Hungry beauty
「ねえ、そろそろどこか食べにいきましょうよ」
僕が抗議の声をあげる前に、君は椅子から立ち上がっていた。
「もう少しで良いのが撮れそうなんだ。あとちょっとだけ動かないでくれよ」
「腹の虫は待ってくれないわ」
君はむすっとした顔をして伸びをする。
「そんなに動かれるとピントがずれるじゃないか。綺麗に撮れない」
僕は舌打ちをしながらカメラを膝に下ろした。
君は「いいこと教えてあげる」と言って席をたつ。
「美しさってね、我が儘なのよ。身勝手で手がつけられない。それでいて繊細だからほとほと手に余る代物なの」
君は笑う。その笑顔はすっきりと美しい。つられて僕も口の端を緩めた。
「まさに君だ」
「そうよ。そして美しい私はお腹が空いた」
艶やかな黒髪は、窓から差し込む初夏の日差しを浴び、黒真珠を思わせる輝きを放っている。
僕はキャンパスから目を離し、君を見つめた。
「冗談よ、本気にしないで」
少女のように君は笑う。そういうことじゃないんだと、僕は頭を振った。
「どうにかして君を捕まえられないものかな」
窓から覗く瑞々しい新芽は、初めての風に少し身を震わせた。流れ込む濃い緑の香りで僕は少し大胆になる。
「ひとまず胃袋からお願いね」
君は悪戯っぽくお腹をポンポンと叩いた。
「わかったよ。片付けるからちょっと待ってくれ」
僕は急いでカメラをケースにしまう。軽やかに駆け出した君はどこか楽しげだ。
「ほら早く」
「奔放さも度が過ぎると可愛くないよ」
心にもないことを言ってみる。
「美の化身たる私は横暴なの!さ、行きましょ」
「そうだったね」
追い付いた僕は遠慮がちに右手を差し出した。君は「繋ぎ止めてみせてね」と、その左手を僕の右手に絡ませた。