Chapter1 Ⅱ
さあ、WEの本領発揮でございます。
ところでみなさん。
私が感情符をつけないことにお気づきですか。
これは、私のこの作品のルールでございます。
各キャラクターの心情はみなさんで想像してみてください。
どういうことだ。
俺は自室に届いた手紙つきの小包を開け、思わずそうつぶやいていた。
ジョナサンはこの状況でWEの監視下から逃れた。恐らくジョナサンは殺される。
俺の手で。
恐らく罠だ、というのがWE、そしてフランクの見解だった。
しかし、俺にはこれが単なるトラップだとは思えなかった。
「フランク、お前はどう思うよ」
「裏切りとみて間違いないだろう。ゲイツの側についたとしても単独で行動していたとしても、WEは、いやお前はジョナサンを殺すことになる」
「ジョナサンがどこに居るかは分からないのか」
「さっぱりだ。信号がロストしている。しかも、そこいらじゅうにジャミング電波が出ている。衛星も駄目だ。恐らくステルスだろう。ゲイツも見つからない。ゲイツとジョナサンが一緒に行動している、もしくは何らかの助けをジョナサンがゲイツから受けているという可能性が高い」
「とある場所を見つけるにはゲイツの部屋に入るしかない、ということか」
「そうだな。小包には何が」
「ソーコムに…スモークグレネード。ゲイツの屋敷の見取り図。あとは…」
小包の底には黒いカードのようなものが張り付いていた。
「黒いカードがある。これがジョナサンの言う鍵だろう」
「なあ、エド。この手紙はとてもナンセンスじゃないか」
もし俺を罠にはめるならもっと成功率の高い方法はいくらでもある。ましてや、わざわざ自分が違反者であることを手紙に書く必要など無い。
恐らくジョナサンは俺に何か伝えようとしているのだ。そのことをフランクに言うと、
「何かを伝えようとしている…か」
「しかも、俺が今知ると厄介な情報らしい」
「なるほど…まあ、それはゲイツの部屋に行けば分かることだ。それはそうと、エド」
「どうした」
「ゲイツの経歴を調べることに成功したんだが…」
「やっとか」
実はこれも、WEが血眼になって調べていた情報の一つだ。
「どうやって」
「それが、匿名のリークがあったんだ。それで調べてみたんだが、ゲイツは昔、国防総省である程度の役職に就いていたんだ。裏も取れてある」
「何故気付かなかったんだ」
「名前を変えていた、というのが主な理由なんだ。だが、ゲイツは昔ある計画の途中で20年前行方不明になっている。その計画についてはWEが単独捜査を行っているところだ。そうだ、この計画の途中で行方不明になったのはゲイツだけじゃなかったのが調べるうちに分かった。アドナイ・エロヒムを覚えているか」
「ああ」
アドナイ博士はAI工学の権威だ。国防総省一のスプーキーな天才と呼ばれた彼の噂は俺も聞いたことがある。
彼は、完璧に人間に近いAIを創るために様々な人間の意識をコンピューター内に幽閉した、だとか、生身の人間の脳の一部とAI部品を交換して、どこまでの範囲を変えると人は死ぬのか実験した、など、とんでもない噂が流れるほどの変わり者だった。
彼の使うコンピューターは高度過ぎて誰も使え無いので、「彼のコンピューターにパスワードはいらない」とも言われた。それでも彼は一日に五回はパスワードを変えたという。
彼は死んだと聞いていたが。
「アドナイ博士がどうした」
「彼もゲイツと同じ計画の途中に行方不明になっている。俺はアドナイ博士も今回の任務に関与していると踏んでいる」
「どうして」
「死んだタナトスの兵士から、ジェネラルシステムで使われるナノマシンの摘出に成功したんだ。だが、満足な情報は得られなかった。ナノマシンにはコンピュータウイルスが仕組まれていたんだ。アメリカ政府のウイルスバスターは現在、アドナイ博士が開発したものをベースにしている。うちのプログラマーでもそいつは解読不可能なプログラムだ」
「解読不可能だって」
「アドナイ博士はごくわずかの人物としか話さなかった。彼は自分の認めた人物以外には手の内を明かさない。つまり、このウイルスバスターを破れるのはアドナイ博士しかいないんだ」
「それか、アドナイ博士と同等、もしくはそれ以上の奴か」
「そんな奴がいるとは考えにくい…いや、待てよ。一人いるぞ」
あいつだ。
「もしかして…ドメインの事か」
ドメインは昔、WEに所属していた天才ハッカーだ。アドナイの再来とも言われ、様々な組織に電子的に潜入し情報を盗んでいた。しかし…
