表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝石の目と海の翅 ~ムシの国の物語~  作者: 福山陽士
第3章 戎具の婚姻編
58/103

2.企み

 鳥が羽を広げたような形状のテムスノー城、その『胴体』の三階にある執務室。

 端に金の刺繍が織り込められた柔らかい絨毯の上には、現在三人の足が並んでいた。


「おはようございます、お父様。早速ですがお話とは何でしょう?」


 ノルベルトに「大事な話がある」と起きて早々に呼び出されたフライア。小さな緊張を抱きつつ、彼女は護衛であるラディムとエドヴァルドと共に執務室へとやって来たところだった。


「おはよう、フライア。『良い話』と『そうではない話』があるのだが――」


 フライアは指を口元に当て少し悩んだあと、父に告げる。


「では、良い話のほうからお願いいたします」


 こういう場合『そうではない話』を先に聞いて、後から良い話を聞くと心も沈んだままにならない事が多い。だがフライアは『そうではない話』の後に聞くと、『良い話』も場合によってはあまり喜べなくなるかもしれない――それにノルベルトの話すことなので世間話のような内容で済むはずがない――と判断しての返答だった。


「うむ。では良い話だ。地下に頼んでいた『港』だが、ついに完成したそうだ」

「――!」


 フライアとラディムそしてエドヴァルドは、その報告に互いに顔を見合わせ、笑顔を浮かべた。


 フライアが地下を統べる女王蟻ルツィーネと接触してから、数ヶ月が経過していた。その間地下とは、今までの空白を埋めるかのごとく様々なやり取りが行われていた。

 まず、ノルベルトとルツィーネがついに邂逅(かいこう)を果たした。テムスノー城の謁見の間で行われた最初の接触は、実に歴史的な瞬間であった。

 地下をずっと統率してきた女王蟻を一目見ようと、城の外にも大勢の人が集まった。

 漆黒の長いドレスを身にまとった女王蟻と共にノルベルトがテラスに姿を現すと、津波のような声援が一斉に沸き上がったほどだ。ノルベルトは長い間接触を拒まれていた女王蟻に対して、罰や制裁を一切与えなかった。それどころか、彼女を歴史の立役者にしたのだ。

 ルツィーネはノルベルトやフライアに畏敬の念を抱き、何度も礼を口にしたのだった。


『私があなた達から奪うのは、地位ではありません』


 フライアがあの時彼女に対して告げた言葉は、虚言ではなかったのだ。

 この歴史的な日を是非とも記念日にしよう、という声が既に城内からは幾つも上がっている。直にそれは実現されるであろう。

 こうして正式に始まった地上と地下とのやり取りの一つに、地下と地上を繋ぐ入り口の数を増やすことも含まれていた。

 これまで、知る人がほとんどなかった地下という場所。知っていても魔法を使う混蟲(メクス)か、魔法道具を持っている者でないと頭一つ通り抜けることすら叶わなかった地下への入り口。それを解放し、地上と地下の隔たりを小さくすることが、まず最初に行われたことだったのだ。

 混蟲(メクス)の多く住む地下との接触に、嫌悪感を示す人間がまだまだ多くいることも事実だった。しかし混蟲と人間、双方が理解し合うにはこれが大きな布石になるだろうと、ノルベルトは躊躇すらしなかった。

 ノルベルトは、地上の人間が地下に住まう者たちへ抱く嫌忌の念を少しでも和らげるため、ルツィーネにあることを依頼していた。

 それが、港の建設である。

 テムスノーは、周囲を断崖絶壁で囲まれた島国だ。外から容易に上陸ができない地形である。それは言い換えれば、テムスノー国の人間も外に出ることが困難であることを意味していた。

 今まで国を出て行った者たちは、背中に(はね)がある混蟲たちだけ。例え人間が崖を下りることができたとしても、造船技術のないテムスノーにはそもそも船がない。しかしその問題はある国の協力を得られたことで、極めて明るい眺望が見えていた。

 その国は造船技術をテムスノー国に提供すると約束しただけでなく、廃船になる予定の船を寄贈まですると申し出たのだ。廃船予定といってもそれは持ち主側の問題でそうなっただけに過ぎず、船自体はまだ充分に使える物であった。

 ノルベルトが港の建設を考えたのは、外の世界に出たいと考える人間たちのためでもある。

 だが、大きな問題もあった。混蟲の魔法のことだ。

 ムー大陸の魔導士の血が流れる混蟲。彼らが扱える魔法は、人間たちからしてみれば大変に大きな力である。

 外に出た人間が、混蟲の魔法について洩らすのでは――。

 ノルベルトはそこを心配していたのだ。だが、それに関しては地下に住まう者たちが人肌脱ぐことになった。

 ひと言で言えば、魔法道具を作ったのだ。

『制約』を込め、それが違反されたら文字通り身を焦がす炎が出現する腕輪だ。この場合の『制約』とは、もちろん混蟲の魔法に関することである。船に乗る者は、必ず腕輪を身に着け続けなければならない決まりも作った。

 そのような対価を払ってまでも、外の国に行きたいと申し出る人間はいた。これらの事情もあり、港の建設は急ピッチで進められていたのだ。地下に住まう混蟲たちの魔法の力を使い、通常ではあり得ない早さで港が完成したというわけだった。

 ちなみに港へ行くには、一度地下を通らねばならない。これは外から上陸する際の検問の意味も兼ねていた。テムスノー国の中から外に出る国に制限は設けていなかったが、逆はそうではなかったからだ。

 船を寄贈してくれる国以外との交流は、まだ成されてはいない。今の状態で他の国が絡むとさらに事態が混乱すると考えたノルベルトは、その国の船のみに上陸の許可を下ろすようにしていた。

