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宝石の目と海の翅 ~ムシの国の物語~  作者: 福山陽士
第2章 密謀の地下編
45/103

21.対面

 狭い坑道内を颯爽と駆け抜けるラディム、エドヴァルド、アウダークスの三人。

 一目見て彼らを招かねざる客と判断した兵士たちが、一斉に三人へと襲いかかる。

 だがアウダークスの体当たり、そしてエドヴァルドの拳の一撃でほとんどの兵士はすぐに戦闘不能に陥り、取りこぼした兵士もラディムの氷の魔法で覆った腕の一撃を受け、呆気なく沈んでいく。

 今の彼らは、坂道を転がる丸太の如き勢いと言っても過言ではなかった。彼らを止めるのはよっぽどの力を持つ兵士でないと無理だろう。


「そういえばエドヴァルド。セクレトや私があなたのことを殺していなかったというのは、どうしてばれたのかしら?」


 走りながらアウダークスはエドヴァルドに問い掛ける。


「それに関してはオレもわからないんだ。昨日地上でハラビナの花が巨大化していることを知り、何かあったとは思っていたのだが……。そのタイミングで陛下から『地下で何か動きがある』と教えていただいた。地上の結界がここ数日何回か破られていると」


 昨日エドヴァルドがノルベルトに呼び出されていたのは、そのことに関してであった。既に地下からの不審人物は兵士に捕らえさせた――と。その捕らえられた人物は、女王蟻に仕える兵士のようだ、とも聞かされた。


「だからオレは真偽を確かめるために休暇をもらい、地下に戻ってきた。陛下には危険だと止められたのだが、いても立ってもいられなくてな。そして戻ってきたら、両親が捕まったことを知ったのだが――」

「まぁ、真相は直接聞いてみたらいいんじゃねえの」


 ラディムは眼前を見据えながらエドヴァルドに言う。


「ちょうど着いたみたいだし」


 彼らが足を踏み入れたのは、それまでの坑道内の狭さからは想像できないほどの、拓けた空間だった。

 広い教会三つ分はあろうかというその空間の一番奥には、銀の装飾で彩られた豪華な玉座が鎮座しており、床には落ち着いた色合いの紺の絨毯が敷かれている。

 まるで、城の謁見の間のような空間だ。

 そこには、六人の人間がいた。

 玉座に座る人物と、玉座の脇に佇む人物。

 絨毯の上に膝を付いて座らされていたのは、後ろで両手を縛られたエドヴァルドの両親だった。銀髪男と金髪女パルヴィがその両脇に佇み、腕を縛った縄を持っている。ラディムの姿を見て、銀と金の髪の二人は目を見張った。確かに、閉じ込めたはずの人間が姿を現せばこの反応になるだろう。

 だがフライアの姿だけはどこにも見当たらない。彼女だけ別の場所に連れて行かれたのか、それとも……。

 ラディムはこの場から飛び出していきたい衝動を抑えるため、拳を強く握った。そして改めて初見の二人を見据える。

 玉座の隣に立つのは老婆だった。卑屈そうな切れ長の目に長い鼻、波打った髪は雪のように真っ白だ。その頭部からは、二本の触覚が生えている。魔女と言われても誰も嘘だとは思わないだろう。

 玉座に腰掛けていたのは、見目四十ほどの女性。おそらく彼女が女王蟻なのだろう。カラスのように黒く長い髪を持ち、こちらも頭部からは短めの触角が二本生えていた。突然の侵入者たちにも、その顔に動揺は見て取れない。それどころか、冷気さえ感じる無の表情を保っていた。

