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生きるのが苦手なひとびと

ときに自分を削除したくなったりしますが、それが何か?

作者: 小日向冬子

 年末が近づいてくる。

 この時期、世の中の賑わいに反比例するように、わたしのメンタルはダウンしていく。


 街中に氾濫する音、色、物、人。

 スーパーに行けば、売り場はすっかり様変わり。餅や紅白のかまぼこや伊達巻に占領されて、いつもの場所にいつものものがない。イレギュラーな刺激に弱いへなちょこな神経は、それだけでもう容量オーバーだ。


 やらねばならないことはたくさんある。

 それがどこまで本当にやらねばならぬことなのかは甚だ疑問だが、一応人並みの正月を迎えようとするならば、住まいを小奇麗にして正月飾りなどもあしらい、多少なりともランクアップしたごちそうなど用意するべきだと、私の中の義務感に走りがちな人格が、ここぞとばかりに主導権を握ろうとする。


 以前はそのまま突っ走れた。

 そして、ある時点で突如エネルギー切れとなり、使い物にならなくなった。


 が、今は走りだすことすらできない。


 ただ鬱々と過ぎていく時間。

 そういえば去年もそんな状態で、大掃除やりたくない的な詩を投稿していた気がする。


 進歩なし。


 っていうか、ひどくなってませんか?



 やるべきことをやっていない罪悪感は、すべての思考を逆回転させる。


 買い物リストを脇に置き、現実から逃げるように「なろう」の画面を泳いで行く。

 ふと目を通した詩には、傷を負っても平気なふりで笑えるようになりたいなんて、健気な言葉が並んでいた。

 う……まぶしい。

 そもそも、人としてのレベルが、違いすぎる。


 卑小で薄っぺらい、ただのへなちょこのわたし。

 負の感情を自分の中におさめきれずに、汚物を吐き散らすように書いている自分の作品を、全部削除したい衝動に駆られる。


 わたしの書いたものを読んで、思い出したくもない過去を思い出して苦しんだひとたち、ごめんなさい。

 自分に正直にいたいなんて言って、無神経な言動で嫌な思いをさせちゃったひとたち、ごめんなさい。

 さらには、今年一年、わたしに関わってしまったすべてのひとたち、ごめんなさーい。


 ぐるぐる、ざわざわ、胸が騒ぐ。

 ああぁ、いっそのこと、作品じゃなく自分を削除するか?


 そんなことばかり考えていたら、爆睡女王の異名をとるわたしが、なんと、眠れなくなった。

 嫌なことがあったら、寝て、とにかく寝倒して、そうやってやり過ごしてきた数々の日々。それをあざ笑うかのように、疲れているはずの体を置き去りにして、目だけがギンギンに冴えていく。


 眠れないって、こんなに辛いのね。


 全国の不眠に悩む方々、心から尊敬申し上げます。

 わたくし、たった数日で悲鳴を上げる軟弱者です。



 どんよりとした気分でふとリビングを見ると、連れ合いがふやけた顔でにゃんこを撫でていた。


 うちのにゃんこは恐ろしく甘えん坊で、エサを食べている間中、誰かに背中を撫でてもらいたがる。エサ場に向かう途中で必ずこちらを振り返り、「ねえ、にゃでて」と言わんばかりに、いたいけな瞳でじっと見つめてくるのだ。


 でれでれと嬉しそうに、にゃんこに奉仕する連れ合いの姿。

 当たり前のように、それを受け取るにゃんこ。


 むむ……これって、ありなのね。


 よーし、それなら、わたしだって。



 そう思って、エサを食べるにゃんこの横に、ぐいっと頭を出してみた。


「ん? しょうがないなあ、よーし、よしよし」

 それに気づいた連れ合いは、笑いながら、わたしの頭もいっぱい撫でてくれた。


 うわあ。


 そのまましばらくうっとりしていると、さらに、

「はーいはい、いい子だねぇ」

 とその手をぐるりと背中に回し、ぎゅっとハグ。


 ぽよんとしたお腹がぶつかって、柔らかくって、あったかい。

 この人、こんなにあったかかったっけ?




「なんかさ、何もやる気出ないんだよね……」

 体中で温もりを感じながら、ぽそりとつぶやくと、連れ合いはこともなげに言う。


「まあ、別に、いいんじゃない? 無理にやらなくて」




 わかってるんだ、いつだって君はそう言ってくれること。

 だからありがたくて、そして申し訳なくて、逆にもっと頑張らなくちゃって、思ってしまう。


 でもね、ほんとはわかってる。

 そんな自分を、もっと許してあげてもいいんだってこと。

 何の邪気もなく「にゃでて?」ってせがむにゃんこみたいに、とっぷりと甘やかされることも、ありなんだ。



 いつの間にか食事を終えたにゃんこは、満足げな顔でふいっと立ち上がり、陽だまりに向かってのそりのそりと歩いて行く。

 その背中が「俺みたいに、もっと気楽に生きればいいんだよ」って、言ってくれてるような気がした。


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― 新着の感想 ―
[一言] お久しぶりです。 とてもあったかい気持ちをもらいました。 自分に正直になることは悪いことではないと思います。ぎゅぅっと考えるところも、ちゃんとあったかいものを感じるところも小日向さんなのだ…
[一言] 周りが進むと遅れが目立つ。周りが浮くと沈みが目立つ。自分が変わったわけではなく、人々の適応についていけない。猫たちはそんなことは、お構いなしに鳴いて甘えて、飽きたらどこかへいってしまう。私の…
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