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第五話 友との再会

 妻と別れたブランは、職場である本部基地へ向かった。

 基地の東側にブランの所属する王立国軍第二憲兵隊けんぺいたいの部署がある。

 第一憲兵隊とは違い、主に民間の事件を担当する部署である。


 ブランは王立国軍第二憲兵隊第一小隊の小隊長を務めている。そんなブランを出勤時間より一時間も早く呼び出したのは、クラフィティ大尉だ。恰幅がよくカイゼル髭がご自慢の上官である。

 

 一体、何の用なのか。


 大尉が待っているという部屋の前に立ち、そんな疑問を胸にドアをノックした。

 すぐに返事があり、ブランは扉を開ける。

 そして、目を見開いた。

 部屋に入ることも忘れ、その場で立ち尽くす。

 部屋の中には、恰幅の良い大尉と、彼よりブランに近い位置に、もう一人見目の良い男が立っていた。

「待っておったぞ。遅かったな。そんな所に突っ立ってないで、早く入って来い」

 促されて、ブランは我に返った。すばやく部屋に入りドアを閉める。

 大尉に形通りの挨拶をしてから、もう一人の男に目をやった。

 ブランと同様背が高く一見して細見。淡い金髪に紫色の瞳、色白の肌。顔立ちは文句なく整っている。甘い顔立ちというやつだろう。

「先日、退位したゼリー少尉の代わりに、西方軍からこちらに異動してきたカイザー・シュマーレン中尉だ。同期らしいな」

 尋ねられて、ブランは同意した。

 彼は、士官学校の同期で、数少ない友人の中の一人であり、親友と言ってもいい存在だ。

 カイザーは、鮮やかな笑みを顔に浮かべて、ブランに手を差し出した。

「久しぶりだな、ブラン。士官学校卒業以来か?」

 ブランも笑みを浮かべて、カイザーの手を取った。

「ああ、久しぶり。と言っても、手紙でやり取りしていたから、久しぶりと言う感じもしないな。何も聞いていなかったから、びっくりしたよ」

「驚かせたかったんだ」

 カイザーがそう言ったところで、大尉が割って入った。二人の久しぶりの再会場面を眺めているのに早速飽きたのだろう。

「さあ、旧交を深めるのは、後にしよう。マンジェ中尉、シュマーレン中尉にはしばらく君の隊で、副小隊長を務めてもらう」

 大尉は体型に似合いの太く短い指で、左右にビョンと延びたひげをつまんで引っ張りながら言葉を続けた。

「しばらくというと?」

「期間は決まっていない。決めるのは上だ」

 そういって、髭を引っ張っていた手を止めて、右手の人差し指を立てて上を示した。

 そして、無意味にカイザーに笑って見せたあと、ちょいちょいとブランを手招いて耳打ちする。

「お前はカイザーから目を離すな」

 耳にかかる息が気持ち悪くて、若干眉をよせながら、ブランは大尉と同じように小声で返す。

「どういうことです?」

「なぜ、カイザーが王都へ呼ばれたと?」

 尋ねられて、素直に分かりませんと答えた。

「女性問題だ」

 完結に言われて、ブランは心の底から納得した。

 どうやら西の地でもブランの悪い癖がでていたらしい。たいていの場合本人に非はないのだが、結果的にカイザーが原因で起こる騒動というのをブランも何度か目にしている。

「お前のような堅物といれば、奴もそう変な気はおこさんだろう」

 そう言って大尉は、ブランの背中をどやした。

「ということで、下がっていいぞ。マンジェ中尉、あとは任せた」

「はっ」

 ブランは敬礼をしてから、目でカイザーを促して部屋を後にした。


 長い廊下をカイザーと並んで歩く。時折すれ違う者たちは大抵がブランたちよりも階級が下なので、さっと廊下の脇に避けて目礼をくれる。その間を颯爽と歩く姿を女性が見れば、釘づけになるところだろうが、軍に女性は少ない。今すれ違った中にはいなかった。

「まさか、おまえと一緒に働くことになるとはな」

 ついしみじみとした口調になった。カイザーはふっと口元に笑みを浮かべる。

「急だったからね。遠くへやっていざこざを起こされるよりも、足元に置いておいた方がいいと思ったんじゃないかな」

 誰がとは言わないカイザーに、ブランは肩をすくめることで答えた。大方察しはつく。

「まあ、いいさ。しばらくは俺とお前で行動することになる。大尉のお言いつけでな」

「ああ、目を離すなとか言われた?」

「言われた」

 率直に答えると、カイザーはくすくすと笑う。

「相変わらずごまかさないよね。これだから、僕は君が好きなんだ」

 爽やかな笑顔のカイザーに、ブランは肩をすくめて見せた。

「はいはい」

 知り合ってから、何度も彼から好意の言葉をもらっているが、ブランから返したことは一度もない。

「誠意がないなぁ。俺も好きだよくらい言ってくれないの? それだから女性にもてないんだよ」

「変な誤解を受けたくないんでな。それに俺には妻がいる」

「ああ、そうだった。おめでとう。結婚式に出られなくてすまなかったね。ちょうど向こうでごたごたが起きていて、どうしても東まではいけなかったんだ」

「お前、西だったしな。で、西の地で何やらかしたんだよ。今度は」

 ブランの振った話題のせいか、カイザーの顔がいっきに曇る。

「それが、不思議な話でね。一度も会ったことのない女性が僕の子を妊娠したから結婚してくれと西の基地に乗り込んできて、大騒ぎになったんだよ。その彼女が西の有力貴族の娘だったから余計にね」

「本当にお前の子じゃないのか。一夜限りの相手だったということは?」

「あるわけないだろう。僕は一度でも会ったことのある女性は忘れない。関係していたならなおさらだ」

 きっぱりと言い切るカイザーに、半ば呆れ半ば関心する。

「愚問だったな。それで?」

「それで、事の真相が分かるまで謹慎していろということになってしまってね。僕はもちろん身の潔白を訴えたんだけれど、なぜか誰も信じてくれなかった。そのせいで、僕は君の結婚式に出席できなかったというわけさ。彼女が基地ではなく、僕の家に来てくれていたら、もっと穏便に事を収められたんだけどね。可哀想に、彼女もすっかり時の人さ」

 結局の所、全ては彼女の嘘だったことが判明する。彼女は父親が持ってきた縁談が嫌でこのような行動に出たのだという。

「僕が女性にはとても優しいという噂話を聞いて、嘘がばれても僕なら怒らないと思ったんだそうだよ」

「迷惑な話だな」

「そうでもないさ。あの子がああいった行動に出てくれたおかげで、彼女とも知り合えたし、今僕は君に会えている」

 カイザーに微笑みかけられて、ブランが「ああそう」と、答えた時。前から彼らよりも上の階級の者が歩いてくることに気付いた。

 二人は、さっと廊下の脇に並んで避ける。

「ああ、マンジェ中尉と……シュレーマン中尉良い所で会った」

「シュマーレンです。少佐」

 カイザーは臆さず笑顔で言い返す。相手が眉を跳ね上げた。

「あれ? シュマーレンて言わなかったか?」

 と、とぼけた男はスフレ少佐。背の高い男で、体重はさっき会った大尉の半分程と思われる。

 いつも飄飄としており、上司にも部下にも容易に真意を悟らせない。ブランにとっては少し苦手な相手でもある。

「君たちに少し話がある。ついて来い」

 言って、踵を返すスフレ少佐の背を見て、二人は一度顔を見合わせてから、慌てて少佐の後を追った。



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