第六話 秘密の任務
スフレ少佐に連れられて来たのは応接室だった。床には茶色い絨毯が敷かれ、同色のソファーが置いてある。窓は一つで、白いレースのカーテンは閉じており、窓から入る光を少し遮っていた。
とりあえず誰にも聞かれずに、落ち着いて座れるところにしようとスフレ少佐がこの部屋をとっていたらしい。
なかなかにマメな男である。
スフレ少佐は若い二人にソファーを進めた。二人が並んで座ったのを見届けると、自分は対面に座り、長い足を組む。
「単刀直入に言おう。君たちに、極秘に調べてもらいたいことがある」
スフレ少佐の表情はにこやかだが、どことなく胡散臭さがにじみ出ているように見えるのは、ブランの気のせいだろうか。
ブランは薄っすらと眉を顰めた。
「事件ですか?」
スフレ少佐は口元だけの笑みを見せる。
「そう。事件自体はよくあるものだ。いわゆる詐欺事件だな」
「詐欺……」
ブランとカイザーの声が重なった。
彼らの上官は大きく頷く。
二人がつい口に出してしまったのには訳がある。ブランの隊は基本的に殺人事件などの凶悪な物を扱っている。詐欺は別小隊の管轄だったからだ。
「なぜ私達に?」
ブランが尋ねると、スフレ少佐はにやりと笑った。
「顔だな」
「顔?」
ブランとカイザーの声が重なった。凶悪犯罪担当小隊の我々が詐欺事件を極秘に調べる理由が顔とは、一体どういう意味なのか。
ブランには全くもって分からない。
「お前たち、婦人方にモテるだろう」
「はあ?」
つい、剣呑な声が出た。
上官に対する態度としてはあるまじきものだったが、彼と対峙するときのブランはよくやってしまう。改めなければとは思うものの、それをスフレが咎めないので、最近はもういいんじゃないかと思ってしまっていた。
案の定今回もスフレ少佐は笑って流した。
「まあ、そんな怖い顔をするな。うちの男どもときたら、揃いも揃って強面が多いだろうが。その中で、お前らはまだ見られる顔だと褒めてやっているんだろうが」
あまりほめられているような気はしないが、ここで反論しても話が先に進まない。
「強面だと困るということですか」
呟くような声が隣から聞こえてきた。横目で見ると、カイザーが俯きかげんに、口元に手を当てて考えるような顔になっている。
「夫人が怯えてしまってね。我々だとどうも威圧感を与えてしまうらしい。そこで、若いお前たちならもう少し詳しく話を聞きだすことができるのではないかと思ってな。私の独断と偏見だが」
「夫人とはどちらの夫人ですか?」
はっとしたようにカイザーが顔を上げる。どことなく目がきらきらして見える。
ブランにはそこまで食いつくことのようには思えないが、そこは女性が大好きなカイザーだからと納得することにした。
「夫人の名はチェリー・マカロン。知っているか」
ブランとカイザーは頷いた。
「マカロン伯爵の奥さまのお名前です、現在は、三十二歳のはずですね」
カイザーが答える。ブランは隣の男を胡散臭げに眺めた。
「おまえ、なぜ年齢まで知っている」
カイザーが西に行っていたのはほんの二年ほどだから、彼が夫人の名を知っていることには関して疑問を覚えないが、年齢まで憶えているものだろうかと不審に思ったのだ。
「僕は女性に年齢を聞き出すのは得意なんだ。彼女とはパーティーで何度か顔を合わせたことがある。少したれ目気味の愛らしい女性だった」
どうやら愚問だったようだ。
「あーなるほど」
ブランはまだ語りたそうなカイザーをその一言と視線で黙らせてから、少佐に目を向けた。
「失礼しました。マカロン婦人の夫、マカロン伯爵は一月前から行方不明となり、先日ご遺体で見つかっていたはずです」
スフレ少佐は重々しく頷いた。
「そう。伯爵は事業に失敗し、金を作ってくると家を出て、冷たくなって戻ってきたというわけだ。夫人にとっては酷な話だ」
「その夫人が詐欺に引っかかったのですか?」
ブランが問うと、またもやスフレ少佐が頷く。
「ああ。昨日本人がそう申し出てきた。出てきたと言っても、呼ばれてこちらから出向いたんだがな」
そう言って、彼は右手で頭をガシガシと掻く。気に食わないことがあった時に彼が良くする仕草である。
少佐が出向いたのは、相手が貴族だったからだろうと、ブランはあたりをつけた。
「ろくな話が聞けなかった。そこで、お前たちに目を付けたんだ。お前たち二人は貴族の出だし、将校でもある。それに若くて見目もいいとくれば、婦人ももう少し落ち着いて話をしてくれるだろう」
頭を掻く手を止めて、スフレ少佐はブランとカイザーに目を向けた。
「貴族と言っても、私は庶子の出ですが」
にこやかに、カイザーが口をはさむ。
彼に応じるように、スフレ少佐も笑顔を作る。
「引き取られて、育てられたのだろう。どこに問題が?」
そこで、一度会話が途切れた。
笑顔を交わしているスフレ少佐とカイザーの傍で、ブランは寒気を感じていた。
二人とも、目が笑っていない。
冷たい空気がこの部屋を一気に支配したようにブランは思った。
カイザーはあまり実家とは上手くいっていないのだ。そのため、家族の話になると、とたんに不機嫌になる。
さて、どうした物かと思っていると、カイザーが先に折れた。
「まあ、少佐が問題ないと思われたのならそれでかまいません」
スフレの、笑顔なのに冷たい雰囲気が、その一言で一気に和らいだ。
「よし、その言葉忘れるな」
少佐は両膝を両手で打って、話を戻した。
「さて、どこまで話したか。そう、昨日マカロン婦人の家に行って聞いて来られたのは、これくらいだ」
また、頭を右手でガシガシと掻きながら、少佐は口を開く。
「私は騙された。夫が死んだのも彼女のせいだとね」
「彼女とは?」
ブランが待ちきれずに尋ねた。
少佐は頭を掻いていた手を止めて、二人を見据えた。
「ショコラ・グラッセだ。オランジェット公爵の妹だよ」
期せずして、二人同時に息を飲んだ。
その名は王都に住むものなら誰でも知っている。
呪われた女性の名前だった。