 初めて見たはずなのに、ラディムは女王蟻をどこかで見たことがあるような感覚に襲われた。


「貴様ら、何者じゃ。ここがどこだかわかっておるのか」


 老婆が皺枯れた声で、しかしはっきりとラディムたちに告げる。特別大きな声でなかったが、たった一言で空間を支配するような威圧感があった。


「オレは、この人たちの息子です。ご無礼は承知の上でここまで参りました」


 その空気に臆することなく、エドヴァルドが老婆に静かに答える。ラディムの複眼に映るその顔はいつもの無表情で、そこから感情を読み取ることはできない。


「息子か。だが何者であれ、この場に踏み入ることは許されん。即刻引き取れ」

「それはできません」


 きっぱりと即答したエドヴァルドに、老婆は眉間を寄せ不快な顔を作る。皺の多いその顔に、さらに皺が数本刻まれた。

 エドヴァルドは両親の後ろまで静かに歩み寄る。両親の傍らに付いていた銀髪男が慌てて彼女の行く手を遮り、エドヴァルドはそこで足を止めた。


「オレの両親を捕まえる理由が、どうしても納得できないのです」

「その者たちは謀反を起こそうとした反逆者だ。理由はそれで充分であろう」


 初めて黒髪の女性が声を発した。この広い空間によく通る声だ。


「それが納得できないと言っているのです。第一、反逆を企てていたなどという証拠はあるのですか?」


 凛とした態度で反論するエドヴァルドに、両親が不安そうな顔で彼女を見つめる。

 どうか、自分の正体だけは話さないで欲しい――。

 二人の目は悲痛なまでにそう語っていた。同様にアウダークスも、同じような視線をエドヴァルドに送っている。


(頼むからこの人たちを悲しませるようなことは言ってくれるなよ――)


 ラディムは心の中で強く祈った。

 女王蟻は人形のように玉座に腰掛けたまま、色の薄い唇を動かす。


「証拠、か。……実は一週間ほど前に、我らの居住区内の倉庫が荒らされた」


 抑揚を抑えた声で女王蟻は言う。この場を凍り付かせるには、充分すぎる言葉だった。


「ただの泥棒であったのだがな。そやつは即刻捕まえ、厳正に処分を下した。だが我らは、その荒らされた倉庫の中を見て愕然としたのだ」


 そこまで聞いたら、この場に居る者全てがみなまで言わなくても容易に想像できた。だが口に出すわけにはいかなかった。彼らは額に脂汗を滲ませながら、女王蟻の次の言葉を待ち続ける。


「倉庫の中は凄惨たる様子だった。隠し財宝でも見つけようとしたのか、至る所に掘り返されたあともあった。そしてとある木箱も掘り返され、倉庫内に放置されていたのだ」


 その場に居た全員が息を呑んだ。


「その木箱の中には我らの掟に従って、産まれた直後に殺したはずの双子の妹の亡骸が入ってあるはずだった。しかし我らが目にしたのは、どう見てもただのガラクタであったのだ」


 セクレトとアウダークスが倉庫内に埋めた小さな木箱。その中に詰めたのは赤子の遺体ではなく、倉庫内に転がっていた木屑などのガラクタであった。


「セクレト・カンナス及びアウダークス・ハハリ。そなたらには災いの火種になりかねない赤子の処分を命じていたはずだ。それにも関わらず、赤子をこっそりと助けたのであろう? これを反逆を企てていないと言わず何と言う」


 老婆が鋭く二人に言葉を投げる。

 どうやらアウダークスの素性も一目でばれてしまっていたらしい。名を呼ばれたアウダークスは、緊張した面持ちで拳を強く握り直した。


「待ってください。私たちは、反逆など……そのような事は微塵も考えていません」


 セクレトが喉から鉄の塊を吐き出すようにして声を絞り出す。


「ただ、生まれたばかりの尊い命を奪えなかった……。本当に、それだけの理由だったのです」


 誰も言葉を発さない。沈黙が空間を支配する。

 その沈黙の時間はおそらく、時間にすれば一瞬であっただろう。だがこの場にいる誰もが、酷く長い時間が経過したように感じていた。


「八百年前の地下の紛争の話は知っておろう。あの子が生きていたら、また同じ歴史を繰り返すことになるかもしれん」


 老婆が沈黙を破り、静かに告げる。責めるでもなじるでもなく、まるで諭すように。


「我ら一族は、この地下を束ねる責務がある。一人が生きているせいで無数の命が散る可能性がある。だが一人の命がなくなることで無数の命が助かるのなら、我らは迷いなくその選択をせねばならぬのじゃ」

