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宝石の目と海の翅 ~ムシの国の物語~  作者: 福山陽士
第2章 密謀の地下編
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24.決着

「なっ――!?」


 突然背中から翅を生やして飛んだラディムに、パルヴィが驚愕の声を上げる。ラディムの複眼と腕の突起を目にしていた彼女は、さらに蟲の部位を自在に出し入れできる箇所が残っているとは考えてすらいなかったのだ。

 パルヴィはラディムに向けて慌てて短剣を構えるが、既に遅かった。

 ラディムはそのまま全速力で、パルヴィに体当たりをくらわせた。


「――っ!」


 衝撃で大きく後ろに吹っ飛んだパルヴィを、さらにラディムは追いかける。

 (はね)を使ったラディムの機動力は、フライアの俊足になる魔法を使った時よりも上だ。ラディムはすぐさまパルヴィに追い付き、今度は下から彼女の体を蹴り上げた。


「ぁぐっ!」


 パルヴィはその蹴りに堪らず呻き声を上げた。そして数秒の滞空の後、地に落下する。大きなダメージになったらしく、すぐさま起き上がる気配はない。それでも、彼女の手だけが動いた。悔しそうに地を握り締めるだけであったが。


「よし。このまま縛って――」


 ラディムの複眼に投げ飛ばされたエドヴァルドが映ったのは、この時だった。

 あの勢いのまま壁に叩きつけられたら、エドヴァルドの身体の骨は粉々になってしまうだろう。

 考えるより早く、ラディムの身体はもう彼女に向かって飛んでいた。

 背中の翅を極限まで動かし、全速力でエドヴァルドの元へ向かう。しかし、もう壁は目前だ。

 そこで伸ばしたラディムの手が、何とかエドヴァルドの足首に届いた。

 ラディムは渾身の力を込めて腕を後ろに振り、エドヴァルドと壁を遠ざける。だがラディムの方はその勢いのまま、肩から壁に勢いよく激突してしまった。強い衝撃にラディムの肩が悲鳴を上げる。

 二人は重なるようにして地に倒れ伏した。


「すまない……助かった」


 ゆっくりと起き上がりながら、エドヴァルドはラディムに礼を言う。ラディムは苦痛に顔を歪めながらも頷いてみせた。

 この隙にパルヴィは体勢を取り直してしまったらしく、既に短剣を構え直していた。もう動けるまでに回復しているとは。彼女のしぶとさにラディムは内心舌を巻く。

 混蟲(メクス)と本気でやり合うのは、これが初めてだ。なぜ混蟲同士で戦わなければならないのか――という心がある一方で、少しだけ、本当に少しだけ……本気でやり合える事に喜んでいる心もある。ラディムは自身のその心を霧散させるべく、軽く頭を振った。


「あの銀髪男すげぇ頑丈そうだけど、俺が変わろうか?」


 漆黒の瞳で再びヘルマンを見据えるエドヴァルドに、ラディムは肩を擦りながら提案をしてみる。


「いや、問題ない。お前こそあの女の色香に惑わされるな」

「別に惑わされてねぇし!」


 そして彼らはまた別々の方向に駆けていった。






「氷の塵よ、魔弾となり全てを射よ!」


 パルヴィがラディムに向けて魔法を放った。無数の氷の粒がラディム目掛けて飛んでいく。

 彼女は炎系の魔法しか使えないと考えていたラディムだったが、どうやら違うようだ。彼女もラディムと同じく、複数の属性を使いこなすタイプらしい


「猛る炎よ。刃となり闇をも焼き切れ!」


 炎を宿らせた腕を振り、ラディムはパルヴィが放った魔法を切り裂きながら駆け抜ける。炎に触れた氷は瞬く間に蒸発し、白い煙を上げる。

 蒸気がラディムの顔を湿らせ若干の不快感をもたらすが、彼はそれには構わず氷を切り裂き続け――。

 そして、一気に腕を横に薙いだ。

 炎がラディムの腕から離れ、矢のようにパルヴィへと向かう。しかしパルヴィはあっさりとその炎を跳んでかわした。

 そのまま彼女は、腕の炎を解き放ち無防備状態で突っ立っているラディムに全力で駆けて来る。正確に心臓に向かって繰り出される短剣を、ラディムは身体を捻ってギリギリでかわす。

 ラディムはその至近距離から反撃をしなかった。それどころか腕の突起を引っ込め、パルヴィの身体を真正面から強く抱き締めたのだ。


「なっ、何をするの!? 離しなさい!」


 いきなりのラディムの奇行に、彼女は頬を赤く染めながら声を上げる。ラディムの血を吸った時の余裕は、今は微塵も感じられない。どうやら彼女は自分が攻める時は強いが、攻められると弱いタイプらしい。

