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第十話 お茶会とコレオイシー

 目が覚めると、既に日は随分と高い所へ上っていた。

 うっかり寝過ごしてしまったらしい。

 太陽の位置を確かめる為に開けた部屋の窓を閉じて、アンゼリカは慌てて着替え始めた。着替えくらいは、ノエルに手伝ってもらわなくても一人でできる。

 十一時にはショコラの家へお伺いしなければならないのに。今一体何時なのかしら。

 アンゼリカは部屋を飛び出した。

 階段を下りて、慌てて食堂へ飛び込む。

「おはよございます。おじょ、奥様」

 ノエルが、物凄い勢いで食堂に入ってきたアンゼリカを見て、声をかけてきた。

「別にお嬢様でもいいわよ。ノエル」

 せっかく譲歩してあげたというのに、優し気な顔立ちの反面、言いたいことははっきり言う性格のノエルは、きっぱりと告げた。

「そんなわけにはまいりません。見ていてください。あと三日で、なんとか奥様とお呼びすることに慣れて見せます」

 まだ三日もかかるのか。

 そう思いながら、アンゼリカは食卓についた。

 しばらくすると、ノエルが朝食を運んできてくれる。

「わぁ。おいしそう」

 テーブルの上に、いつもながらのお茶に、王都で評判のパン屋ウーマイン・デッセで朝一番にブッシュが並んで買ってきたパンが置かれる。さらに、パンに挟む惣菜が三種類。卵の炒め物と果物とヨーグルトの和え物。あとはアマインのジャムだ。

 アマインはアンゼリカの実家である東の地でよく栽培されている赤い木の実だ。甘酸っぱい味がする。

 ウキウキとどれを挟もうかなーとアンゼリカがパンを片手に悩んでいると、部屋のドアがノックされた。返事をすると、食堂に入ってきたのはもう一人の使用人。ブッシュだ。

「奥様。ブラン様からこちらを」

 そう言って、ブッシュがテーブルの上に置いたのは、見覚えのある袋だった。

「これって……」

 昨日、アンゼリカが無くしてしまったエーダの入った袋に似ている。

「どうしたの? これ」

 アンゼリカは慌てて袋を手に取ると中を確認した。やはりエーダだ。しかも、また三本入った内の一本が半分程齧られている。

 だが、昨日と同じものではなさそうだ。昨日なくした袋はアンゼリカが握りしめていたせいで、随分グシャグシャになっていたから違いが分かる。

「また、食べかけ……」

「ブラン様が、朝早くに朝市へ買いに行かれたんですよ。よほど、奥さまに食べさせたかったんですねぇ」

 にこやかにブッシュが告げる。

「愛されていて羨ましいです」

 ノエルはほうっと息を吐く。

 アンゼリカは、ブッシュに視線を戻し、尋ねた。

「ブランは?」

 だが、返事をしたのは彼ではなかった。

「もうとっくにお出かけですよ。おじ、奥様は寝坊しすぎです。旦那様が起こさないようにとおっしゃるからそのようにしましたけれど、本来なら、お見送りなさらないと」

 ノエルが小言を言い始める。

 その途中で、ボーンボーンと食堂にかけられた、時計が音を立てはじめた。

「もう十時か。奥様、早く食べて、そろそろ出発なさった方が良いのでは?」

 ブッシュの言う通りだ。アンゼリカは慌てて、卵の炒め物をパンに詰めて頬張った。




 森の入口までブッシュが操る馬車できた。

 そのあとは、昨日教えてもらったパッと見では草に隠れて見えない小道を通って行く。

 ほどなくして、お屋敷が見えた。

 鬱蒼とした木々に囲まれた森の中に、開いた空間。そこに立つこじんまりとしたお屋敷は、日の光に晒されて、白く輝いて見える。

 鳥のさえずりと、風が木々を揺らす音。

 やはり、森の中はいいものだ。

 アンゼリカは、大きく深呼吸をした後、屋敷のドアを叩いた。




 昨日アンゼリカを馬車で送ってくれた執事が、出迎えてくれた。

 今日は庭に面したテラスへと案内される。

 そこは春の花々が美しく咲き誇った庭を存分に眺めることができる場所だった。

 美しい光景に思わず息を飲んだアンゼリカの背後から、可愛らしい声が聞こえてきた。

「まあ、アンゼ。いらっしゃい。来てくれてうれしいわ」

 アンゼリカは満面の笑みで後ろを振り返る。

 そして、はっと目を見開いた。

 今日は髪が木の形をしていない。長い髪を後ろで一つに結んでいる。

 こうして見ると、ショコラって本当に可愛いわ!