「だったら……ご自分たちの手で殺めれば良かったでしょうに。なぜ、一般兵である私たちに――!」


 アウダークスが悲痛な声で訴える。彼はずっとこの言葉を飲み込んだまま生きてきたのだ。

 そこで初めて、今まで反応を示さなかった女王蟻の顔が微かに動いた。髪と同色の眉が僅かに内に寄る。


「あの時の我にはできなかったのだ。さすがに産んだばかりであったしな」


 ラディムは彼女の言葉に双眸を見開く。

 玉座の女性が、エドヴァルドの産みの親、本当の母親であることが確定した。確かにエドヴァルドとどことなく似ている。先ほど感じた既視感はこれだったらしい。


「たかだか兵士の命を我ら女王蟻一族のために使えるのぞ。幸福なことであるというのに。なんと生意気な」


 老婆は苛立ちながら呟いた。二人がセクレトたちに送る視線は、兵士の命をゴミのようだと思っているかのような冷たいものだった。

 ラディムは胸が押し潰されそうだった。ラディムでさえそうなのだから、当事者であるアウダークスとセクレトの胸中はいかばかりか。

 そのような――民の命を大事にしない者が上に立ち続ければ、反発が起こることは必須であろうに。大昔に双子の片割れを持ち上げて反乱を起こしたのも、女王蟻一族がこのような価値観を持っていたからではないのか。

 ラディムはふとそんなことを思ったのだった。

 女王蟻は顔色一つ変えることなく続ける。


「そう、掟は掟。既に地下では赤子が殺されていなかったことが知れ渡り始めておる。地下の平穏のため、何としてでも我が子を殺さねばならん。さあセクレト、アウダークスよ、居場所を吐くのだ」

「それは、絶対にできません」


 エドヴァルドの母親――、この場合育ての母親が、目に強い光を湛えはっきりと言った。

 セクレトと共に、エドヴァルドの命を守り続けてきた彼女の名はテレノ。セクレトもテレノも黒髪だ。だからこそ、エドヴァルドが彼女らの『息子』と名乗っても特に追求はされなかったのだ。

 まだ、気付かれていない。しかし今この場にはエドヴァルドがいる。できるならすぐにでも、エドヴァルドを彼女たちの目から遠ざけたい。

 それはラディムだけでなく、セクレトやアウダークスも同じ気持ちであった。


「あの子もこの地に住まう大切な命のうちの一つ。その命が奪われると知って、口を割ることなどできましょうか。私たちはこの命に代えても、あの子の居場所を教えるつもりはございません」


 テレノはエドヴァルドを守るべく、その口から淀みなく偽りを吐いた。

 エドヴァルドの産みの親――女王蟻は、その言葉を吟味するかの如く静かに双眸を閉じた。

 ラディムは正直、胸を掻き毟りたくなるような衝動に襲われていた。

 産みの親が自分の子供を殺そうとしており、それを血の繋がっていない育ての親が護ろうとしている。

 その異常な状態を前に、混蟲になった時に母親が自分に向けた目を思い出し、あの時抱いた悲しみが、絶望が――フラッシュバックしてしまったのだ。

 ラディムは服の上から、胸を強く鷲掴みにした。吐き気が、する。


「あの子は災いを成す子。生きていてはいけない存在なのだ」


 女王は目を開け、それでもはっきりと告げた。その声に迷いは感じられなかった。


「お主たちが口を割らないというのなら、吐かせるまでだ。ヘルマン。パルヴィ。その者らを拷問室へと連れて行け」


 あまりにも物騒なその単語を聞いた瞬間、さらに空気が凍り付いた。

 女王蟻の一族は、力で地下を支配している――。

 ラディムはその意味を理解した。今までもずっと、当たり前のようにこのような強引な方法を取ってきたのだろう。


「御意」

「ほら、立ちなさい」


 ヘルマンと呼ばれた銀髪男と金髪女パルヴィは、短く返事をした後、エドヴァルドの両親の背中を小突いた。その様子を冷ややかに見届けた老婆と女王蟻は、玉座の横にある通路へと姿を消した。

 ――待ちやがれ。

 まだ、フライアの居場所について喋ってもらっていない。

 声を張り上げたかったのに、ラディムの口は動かなかった。それどころか、足さえも動かなかった。気分の悪さから立ち直れていなかったのだ。

 ラディムは自分で思っていた以上に、あの時のことがトラウマになっていたことを知った。何回も思い出し、夢にまで見てきていたのに、克服はできていなかったのだ。不甲斐ない自分に腹が立ち、ラディムは顔を歪ませた。

 そんな動けないラディムを置いて最初に行動したのは、アウダークスだった。

 銀髪男――ヘルマンの持つ縄をいきなり横から掴んだのだ。

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