Chapter5
実はやっと序章が終わりました。
これからが、この物語の本編です。
え?後付設定じゃないかって?
後付は実は序章の方なんですよ。
ここからが書くのが楽しいところです。
「殺せ」
何故、あれほど感情的になった。
エドと話していた記憶ははっきりとある。だが、私がエドと話したという実感がわかない。
何故だ。
エドには何か奇妙なものを感じる。
私はゲイツの部屋の前についた。黒いモノリスのような長方形の扉の向こうにゲイツがいる。
私は扉の横にある、小さな正方形のポートに指を置く。私の指がスキャンされ、ロックが外れる。
「入れ」
私は扉を開け、中に入った。
ゲイツの部屋は書斎のようになっている。ゲイツはアンティーク物の椅子に腰かけ、本を読んでいる。フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」だ。私も一度読んだことがある。
「君は、SFは好きか」
ゲイツは60代後半の男だ。白髪で、目尻には皺が深く刻まれている。鋭い眼光と無精ひげが威厳を強調する。
「まあ、好きなジャンルではあります」
「なら、これを読むと良い。20年前だから、なかなか最近の本だ。」
そういってゲイツは本を渡してきた。本には「harmony/projectitoh」と書かれている。
「これはプレゼントだ。君にあげよう」
「ありがとうございます」
「さて、例の計画の話だが…」
例の計画。少しずつ情報を出されていくタイプのゲイツの好きな手だ。システムの時もこのようにして出される情報を少しずつ紡いでいくと全貌が見える。恐らくこれは、ゲイツにしたらゲームのようなものなのだろう。こちらの正体も、もしかすると分かっているのかもしれない。
「君に伝えることが一つあって今日は来てもらった。これを見てほしい」
そう言うとゲイツは一枚の地図を広げた。地図にはベーリング海峡が描かれているが、見慣れない所に赤い点が打ってある。
「どこです、これは」
「地図から消された島、というとありきたりだが…まさにそれだ。アメリカとロシアが対峙する国境でもあることから「米露海峡」の異名も持っているベーリング海峡だが、東西冷戦時代は敵対する2つの超大国が接する世界で最も緊迫した海域の一つだった。その最中にアメリカによって建造された孤島の要塞がそこにある。その島の名前は『NOUGHT』、あるが存在はしない島だ。我々はそこで、例の計画を進めている」
地図から消された、nought(零)という島。そこで進められる巨大な計画。
「一つ、この組織を理解するためのヒントだ。ジェネラルシステムはこの計画の一部に過ぎない。PMCの立ち上げはテストの一環に過ぎない」
「つまり、あの巨大PMCは副産物だと…」
「その通り。我々が行っている計画はそのような矮小なものではない。ということだけは教えておこう」
タナトスにとってはPMCはテストの一環で生まれた副産物だったのだ。ここまで大規模なものが副産物。タナトスはどれだけスケールの大きい組織なんだ。
「さあ、君はどうする」
「それはどういう…」
「私はタナトスである君ではなく、WEとしての君に聞いている」
何だと。
私の正体はもう既にばれていたのだ。
「いつから…」
「かなり前からだ。WEには我々の、いや我々側のモールを送り込んでいる。君がこそこそ嗅ぎまわっているのは、ずっと前から知っている」
モールがいることは何となく感じていた。エドにもし誰の命令であっても私を殺せと言ったのはそのためだ。もっとも、あの時言おうとは思っていなかったが。エドならモールを見つけられる才能がある、と直感したからあの時私はエドに言ったのだろう。無意識の内に。
「私はある作家から大きな影響を受け、感化された」
ゲイツはおもむろに立ち上がり、一冊の本を手に取った。
「彼を、伊藤計劃を知っているかね」
projectitoh。さっき渡された本にもその名前は書いてあった。
「長編を二作、ノベライズを一作残して若くしてこの世を去ったSF作家だ。私がこの計画を始動させたきっかけ、それが『虐殺器官』、そして君にも渡した『ハーモニー』だ。その本は君が私の計画を理解するヒントにもなる」
そういうゲイツは私ではなく、どこか遠いところを見据えていた。
「虐殺器官が、そしてハーモニーが書かれたのは必然だった」
ゲイツはこちらを、私の眼の奥をのぞき込んでくる。
「狂信的に聞こえるか。しかし、実際に彼は多くの人々に――私を含めて――衝撃を、知性による快楽をもたらした。彼が若くして亡くなったのは、何か人間が知るべきではない心理を知ってしまったからではないか、と私は考えている」
私はゲイツを見るが、狂信者によく見られる、狂気の色は感じられない。
「私はそこに到達したい。彼は自分がもう長くないことを悟り、その心理へ続くヒントを残した。私は『わたし』の先にある、意識の先にあるものを見つける」
「なんのために」
「私は、平和を知らない。平和とは、真の調和とは何かを見てみたい」
「狂っている」
「しかし、私が狂気でないことは君にも分かるだろう」
そういうとゲイツは、先程手に取った本を渡してきた。本には「虐殺器官」と書かれている。
「これもプレゼントだ。彼のミームは人から人へ繋がっていく。大きな、長い螺旋を描いてな」
と、ゲイツは眉間を揉んだ。そして、パイプを取り出し、火をつける。
「少々話しすぎたか。さて、最後のプレゼントだ」
ゲイツは大きなトランクを机の下から取り出した。
「その中には君に必要なものが入っている。君が若い頃、何をしていたかは知っているからな」
トランクを開けると、ガバメントが入っていた。
「君は今、私を殺すこともできる。まあ、君はそこまで馬鹿じゃないだろうが…」
今更で何だが、WEは潜入捜査が主な仕事で戦闘は少ない。しかし、時と場合に応じて潜入工作を行う場合もあるのだ。元々WEのメンバーは特殊部隊からのスカウトが多い。なので、勿論身体能力は高いし、戦闘訓練も一通り積んである。
「つまり、NOUGHTに潜入しろと」
「しろとは言ってない。まあ、真実を知りたいならそうなるだろうな」
ゲイツは私に微笑み掛ける。
「さあ、もう話すことはない。行くと良い」
「一つ、聞かせてほしい」
「何だ」
「何故、私にここまでヒントをよこす」
「これは、我々と君たちの智慧比べだ。ただ君たちが不利だから情報を出しているに過ぎない。君たちとの智慧比べに負けるようでは、この計画は成功できない」
「なるほどな。つまりこれはゲームなのか」
「そうだな。我々の演出した、世界規模のゲームだ」
「わかった。望むところだ」
「ゲームで思い出したんだが、NOUGHTには選りすぐりの兵士たちと四人の『psychosoldier』が待っている」
「サイコソルジャーだって」
「これもまた、計画の途中で生み出された副産物、失敗作達だ」
「ますますSFじみてきたな」
「言っただろう、我々が演出したゲームだと。私もNOUGHTで待っている。そこまで来れたら、真実を話そう。さあ行け。ゲームスタートだ」
「望むところだ」
そういって私はゲイツの部屋を後にした。
エドにはヒントだけを残そう。