「もし奴のことをお前が言ってるならその可能性は低い。奴はアラスカに引っこんでいる。人付き合いを極端に嫌っているんだ。だからあいつはWEを辞めてアラスカに逃げたんだ」
「それが、ドメインが一枚噛んでいる可能性は高いんだ」
「どういうことだ」
「ドメインとジョナサンはかなり親密だ。ドメインはジョナサンにだけ心を開いていた。ドメインがアラスカにいることもジョナサンからの情報なんだ」
「まさか…」
「ジョナサンがタナトス側についていないとすれば、ドメインがジョナサンに手を貸していると思うんだ。…待てよ。そういうことか。エド、恐らく匿名のリークはドメインからだ。ジョナサンがタナトス側じゃないとするとそれで筋が通る。ジョナサンは俺たちに、タナトスの情報を送ってきているんじゃないか。…しかし、何のために」
「これはゲームだ、か。ジョナサンは自分がこのゲームに勝つことはないと言っていた。俺たちか、タナトスが勝つと。ジョナサンは俺たちに勝ってほしいんじゃないか」
無線機越しでもわかるフランクの溜息が聞こえてきた。
「もうこの話はやめだ。頭がパンクしちまう。エド、とりあえず続きはゲイツの部屋に行ってからだ。至急、ゲイツの屋敷へ向かってくれ」
無線が切れた。
とりあえずゲイツの屋敷に潜入しなければ。
俺は見取り図を見た。ゲイツの屋敷の裏には大きな庭がある。そこにある裏口から中へ入れそうだ。裏口は武器庫に繋がっている。そこを抜けると廊下に出る。その廊下を進むと吹き抜けのエントランスだ。ゲイツの部屋は二階にある。エントランスの中心にしか階段はないので、そこを上るしかない。二階のU字廊下の中心のあたりから、ゲイツの部屋に抜ける廊下があるようだ。
潜入は変わった。
WEの潜入装備は最先端技術を駆使した装備が使われている。潜入用戦闘服、スニーキングスーツには環境追従ステルス迷彩が使用されている。これは、光が通過したときに予想される景色をスーツに映し出す、という科学の魔法が生み出した透明マントだ。このスーツは動いているときも9割がた透明になることができるので、注視しない限りは見つけることはできない。スニーキングスーツは衣擦れしにくく、体にしっかり吸着して、負傷箇所の止血も行うことができる。足音もたたず、自分がここにいるということ忘れるほどの夢のスーツだ。
ソーコムはありがたかった。というのも、WEの潜入装備には最低限の武装しかなく、あるのはスタンナイフくらいだ。銃は透明にならないのでは、と思う人もいるだろうが、心配はいらない。環境追従ステルス迷彩は吹き付けるスプレータイプもあるのだ。
俺はそんなSFじみたハイテク装備に着替え、ゲイツの屋敷に向かった。
どんなにハイテク装備に身を包もうが、敵の視界は避けなければいけない。
俺はゲイツの庭についたが、一つアクシデントがあった。軍用犬だ。いくらハイテク装備といえど、嗅覚はごまかせない。麻酔銃があればいいのだが、あいにく今は持ち合わせていない。
やむを得ず撃ち殺し、気付いて近づいてきた見張りは背後からスタンナイフで気絶させた。見張りの無線機は分解し、使用不可能にしておく。
裏口から中へ入る。そこから先は難なく進むことができたが、二階に上がると問題があった。ゲイツの部屋の前の見張り二人がサーマルゴーグルをつけているのだ。ここではスモークグレネードを使うことにした。ジョナサンの用意してくれたスモークグレネードは優れもので、煙の範囲と爆発までの時間を調節できた。範囲は1m、爆発は衝撃感知直後に設定した。
俺はちょうど見張り二人の真ん中にスモークグレネードを投げた。幸運だったのは、スモークが消音煙という特殊な煙だったことだ。消音煙とはその名の通り、音を吸収する煙だ。そのため、二人の悲鳴が俺以外に聞かれることはなかった。
二人を気絶させ、鍵を使って俺はゲイツの部屋に入った。
一瞬、スプラッターハウスか何かかと思った。ゲイツの書斎は荒れてはいなかった。むしろ、気味が悪いほどに整頓されていた。しかし、ゲイツの部屋にはあちこちに血と肉片がこびりついていたのだ。それはよく観察すると、爆発し、飛び散ったように見える。爆発の中心は、ゲイツの机の上だ。
と、ゲイツの机に箱が乗っているのが見えた。恐る恐る箱を開けるとそこには、
ゲイツの首だ。
その光景にさすがの俺も声を上げてしまう。よく見ると、ゲイツの額には、S,S,と血で書かれている。
どういうことだ。どうなってる。