 ともあれ、港の完成はテムスノー国がまた一つ大きく変わった瞬間である。何より地下の混蟲が大きく関わっていることが、フライアには喜ばしいことだった。これで正式に船が寄贈されれば、立役者である混蟲に対する風当たりは少しでも弱くなることだろう。

 笑顔を浮かべるフライアたちを目を細めて眺めていたノルベルトだったが、やがて小さく咳払いをした。もう一つの話をするためだ。瞬時にフライアたちに緊張が走り、ノルベルトの言葉を沈黙で迎える。


「それで『そうでない』話であるが……。端的に言うと婚約話だ」

「婚約――ですか?」

「そうだ」

「私の……でしょうか。お父様ではなく」


 フライアの言葉に、ノルベルトは小さく苦笑を洩らした後、頭を横に振った。


「残念ながら私ではない。お前には急な話で申し訳なく思っておる。だが、もう既に先方と話はまとまっておってな……」

「そんな……!」


 愕然とするフライアに対し、椅子の上でノルベルトは申し訳なさげに瞼を閉じた。

 唐突すぎる話に、フライアだけでなくラディムとエドヴァルドの頭の中も白くなる。

 フライアはつい先日、十六の誕生日を迎えたばかりだった。確かに結婚はできる年齢になった。なったのだが、いきなり婚約話を持ち出してきたまだ見ぬ相手に、ラディムは激しい憤りを感じていた。

 フライアは混蟲だ。確かにこのまま彼女がノルベルトの後を継ぎ、混蟲の女王として君臨することを望んでいない人間はたくさんいることだろう。

 だが、彼女の夫となる者が人間だったら――。

 間違いなくテムスノー国の大半の人間は、その夫が次の王となることを望むだろう。例えその人間の性格にかなり難があろうが、どのような立場の者であったとしても――下賤の者であっても――だ。

 そしてフライアは『次期女王』という立場を奪われるだけでなく、これまでと同様に日の当たらない生活を余儀なくされてしまうだろう。そのような未来が容易に想像できてしまったラディムは、ぎり……と奥歯を噛んだ。

 せっかく地下に住まう混蟲のおかげで港が完成したというのに、これでは水を差されたようなものだ。


「陛下。それで相手はどこのどいつですか」 


 言葉に刺を隠しきらぬままラディムが問う。あまりにも無礼な物言いに、隣に佇んでいたエドヴァルドが露骨に眉をひそめる。しかしノルベルトはまったく気にする素振りは見せず、ラディムを見据えながら肩を落とした。


「それは、お前も知っている者でな……」

「え……?」


 ラディムの知っている人物。それも男となると、非常に人数は限られる。フェンや他の兵士ではまずないと思いたい。となるとまさか――大臣か。それならば年の差があるというレベルではない。

 ラディムが勝手に推測し、その心が絶望に染まりきってしまう寸前に、ノルベルトは口を開いた。


「レクブリック国の、オデル・アレニウス王子だ」

「なっ――!?」


 大臣ではなかったが出された人物の名に、ラディムもフライアも絶句してしまったのだった。


 オデル・アレニウス。

 数ヶ月前にこの国へとやって来た、元カエルの王子だ。

 彼がやって来たことで、テムスノー国に様々な変化がもたらされたと言っても過言ではない。

 千五百年前に混蟲を創ったという魔導士も、オデルと共にこの国へとやって来た。魔導士と相対したラディムらは辛くも彼女に勝利し、混蟲(メクス)の研究記録を記したという『紅い宝石』の封印の解除方法を探す日々に明け暮れている。ちなみにエドヴァルドにも事情を説明し、彼女もその研究を手伝うようになっていた。

 その地形ゆえ、他国と交流を図ってきていなかったテムスノー国。その初めての交流の相手が、レクブリック国となった。交流といっても、今のところは文書のみのやり取りではある。それでも千五百年もの間他国と接触していなかったテムスノー国からしてみれば、それはとても大きな変化であった。

 テムスノー国は魔法の力で強化した伝書鳩を数羽、オデルが帰る際に渡していた。まさに友好の証である。先の港や船の件も、この鳩を通して(おこな)っていた。だがまさか、二人の婚姻に関するやり取りまでしていたとは――。


「どうして……」


 呟くラディムの拳は震えていた。おそらく、オデルのせいではない。別れ際、家族に拒絶されていると言っていた彼。何か事情があったのだろうということは容易に推測できる。けれど、それでもラディムは声に出さずにはいられなかった。


「どうしてなんだよ、オデル……」

「すまぬ。完全に私の落ち度だ」


 思わぬノルベルトの謝罪に、三人は同時に眉を寄せた。


「どういう意味ですか、お父様」

「この婚約の話を進めたのは私ではない。大臣だ」

「えっ――!?」

「このような話を進めていたことに、私は全く気付くことができなかった。私が知ったのも全てが決まってからだった――」


 その告白に、彼らの心を黒い鉛が押し潰す。


「あのジジイ……」


 今すぐにでも大臣のいる『右翼』の部屋に乗り込みかねない雰囲気のラディムを、フライアは服の裾を握って静かに阻止する。

 普通の国であれば、大臣は即刻処分されるであろう。だがテムスノーは『普通の国』ではない。大臣の暴走とも呼べる行動も、テムスノーに住む多くの人間たちには歓迎されるであろう。だからこそノルベルトは大臣に対し、何かしらの処分を与えることができていないのだ。彼に何らかの処分を与えることで、新たな火種が発生しかねない。


「婿養子として受け入れる――という話になっていることが、せめてもの救いではあるがな……」


 ノルベルトの呟きは、彼らには何の慰めにもならなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