「ショコラ、お招きありがとう。今日の髪型、昨日より断然いいわ! とっても素敵よ。あ、それとこれ、お土産なの。コレオイシーの焼き菓子。とっても美味しいって評判なんだって、見た目もすごく凝っていてステキなんですって」

 そう言って、アンゼリカが差し出したのは、王都で一二を争う有名な菓子店コレオイシーの焼き菓子詰め合わせだ。これはアンゼリカが寝ている間に、ノエルが買ってきてくれていた。

 ノエルいわく、これを持って行って、喜ばない人はいないとのことだ。

「まあ、コレオイシーの焼き菓子詰め合わせ……」

 驚いたように、菓子の箱を受け取ったショコラは、次いで首を傾げた。

「アンゼ、ご存じだったの?」

「何を?」

 アンゼリカも首を傾げた。

「あっ!」

 ショコラは不意に何かに気付いたように声を上げた。そのことを恥じらうように口元を片手で覆う。両手でなかったのは箱を持っていたからだろう。

「いけないわ。お礼を先に言わないと。ありがとうございます」

「あ、いえいえ。こちらこそ」

 二人して、礼を交わす。

 それが何だかおかしくて、アンゼリカはつい笑ってしまった。

 笑いだしたアンゼリカを不思議そうに眺めていたショコラにも笑いがうつり、二人して笑いあった。


 ほどなくして笑いを収めた二人が、席に着くと、執事がお茶を出してくれた。

 テーブルの上には先ほど、アンゼリカが持ってきたコレオイシーの焼き菓子が並んでいる。

「ねえ、ショコラ。さっきの話だけれど、私が何を知っているって?」

「ああ、ええ。コレオイシーのこと。あそこは、弟が経営しえいる店なのよ」

「へえ、そう。……って、えぇ! 弟って、ショコラの弟さんって二人いるの?」

 アンゼリカが驚いて問うと、ショコラはアンゼリカの勢いに驚いたのか目を見開く。

「えっ、いいえ、弟はマーロンだけよ。マーロンが作った会社なの。コレオイシーは」

「マーロンってまだ小さかったわよね」

 昨日の愛らしい少年の姿を思い浮かべながら問う。ショコラは頷いた。

「ええ。今年十一歳になるわ」

「それで会社を経営? すごいのね」

 アンゼリカは最初の衝撃からようやく冷めつつあった。

「姉の私が言うのもなんだけれど、あの子はとても優秀なの。あの子が七歳の時に、家庭教師がもう教えることはないって言ったほどよ」

 どことなく自慢げにショコラは言った。

 その姿が何だか微笑ましく感じられて、アンゼリカは笑顔を作る。

「先ほどは、知っていて、売上に協力してくれたのかと思ったの」

 ショコラの言葉にアンゼリカはブンブンと首を横に振る。

「まさか、知らないわよ。コレオイシーって王都では知らない人がいないというくらいの有名店だって話だったわ。とても儲かっているんじゃない」

 つい下世話な話を向けると、ショコラは首を傾げた。

「どうでしょう? お菓子のデザインの話をするくらいで、あの子儲かっているともなんともいわないから分からないのよ。いつも忙しそうにしているから、よほど経営に行き詰っているのかしらと思っていたのだけれど、違うのかもしれないわね」

 ずっとショコラの森に引きこもっている彼女は、弟の店の評判を知らないらしい。

 アンゼリカは知っているだけのコレオイシー情報をショコラに語って聞かせることにした。





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