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宝石の目と海の翅 ~ムシの国の物語~  作者: 福山陽士
第1章 古の魔道士編
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4.名ばかりの姫(1)

 四人は六角形の柱が並ぶ、城の一階を移動していた。

 鳥が羽を広げたような形をしているテムスノー城。四人が今歩いているのは、ちょうど鳥の右翼の中心部分にあたる。

 廊下には剣や槍などの武器を形取った彫刻が所々に飾られており、中心部の華やかさとは少し(おもむき)が異なる空間となっていた。

 とある木製の扉の前に来た時、先頭を歩いていたフライアは足を止めて後ろを振り返った。


「ここは食堂です。お城の兵士さんたちは、皆ここで食事をするんです」


 そう言って扉を少し開け、中の様子を確認する。

 百人程度の人間が食事を取れるテーブルには、今は誰の姿もない。奥の厨房からは、昼食の準備をしているのだろうと思われる音だけが響いていた。結局まだ朝食を食べていないラディムは、腹の虫が鳴りそうになるのを堪えながら食堂の様子を見つめる。


「昼飯、早く食いてえな。出される料理、どれも美味いんだよな」

「へぇ。それは是非とも僕もご馳走になってみたいものだ」


 ラディムが思わず洩らした言葉に、オデルは興味深々に中を覗きながら返事をした。


「それでは次に行きますね」


 フライアは静かな声で宣言すると、食堂の扉をそっと閉めた。


「食堂や訓練場、そして宿泊用の小部屋。兵士用の施設は全てこの『右翼』の一階に集まって――」


 再び廊下を歩きながら説明するフライアの言葉が、突如途切れた。彼女の表情は見るからに硬くなっている。不審に思った皆も、フライアの視線の先に顔を向けた。そこには司祭のような格好をした初老の男性が、四人の居る方に向かって歩いて来ていた。


「――彼は?」

「大臣のジジイ」


 小声で尋ねるオデルに、嫌なモノを見たと言わんばかりの表情をしながら、ラディムもまた小声で返す。

 大臣も四人の姿を認識したのか、少し険しい表情を作り、足早に近付いて来る。


「フライア様。こんな所で何を?」


 大臣から発せられたのは、突き刺すような冷酷な声。見た目ほど皺枯れていないその声は()したる声量ではないものの、聞く者を威圧させるような雰囲気があった。

 名を呼ばれたフライアは、少し萎縮しながら大臣に答える。


「あ、あの。お客様にお城の中の案内を……」

「……。あまり外の者と接触されませぬよう」


 大臣はフライアの返答に小さく鼻を鳴らすと、フライアとラディム、交互に冷たい視線を送り、そのまま廊下の奥へと歩いて行った。

 大臣の後ろ姿に軽く舌を出した後、ラディムはオデルとヴェリスに向き直る。


「悪いな、変な空気にさせちまって。あのジジイ、いつも俺たちにはあぁなんだ」

「色々とありそうね。でも理由を訊くのはさすがに無粋かしら?」

「いや、まぁ、そのうち知るだろうし……。できれば今は触れずにいてくれると助かる」


 少し野次馬的思考を覗かせたヴェリスに、ラディムは溜息を混じえながら答える。その傍らで、フライアはただ力無く(うな)垂れていた。






 城の中を一通り案内し終えたフライアたちは、今は城の中央――即ち『胴体』に当たる部分を歩いていた。客室のある三階へと戻るためだ。


「そういえば……」


 階段を上がりながら、フライアがふと何かを思い出したように口を開く。


「どうしてオデル王子は、カエルなのですか?」


 フライアの後ろを歩いていたラディムは、思わず口の中の水分を噴き出しそうになってしまった。

 もちろん、彼としてもそれは凄く気になっていた。かなり気になっていた。とても気になっていた。気になってはいたのだが――。

 何かしら事情があるに違いないと確信していたので、訊くに訊けなかったのだ。

 それなのに。

 フライアのあまりにも直球な質問にラディムは心の中で「そんなデリケートなことを直接訊くなっての!」と全力で突っ込むが、それを声に出す勇気まではなかった。天然とは時として恐ろしいものだと、ラディムはしみじみと思うのだった。


「あぁ、そういえばまだ言っていなかったね」


 しかしオデルは動じることなく、フライアの直球な質問を受け止めた。あまりにもすんなりと答える様に、ラディムは目を丸くする。


「実は、僕の趣味は考古学でね。失われた文明や文化について調べるのが好きだったんだ。いわゆる、自由気ままな三男坊って奴だね」


 どこか他人事のような口調でオデルは続ける。


「ある日、西の国の魔女について調べていてね。魔女が実際に使ったとされる秘薬の作り方が載った本を見つけたんだよ。僕はその秘薬を再現してみようと、実際に作ってみたんだ。ところが、秘薬作りが思ったより長引いてしまってね。途中で寝てしまったんだ」


