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第十一話 エーダの秘密

 一頻り喋って笑って、お菓子を食べてお茶を飲んで、人心地ついた時。アンゼリカはふとあることを思い出した。

「そうそう。私あれ持ってきていたんだわ」

 アンゼリカは持ってきていたカバンの中から、ある袋を取り出した。

「まあ、エーダね」

 袋を見ただけでショコラは中身が分かったらしい。不思議そうな顔をしたからか、中身が分かった種明かしをすぐにしてくれた。

「袋に、エーダのマークが描いてあるでしょう」

 確かに袋には何だかよく分からない絵が付いている。

「これ、今朝夫が買ってきてくれていたの。ショコラと一緒に食べようかと思って、持ってきたのよ」

「まあ、旦那様が? なら貴女が一人で食べた方がいいと思うわ」

 ショコラが、含みのある笑顔を見せる。

 ふと、昨日の夫の部下たちの顔が頭に浮かんだ。そう、ブランがエーダをアンゼリカに渡した時の、あの、なんともニヤついた顔。

「どうして?」

 アンゼリカが尋ねると、ショコラは全く別のことを聞いてきた。

「そのエーダ。袋の中には三本、そのうちの一本は半分の大きさになっている。違うかしら?」

 見事にいい当てられて、ショコラは驚きに声を上げた。

「すごいわ! どうしてわかったの?」

「やっぱり! ステキね。本当にステキだわ。アンゼの旦那様、よほどアンゼのことを愛していらっしゃるのね」

 ショコラは胸の前で指を組んで、感激したように声を上げた。最後にほうっと息を吐く。

「わたくしもいつか、アンゼみたいに幸せになれるかしら」

 いくつもの縁談を経験し、ものの見事に振られまくった過去を持つショコラの最後の呟きは、呟いた本人が驚くほどに暗く響いた。

 アンゼリカは机に置かれたショコラの手を取る。

「もちろん、幸せになれるに決まっているわ。きっと、ショコラの全てを受け入れてくれる人がいるはずよ」

 貴族の子女の結婚は、アンゼリカが言うような幸せな物はあまりない。アンゼリカは恵まれている。それはお互いに分かっているが、それでも、アンゼリカの励ましに、ショコラは微笑みを見せる。

「ありがとうアンゼ。その言葉だけで十分幸せになれたわ」

「どういたしまして。なら、ショコラ。袋の中身がどうしてわかったのか。教えてくれたら、私ももっと幸せになれると思うのだけれど?」

 冗談めかして言うと、ショコラはうふふと声を上げて笑った。




 その昔、子宝の木と呼ばれる木が、この国の北東の地にあった。この木の枝を切って、挿し木にすると、ぐんぐんと育ち、数年後には、実をつけ、新たに芽吹くことから名付けられたそうだ。

 古代の北東の民はその子宝の木の枝を三本持って、求婚するのが習わしだったのだそうだ。

 一つ目の枝は夫を、二つ目の枝は妻を、三つ目の枝は二人の間に生まれてくる子どもをあらわしていたという。

 つまり、この三本の枝は、あなたと夫婦となり幸せな家庭を気づきたい。あなたの子どもが欲しいというような意味を持つ。

 



「その、子宝の木の枝を模して作られたのがエーダなの。エーダを三本買って、その内の一本だけ齧って、意中の人にそれを渡すの。つまり、貴女と夫婦になり幸せな家庭を作りたい。と言う意味でね。つまり、求婚ね。そして、エーダを受け取った人は、その人のことが好きなら一人でそれを全部食べるの。あなたの全てを受け入れます。私もあなたと幸せな家庭を気づきたいですっていう意味だそうよ」

「つまり、プロポーズで使うということ? でも、私達もう夫婦なのに、ブランったら」

 真相を知るとなんだかとても恥ずかしくなった。つまりアンゼリカは、夫からの求愛に気付かず、ある意味友人に私ってこんなに愛されているのよと見せびらかした格好になるのではないか。

「それに、エーダで結ばれた二人は末永く幸せになれるという言い伝えもあるらしいの。ご夫婦の場合は末永く幸せになりましょうとか、貴女の子どもが欲しいとかそういう意味だと思うの。……なんだか、とても恥ずかしくなってきたわ」

 なぜか、ショコラまでが頬を赤らめた。子どもが欲しいなどとあからさまなことを言うことが恥ずかしかったのかもしれない。


 もう、ブランのバカバカバカ! 渡す前にどうして先に教えてくれないの。教えてくれていたらこんな恥ずかしい気分にならなかったのに。一人でこっそり食べて幸せをかみしめたかったわ!


「だから、このエーダはわたくしは食べられないわ。アンゼの旦那様の言う通り、貴女一人で食べないと」

「ええ、そうね。そうするわ。それにしても、ショコラ詳しいのね」

 恥ずかしさを振り払うように、話題を変えると、ショコラはにっこりした。

「数か月前までわたくしの身の回りのお世話をしてくれていた子が教えてくれたのよ。彼女もエーダをもらって去年結婚したの。きっと幸せにやっていると思うわ」

「へえ。使用人がすぐにやめてしまうと言っていたけれど、その子とはお話できたのね」

 マスク姿のショコラを見たメイドたちは大抵アンゼリカと同じようになるのだと昨日聞いていた。こんな所では働けませんとたいてい一日も持たずに辞めていくのだという。

「ええ、キャンディは、あ、その子の名前なのだけれど。とても気丈な子で、私のマスクもとても気に入ってくれたの。だから、結婚で辞めてしまうときに、わたくし、お気に入りのマスクを一枚彼女に渡したの。彼女とても喜んでくれたわ。これでいつでも私を思い出せると言って……」

 ショコラが、懐かしい光景を思い浮かべるように視線を少し上げて口を閉じた。

 アンゼリカは、黙ってショコラの言ったことをもう一度頭の中で繰り返し、首をひねった。

「ちょっと待ってショコラ。あなたがあげたマスク、昨日被っていたものと似ているの?」

 思い出すのもいやなので、頭の中で鮮明に思い描かないいようにつとめながら、アンゼリカは尋ねた。

 ショコラはもちろんと言うように頷く。

「ええ、昨日つけていたアレクサンドラのお姉さんなの」

 アンゼリカは首をさらに深く傾げた。

「待って、ええと。アレクサンドラっていうのは……」

「あのマスクの名前よ。キャンディにあげたのは、カサンドラっていう名前なの」

「マスクに名前をつけていたの?」

「ええ、とても可愛らしいから」

 可愛らしいのは、そう言ってほほ笑むショコラの素顔である。けっしてあのおどろおどろしいマスクではない。

 そのキャンディという女性は、よほど肝の据わった女性なのだろう。あのマスク姿のショコラと会話を交わし、結婚のお祝いにあんな恐ろしいマスクを受け取って喜んでみせるとは。アンゼリカには到底出来そうもない。





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