守ることしかできない。だがそれほど長い時間が流れることなく、やがて彼の顔には笑顔が広がった。


「できた」


 ラディムの両腕は、炎と氷、それぞれ別の属性が綺麗に覆っていた。

 信じられない。

 フライアもエドヴァルドも瞠目することしかできない。たった今、ラディムは新たな魔法の発動方法を産み出した。それも、混蟲の歴史に残るかのような。

 彼女らの視線に気付かぬまま、すかさずラディムは宝石に向け、両腕を振り下ろした。ラディムの腕を離れた炎と氷は、それぞれ左右から紅色の宝石を同時に包み込む。


「頼む。いけ」


 祈りと懇願を込めたラディムの呟き。しかし何かに拒まれたかのように、炎と氷はパシュンと音を立てて弾け、呆気なく消滅してしまった。


「あー……やっぱりダメか。ぶっちゃけ今の、すげえ頑張ったんだけど……。やっぱりこの程度じゃ駄目ってことなのかな」


 異なる属性の魔法を同時に発動させる――。

 言葉にすると簡単であるが、実際には非常に困難なものである。エドヴァルドはそれを実践したラディムに感嘆の眼差しを送ることしかできなかった。フライアも同じであるのか、艶の良い唇は微動だにしない。

 腕を組んだまま立ち尽くすラディムの思考は一人の世界に入ってしまったらしく、沈黙が続く。

 エドヴァルドは本棚にある古びた本の一冊を手に取り、険しい顔で見つめる。これは先人たちが遺した、宝石の解除方法を試してきた記録だ。今まで古い記録から目を通してきたが、エドヴァルドが使える魔法は既に試されてあった。


「ラディム。まだやっていない組み合わせはいっぱいあるよ。次は私の魔法と同時にやってみようよ」

「でも俺が思いつくくらいの事だし、既に昔の混蟲がやっていてもおかしくはないと思うんだけどなあ。エドヴァルド、そっちはどうだ」


 古びた紙の文字列と睨めっこをしていたエドヴァルドは、ラディムの声に首を横に振った。


「やはり、ひと通りの属性魔法は試してあるみたいだな。だがお前の言う『同時に』というのは例が少ないみたいだ。記録していないだけかもしれないが」


 混蟲が扱える魔法は、基本は一回の発動につき一種類である。今のはラディムが例外すぎたのだ。

 封印の解除を試みる混蟲の数は少なかったとノルベルトから聞いている。数人で同時に発動させたくとも、できなかった可能性もある。組み合わせによってはまだやっていないものもあるかもしれない。


「ならやってみる価値はありそうだな。じゃあフライア、いいか? さすがに連続で今のをやると俺も疲れる」


 ラディムの問いに、フライアは力強く頷いたのだった。 






 それからラディムとフライアは宝石に向けて同時に魔法をかけ続けみたものの、思わしい成果は得られなかった。


「私がもっとたくさんの魔法を使えたら良かったのだけれど……。ごめんね」


 フライアが扱える魔法は風の属性である、俊足になれる魔法だけだ。


「それを言ったらオレこそ扱える魔法は少ないですよ。フライア様がお気にされる必要はございません」

「エドヴァルドの言う通りだ。俺が色んな魔法を使えるのは、たぶん二種混じっているからだろうし。今さら気にすんなって」


 エドヴァルドとラディムに交互に励まされ、フライアは小さく頷いた。

 ラディムは内心、フライアの扱える魔法が少なくて良かったと思っている。フライアが人を傷つける魔法を使う姿は、正直なところ見たくはない。


「しかし、こうも弾かれ続けると心が折れそうになるな。というか、魔力の解除に魔力をぶつけるっていう発想がそもそも違うのか?」


 あまりにも代わり映えのしない姿を晒し続ける宝石に、ラディムは顎に手をやり小さく唸り声をあげる。

 ヴェリスが記録媒体の宝石に張った封印の魔法。それは言い変えれば、家に鍵をかけたようなものだ。ヴェリスが使用した鍵と同じ鍵を使用しなければ、封印を解くことはできない。

 単純にして難解な問題だと、今までずっと彼らは思っていた。だが、その発想そのものが間違っている可能性もある。なにせ千五百年もの間、祖先たちが解除方法を見つけることができていないのだ。

 魔導士ヴェリスの扱う魔法を間近で見たラディムは、何か『ひと捻り』しているのではないかと、ふとそう考えついたのだ。その肝心の『ひと捻り』が何であるのかは、彼もまったく思いつかないのだが。


「魔力を使って破壊してみるとか? もしかしたらその宝石はただの箱で、中に新たな記録媒体があるかもしれんぞ」


 エドヴァルドの呟きに、ラディムは思わず額から冷や汗を流してしまった。


「その可能性がないことも否定はしないが……。それこそ失敗したら取り返しがつかねえじゃねえか」


 当然ながら記録媒体はこれ一つしかない。失ったら千五百年分の混蟲の想いもこれまで費やした労力も、全て無に帰してしまう。リスクが高い博打にもほどがある。


「確かにそうだな……。壊すことならオレの得意分野なのだが、残念だ」

「いや、本当にやめてくれよ?」


 相変わらず無表情で淡々と言い放つエドヴァルド。彼女の発言は冗談なのか本気なのか、数ヶ月一緒に過ごしてみても未だに掴めない時が多々ある。


「とりあえず今日は俺の魔法力が続く限り、色々な組み合わせでやってみる。エドヴァルド、記録のほうは頼んだぞ」

「わかった」


 念のため彼女の行動をさり気なく制限したラディムは、再度魔法を発動させる体勢を取ったのだった。

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