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第三話 衝撃の出会い?!

 ああ、恐ろしい夢だったわ。

 アンゼリカは小さく唸って、寝返りを打った。

 あんなに恐ろしいものを見たのは初めてだった。あの緑色の顔。人の顔ではない。まさしく魔物だ。あれほど醜悪な顔を見たのは、生まれて初めてだった。


 前に目を開けたときに、あの魔物の顔が間近にあって、びっくりした気がしたけれど。

 きっと、あれも夢だったのね。

 夢でよかった。

 あら、でも、私いつ家に帰ったのかしら。


 そこまで、考えて、アンゼリカ勢いよく目を開け、体を起こした。

 ゆっくりと辺りを見回して呟く。

「ここは、どこなの?」

 寝室のようだ。

 知らぬ間にベッドに寝かされていたらしい。アンゼリカは白いシーツに目を落とした。手触りで分かる。これは絹だ。なんと心地いいのだろう。

 ものすごく上質なものみたい。それに、この部屋の調度品も、質素な感じだけれど。よく見れば、高価そうなものばかり。

 部屋を見回していたアンゼリカの耳に、ドアの開く音が聞こえた。

 身構え、慌てて振り返った先に、一人の少年がいた。

「ああ、気が付かれたようですね」

 まだ年若い。年のころは十かそこらといったところだろうか。

 随分と見目の良い少年だ。金色の髪は絹糸のように細く繊細な輝きをまとっている。若葉を思わせる緑の瞳は大きく、澄んでいた。

「二度ほど目を覚まされかけたのですが、こちらの不手際でまた気絶をさせてしまって。すみません」

 何故か謝られ、目をぱちくりさせた後、アンゼリカは首を傾げた。

「あの、私どうしてここに?」

 少年はベッド脇に寄って来ると、愛らしい口元をこれでもかと歪めた。せっかくの可愛い顔が台無しである。

「いやあ、それは姉のせいなのです」

 そういって、少年は背後にあるドアを振り返って、姉さんと呼んだ。

 ドアの方へ眼を向けると、そこから一人の女性が姿を現した。

「いやぁ!」

 アンゼリカはこれほど、女らしい悲鳴を上げたのは人生初だと思った。あまりに驚きすぎて、目に入ってきた情報を処理することができず、どうでもいいことしか思い浮かばなかったのだ。

 女性は、アンゼリカと同じくらいの年齢のようだ。

 どちらかというと、背は低く、少年の姉というだけあって、顔立ちも愛らしい。

 だが、彼女の頭は異常だった。


 なぜ、頭にあんなものが生えているの!


 ふらっと意識が遠のきかけたアンゼリカに気付いた少年が、彼女の腕を掴んで叫んだ。

「ああ、まってお姉さん。気をしっかり持ってください! あれでも普通の、いや、ちょっと変ですけれど、人間なのです」

 その声に我に返り、アンゼリカは頭を振った。

 少女に目を向けると、少女はおびえた様子で、ドアの陰に隠れるようにこちらを見ていた。だが、アンゼリカに悲鳴を上げさせたあれは、ドアから飛び出している。

「あの。何度も驚かせてごめんなさい」

 か細い声がアンゼリカの耳に届く。

 かなり衝撃的な頭からは想像できないような、頼りなげな声だ。

 アンゼリカは、深呼吸をした。

 これで、少しは落ち着きを取り戻せるだろうか。

 とにかく、ここがどこで、どうしてこうなったかを聞かなければ。

「いえ。あの、驚くって、そりゃ驚くわよ、そんな頭の人間初めて見たもの。それより、私、どうしてここにいるのかしら。いや、待って、まさか。あの魔物は夢じゃなかったの? と、いうより、あなたたち、魔物じゃないでしょうね!」

 どうやら、深呼吸はあまり効力を発揮しなかったらしい。落ち着きはどこかへ去ったままだった。

 そんな彼女を見て、ベッド脇に立つ少年が嘆息した。

「ほら、姉さん。姉さんの姿は突飛なのですよ。だから、あの変なマスクはやめなさいっていったでしょう。これまで、何人の罪なき人があなたのマスクで被害をこうむってきたか。もういい加減分かってくださいよ」

 ていうか、そんな所にいないで、こっちへ来てください。と、少年が言うので、すんごい頭の女性が、身構えるアンゼリカのもとへやってきた。

「あの、あなた、その頭どうしたの? 木が生えているけれど」

 そんでもって、枯れ木に見えるけれど?

 と、アンゼリカは改めて、彼女の頭を見る。

 彼女の頭を覆うように、小さな木が立っていた。濃いこげ茶色の木の幹は、硬そうだ。葉っぱはついていない。だから、枯れ木に見えるのだろうか。もしくは冬の木。

「ああぁ。ごめんなさい。ごめんなさい。生きていてごめんなさい。こんな汚いものを見せてごめんなさーい」

 いきなり叫んでうずくまり、女性は頭を――小さな枯れ木が生えているようにしか見えない頭を――抱えた。

 いや、抱えるというよりは、頭の枯れ木を隠そうとしているのかもしれない。

 アンゼリカは不意に彼女が気の毒になった。


 もしかして、この方。

 頭に木が生えていることを物凄く気にしていらっしゃるのかしら。

 生きていることを悔いるくらいに。

 それは、なんて悲しいことなの!