 腹に当たる柔らかい感触にラディムは若干後ろめたさを感じるが、今はそれを気にしていたら負ける。


「飛び込んで来てくれてどうも。さっき虻について教えてくれたから、俺からも一つ。蟷螂って待ち伏せスタイルの狩りの方が得意なんだよな」

「……っ!?」


 ラディムの言葉で彼の行動の真意を悟ったのだろう。瞬時にパルヴィの顔色が青くなった。だが今さら理解しても遅い。


「雷よ。我に纏いて一条の光となれ!」

「――――!」


 ラディムの腕からダイレクトに伝わる雷の魔法に彼女は身悶えする間もなく、そのまま意識を失った。ラディムは少し力をセーブしていたので、彼女に後遺症が残ることもないだろう。同じ混蟲の命を取ることには、さすがにラディムも躊躇したのだ。 

 ともあれ、これで一人は終了だ。


「お兄さん、なかなか大胆なことをするわねぇ。傷だらけの私も抱き締めてもらいたいわ」


 アウダークスが膝を着いたままラディムに向けた台詞は、勝利の余韻に浸る彼を瞬時に凍らせたのだった。


「いや……血が付くので、遠慮しとく」

「あら。それじゃあ血が付いていなかったら良いのね?」


 墓穴を掘ってしまった。

 ラディムは聞こえない振りをして無理やりやり過ごす。そして彼は慌ててセクレトが縛られていた縄を拾い上げ、気絶したパルヴィの身体を縛り上げたのだった。






 エドヴァルドとヘルマンの攻防は、何の進展もないままだった。

 魔法で強化した拳をエドヴァルドがヘルマンに叩き込む。その攻撃をヘルマンが腕で防ぐ。

 ずっとこれの繰り返しだったのだ。

 ヘルマンが物理攻撃の威力を軽減させる防御魔法を使ったのも、この進展しない攻防劇の大きな一因だろう。

 エドヴァルドに武器があったらまた違った展開になっていたのかもしれないが、生憎と彼女の槍は没収されている。


「……そろそろ飽きたな」


 ヘルマンの一言に、エドヴァルドの眉が僅かに動いた。だがエドヴァルドはまたヘルマンに向かって地を蹴り――。

 直後、ヘルマンの右肩から腕が空色に輝きだした。何かの魔法を使ったのだ。

 ヘルマンは走り来るエドヴァルドの足元に、その光る腕を振り下ろした


「――――!」


 ヘルマンの前の地が、急激に盛り上がった。そして累々と重なる巨大な岩の塊達が現れ、エドヴァルドを下から突き刺すようにして襲う。エドヴァルドの身体は、まるでピンボールの如く弾けながら岩に何度も叩きつけられた。

 エドヴァルドたちの攻防を固唾を呑んで見守っていたトレノが、黙らず悲鳴を上げる。

 エドヴァルドは何とかその岩の群集から抜け出すことができたが、彼女の腕や顔には痣が幾つもできていた。うっすらと血も滲んでいる。

 体がそのような状態になっても尚、エドヴァルドの無の表情は崩れない。


「……こっちも飽きてきたところだ。そろそろ終わらせてやる」

「強がりだけは一丁前だな」

「お前の弱点が分かったからな」


 淡々と言うエドヴァルドに、ヘルマンはスッと目を細めた。


「ほう? 面白いはったりだ」

「はったりではない」


 エドヴァルドは拳に魔法を掛け直すと、姿勢を低くして再度構えを取る。


「まだわからんか。何度俺に攻撃をしても無駄だと」


 ヘルマンも言いながら防御魔法を掛け直す。

 直後、エドヴァルドが動いた。ヘルマンに向かい、迷いなく真っ直ぐと駆ける。そして彼の頭、遥か上まで跳躍した。


「馬鹿の一つ覚えみたいに何度も同じ攻め方を」


 ヘルマンは苦笑さえ浮かべながら、エドヴァルドの攻撃を防ぐため腕を頭の上にやり――。


「――!?」


 そして焦りを顔に滲ませる。

 エドヴァルドが頭に撒いていた布を瞬時に解き、その長い布でヘルマンの両腕を絡め取ったのだ。エドヴァルドは力を込めて布を持ち上げる。そしてほんの僅かな間、がら空きになったヘルマンの懐へ飛び込んだ。


「その台詞、そっくりそのままお前に返してやる。さっきからオレの攻撃を腕や背中で受けてばかりだ」


 エドヴァルドはヘルマンの鳩尾を抉るかのように、魔法で強化した拳を叩き込んだ。


「ぐうっ――!」

「要するに肩や腕は堅いけど、腹は堅くないってことだろ?」


 堪らず呻くヘルマンに対し、エドヴァルドは脇腹に回し蹴りを放つ。

 水が流れるが如く放たれたその蹴りを受け、ヘルマンの巨体は勢い良く宙を飛び、そのまま壁に叩きつけられた。

 さらにエドヴァルドは追撃をするため壁に向かって疾走をするが――彼女の足はピタリと止まる。


「何だ。コレで気絶するとは案外情けない奴だな」


 壁にもたれ掛かるようにして崩折れたヘルマンを見やりながら、エドヴァルドは無感情に呟く。彼女の全力攻撃を受けても五体満足でいられることが相当に凄いことなのだが、エドヴァルドがそのような考えに至ることは当然ながらなかった。

