第八話 ショコラの朝
朝日が、ショコラの顔を撫でていた。カーテンを閉めているせいで淡くなった光が、明かりをともさなくても、調理場をある程度明るくしてくれている。
彼女は色を付けた飴を溶かしていた。この甘い匂いがショコラはけっこう好きだ。今日はこの飴でお花を作ろうと思っている。それを昨日できたばかりの友人に贈るのだ。
喜んでくれるかしら。
彼女はうきうきと鼻歌まで歌いながら、作業をこなした。
「姉さん」
不意に背後から呼ばれて、振り返る。
思った通り、弟のマーロンが立っていた。
どうしたの? と、声をかけると弟は子供らしからぬ難しい顔をした。
「黒服さんの使いが来ていましたよ」
「黒服さん? 何かしら」
ショコラは首を傾げる。
黒服さんというのは、王立国軍第二憲兵隊の隊員を指す。
王立国軍第二憲兵隊は見回りなど治安維持活動を行う部隊で、職務上、庶民と多く顔を合わせる。
庶民は彼らを、親しみをこめて黒服さんと愛称で呼んでいるのである。それが今では当たり前の呼び名となっている。由来は彼らが身にまとっている黒い制服からだ。
「姉さんに会って話を聞きたいと。兄様の方に話があったそうですよ」
ショコラの顔がいっきに青ざめた。ショコラの髪を見て顔をしかめる人々の姿が頭に浮かぶ。
「いやよ。絶対にいや」
無意識にショコラは手で髪を押さえていた。昨日アンゼリカとマスクは被らないと約束をしたので、珍しく素のままだ。
ただでさえ、家族以外の人と話すのは苦手なのだ。また、この髪で人を不快になどしたくないし、フンの色に似ているなんて思われたくもなかった。
震える姉の様子を見て、マーロンはふぅっと息を吐いた。
「そう言うと思っていました。安心してください。兄さんは断っていましたよ。また、あのマスクを被ってきて、大騒ぎになったら困るからって。切り殺されても文句は言えないとか言っていましたよ」
「そう、よかった」
心底ほっとして、ショコラは微笑んだ。切り殺されてもという下りは彼女の耳には入らなかったらしい。
「でも、どうして黒服さん、わたくしと話がしたかったのかしら」
ショコラはずっとここに引きこもっている身だ。たまに、森の中を散歩するが、俗世とはかなり距離をとっている。
黒服さんとお話することなど何もありそうはなかった。
「さあ」
マーロンも詳しいことは知らないらしい。
考えて分かるわけもないので、お兄様に聞いておいてねと弟にいうと、飴の花を作る作業に戻った。
「ところで、姉さん」
「なあに?」
「何、作っているんです?」
飴細工は時間との勝負だ。冷めるとすぐに固まってしまうから、ショコラは手を動かしながら弟に答えた。
「見て分かるでしょう、お花よ」
「お花……お花ですか、これ」
何だか含みのある言い方に疑問を抱いて、ショコラは飴細工に落としていた目を上げた。
「素敵でしょう? 私がデザインしたお花よ。アンゼにあげるの。この黒くトゲトゲした茎なんか、とても上手くいったと思うの。アンゼもきっと喜んでくれると思うわ」
「えー」
何故か、マーロンが不満げな声を上げた。
「絶対反対です、姉さん。えーっと、そう、花ならバラがいいと思います。アンゼは髪が赤色だったし、赤いバラの飴細工の方が絶対にいいと思います!」
弟が物凄く必至で言い募るので、ショコラはしぶしぶ赤いバラを作ることにした。どうして弟がショコラデザインの飴細工を贈ることに反対したのかは、ぜひともお察し願いたい。
ここまでご覧いただきありがとうございました。
なんだか、今回は短くてすみません。
きりのいいところで切ったらこうなりました。
なんとか今月中に更新できてよかったです。
次回はもう少し長くなるかと思います。
それでは、またお会いできることを願って。
愛田美月でした。