「あ、あの。よく分からないけれど。気にすることないわ。こっ、こっ、こっ、個性的な頭じゃないの」

 はっと、アンゼリカに顔を向けた女性の表情が泣きそうに歪んだ。弟の、アンゼリカに向けられた「随分噛みましたね」というセリフは、一切二人の耳には届かなかったようだ。

「個性的……やっぱり、わたくしの髪は普通じゃないのですね。早く隠さなきゃ」

 言いながら立ち上がった女性に、少年が飛びついて動きを阻止しようとした。

 だが、女性の力もさるもので、抱き付いている少年を引きずるようにドアへと向かっていく。

「待って、待って。また、この人を気絶させたいの? 冷静に考えてくださいよ、姉さん。今の頭が、普通に見える方がどうかしていますよ。今、姉さんの髪、木に見えるように固めてあるのですから」

 ぴたりと、女性が動きを止めた。頭に手をやって、木の幹をなでる。

「まあ、そうだったわね。ああ、思いだしたら恥ずかしくなってきたわ」

 頬に手を当て顔を赤らめる女性から離れた少年が、アンゼリカの存在を思い出したように声を上げた。

「ああ、そうだ。すみません。この人の頭にある木は、本物の木ではなくて、髪の毛でできているのです。ポルカの木の樹液を使うと、このように固めることができるのですよ」

 アンゼリカは改めて、彼女の頭の古木を見、その精巧さに度肝をぬかれつつ、へえ、と気の抜けた声をだした。

「その、随分と斬新な髪型ね」

「姉は、自分の髪が嫌いなのです」

 アンゼリカは、要領を得ず首を傾げる。

「あまりに嫌いすぎて、髪を誰の目からも隠そうとして、普段はマスクを被っています」

「でも、今は隠していないじゃない」

 アンゼリカの指摘に、少年はうなずいた。

「貴女がまた気絶すると困りますから」

 金髪を揺らすように、姉を仰ぎ見た少年の目は、どことなく冷たい。

 怯んだように肩を震わせた女性から視線をはずし、少年はアンゼリカに向き直った。

「姉は趣味が悪い、激悪なのです!」

「は、はあ」

 アンゼリカは、そっと女性に視線を走らせた。確かに、変な頭をしている。

 いや、これは恥ずかしいと思っているようなことを言っていたかしら。

「落ち着いて、これを見てください」

 少年は服の隠しから何かを取り出した。

 それは緑色の強い布のようなもので。

 少年は袋状になっているその緑の布に手を入れて広げると、アンゼリカに向かってかざすようにした。

「ひぃっ」

 思わず、アンゼリカの口から小さく悲鳴が漏れる。

 なんという醜悪さ。

 なんという悍ましさ。

 それは、まさしく夢で見た。否、夢ではなく、現実だったのだろう。とにかく、それは、森で見た魔物の顔そのものだったのである。

「そ、それは。魔物の皮? 剥いだの?」

 恐ろしさに、体を震わせながら問うアンゼリカに、少年は首を横に振った。

「これが、姉のマスクです」

「へ? なんでわざわざこんなものを?」

 少年はまたも、傍らに立つ姉に冷たい視線を向ける。

「ですから、姉は趣味が悪いのです」

「ああ」

 なんとなく、アンゼリカも彼の言わんとしていることが分かった気がした。

 何かの罰ゲームでも、強制されたわけでもなく、彼女はきっと、この恐ろしく、醜悪で、悍ましく、緑色にテラテラ光ったマスクを好んで着用しているのだろう。

 アンゼリカは触るのも嫌なあのマスクを。触るとねばっとしたようなものが手に付きそうなあのマスクを。なんか、物凄く嫌な臭いがしそうなあのマスクを。

「もしかして、そのマスクのせいで、街の人から恐れられていたりする?」

 森へ送ってくれた御者の話を思い出して、尋ねてみる。

「ええ。あなたを気絶させたように、他にもたくさんの被害者がいます。それにしても、なんだ。噂を知っていたのですね。最近は噂が独り歩きをして、この森へ近づく人はめったにいないので、あなたは噂を知らないのだと思っていました」

「いえ、あの、聞いてはいたのだけれど。嘘だとばっかり」

 まあ、半分以上は嘘のようだが。だが、ということはこの女性は……。

「あの、もしかして。あなた、いえ、あなた様は、ミス・グラッセでいらっしゃいますか?」

 女性と、少年はきょとんとして顔を見合わせた。

「あ、名乗っていませんでしたね」

「まあ、失礼をしてしまったわ」

 と、姉弟は口々に言う。

「では、改めまして。ご機嫌よう。わたくしは、ショコラ。ショコラ・グラッセと申します。こちらは、弟のマーロン・グラッセです」

 淑女のように礼をしたショコラは、髪型を除けば公爵の妹として不足のない人物のように見えた。あくまでも、頭を除けばだが。

「あ、あの。失礼しいたしました」

 言いながら、アンゼリカはベッドを下りて、二人と対面した。

「私は、アンゼリカと申します。アンゼリカ・マンジェ。先日こちらへ移ってきたばかりなのです。以後、お見知りおきを」

 普通なら、あいまみえることのないであろう二人を前に、アンゼリカは緊張の面持ちで挨拶を返したのだった。



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