 ラディムがパルヴィに雷の魔法を叩き込んだのは、ちょうどこの時だった。






 ヘルマンの腕とパルヴィの腕をまとめて縛り直した後、さらにアウダークスが二人の脚を縄できつく縛った。トレノが縛られていた縄を使ったのだ。

 この二人については、当分はこれで大丈夫だろうと全員の意見が一致した。しばらくは目も覚まさないだろう。

 広場に訪れた、束の間の静寂。

 ラディムは全身傷だらけになったエドヴァルドとアウダークスの二人に視線を送った。


「大丈夫か? 何なら先に逃げとく? フライアはこのまま俺が探すし」

「お前、地上まで迷わずに帰ることができるのか?」

「うっ……」


 エドヴァルドの直球の問いに、ラディムは思わず声を詰まらせる。確かに一人で帰る自信はまったく無かった。アウダークスに描いてもらった地図には、地上への道は描かれていないのだ。かといって、この場で描いてもらうわけにもいかない。いや、そもそもこの場には書く道具がない。


「……そういうわけで父さん、母さん。アウダークスを連れて先に地上に行っていてくれ」


 エドヴァルドはアウダークスの身体を支える両親に向き直ると、静かに呟いた。


「ちょっとエドヴァルド。私はまだ大丈夫よ。このままあの可愛いお姫様を探すのも手伝うんだからっ」


 セクレトの肩を借りつつ、アウダークスは髪色と同じ赤い眉を釣り上げる。しかしエドヴァルドは首を横に振った。


「アウダークスの強さはオレも知っている。だが、人間だ。これ以上負傷したら取り返しがつかないことになるかもしれない。それは……絶対に嫌なんだ」


 ここから先は混蟲に任せてくれ――。

 エドヴァルドは暗にそう言ったのだ。どれほど鍛えていると言っても、やはり魔法を使う混蟲と人間とでは、体質からして違う。


「うー、わかったわよ……。そのかわり、絶対帰ってくると約束して」

「当たり前だ」

「まあ、もうこいつらみたいな混蟲は出てこないだろうし大丈夫じゃねえの?」


 ラディムの言葉にエドヴァルドも頷いた。今まで相対してきたような兵士だけなら、二人でも余裕で対処できるだろう。


「エドヴァルド……」


 ()いでトレノが不安げに彼女の名を呼ぶ。トレノとしてはエドヴァルドと共に地上に行きたい気持ちでいっぱいであった。

 女王蟻たちは、まだエドヴァルドが『双子の片割れ』だということに気付いていない。このまま地上に逃げることができれば、彼女の命が脅かされる可能性を極端に減らすことができる。


「ごめん、母さん。でもオレは――王女様の護衛だから」


 少しはにかみながら、しかしはっきりとエドヴァルドはトレノに答えた。

 エドヴァルドの性格を誰よりもよく知っているトレノは、それ以上言葉を発することはしなかった。

 セクレトが彼女の肩を強く抱く。彼もその心はトレノと同じであったが、同時にエドヴァルドのことを信じていた。


「先に地上で待っている」

「あぁ、父さん達も気を付けて。……行くぞ。ラディム・イルギナ」

「だからいい加減フルネームで呼ぶのはやめろ」


 そしてラディムとエドヴァルドは、玉座の横の通路に向かい走り出す。

 エドヴァルドは一度だけ三人の方へ振り返ったが、すぐに前を向く。その顔はいつもの無機質な表情に戻っていた。







 女王蟻とその母である老婆は、彼女らしか使用することができない通路を歩きながら、彼女らの私室へと戻っている最中だった。


「様子は確認せぬともよいのか」


 老婆が女王蟻に問う。女王蟻は口の端を僅かに上げた。


「それは女王蟻である私の仕事ではない」

「違いない。女王蟻は兵士らを動かしてこそ」


 女王蟻の返答に老婆も深く頷く。短めの触角が小さく揺れた。


「お前にも聞こえているのだろう? あの声が」

「ええ、お母様。既に記憶は薄れておりますが、私が女王蟻の権限を受け継いで間もなくの頃だったと。それから、絶えることなく」

「あの声は、我の前の代からもずっと続いてきたという。我ら女王蟻一族の使命を決して忘れぬよう、伝えてくださっているのかもしれぬな」


 女王蟻は目を伏せて考える。


 ――支配せよ。統率せよ。


 今まで内に響くこの声の正体を疑ったことはないし、これからしようとも思わない。その声が()なのかということも。あれが祖先のものなら、すんなりと受け入れている自分にも納得がいく。

 女王蟻が再び目を開いたタイミングで、老婆が鼻を鳴らしながら告げる。


「あの蝶の娘と複眼の男からは、相当な魔法力が得られそうだ。フォルミカの負担も減るだろう。後で複眼の男もフォルミカの部屋に連れて行かせるとしよう」


 女王蟻の脳裏にヘルマンとパルヴィの姿が浮かぶ。あの二人は地下で暮らす混蟲たちの中でも、特に力の強い二人だ。次期に拷問の成果を報告しに来るだろうと、女王蟻は何の心配も抱いていなかった。

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