 オデルは大げさに肩を竦めた。動きに合わせ、赤のマントが軽やかに揺れる。


「そして起きたら、この姿になっていたってわけさ。おそらく寝惚けて、秘薬を飲むか浴びるかしてしまったのだろうね。いやあ、正直なところ胡散臭く思いながら作っていたものだから、まさか本当に効果があるなんて思っていなくてね。しかも、効果の解除方法が書いてあるかもしれないページが破れていたんだ。いや参ったね。はっはっはっ」

「そうだったんですか。それは本当にびっくりですねえ」

(いや、『はっはっはっ』じゃないだろうそれ……。フライアも普通に返すなっての)


 王族というのは、頭のネジが一本足りないのかもしれない――。

 この話題で和やかに談笑できる二人を見ながら、何だかラディムは眩暈がするのだった。


「あ、考古学ってことは、ヴェリスさんとはその関係で?」


 フライアは最後尾を歩いていたヴェリスにチラリと視線を送りながら、オデルに尋ねる。


「そうだよ。彼女は僕の良い先輩なんだ」


 ヴェリスはにこりとフライアに笑顔を返し、オデルの言葉を肯定した。そのやり取りの内に、四人は客室の前に到着する。


「それでは、僕らは一度部屋で休憩するよ。フライア王女、わざわざ案内をしていただき、ありがとうございました」

「とても有意義な時間でした」

「はい。ではまた夜に」


 オデルとヴェリスは笑顔で礼を言うと、扉の向こうへと姿を消す。二人が部屋へ入ったのを完全に見届けたフライアとラディムは、元来た廊下を再び歩き出した。


「さて。案内も終わったことだし、今度こそ墓参りに行くか」

「うん。今日は予定より遅くなっちゃったけれど、お花置いてあるかな?」

「ま、なかったらその辺で採ればいいんじゃねーの」


 ラディムは頭上で手を組み、大きな欠伸をしながら答える。彼の適当な返事に、しかしフライアは表情を明るくした。


「それも良いかもしれないね。今の時季ならお花もいっぱい咲いているだろうし」


 柔らかな絨毯の敷かれた階段を降りながら、フライアは続けて言葉を発する。


「そういえば、あの二人って恋人同士なのかな?」

「さぁ? でも確かに、単なる先輩後輩の関係ってわけでもなさそうだけれど。でも何でまた急にそんなこと……」


 最後まで言い終える前に、ラディムは大きく目を見開いた。心臓の速度が急激に加速する。


(まさか、『私達も恋人同士に見られちゃったかな……』とか、もしかしてもしかするとそういう!?)


 自己紹介で『護衛だ』ときっぱり言い放ったことなどすっかり忘れ、ラディムは心の中で変な期待を膨らませていく。彼の期待など露知らず、フライアは軽い足取りで階段を下り続けながら答える。


「えっとね、上手く言えないんだけど……。ヴェリスさんとオデル王子がいつから知り合いなのかはわからないけれど、オデル王子があの姿になっても行動を共にしているってことは、もしかしたら恋人同士なのかなぁって」

「そう言われれば、確かに……」


 期待とは違う返答に、ラディムの中で膨らんでいた妄想は瞬く間にしゅるしゅると萎んでいく。替わりに脳裏に浮かぶのは、オデルの大きな緑色の顔。

 はっきり言って、あのカエルの顔はかなりのインパクトだ。一度見たら忘れられない。普通の人間ではない自分でさえそうなのだから、カエルが苦手という女性が世の中に多くいるということを考えれば、確かにヴェリスは何かしら特別な事情があるようにも思えた。

 オデルがカエルの姿に変わる前からの知り合いなら、姿が変わった程度では離れないほどの信頼関係を築いていたということになるし、カエルの姿になった後に知り合ったのなら、見た目など全く気にしない性格ということだろう。

 どちらにしろ、ヴェリスはオデルの良き理解者であるということは間違いなさそうだ。


「ま、今度会ったら訊いてみればいいだろ」


 脳内の思考をその言葉に収束したところで、二人はちょうど階段を下り切った。


「直接訊いても失礼にならないかな?」


 花の茎のように細い指で桜色の唇をなぞりながら、フライアはうーんと悩みごちる。


(さっきオブラートに包みもせず、ストレートに質問をぶつけたのは、誰だ)


 今さら何を……とラディムは思ったのだが、そのツッコミは口に出さず、心の中に留めておくことにした。


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